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濃霧の少女

《黒豹》をレイが討伐してから2年。

昨日成人になったわけだが―――変わったことは決してなかった。

しいて言えば、俺が成人しただけだった。

それも時の流れにおいては自然な事だったが、ほかに変わった事は本当になかったのだ。



俺の腕前も、充分になったものだ。

レイと打ち合えるぐらいにはなったわけで、そこそこ強くなったことを実感していたところだ。

尚、最近は大型の魔物の登場する機会も減り、金を稼ぐのは安定した金額になった。

生きていくのには一切苦しくない、潤沢とはいえないまでも普通の庶民と同程度での生活を行えることに喜びを感じていた。


...まあ、俺にとっての長い長い日々の中では普通の庶民としての暮らしが出来るという考えはなかったが、もしかすると俺の誕生日分に溜めていた金が普通に出るようになっただけかもしれないのだが。



今日は、初めて遠くに行くことにした。

場所は特に決めていなかったが、そこら辺を歩くことにしてみたのだ。

町を離れて歩くのは新鮮で、今まで町の外を見た事がない(レイグに此処に連れてこられたときは外を見る余裕すらなかった)俺にとっては驚かされる事ばかりだ。


―――ただ、魔物の森に繋がるような場所が無かったのが少しだけ意外だったが。



―――と、突然雨が降ってきた。

この雨が俺にとってはまさしく恵みの雨となるのだが、もう少し時間が経ってからじゃないとそれは理解できなかった。



―――



俺は、戻ろうとして踵を返したが、濃霧に包まれていたために場所が理解できず、ただただぐるぐると廻っていただけだった。

そんな状況で俺が困っていると、何処からか助けを求める声が聞こえた―――気がした。


取り敢えず声の聞こえる方向に歩いていくと、そこに少女がいた。

なんだか、いつか見たような顔だが―――果たして、思い出す事は無かった。

ただ、その少女が助けを求めていたために、俺は助けることにした。



―――人間の記憶は、何もなければとても強い印象を覚えていた人間でも10年もすれば思い出せなくなるものだ。

だから、その少女が「―――イア?」と言ったことにも気づけはしなかった。



―――



少女を連れて霧を抜けると、そこには見た事もない土地が広がっていた。

結局今までの生活を行えないと察して、俺は溜息を吐く。


だが、そんな事を小さい子に教えるべきではないと思い、俺はそのため息を2秒で打ち切らせると、失念していた事柄―――つまり、その少女の名前を聞くことにした。

「そういえば、お前はなんていうんだ?」

俺の問いに答えない少女の顔を覗くと―――

「―――嘘...でしょ...?」

絶望が張り付いた顔でいた。


何故そんな顔をするのか。

「―――威亜...?」

そう問う少女の言葉は、俺にとって懐かしい音のように聞こえた。



「―――そう...だよね...」

俺の反応を見て絶望を顔に張り付けるのをやめたその少女は、

「―――ユキ。そう呼んでもらえればいいかな」


何処かで聞いたその名前は、俺の心の奥の方で何かが疼くような―――そんな気がした。

「―――だから、いつかボクの事を思い出してね...?」

儚げに笑うその少女は、俺の心に何かを思い出させようとしていたが、それが思い出されるより前に、その少女の儚げな笑いは潰え、俯く。

それが悲しみを湛えたものだとは、誰のものでも明らかだったろう。


だが、それを我慢したようなユキは、喜色満面で俺に抱きついてくる。

いつか、この様なことをされてきた気がする。

それを思い出すより前に、「えへへ...。」と笑うユキが目に入り、その頭を撫でてやってからこれからの事を考えることにしたのだった。

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