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6/12

浴衣回は普通にやる



          ◇



 その後も俺は夏休みを満喫した。

 アイスを食ったりかき氷を食ったり、逆に激辛ラーメンに挑戦してみたり。自転車をレンタルして遠乗りしたり、他所(よそ)の花火大会を見物しに行ったり、未来デパートみたいな馬鹿でかい電気屋を冷やかしたり、意味もなく山の中で一夜を明かしてみたり。一人で行くこともあれば誰かを誘うこともあった。魔王や魔将どもが擦り寄ってくることもあったが適当に、まぁまぁ雑にあしらっておいた。


 そんなこんなでもう八月半ば。夏休みも三分の二が過ぎたことになる。

 もちろん宿題は手付かずだ。

 図面描きの練習は毎日続けてるけどな。


「いいよー、入って」


 部屋の中から魔女のお呼びがかかった。俺はふすまを開けて廊下から和室に踏み入る。

 そこに立っていたのは浴衣姿の魔王。


 紺色の地に背の高い草がまばらに生えていて、その間をホタルが飛び交っている。帯は黄色というか、山吹色っていうのか。いかにも『ザ・ユカタ』って感じ。


「いいじゃん。似合ってる」

「あ、ありがとうございます……」


 魔王がもじもじと礼を言う。

 お前じゃねぇよ。ユメに似合うって言ったんだ。


「ふっふーん、どうよどうよ?」


 そう得意げに言う魔女は、畳の上に膝立ちになって腰に手を当て、胸を張っている。ただでさえ目立つふくらみがさらに強調されていて、もう、おのれ魔王め。

 ちなみにこっちはまだ普段着だ。これから着替えるのだろう。


 だいたい察していると思うが、これは今夜の地元の夏祭りに行く準備をしているところだ。

 場所は音無邸一階の和室。

 じいちゃんとばあちゃんはいない。まぁいてもニコニコ笑ってるだけの人形でしかないから関係ないな。


「すごいね、ノゾミちゃん。着付けできるなんて」

「でっしょー。かっちゃんも着る? おじいちゃんのお下がりになっちゃうけど」


 くさそう。

 なんてとっさに思ってしまったのは内緒だ。さすがにそれは人として酷い。


「そうだね。たまにはそういうのもいいかも」


 うなずくと、魔女はパアッと笑顔を輝かせた。


「おじーちゃん! おばーちゃーん! 来てー!」


 そうして、俺と魔女はそれぞれに手伝われて浴衣に着替えた。

 俺のは魔王のより薄い紺色の地に白い縦線が走るシンプルなもの。なかなか格好いいし、正直テンションが上がる。

 変なニオイもしないしな。ちょっとだけ防虫剤臭いが。


 さて、言ったとおり今日は地元の夏祭りで縁日なわけだが、どうして魔王と魔女と一緒に行こうとしているかというと……まぁ、気まぐれだ。

 最初はクラスの連中と行くはずだったんだ。けど結局あいつらの都合がつかなくてな。だから代わりに、というか。一人で行くのが寂しかったわけじゃない。むなしかった、なら否定はしない。

 というか小さいころ、日本にいたころはユメとも毎年行ってたし。他の友達や親とかとも。


 のんちゃんとはどうだったかな。

 多分あると思うが覚えてない。

 あるいはそれが理由なのかもしれないな。


 玄関前で、両方の袖に逆側の手を突っ込んで腕を組む例のポーズで待つことしばし。

 準備を終えた二人が出てきた。


 魔王は、浴衣はさっき説明した通りだが、それに加えてさらに髪を結い上げている。ただしいつもつけている青い髪留めはそのままだ。そういや本物はこんなもんつけてなかったよなぁ、どうでもいいが。


 魔女も同様に整えられた髪に、浴衣は大小の花がこれでもかとばかりに描かれたやや派手なもの。花が多すぎてピンクの地がほとんど見えない。

 華やかで大人っぽいが、少女らしいかわいらしさも忘れていない。今の大きくなった『ノゾミちゃん』によく似合っていた。

 浴衣選びにまでセンスを発揮する魔王様。大丈夫なのか魔王軍、こんなのがトップで。


 あ、大丈夫じゃなかったわ。俺たち勇者パーティーにやられてほぼほぼ壊滅状態だったわ。


「えっと、どうかな?」

「うん、いいね。かっこいい」


 問われたのでうなずいてやると、魔女はふへへとだらしなく笑った。


「ええー? そこはふつうにかわいいって言っとこうよぉ」

「ごめんごめん。でも似合ってるから、ほんと」

「もぉ~、ほんとにぃ……うぇへへへ」


 照れまくってやがる。

 これだけ美人でスタイルもよければ男に褒められるのなんて慣れっこだろうに、あざといっつうかなんつうか。

 こういうところだぞ、魔王。


「……行こうか」

「あ、兄さん、スマホはちゃんと持ちました?」

「持ってるよ」

「そうですか。ならいいです」


 めんどくせえけどな。

 けど逆らってぐちぐち言われるのはもっと面倒くさい。なので素直に懐に入れてある。人込みではぐれたときとかに便利だってことは理解できるし。そんな重いもんでも嵩張(かさば)るもんでもないし。

 使い方はよく知らんけどな。


 縁日の行われる菱追(ひしおい)竜神宮までは、徒歩で二十分少々といったところ。今日は浴衣で歩きにくいから、もうちょっとかかるかな。ちと遠いがまぁ、我慢するしかない。


「私はかわいいと思いますよ、浴衣」

「ありがと~。ユメちゃんは良い子だねぇ。あ、もちろんユメちゃんもかわいいよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 仲睦まじく茶番を繰り広げる二人の三歩後ろを付き従うように歩く。

 はたから見れば、見守るポジション的な。どっちかって言うと見張るの方が正解に近いか。

 いや別に見張る意味とか無いけどな、実際。ボロを出されたところで突っ込むわけにもいかんし。


 カラコロと下駄の音を響かせながら、前の二人がときおり話しかけてくるのに適当に返しつつ、のんびりと歩く。住宅街を抜けて国道に出ると、一気に視界が広がった。

 日の暮れ始めた夕空に……なんか変な白い紐みたいなのが群れを作って飛んでいる。


「おー、木綿さんたちだぁ。お盆だねぇ」

「晴れてよかったですね」

「……」


 視線を落とせば同じ祭りが目的と思しきカップルや親子連れ、中高生のグループなんかがちらほらと見える。俺らみたいな浴衣姿も結構いる。

 あ、甚平いいなぁ。あっちの方が着てみたかったかも。


 また来年、はないとして。

 起きたら作ってみるのもアリかなぁ。マクドガルドにも夏はあるし、流行るかもしれん。


「そういえばここのお祭りって何か()われとかあるの?」

「さぁ、あるんじゃない? 知らないけど」

「えっ?」


 魔女の問いを適当に流すと、魔王が驚いたような顔で振り向いた。


「何言ってるんですか、兄さん。小学生のときに男神(おがみ)役で踊ったじゃないですか」

「うん?」


 なんだそりゃ。拝み役?

 そんなもんは…………いや待て。

 踊った?


「あー……そういえばなんか、やったんだっけか。子供会の行事かなんか……なにかで」

「あれを忘れたっていうんですか?」


 呆れたような顔。

 ――から一転、不安げな顔に変わる。


「まさかとは思いますが、兄さん……」

「ん?」

「……」


 だが言いかけた言葉は止まってしまう。


「どうした?」

「いえ……いいです」


 なんやねんな。


「あの、ごめん。なんかわたしヘンなこと訊いちゃったのかな?」

「いえ、ノゾミさんは何も悪くありません。兄さんがぼんやりしすぎってだけの話ですから。それより、竜神祭の由来でしたね」

「あ、うん」


 魔女は戸惑い気味だったが、魔王は構わず説明を始める。





 菱追竜神伝説。

 第一幕。

 数百年の昔、この地はひどい異常気象に見舞われた。長く続いた干ばつと寒波により作物は枯れ、家畜も倒れ、大勢の人が死んだ。


 第二幕。

 追い詰められた村人たちは天に救いを求めていけにえを捧げることを決めた。

 身寄りのない子どもを一夜に一人ずつ殺して火にくべる。そんな行為を繰り返すこと七日間、ついに竜神が降臨した。


 第三幕。

 いけにえを気に入った竜は自らの身体を二つに引き裂き、一つを大地に横たわらせて川とした。さらにその夜に殺されるはずだった七人目の少年に天女をあてがうと天に帰って行った。

 百年後に迎えに来るからそれまで血を絶やすなと、そう言い残して。


 第四幕。

 そして百年後。豊かな水と実り多き大地により、人々は幸せに暮らしていた。そして感謝を忘れていた。

 少年と天女の血脈こそ保たれてはいたが、その当代、美しく成長した娘を竜に渡すことを人々は惜しんだ。そして娘を隠し、竜を罠にはめ殺そうと企んだ。

 もちろんそんなものは通じなかった。

 竜は怒り、川の水は煮え立つ泥と化し、その中から百年前の亡者たちが黄泉返り人々を襲い始めた。自分たちだけ助かっておいて約束まで破るのかと。


 第五幕。

 そこに「なぁ」





「え?」

「長くね? いや長いよいくらなんでも。ノゾミちゃんもぼけーっとしちゃってるじゃん」


 俺が指摘すると魔女は慌てて胸の前で手を振った。


「そ、そんなことないよ。わたしちゃんと聞いてたよ? 面白かったよ、ユメちゃん」

「そう? でもまぁ、別にどこにでもある話でしょ。あとはなんやかんやで丸く収まって、もう二度と忘れないよう祭りを開くことになった、みたいな」

「それはそうですけど……」


 不満げな、あるいは不審げな二人に頓着することなく強引に話を切り上げる。

 川に流されて死んだユメに、川から亡者がどうとか言わせてんじゃねぇよ、魔王め。

 俺は二人の間を追い抜いて、先頭に立って歩き始めた。


「……ええ~? 怒っちゃった? なんでぇ?」

「……わかりません」


 後ろからひそひそとした声がついてくる。

 祭りの前だってのに気分を下げちまって悪いが……いや別に悪くねぇし。魔王や魔女に対する配慮とか、勇者たる俺がするわけねぇし。


 そうこうしているうちに、行く手に神社のある丘が見えてきた。

 比例して人影も増え、また明らかにヒトではないシルエットも増えている。異様に太かったりひょろ長かったり、足元をちょろつく小人だったり、顔や手足が獣のようだったりする者たち。

 まるで千と千尋の世界だな。もはやいちいち驚くまい。

 マクドガルドにも獣人とか翼人とかいろいろいたし、同じようなもんだと思おう。


 道のわきには提灯やのぼりがずらりと並び、神社の方まで連なっている。

 国道を折れて脇道に入り、橋を渡って坂を上り、参道を抜けて石段を登っていく――そんな薄明りの道筋が浮かび上がっているさまはなかなかに幻想的だ。


 耳をすませば人々のざわめきをすり抜けて祭囃子(まつりばやし)のかすかな音が……ってこれアンパン音頭じゃねぇか。

 いや確かに現実の祭りでも使われてたし、今風ってことでリアルではあるが。

 もう少し風情ってもんをだな。


 いや異世界の魔王に言っても無駄か。

 思わず呆れた目を向けかけて、なんとかこらえた。タメ息はこらえきれんかった。





「おおー。やってるねぇ」

「はいっ」


 会場に着くころには二人のテンションは回復していた。

 魔女は前のめり気味にあちこちに目をやり、魔王は噛みしめるように目を細めている。

 これが本物のユメとのんちゃんだったらなぁ~……


「ね、ね。どこから回る?」


 魔女が声を弾ませながら訊いてくる。

 浴衣と帯で固められているせいか胸の方は弾んでいない。おのれ。

 まぁいい。

 今日は純粋に祭りを楽しむのだ。


「ああ、うん。そうだね、ちょっとのど乾いたし」

「うんうん」

「タコ焼きかな」

「あはははは! なんでやねんっ」


 雑なボケにも楽しそうに乗ってきてくれる。行ったことないけどキャバクラってこんな感じなのかな。


「冗談じょうだん。そうだね、カキ氷かラムネでも探そうか。ユメもそれでいい?」

「あ…………あ、はい」


 返事までには少し間があった。

 俺が他の女と仲良くしてるとすぐこういう顔をする。

 本物のユメが相手なら手を取って引っ張るぐらいのことはしてやったかもしれんがな。


 ともあれ、さっそく見つけたカキ氷屋でそれぞれ買い込む。特におごったりおごられたりとかはしない。

 魔女は、なんかマンゴーミルクとかいう果物の入ったやつ。魔王はイチゴ、俺はブルーハワイを頼んだ。青い食い物なんてマクドガルドじゃ手に入らんからな。いや別になくても困りはせんが。


 ってかなんだよマンゴーミルクって。

 最近のカキ氷はハイカラっていうか、つまりこれも魔王のセンスなわけか。

 いやもうお前、なんで軍とか(ひき)いてたんだよ。普通に商売でもやってりゃよかったじゃねぇか。そうすりゃ世界も平和だったろうに。


 ……いや。

 いやいや、待て。

 待て俺。

 さすがにそれはちょっと。


 だったら。

 だとしたら、もしかしたら、こいつ。


 思わず魔王のことをまじまじと見てしまう。


「……ん? どうしました、兄さん。ひとくち食べますか?」

「いや……いい」

「そうですか。まぁ、味は同じですもんね」


 言いながらあーんと氷をぱくつく魔王。すました顔をしちゃいるが、微妙に嬉し恥ずかしがっているのがわかる。

 ではなく。


「待って。なんて? 味が同じ?」

「え? はい、そうですけど」

「あれ? かっちゃん知らないの? カキ氷のシロップってどれも味は同じなんだよ。ちょっとお高いやつだと果汁が入ってたりもするみたいだけど。お抹茶とか」

「マジか」


 地味にかなりショックなんだが。

 しかし同時にあるていど納得のいく話でもあり。この手の駄菓子的なやつってそういうとこあるよな、って。


 さらに、そういうことであるなら、ここは。

 この世界は。


 周囲を見渡してみる。

 焼きそば、たこ焼き、金魚すくいに宝引きといった馴染み深いものたちの中に、なにやら見慣れない出店が紛れ込んでいる。

 クレープ、タコス、ケバブ。フライドポテト、肉巻きおにぎり。

 焼きそば屋にはソースだけでなく塩だれ味なるものがあり、チョコバナナ屋では普通のチョコの隣にホワイトチョコやイチゴチョコが並んでいる。


「どうしました、兄さん?」

「いや……あのチョコバナナも全部同じ味だったりしないよな?」

「それはさすがに、違うと思いますけど」


 魔王が困ったように眉根を寄せる。

 一方で魔女は「あ」と声を上げた。何か思いついたといった笑顔。


「じゃあさ、一本ずつ買ってシェアしようよ。食べ比べてみればわかるよ」

「……遠慮しとく」

「……私も、そういうのはちょっと」

「ええ~、なんでぇ?」


 細かいやつとか、せいぜいタコ焼きまでならともかくなぁ。バナナ一本をみんなでかじるなんてのは、相手が魔王たちでなくとも抵抗がある。


 それはそれとして。

 そのシェアとかいう概念にしても、さっきのカキ氷の話にしても。

 あるいはそのへんにいるフリルのついた改造浴衣を着た女の子や道端に寄って石板(スマホ)を覗き込んでいる若者だってそうだ。

 剣と魔法の中世ヨーロッパ風世界たるマクドガルドの者の発想だとするのは、さすがに無理があるんじゃないだろうか。

 地球の、日本の現代知識が下地にないと出てこないもののような気がする。


 だとすると。

 だとしたら。


 ここが夢の世界であることは間違いないわけだから、魔王に日本の知識があるということになる、よな。

 つまり魔王は、俺と同じように日本から召喚された日本人?


 確かにヤツはおおよそ人型ではあったが。

 とはいえ肌の色とか鋭い爪とかは明らかに人間から掛け離れてたしな。まぁ魔術や瘴気の作用で変容した、みたいな可能性ならあるか。魔族領の生き物もなんか基本そんな禍々(まがまが)しい感じだったし。


 けどそうだとしても、『同じ』日本とするには、やはり無理がある。

 具体的には妖怪の存在や各種テクノロジーの発達具合が、俺の知るものと違いすぎる。


 が、この矛盾を解消しうる概念に心当たりがなくもない。

 平行世界、パラレルワールドというやつだ。


 世界は一つではなく無数にあって、それぞれが微妙に異なりながら隣合い、基本的には交わることなく並んでいるとかいう話だ。

 一説によると近い世界同士ほど差異もまた小さく、遠く離れれば離れるほど様相は変わり果てていくのだという。あるいはマクドガルドもそうした平行世界の一つなのかもしれない。

 魔王がいたのは、それよりはだいぶ俺たちの世界に近いところだったのではないか。


 例えばこの宝引きで、すぐ横のヒモを引いてもさっきとは全く別の位置にある景品が持ち上がるように、同じような儀式をしても召喚元の世界が同じになるとは限らない、というような。

 ふむ、とりあえず目立った論理の破綻はなさそう、か?


 もしこれらの思い付きが当たっているとするなら。ヤツが元は人間だったというのなら。

 殺し合う以外の道を見つけることができるのかもしれない。


「あー、惜しい。兄ちゃん、もっかいやるかい?」

「いやクジに惜しいとかないでしょ」


 胡散臭(うさんくさ)いおっさんの屋台を離れて散策に戻る。


「やっぱ運任せはダメだな」

「というか、あれ本当にアタリが入ってるんでしょうか?」


 いやお前がそこに疑問抱いてんじゃねえよ。


「じゃあ金魚すくいはどう?」

「金魚かぁ。取ったあとの世話がなぁ」

「あー」


 ゲームとしては面白いんだろうけどな。


「それより射的はないかな。久しぶりにやってみたいんだけど」


 言いつつ見渡してみるが、見当たらない。


「最近はないらしいよ、射的」

「え?」

「なんか人に向けて撃とうとするお馬鹿さんがいて問題になっちゃって、出店禁止のとこが今はほとんどなんだって」

「ええー……」


 いやありそうな話だけども。

 鼻息を吐きつつ魔王が言う。


「世の中どんどん窮屈になりますね……」


 だから!

 その窮屈さをわざわざ再現しておいてボヤいてんじゃねぇよ!


 お前本当に俺を(とりこ)にする気があんのか? もっとちゃんと接待しろよ。

 それとも何か。コキュートスを狙撃で殺されたのがトラウマにでもなってんのか。


「……まぁ、いいや。焼きそば食べよ。腹減った」

「はーい」


 来た道を引き返す。塩だれ味ってどんな感じだろうか。


 ってかコキュートスと言えば、魔将どもが絡んでこないな。どうせまた偶然と言い張ってしゃしゃり出てきては茶番を繰り広げる展開だと思ってたんだが。

 まぁ来ないなら来ないでぜんぜん構わん。その方が楽でいいしな。


 そんなことより、さぁて焼きそば焼きそばー。



          ◆



「あーあ。せっかくの祭りだってのに、なんでよりによって……」


 どこかの薄暗い空間で、ボヤき声を上げる少女が一人。

 いや、二人。


「しゃべってないで手を動かしなよ。早く終わらせれば、花火ぐらいには間に合うかもしれないんだからさ」

「へーへーそーですねー。わかってますよー……けっ」

「口が悪いなぁ、もう」


 しかし、ボヤいた方もたしなめた方も、しっかりと手は動かしている。

 そうして薄闇の中、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら作業を続けることしばし。

 一方が動きを止め、それまでとは異なるトーンで脈絡のないセリフを、耳に手を添えながら口にした。


「はい、こちら“ブランチ”」


 たしなめた方だ。

 ボヤいた方が無言で振り返る。


「はい、おおむね順調です。予定の――え? あ、はい。“メイプル”もいます。一緒です。――え、はい? ちょっと待ってください、そんな――、――はい。――……はい。了解しました、(ただ)ちに」


 そこまで言うと、手をおろし、黙り込む。


「あの、センパイ?」

「メイちゃん、すぐに撤収。菱追に戻るよ」


 問われると、緊張をはらんだ声で答えた。


「え? でもまだ」

「ここは後回し。というか、処理班に任せるってさ」


 その答えに、問うた方も息を呑む。


「処理班って。爆破ってこと? ちょっと待ってよ、いったい何があったっていうんですか」

「……」


 一拍、置いてから。

 自身も理解しきってはいない面持ちで、その言葉を口にした。


「竜神祭に鬼が出た……らしい」






普通にやる(普通にやるとは言ってない)

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