ご注文は婚約破棄ですか?
お越しいただきありがとうございます。
ご都合主義万歳、テンプレ満載、タイトルが出オチの本作ですが、お楽しみいただければ幸いです。
誤字報告ありがとうございます!
2023.03.20
公爵領に関する表現を修正しました。
Q.婚約者が女性と腕を組んでデートをしているようなのですが?
A.浮気の可能性があります。
可能であれば二人の様子を観察してみましょう。
「いらっしゃいませ。カフェ・ド・ブランシュへようこそ」
ここは今一番王都で話題のカフェ。
貴族の持ち物だったと言う屋敷を改装したカフェは、貴族ならお小遣いの範囲で、平民でもたまの贅沢気分で奮発すれば楽しめる価格設定で、貴族から平民まで幅広く評判だ。
噂では高貴な方々もお忍びでいらしてるとか……。
そんな今話題のカフェで働いているわたくしですが、扉が開いた音と、店員の声に促され、店の入口を見て思わずギョッとしてしまいました。
驚きのあまり、パルフェのフルーツをクリームに思い切り押し込んでしまったのはわたくしが悪い訳ではないと思いたいです。
だって自分の婚約者が腕に女の子を引っ付けて現れたら驚きますわよね?
いや、元々婚約者同士冷めててお互い浮気を容認してるような関係でしたら、驚く事もないかと思いますが……。
あいにくわたくしの認識している限り、お互い好意を持っている関係だと思っていたのですが……。
え?そう考えておりましたの、わたくしだけですの?
「ちょ!ちょ!ちょ!お嬢さま!?
あの方お嬢様のご婚約者様ですよね?!
なんですかあれ?!」
彼等をテラス席に案内してから戻ってきた給仕のベルが血相変えて厨房に飛び込んできたので、どうやら他人の空似とか私の妄想とかではなかったようです。
「その筈なのですが……?」
ベルとカウンターの陰でコソコソ話し合う。
と言うか、何故ここでわたくしがコソコソしなければならないのでしょう?些か心外ですわ。
「しかも婚約者の方、『今日オーナーはまだだよね?』ってわざわざ確認したんですよー?!信じられます!?
そんでもって相手の女はもっと意味わかんなくて、『このお店のオーナーとお知り合いなんてすご〜い!』とか言って!!
意味わかんなくないですか?!」
「こらこら、言葉遣いが乱れていてよ」
興奮の為か少々雑になって来たベルの言葉遣いを諌めます。
ここは貴族の方も多く訪れるカフェですもの。給仕を始めとした店員の質も高くなくてはいけません。
そう明後日の方向に行きそうになる思考を無理矢理戻す。
うーん、どう考えても。
「……浮気する殿方って無理ですわぁ」
そう結論が出た。
「いや、お嬢。もう少し様子を見てはどうです?そんな一足飛びに結論付けずに……」
近くで様子を窺ってた店長のダンが口を挟むも、もの凄い勢いでベルがぶった斬った。
「いやいや、アレ見ても同じこと言えます?!
あんなに顔近づけてお喋りしてますよー!!
信じらんないっ!!!お嬢様というものがありながら!!
何様ですかっ!!」
「ノワール公爵令息様ですわねぇ」
おっとり返してみる。
「お嬢様っ!!」
わたくしより激しく憤っているベルを見てたら、なんだか頭が冷えてきましたわ。
「あー、ほら。話題のテラス席のお客様、ご注文みたいですわ」
婚約者と推定浮気相手がメニューから顔を上げたのを見て、彼らの視界に入らない様にしつつ、ベルに注文を取りに行かせる。
だいぶプリプリしていたので大丈夫かと心配になりましたが、さすがこのカフェ一番の人気給仕。
控えめな笑みと態度で速やかに注文を取って戻ってきた。
……帰ってくる時の表情は、とてもお客様に見せられないものでしたけど。
東方にいると言う伝説の鬼もかくやと言った表情でしたわ。
愛らしいベルのお顔が台無しです。
それはともかく。
さて、どうしましょう?
注文にあった季節のパルフェを仕上げつつ悩む。
今の時期真っ赤な苺が白いクリームに映えてとてもおいしそう。
どの季節のフルーツも各々素敵だけど、パルフェにした時の色彩のインパクトはやっぱり苺が一番だと思いますわ。
(ここはやはり巷で流行りの婚約破棄でしょうか……。
ここのメニューに役立つように流行は追いかけてるつもりでしたが、こんな流行りまで押さえる事になるとは……)
完成したパルフェをベルに持たせ、カウンターの引き出しから紙を一枚取り出す。
それにさらさらと必要事項を書き込み、最後にわたくしのサインも入れる。
(よし!あとはネロ様のサインだけですわね)
「……お嬢、落ち着けって。
あの重たい婚約者殿の事だ。絶対何か理由ありだって」
わたくしが書いた紙を見た店長が、顔を引き攣らせています。
「婚約者様は細身の体型ですわよ?
それに、あれをご覧になってもお止めになります??」
ちょっと行儀悪く顎をしゃくってテラス席を示すと、店長の顔がより一層引き攣りました。
視線の先には、浮気相手にあーんでパルフェを食べさせてもらってる婚約者のお姿が。
「いや、重いってそうじゃないんだが……。まぁ、なんだ……。やっちまえお嬢」
あらいやだ、『やっちまえ』が『殺っちまえ』に聞こえますわ。
どうやら最後の晩餐ならぬ最後のパルフェもお楽しみいただけたようですので、先程準備した紙を伝票挟みに挟んで、準備万端。
この伝票挟み、お店に来ていただいたお客様にちょっと贅沢な気分になって貰おうとこだわって選び抜いた物なのに、まさかこんな紙を挟む事になるとは……。
型押ししてある、カリグラフィーで装飾された店名『カフェ・ド・ブランシュ』の綴りをなぞりながら、ため息が止まりません。
まぁ、ウジウジしててもしょうがありませんので、いざ出陣。
彼ら以外他にお客様のいないテラス席に足を進めます。
近づいてくる店員など空気と同じなのか、相変わらず顔を近づけてお喋りされてます。はぁ。
「……ご注文は以上でお揃いでしょうか?
それではこちらにサインをお願い致します」
いつもより低めの声色で、一応まだご婚約者の後方からお声をお掛けし、伝票挟みとペンをお渡しします。
この店でこのような対応をした事は無かったので、怪訝そうな表情を浮かべながら、伝票挟みを開くもうすぐ元が付くご婚約者様。
すると、手持ち無沙汰になったのか、お連れの女性の方からお声を掛けられました。
「とっても美味しかったですぅ〜。本当に素敵なカフェですねぇ〜。
ネロ様はオーナーさんとお知り合いなんですよねぇ〜。こんな素敵なお店のオーナーさんとか憧れますぅ〜。
ネロ様是非また連れてきてくださいねぇ〜」
ふわふわと揺れるピンクブロンドを持った綿菓子のような彼女は話し方までふわふわしております。
それにしても……。
またお二人でいらっしゃるの?
……お二人とも出禁にしちゃダメかしら?
「……お気に召していただきようございま……「はっ?」」
内心は押し殺してあくまでも街で評判のカフェの給仕らしく努めて冷静な声を出します。
これも長年の淑女教育と店での接客経験の賜物ですわ。
とか頑張っていたら、驚きに満ちた声を上げたのは、後ちょっとだけご婚約者のネロ様でした。
「……何かございましたか?」
「何かって……。これは何?」
伝票挟みを開いてこちらに向けるもうすぐご婚約者じゃなくなるご婚約者様。
「何かとおっしゃいましても……。
ご注文の婚約破棄に関する書類でございます。
『ビアンカ・ブラン伯爵令嬢(以下甲)は、ネロ・ノワール公爵令息(以下乙)との婚約を、乙の不義行為に基づいて、乙有責のもと、破棄する』
何か問題がございましたか?」
そんなにわかりづらかったかしら?と文面をつらつら読み上げながら確認する。
うん、突貫で作った書類の割にはよく出来てる。
もちろん甲であるわたくしビアンカ・ブランのサイン済みだ。
「えぇー!ネロ様婚約破棄なさるんですかぁ〜!?
でしたら是非とも次の婚約者にわたしを……!
きゃっ!言っちゃったぁ〜!!」
ふわふわ綿菓子令嬢様が照れたように頬を押さえます。
「んー?何で私が君と婚約しなくちゃならないの?
そもそも私はビアンカと婚約破棄するつもりはないし?」
いつも通り穏やかな声色で話されてますが、今にも伝票挟みごと書類を握りつぶしそうなほど力が入ってらっしゃるので、往生際の悪いもうすぐ元ご婚約者様の手から伝票挟みを抜き取ります。
これ、このお店専用の特注品なので、結構良いお値段がするのです。
壊されるのはたまったものではありません。
「えぇ〜、でもぉ〜、その書類、ビアンカ様の署名がもうありますよねぇ〜?ビアンカ様がぁ〜婚約破棄を望まれてるのではぁ〜?」
おお、ふわふわ令嬢様目ざといですわね。
確かにわたくしの方から婚約破棄を望みましたが、目の前で不義行為を目撃すればそうなりますわ。
「確かにサインはビアンカの物だけど、大体不義行為って何の事?」
えぇー、この期に及んで往生際が悪いですわ。
「……婚約者になんの連絡もなく、目立つ場所で婚約者以外のご令嬢と親密に逢い引きなさるのは、立派な不義行為にあたるのでは?」
往生際の悪いネロ様に引導を渡すべく、今の状況が他者からどう見えているのかを指摘する。
はぁ、早く終わらせて新作パルフェの試作がしたいのに……!
「そんなお似合いだなんてぇ〜。店員さん見る目ありますわぁ〜」
「そんな訳ないよね?
大体さぁ、君が、自分はビアンカの友人で、まだブランシュに行った事がなかったから、ビアンカが連れて行ってくれる事になったって言ったんだよね?
で、用事があってビアンカが遅れるから、先に行ってるようにと言付かったって言ったから今ここにいるんだよね?」
あらまぁ。
「えぇ〜。本当のことですよぉ〜。わたしとビアンカさんは友人ですぅ〜」
「流石にお会いした事もない、お名前も存じ上げない方を友人と呼ぶには難しいものがございますわね」
「はぁ!?店員が余計な口出してんじゃないわよ!!
ネロ様はぁ〜信じてくださいますよねぇ〜?」
ふわふわ令嬢様はくねくねと身体を動かしながら、ネロ様に近づこうとするも、避けられている。まぁ、それもそうだ。
「いや、今の君の言動でビアンカの友人ではない事がはっきりした。
そうだろう?ビアンカ」
そう言ってわたくしに視線を向ける元ご婚約者様(予定)。
「左様でございますね」
そう答えると、驚いたように目を見開くふわふわ様。
「はぁ?!ネロ様何を?!
この給仕が婚約者のビアンカだとでも仰るの?!」
「そうだけど?そもそも君、許可なく私の名を呼ぶのはやめてくれないかな?
あと、何故ビアンカを呼び捨てにしているの?
男爵令嬢が格上の伯爵令嬢を面識もないのに呼び捨てていいと思っているの?
そうであれば淑女の風上にも置けないな」
あら、お名前を呼ぶのをお許しになっていた訳ではないのですね。
そしてふわふわ様は男爵家のご令嬢なのですね。
ネロ様の怒涛の返しに、ふわふわ様は呆気にとられましたが、何かに気付いたようにはっとした表情をなさると、こちらに悪意のある笑顔を向けてきました。
一体何をおっしゃるのでしょう?
「この給仕が伯爵令嬢だって言うなら、令嬢自ら働きに出なければならない程貧窮してるって事ね!
ネロ様ぁ〜。貧乏人は貴方様に相応しくございませんわぁ〜。
我が家は商いをしていてそれなりに裕福ですのぉ〜。
ここだけの話ぃ〜、侯爵家にも目をかけていただいておりますのでぇ、陞爵も近いと思いますわぁ〜。
そんな貧乏人なんかお捨てになって、是非わたしと婚約を〜」
そんなふわふわ様を絶対零度の眼差しで見るネロ様。
「だから、名前で呼ばないでくれるかな。
見た目以上に脳みそまでふわふわなの?
大体君は何を言ってるの?ビアンカが貧乏人な訳ないだろう?
君が憧れると言っていたこのカフェのオーナーこそ、ビアンカなんだけど?
そもそも彼女が領地で開いたこのカフェの一号店が王妃様の目に止まり、この二号店は王妃様の肝煎りで開店したんだよ?
そんな王妃様の覚えもめでたい彼女が貧乏なわけ無いだろう。
ちなみに私との婚姻で三号店を我が領地に出店する予定だから。
ビアンカと婚約破棄なんてしたら、開店を今か今かと待っている母上と姉上や領民達に私が殺されるから、勘弁してくれないかな?」
ノワール公爵家の御婦人方はお強いですから、あながち冗談とも思えませんが。流石に殺される事は……「殺られるから」……心の声に答えないでくださいまし。
「ノワール公爵夫人とお義姉様にはいつもお世話になっておりますので、ネロ様との婚約が破棄されてもカフェは出店いたしますわよ?ご心配なさらずに。
王都に次ぐ繁栄を誇る公爵領ですもの。こちらとしてもやり甲斐がございますわ。
こうして実際店に立つ事によって得られるニーズは三号店でも取り入れる予定ですし」
夫人達には未来の義娘、義妹として可愛がっていただきましたもの。
ネロ様とのご縁がなくなりましても、お二人とのご縁がなくなるのはわたくしとしても悲しいです。
……ご子息有責で破棄された元婚約者とはお付き合いいただけないでしょうか?
彼のお二人を思ってしょんぼりしてしまいましたわ。
「だから破棄しないからね?何故愛している女性との婚約を破棄しなきゃならないのさ。
それに不義行為って本当何?」
……本当に往生際が悪いですわ。
「……婚約者以外の女性と恋人のように腕を組むのは、明らかに浮気では?」
そんな恋人だなんてぇと照れるふわふわ様。
「それはコレが足を挫いたと言ったから手を貸しただけ。
大体君さぁ今普通に立ち上がっているけど、足を痛めたんじゃなかったの?」
口調は穏やかに聞こえますが、長い付き合いなので気付いてしまいました。
ネロ様だいぶイライラしていらっしゃいます。ご令嬢をコレとかおっしゃってます。
まぁ確かに、足を痛めた女性に手を貸すのは紳士に相応しい振る舞いですわね。
椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がって、仁王立ちされているふわふわ様が本当に足を痛めていらっしゃればですが。
でもまだ疑惑は晴れておりませんわ!
「……それに随分親密なご様子でお話しされてましたし。
お顔が触れ合いそうになる距離でお話しされるお姿はまるで恋人同士の様でしたが?」
そんなぁ〜恋人同士だなんてぇ〜とくねくねなさるくねくね様、ではなくふわふわ様。
「それはコレが陰気にボソボソ喋って、何言ってるか分からないから聞き取るために近づいたんだよ。
私達貴族が聞き取れなかったからといって、適当に相槌を打って変な言質を取られるなんて失態を犯すわけにはいかないだろう?
貴族として用心するのは当然の事だよね。
それにしても君さぁ、さっきから結構な大声で話してるよね?
さっきまでの陰気な喋り方はなんだったの?
私を陥れようとでもしてたのかな?」
……まぁ、お気持ちはわかりますが……。
聞き取れなかったからと曖昧な対応をして、変な言質を取られるのは高位貴族として避けたいところです。
……陰気と言われたふわふわ様がショックを受けておりますが、上目遣いの可愛いと思われる渾身の角度でお話しされていたのを陰気と断じられれば、そんなお顔になる……かも?
「で、でもさっきあーんてしたら、食べてくれたじゃないですか?!
それってわたしが可愛いからですよね?!」
そうそう、それも気になっておりましたの。
普通何とも思っていない相手から給餌行為をされても拒否されますわよね?
「それは君が無理矢理口元にスプーンを押し付けてきたせいだから。
しかも今にもスプーンからソルベが滴りそうな状態でさぁ。
ソルベの滴が落ちたら私のクラバットに染みが付くよね?
せっかくビアンカが刺してくれた刺繍入りの大事なクラバットに染みなんか付けられるわけ無いよね?
だから口を開けるしかなかったんだけど、クラバットに一滴でも染みが付いたら、私は君に何をするかわからなかったよ?
でもさぁ、結局それが原因でビアンカに婚約破棄を突きつけられてるわけなんだけど。ホント君何なの?死にたいの?」
そう言われてネロ様の首元を見れば、確かにわたくしが誕生日にお贈りしたクラバットチーフのようです。
そしてだんだん言葉遣いが荒くなるネロ様。これはもしや……本気で怒ってらっしゃる?
ちらりとふわふわ様に目をやれば、大きな目を更に大きくして驚いてらっしゃいます。
「なんでなんで?わたしの方が可愛いのに!」
激しく地団駄を踏むふわふわ様。足の怪我はやはり虚偽のようですわね。
「君は目が悪いの?それとも鏡を見たことがないのか?
あぁ、頭はふわふわしてるよね。中も外も。
誰がどう見てもビアンカの方が愛らしいし、美しいよね。
普段のドレス姿は凛として美しく、カフェの給仕姿は愛らしい。
どちらも甲乙付け難いけど、どちらの姿も君より上だよね」
……わたくしのご婚約者様がわたくしに盲目的なのはいつもの事ですが、流石にこの物言いはふわふわ様が可哀想になってまいりました。
ふわふわ様はぶるぶる体を震わせながら、顔色を赤やら青やらに変化させ大変な事になっております。
「……によっ!なによなによっ!!
伯爵令嬢で、美人で、爵位も高く顔も良い婚約者がいて、この店のオーナーでって!何でも持ってて恵まれてっ!
一つくらいわたしにくれたっていいじゃないっ!!」
ガシャンとテーブルがひっくり返されます。
外用のテーブルなので結構重いのですが、なかなか力持ちですわねふわふわ様。
なんて呑気に考えていたら。
「死ねっ!」
えっ?ちょっ?行動が短絡的ではありませんか?ふわふわ様?!
ひっくり返す前に掴んでいたのか、フォークを持って迫り来る彼女。そして彼女から庇うようネロ様がわたくしを抱き寄せます。
「ぐっ!」
衝撃にネロ様が呻き声をこぼされます。
が、恐らくネロ様に怪我はないでしょう。
何故なら持っていた伝票挟みを上手くネロ様とフォークの間に挟む事ができたからです。
……伝票挟みにフォークの跡がてんてんてんと付きましたが、ネロ様にお怪我がなくて何よりです。
あぁでもせっかくの伝票挟みに傷が……。特注品が……。
尊い犠牲となった伝票挟みを憐れみながら、すっと手を挙げると店の方から騎士様が何人か入ってこられます。
「器物破損と暴行の現行犯だ。
詳しくは騎士団本部で話を聞こう」
騎士様のお一人がそう言ってふわふわ様の腕を取ろうとするも、暴れ始めてしまったので少々手荒い事になっております。
「なんでこんなすぐに騎士が来るのよ!
わたしの事ハメたでしょ?!ズルいっ!」
名前も顔も知らない女性をハメようとする意味がさっぱりわかりませんが。
「このお店は、敷地の半分はカフェですが、残りの半分は騎士団の派出所として貸し出しておりますの。
流石に全部は広過ぎますので。
それに騎士様方が常時出入りされるので、女性だけでも安心してご利用頂けるカフェとしてご好評いただいておりますわ」
流石に騎士様が頻繁に出入りする店で不埒な行いをする人はおりませんもの。
派出所の方にはカフェの軽食も提供しておりますので、見回りの途中に立ち寄れる休憩所としても重宝されております。
実のところ、さる高貴なお方も常連ですので、守りはいくらあっても良いくらいなのですわ。
「そんな……」
がくりと力の抜けたふわふわ様を騎士様が連行して行きます。
仮令殺傷能力の低いフォークだったとは言え、男爵令嬢が高位貴族に悪意を持って向けたのです。
かなり厳しい罪になる事でしょう。
ふわふわ様達の姿が見えなくなって、ほっと息が漏れました。
まさか婚約者の浮気を追求したら、フォークで刺されそうになるとは……!
これが修羅場というものですわね!本の中だけかと思っておりましたわ!!
「……さて?お門違い女が去っていち段落ついた訳だけど、どうして一足飛びに婚約破棄なんて考えたのかな?」
長い足をこれ見よがしに組んで椅子に掛け直したご婚約者様が問い掛けてきます。
にこやかな笑みと穏やかな口調ですが、長い付き合いなので分かります。
これはだいぶお怒りですわね。
でもでも言わせてもらえれば、あれだけ人の店でイチャコラ…「ねぇ?何考えてるの?」
……人の脳内発言にツッコミを入れるのはやめていただきたいですわ。
「……やれやれ。ビアンカに私の愛を疑われるとは、私もまだまだだね。
ちょっとくらいヤキモチ焼いてくれないかなぁって思ってたのもあるけど、まさかこんなすぐに捨てられそうになるなんて、想定外だよ」
何やら不穏な事を口にされてる(多分今後も)婚約者様。
え?ふわふわ様の挙動をお許しになっていたのは、そんな思惑がございましたの?
ネロ様がお許しにならなければ、ふわふわ様もあれ程の行動はなさらなかったでしょうに……。酷いお方……。
「彼女、他の婚約者持ちの高位令息にも同じような事をやらかしていてね。問題視されていたんだ。
遅かれ早かれ誰かしらが手を打っていたと思うよ。
その機会が巡ってきたのがたまたま私だっただけ。
酷い男だなんて心外だなぁ」
いえ十分酷い……「何かな?」
「……何でもございませんわ?」
すいと視線を逸らします。
色々弁えてらしたら、ふわふわ様もここまでの事にはならなかったのでしょう。
「さて、問題は解決した事だし、もっと婚約者同士の交流を深めなければならないね?」
にっこり微笑むご婚約者。
目が笑ってないのが丸わかりですわ。
思わずぶるりと身体が震えます。
すっと室内に向けられた視線が意味するところは……。
「お呼びでしょうか?」
音もなく店長が現れます。
視線一つでお客様の意思を汲み取る事もこのカフェでは大切にしております。
「あ、店長。個室空いてるかな?」
にこやかに問われるも、その台詞はわたくしを追い詰めるのに十分ですわ。
空いてないと言って欲しいと期待を込めて店長を見つめるも、何故か視線は合いません。
「いつものお部屋をご用意しております。
まもなくお茶の用意も整うでしょう」
お客様の要望に可能な限り応えるよう店の者には常々徹底しておりますが、店長の裏切り者ぉ!!と思ってしまうのはこの後の展開が手に取るように理解ってしまうからでしょうか。
だらだらと冷や汗が背筋を伝っていきます。
「相変わらず素晴らしいね。じゃあ少しオーナーも借りていくね。あ、追加の注文はこちらからするまで聞きにこなくて大丈夫だから」
「お時間の許す限り、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
店長の死刑宣告にも等しいそれを受けて、わたくしは(これからも)婚約者様に個室に連れ込まれ、じっくりねっとりと重たい愛をこれでもかと心と身体に刻み込まれたのでした。
え?ご婚約者様が重たいってこういう事でしたの?!
細身だと思っていたのに結構しっかり筋肉が付いている素敵なお身体だってまだ知る予定じゃなかったのですが?!
遅かれ早かれって……早過ぎますわ!
「婚約破棄なんて注文はもちろん破棄だから。
君を離さないよビアンカ……」
そう言って笑うご婚約者様に逆らえないのは、わたくしもネロ様を愛しているからなのでしょうね。
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