《黒豹》
時間はいくらでも早く過ぎるもので、俺は13歳になっていた。
俺のやることと言えば、ほとんど変わらない。ただ魔物を狩って、その素材を売って。
ただ、一つだけ変わったことがある。
それは、案外森に自生している胡椒が高く売れるということだ。
冬の時期になると、ここら辺はとても寒くなる。
その時だけは俺達も他の連中も同じように暖炉を囲むだけなのだが、その冬の直前辺りには胡椒を売りに行くととても高く買ってもらえる。
夏などに持っていくと買いたたかれるのが胡椒だが、冬の時期には胡椒のおかげで凍死しない有り難い食材である。
本当に、この時だけは感謝できる。
後、冬直前に自分で胡椒を塗した魔物の肉を売りに行くと、銀貨3枚で買い取ってもらえるなど、胡椒単品で売るよりも高くつくものもあったりする。
―――
まあ、そんな事情は置いておき、今年は特に寒かった。
そのおかげで、薪は高くつき、一日中毛布に包まったりして寒さをしのがなければならない状態に陥った。
この時ばかしは、本当に死ぬかと思った。
今が春だからこう語れるものの、ともすれば死んでいたという事実には目を背けたい。
これだけは、胡椒に命を救われたのだった。
相変わらず魔物は大型が多いものの、小型の魔物も多くなってきた。
死ぬ心配も低くなってきたことだし、と俺は久しぶりに双剣使い・レイヴンに戻ってみた。
...今思えば、これが無ければ死んでいたかもしれない、と思える。
―――
その日、俺は一人でのんびりと魔物を狩っていた。
レイヴァは久しぶりに食あたりを起こし、寝込んでいた。
その時、俺は謎の風切り音を聞いた気がした。
最初の方は、ただ単純に風切り音だと思った。
だが、その音はずっと続いて、だんだん近づいていたように思えた。
それが突如止まった時、俺の首筋辺りで生暖かい―――息のような物が当たった感触がした。
その瞬間、俺は死ぬかもしれない、と思った。
此処まで近くにいたのに気づかないという事は、相当の魔物だということだ。
だが、身体は自動的にそれを捌こうとし―――左腕に激痛が走る。
痛みと言うものですらなかったが、あえて形容するなら激痛、だ。
左腕から何かが無くなるような感覚があった。
血が流れ出ているような―――そんな感覚だ。
「―――レイヴン」
レイの声が遠くから聞こえた。
その瞬間、横から突風が吹き抜けた。
それがレイのものだと気付くのには、大して時間はいらなかった。
レイと真っ黒の毛並みをした巨大な翼を持った猫のような魔物が対峙していた。
レイの見た目は、今まで見た事の無いような鎧と長剣に彩られ、黒い猫モドキはその翼を切り落とされていた。
...レイがその魔物を討伐するまでに、3分とかからなかった。
「...なぜあのようなものが...。」
レイはそう言っていたが、俺の方に向き直ると、珍しく表情を昏いそれにしていた。
「あれは何なんだ?」
「...あれは、私を狙ってる奴だ。恐らくだが、レイヴン、お前から私の匂いがしたのだろう。
《黒豹》。奴はそう呼ばれていた」
俺の左腕を亡き者にしてくれた奴の皮を剥ぎ取りながら、俺はレイにその正体を聞いていた。
どうやら異名の付いたヤバい魔物だったらしい。
「奴に合えば最後、死すると言われている。左腕で済んだのは幸運だったな、その程度であれば直すことが可能だ」
何を言っているのか分からないレイだったが、その理由はすぐに分かることになる。
レイが黒豹の爪を削り、俺の千切れた左腕に突き刺したのだ。
「グギャアァァァ―――!?」
「魔物のような声を上げるな。抵抗すれば蘇生するものも蘇生しなくなってしまうぞ」
仕方なくおとなしくしていると、左腕の肩辺りから謎の感覚が現れた。
そこから出てきていたものは―――あろうことか、斬られなかった、と言わんばかりに綺麗な左腕だった。
「奴の爪は再生用道具のような物だったからな。寧ろ、爪に引き裂かれたのは幸運だというべきだ」
その言葉は、俺にとって福音に聞こえた。




