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斬新な水着回



          ◇



 しかし実際のところ。

 子供のままならともかく大の大人に成長した相手がある日突然家に訪ねてきて『迎えに来たよ』なんて言ってくるとか、普通に考えてホラーだよな。人はそれをストーカーと呼ぶのでは。


 というか。

 あの子のことを思い受かべた翌日にさっそくって、いよいよなりふり構わなくなってきたって感じだな。


 いや、それだとリアルタイムの思考まで読まれていて、夢だとばれてるってばれてることになる。だったらこんなのんきな対応で済むはずがない。さすがに偶然か。


 ちなみに絶望の魔女については俺はよく知らない。戦ってないからだ。

 なんでも俺を召喚したのとは別の国の英雄に討伐されたんだとか。

 魔女は凄腕の死霊術師で、殺された味方がそのまま敵に回ってしまうという、『絶望』の名にふさわしい能力を有していたと聞いたが、一体どう倒したんだろうな。

 確か、雪の国の人形使い、だったか。

 ゴーレムで囲んでタコ殴りにでもしたのかね。


 ともかくそんなわけで、縁の薄い相手だったから今まで出てこなくても不審には思わなかったわけだが。

 まさかのんちゃんに化けてくるとはな。

 おのれ魔王め、人の思い出を好き放題にしてくれやがって。





 それはそれとしてもう八月。

 早くも夏休みの三分の一が過ぎた。宿題は当然手つかずだ。


 うーん、適当にでも終わらせるのは面倒だが、二学期が始まったときに言い訳をしなきゃならんのもまた面倒なんだよな。

 いっそ夏休みいっぱいで夢を終わらせちまうのも一つの手か。

 でもそれだと梨が食えるかどうか微妙なんだよなー。八月下旬にはもう出回ってるんだっけ?


 まぁいい。時間はまだある。

 今日の俺は一人でゲーセンに来ている。家でやってると魔王がうるさいから逃げてきた形だ。

 いや違う。勇者は魔王から逃げたりしない。

 口撃がちまちまうっとおしいから間合いを取った。それだけだ。


 というわけでゲーセンに来ている。家でもできる格ゲーをわざわざ金払ってやるのも馬鹿みたいだから、家にないゲームをやってるわけだが。でも結局格ゲーではあるわけだが。


「おお……!」「また勝った!」「これで四十二連勝だぞ!」「この兄ちゃんスゲえ!」


 ギャラリーがうるせぇ。

 さっきから対戦(やはりネット。相手ってどこにいるんだか)を続けているのだが。

 二十連勝を過ぎたあたりから人だかりができ始めて、今では一勝するたびにこの騒ぎだ。そんなに広い店じゃないからせいぜい十人に満たないていどとはいえ……何のつもりだよ魔王め。接待のつもりか?

 正直悪くない気分なのが逆にムカつく。


「ねぇねぇお兄さん、もしかしてプロゲーマー? 名前は?」


 プレイの合間を縫って、中学生ぐらいの男の子が話しかけてきた。キラキラとした尊敬のまなざし。

 振り返っていた顔を画面に向け直す。


「違うよ。普通の高校生」

「そうなんだ……」

「ふつう?」「普通か?」「普通じゃあないな」「普通とは」


 ギャラリーがうるせぇ。


 まぁ、勇者だしな、俺。普通とは言えないかもしれない。

 つぅか実際このゲームの腕前はマクドガルドで鍛えた動体視力と反射神経によるところが大きい。

 上級魔族を三人までなら同時に相手できるからな。あいつら普通に瞬間移動とかしてくるけど、なんとかなるんだ、勇者の力なら。回避に徹するなら倍以上いてもいける。

 ちなみに俺も使えるぜ、瞬間移動。


 それと、この世界にはプロゲーマーという職業があるらしい。

 元の世界にもいなくはなかった。ただそれはゲームメーカーが擁立(ようりつ)してるだけの広告塔にすぎなかったのに対し、こっちのはスポーツ選手のようなものらしい。試合や大会に出場してファイトマネーや優勝賞金なんかで稼いでいる、俺のイメージだとプロゴルファーに近いものらしい。大きなものだと国際大会なんかもあるんだとか。さすがにオリンピック競技にまでなってたりはしないようだが。


 アホみたいに俺に都合のいい存在だよな。だからこそ魔王の狙いがわかる。

 要は俺にコレを目指させたいのだろう。その辺の会社に入って歯車になるという灰色の未来じゃなく、ゲームで遊んでいるだけで生きていけるという夢のような将来を用意することで、俺をこの世界に留めようというのだろう。

 実際そんな楽なもんじゃない、楽しいだけじゃない、なんて話も聞こえてくるあたり、あの魔王らしいディティールのこだわりだ。


 だがまぁ、悪くないかもな。

 もちろん夢に捕らわれてもいいということじゃなく、そうなってると見せかける手段としてだ。次に教師から何か言われたら試しに答えてみよう、ゲーマーになるって。

 夏休みの宿題問題が片付いたな。なんならさっさと中退してしまうか。コキュートスやディアボロスから絡まれる機会を減らせるという利点もありそうだ。


「おやおや、誰かと思ったらカイくんじゃないか」

「なにやってんですか? 人込みえぐっ」


 おう? 聞き覚えのある声、×2。

 プレイを続けながら振り返る。反射的に顔をしかめてしまった。


「お前ら……」


 そこにいたのはまさしく、ディアボロスこと麻沼カエデと、コキュートスこと冬馬コズエの二魔将。

 噂をすれば影っつーか、マジで思考を読んでるわけじゃあるまいな。


 と、気を取られて操作がおろそかになってしまった。スキを突かれてコンボを決められて、あっという間にゲージを削りきられて負けてしまう。

 けどどうでもいい。


「なんでいるんだよ」

「まるで居ちゃ悪いみたいだね。ってゆーかすごい騒ぎになってるけど」


 うん、なんかギャラリーが悲鳴を上げてる。

 ちょうど五十連勝がかかってたからな、気持ちはわかる。

 とりあえずその場を離れることにした。入り口近くのドリンクコーナーのあたり。二人もついてきた。


 ……そのつもりではあったが、当然のように来られると作為的なものを感じてしまうな。決められた台本に沿って行動してるだけ、というか。

 実際その通りなんだろうが、もうちょっと隠せよ。興ざめするだろうが。


「で、なんで二人がここに?」

「だから、別にいても悪くないよね? プリ撮りに来ただけだよ」


 プリ。プリント倶楽部ってやつか。なんか女子の間で流行ってるとは聞くな。

 軽く振り返ってみると、カーテン含めて三メートル立法ぐらいある馬鹿でかい筐体が狭い店内に三つほど並んでいる。流行ってるどころじゃねぇな。

 あとUFOキャッチャーも大小含めて十台ぐらいある。なんかよくわからんリズムゲームも種類があって、普通のゲームは数台しかない。

 ゲーセンってこうじゃねぇよなぁ? なんで無駄に女子供向けみたいになってんだ。どういう意図だよ魔王のやつめ。


「そうじゃなくて、なんでお前ら二人が? いつの間に仲良くなってんだ?」


 少なくとも向こうじゃ互いを見下し合ってるふうだったよな。

 一緒にいるシーンを(じか)に見たわけじゃないのでわからんが。あるいは魔王の願望かねぇ、部下同士に仲良くしてほしいって。


「いつの間にも何も、こないだの海からだよ。ねえ?」

「あ、うん」


 水を向けられたカエデが我に返ったようにうなずく。なんかさっきから大人しいというか。

 ギャラリーたちの方を気にしてるっぽい。


「どうした?」

「いや……何やったんですか、カイさん。なんであの人たちあんなに」

「鉄血で四十九連勝してたところだっただけだけど」

「またそんな……」


 はいはい、信じてないって(てい)ね。


 うん?

 ああ、海イベントならもう終わったぞ。一週間近く前だ。楽しかったぜ。

 終業式の時点で来週って言ってただろ。


 いやまぁ、そうがっかりするなよ。必要な部分は描写してやるから。


 まずメンバーは俺と、友人の野郎と女子が二人ずつ。コキュートスと、ディアボロスと魔王と、そしてのんちゃんこと絶望の魔女。

 結局アイツが車出してくれることになったんだ。免許だけじゃなく、祖父母の送迎に使うとかで十人乗りぐらいのデカいやつを持ってたし。本人の名義ってわけじゃねぇんだろうが。


 で、それぞれの水着だが。


 まず魔王は一番大人しかった。あの雨の日にカエデと一緒に買ったらしい。セパレートではあったが上はセーラー服風の半そでだったから胸元も腋もどこも見えず、下は下でショート丈のジーンズっぽいやつでこれまた大人しい感じ。ファッション的になんていうかは知らん。色は全体的にピンクだった。

 露出度は水着にしては無いに等しいと言ってよく、しかしその清楚な感じはユメのイメージとよく合っていた。かわいかったしな。

 そう言って褒めてやったら嬉し恥ずかしそうにモジモジしていた。

 似合わないセクシーなのとか着てきてたらぶっ殺してるところだったがな。ユメを(はずかし)めるな、って。


『ねぇねぇカイさん、あたしはあたしは?』


 そう言って割り込んできたのはディアボロスだ。

 下は魔王とおそろいな感じのショートパンツだったが、上は炎のように真っ赤なビキニで、ただし下にもう一枚黒いのを付けた重ね着スタイルだ。

 友人女子の一方も同じだったし、周りのモブの中にも似たようなのがチラホラいたから、そういう流行り(という設定)なのだろう。

 女性用水着のデザインにセンスを発揮する魔王様。


『あー、いいんじゃない? もっと露出度高い方がエロくていいと思うけど』

『死ね!』


 次に友人二人だが、一人は上に述べた通りに重ね着スタイル、下がグリーンで上がオレンジというカラーリングは南国のフルーツを思わせた。実際二つ実ってた。

 もう一人はワンピース、というか形は競泳水着に近いものだった。白地に大きな花柄がプリントされた華やかなデザインで、背中が大きく空いているのが目に嬉しかった。

 ちなみにこの二人はえらく仲が良く、だいたいいつでもどっちかがどっちかに抱き着いてる、みたいな感じだ。


『じゃあ私はどうかな、カイくん』


 コキュートスもビキニだ。

 色は涼しげなアイスブルー。確かチューブトップっていうんだったか。肩ヒモがなく、代わりに背中の真ん中をコルセットみたいに編み上げて締める造りになっていた。ボトムスの両サイドも同様だ。紐パンの亜種、とでも言えばいいか。


『エロくていいな。ヒモをほどきたくなる』

『死ねば?』


 さてお待ちかね、名も無き爆乳の魔女はというと。


『わ、わたしはいいよぉ』


 水着自体は地味めな黒のワンピースだった。

 肩ヒモを首の後ろでリボン結びにしているのがエレガントだとか、両の脇腹に楕円形の大きな穴が空いていて締まったくびれがばっちり見えるとか、語るべきポイントはいくつかあったが、どれもおまけとしか思えないほどにただただ、


『でっか』

『……かっちゃん、えっちになっちゃった?』


 まぁ控えめに言って優勝だったよ。


『なぁ、カイってあんなはっちゃけた感じだっけ?』

『いや……やっぱ最近おかしいよねぇ?』


 野郎どもの分は別にいらんだろうが、一応書いておこう。

 全員似たり寄ったりの海パンだ。ブーメランパンツとかはいなかったから安心だな。


 そんなところか。

 そんなメンバーで、泳いだり水を掛け合ったり浮き輪でまったりしたりビーチボールで遊んだり、かき氷や焼きそばを食ったりしたわけだ。

 あとは各自自由に、揺れたり食い込んだり水滴が表面を伝ったりするさまを思い浮かべて楽しんでくれ。あ、フランクフルト食ってたやつもいたな。


 話を戻そう。


「じゃ、俺は帰るわ」

「は? 何言ってんですか。一緒にプリ撮りましょーよ」


 お前が何言ってんだ。


「負けたしもう帰る。金もないし」

「またまたそんなー、こんな美少女二人に挟まれてってちょっとちょっと! ホントに帰っちゃうの!? ねぇー!」


 本当に帰った。

 時間は有り余ってるがお前らに付き合う暇はない。夢の中で記念写真を撮る気にもなれない。

 それより腹減ったし、なんか食ってくか。

 何がいいかな。



          ◆



「ヘン、ですよね」

「そうだね」


 佐野口カイが立ち去った後のゲームセンターで、ともに入口の方に顔を向けたまま、二人の少女がうなずき合う。


「先輩から見てもヘンなんですか、やっぱり?」


 ちらり、隣を見上げながらカエデがたずねる。


「そうだね。前よりも……ううん」


 コズエはうなって、あごに指先を添えた。


「よそよそしいっていうのとは少し違うかな。前から一線引かれてる感じはあったし、むしろ遠慮はなくなってる気がするんだよねぇ」

「冷たくなった?」

「ああ……そうか、そうだね。単純にそう言ってしまうのが一番正解に近いのかも」


 うんうんとつぶやきつつうなずく彼女を、カエデはニュートラルな無表情で見やって、また正面に顔を戻した。


「あたしは友だちのお兄さんってつながりだったんですけど」

「うん?」

「先輩はどういう感じでカイさんと仲良くなったんですか?」


 そして改めてコズエの顔を見上げる。

 彼女はそんな後輩を少しの間見下ろしてから、ふっ、と柔らかく笑った。


「竜神祭の男神(おがみ)と女神だったんだよ」

「! それって、四年に一回やってる、あの?」

「その」


 ここ菱追町には一つの伝説がある。

 簡単に言うと、川の化身たる竜神の眷属と天女の血を引く娘との異類婚姻譚だ。両者の結びつきによってこの地は豊穣に恵まれ、云々。どこにでもあるような話ではある。

 四年ごとに行われる竜神祭では、地域ごとに男児と女児が一名ずつ、計十四人の子どもたちが選ばれて、伝説の一幕を再現した舞が奉納されるのだ。

 ちなみにそういった神事のない普通の夏祭りもあり、これは毎年開かれる。海のときのメンバーで行けたらいいねという話になっているが、カイの友人たちの予定が合わなさそうという話も出ていて、どうなることやら。


「でもアレって面をしてるからおたがいの顔はわからないんじゃ」

「練習のときは普通に素顔でやるからね」

「あっ」


 意外と知られていない事実である。


「……なるほど。それで、高校で再会した?」

「そういうことだね。もっとも向こうは私を覚えてなかったみたいだけど」

「うわぁ……でもソレはソレでヒロイン力高そう」

「だったらいいんだけど」


 互いにむなしく笑い合う。


「まぁ、だったとしても負けませんけどね。カイさんを落とすのはあたしです」

「言うじゃないか」


 不敵に笑い合う。

 そんな二人を、ゲームセンターの他の利用者たちは、なんとなく遠巻きに眺めていた。






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