5歳の日
5歳になろうかという、ある日。
俺は相変わらずレイグに振り回されたが、それだけに体力がついたと実感できる事柄だった。
それよりも―――と言うべきか、俺はこの世界で暮らしていくうちに気付いてしまった。
この家には、普通の家にあるべきものが存在しないのだ。
それは―――。
「...なぜお母さんがいないか、って?」
―――父・レイグのみがいて、母親となる人物がいないことだ。
―――
「そうか、遂に気づいちゃったかあ...。」
悪びれる様子もなくそう言うレイグ。
親としてどうなのかという部分も多少はあるが、そう言った部分がこの男を象っている部分だ、と言われれば納得してしまえそうなのだ、コイツは。
「...そう、あれは君が生まれてすぐの事だった...。」
そう言い始めたレイグの話は、難しくてよく覚えられなかった。
ただ、俺が1歳の誕生日の日辺りに一人で外に出ていた時、帰ってくるとそこにはこの世界の俺の母親が消えていた、という事だけが、俺の耳の中に入ってきた。
「...よくわかりませんが、取り敢えずお母さまがいない理由は分かりました。
お父様、僕の我儘を聞き入れていただきありがとうございました」
その俺の言葉に笑って答えたレイグ。だが、その瞳には昏いものが走ったように見えてしまい、なんとなく悲しい気持ちになった。
―――
そんなこんなで5歳の誕生日の日。
今日は、相当なパーティチックなものが開かれた。
パーティチックと言うのは、人が俺とレイグだけという小規模なものだからだ。
だが、それでもいい。こういうふうに親の優しさに触れたのも、なんだかんだで感覚的には15年ぶりぐらいの気がするからだ。
そうして、小規模な家族パーティは愉しく行われた。
それから変わった事はと言うと、レイグが双剣を許してくれた。
双剣を使っていると頭がこんがらかりそうになるが、今までそんな事をやったんだと思うと自然に使えるようになっていた。
「やっぱりレイヴンには才能が...。」と言うレイグを否定の嵐に包むも、本人が暴風雨なレイグにはまるで聞かず、結局鍛えさせられる羽目に。
特に何が起きるというわけでもなく、ただただ走ったり鍛えたりする日々。
同じことをただただし続ける日々なだけに、進歩はなかった。
本当に何もなく、鍛え続ける日々―――さすがにそれではだめだ、とレイグは考えたようで。
「そのうち、旅に出てみたらどうだい?」などと言い出した。
子供にそんなことさせるのか!?と驚いて見せたが、流石にそんなきつい事をさせる気はないようだ。
まるで子供みたいだね、と言ったレイグに俺は言いたい。一応、この世界では俺は子供だ、と。
―――
ということで、俺は今どこにいるかと言うと―――よくわからなかった。
ただただ、目覚めるとここにいた。
目が塞がれているのか、視界は真っ暗なままだ。
手探りで探そうにも、触るのは堅く冷たい石ばかり。牢獄に入れられたのだろうか?
そんな事を考えようにも、俺の頭は冷静な返答をくれない。
【...おや、目覚めたのかい?】
遠くからレイグの声が聞こえる。
「お父様、此処はどこですか?」
【伝える義理はないなあ。まあ、僕とは相当離れた場所に目下移動中、と言ったところだけど】
「どういうことですか?」
【それなら教えてあげるよ。レイヴン、君には現実の―――】
此処からが重要、と言ったところで音は途切れた。
その様子が、無線式スピーカーの回線が途切れたようにも思えて、言っていることが正しいように思えた。
ともかく、俺は何かしらに移動させられていた。
そのために、俺は思った。
―――今までかぶっていた猫の皮など、破り捨ててしまおうと。




