1話「エイリーン、婚約破棄を告げられる」
匂いまでも感じさせるようなラベンダーカラーの長い髪に青紫の瞳、そして、派手ではないが整った目鼻立ち――私、エイリーン・ミレコニーフは、美しい容姿を持っている、と、これまでいろんな人たちから褒められてきた。
しかし、今、抱き締めてきた自信を叩き壊されるかもしれないような状況に陥っている。
「エイリーン、お前との婚約は破棄とする!!」
目の前の青年、彼は、領主の次男にして私の婚約者であるアズ・レイだ。
今の彼はその立ち位置から消えてしまおうとしている。
彼はもう私の婚約者ではいたくないらしい。
それがよく分かる点があるとすれば、その身の隣に私は知らない女性を置いている点だろう。
アズの隣には金髪で女性らしさを絵に描いたような凹凸のある体つきの女性がいる。
しっかりと化粧が施された目もと、目尻を切り開いたような豪快なアーモンド型の目、胸の谷間までも惜しげもなく晒すぎらぎらしたドレス。
派手、という言葉が何よりも似合うような人だ。
年齢は分からないがさすがに四十には至っていないと思う――肌の劣化はまだそこまで進んでいないようだから。
「俺は、彼女、ミレイニアと共に生きることにした。だから! エイリーン、お前みたいな静かでいちゃいちゃしてくれない女はもう用なしなんだ!」
「あたしぃ、最初はそんな気はなかったんですけどぉ、アズくんが惚れちゃったみたいでぇ。婚約者さん、ごめんなさいねぇ? 奪う気なんてなかったんですよぉ。でもやっぱり魅力があるみたいでぇ、こんなことになっちゃったんですぅ。ごめんなさいごめんなさい、ほんとぉーに、ごめんなさいねぇ? っう、ふふぅ、えへへぇ」
他の女のところに行きたい。
アズが言っているのはそういうことなのだろう。
ならば止めても無駄か。
きっと彼の心は変わらない……。
「分かったか? エイリーン」
「本気なのですか、アズさん」
「ああ、当たり前だろう、本気に決まっている」
「そうですか」
「泣こうが喚こうが無駄だ、諦めてくれ」
アズはなぜか勝ち誇ったような顔をしている。
自分から切り捨てたということで一種の優越感のようなものがあるのかもしれない。
けれどもそれは間違いだ。
だって、私は、たとえ彼と離れることとなってもそこまで痛みはないのだから。
「分かりました、では、私はこれで去りますね」
この際すっぱり終わらせてやろう。曖昧な関係、想いなど少しもない関係、そんなものをだらだら継続していても良いものなんてなにも生まれはしない。揉め事が発生するのが関の山。ならば早めに関係を終わらせておく方が良いだろう。
それに……意外とダメージはない。
最初はかなり驚いたし絶望しそうになるかと思ったのだけれど、二人からあれこれ言われているうちに段々冷静になってきて、それと共に心の痛みは薄れてきた。
いや、もちろん、怒りはあるのだが。
けれども、そんなものに振り回されていては不幸になるだけだと、私は知っている。
「さようなら、アズさん」
彼との縁はここまでだったのだろう。
潔く別れを告げよう。
こうして、私は婚約者をあの金髪女に奪われた形になったのだが、あまり気にしないでおくことにした。
それよりも!
私には仕事があるのだ。
婚約とか何とかは関係なく、取り組まなければならないことがある。
仕事が一番大事!
婚約破棄なんかで落ち込んでいる暇はない。
そう――エイリーン・ミレコニーフは、魔道具屋なのである。