4話「作業中、相手はできない」
なぜだか分からないけれど、婚約破棄の話をしたあの日以来、ローレットがよく魔道具屋へ来るようになった。
もともとは毎日は来ていなかったのだが、ここのところ彼は毎日のようにここへやって来る。こちらからは特に何も頼んでいないのに、だ。
どうして毎日来るの?
一度はそう尋ねてみたけれど、よく分かる答えは貰えず、曖昧な返しだけでごまかされてしまった。
「ねえローレット、最近、いっつも来るわよね。どうして?」
「うーん、べつに、深い意味はないよ」
「またそうやってごまかす!」
「心配しないで、悪いことはしない」
「もう。何よそれ……」
今は注文されていた自動音楽再生器具を組み立てているところだ。
完成されるには、一つ一ついろんな形をした複雑なパーツを上手く合体させなくてはならない。
そして魔道回路もきっちり作って。
繊細な作業が求められる。
なのに!
ローレットが私の周りをずっとうろうろする――ああもうこれはかなり厄介としか言えない。
「ちょっと、じっとしていてくれない?」
「あ、邪魔だったー?」
「今集中したいのよ」
「ごめん。じゃあちょっとだけ出掛けてくるよ」
「悪いわね」
「ううん! 気にしないで! いさせてもらってるのは僕だし」
でも、ローレットと一緒にいるのは不快なことではない。
今は集中したい、というだけで。
別に、彼と一緒にいたくない、というわけではないのだ。
それに、彼には感謝している。
彼はいつだって明るくて私の傍にいてくれる。そして、苛立っている時も悲しい時も疲れている時も、どんな感情を私が抱いていても、変わらず笑顔で接してくれるのだ。温かくそっと私を見守っていてくれる、そんな人は彼しかいない。
だから彼とはこれからも共に協力しあえたらなと思っている。
さて、作業に入ろう。
ここを乗り切れば今夜はゆっくりできるだろう。
◆
「エイリーンさん、たーだいまっ」
私が作業に集中できるようにと外に出てくれていたローレットが帰ってきた時、私は既に自動音楽再生器具の製作を終えていた。
作業が終わり、片づけもおおよそできて、少しお茶でも淹れて一服しようと思っていたタイミングだったのだ。
「お帰りなさい、ローレット」
「作業は終わったの?」
「ええ、さっきね。で、今から少しお茶でも飲もうかと思っていたところよ」
出来上がった自動音楽再生器具は布をかけて棚にしまっておいた。
後はこれをお客さんが来た時に出すだけだ。
「上手く組み立てられた?」
「成功したわ」
「それは良かった!」
カップを取り出して軽く拭いておこう。
「今からお茶淹れるんだけど……飲む?」
「飲むッ!!」
真上に一発飛び跳ねるローレット。
驚いたハエトリグモのような動きだ。
「じゃ、その辺に適当に座ってて」
「わーい!」
「もう……子どもじゃないのだから落ち着いて」
「大人でも落ち着けない!」
「はぁ……」
思わず呆れの溜め息をついてしまった。
――それから少しして、お茶を淹れる作業ができた。
ローレットに渡したティーカップにはレモンの模様が描かれている。といっても特に深い意味はない、ただそういう模様なだけだ。けれども、そのティーカップはいつも愛用している会社の商品。非常に頑丈なので重宝している。
「カップの柄、可愛いね!」
「ありがとう丁寧に褒めてくれて」
「ええー、あまり嬉しくなさそう」
「そんなことないわよ」
夜の静寂の中、二人きりのティータイム。
そう言うとロマンチックな状況のようだけれど。
案外そんなこともない。
ああそうだ、と良いことを思いついて、作業場の席から立ち上がりあるものを取りに行く。
ローレットはそんな私を不思議そうに見ていたけれど今説明するのは面倒臭いので気づかないふりをしておいた。
それに、前もって説明する必要などないことだ。
私が取りに行っているそのものが何なのかは、使い始めれば誰でもすぐに分かるだろう。