蝶と蛇
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。ガクリとひざを地面に着こうとする足を無理やり動かし、走り続けてからどのくらいたっただろう。白い装束に白い髪飾り。はだしで、装束の胸には謎のお札がはられていた。前身はびしょ濡れ。髪からしたたり落ちる水が、土にしみこんでいくのが分かった。
真夜中。というより夜明け前。私は地元の「蝶野村」で行われる生贄の儀式に参加させられた。15になる娘からくじで選ばれる生贄。私は籤運が悪いんだ、と自分に言い聞かせ、なんとか平静を保ちながら白装束に着替えた。15歳の娘が6人集まった洞窟。暗くて、少しの音で震えた。全員が友達で、私が来ると、少し顔をほころばせた。
「ああ、希蝶ちゃん。どうしよう。私、選ばれたら・・・」
「希蝶・・・。」
みんなパニックだ。それはそうだろう。生贄にされて殺されるのだから。この村で起こる災害は、水と氷の神、神籬様が怒っていらっしゃるからだ、という伝説がある。私たち若者から言えばしょうもないことだが、そう思うには重すぎる伝説だった。生贄選ばれた娘は、誰がなんと言おうと、泣いても笑っても生贄として底なしの湖に沈まなければならない。体には重りこそつけないものの、体にまとわりつく水の流れが水面に浮かぶことをこばむそうだ。
コツン、コツン、と、神主が靴音をならしながらやってきた。くじを引くためだ。神主といえど、私の父に過ぎない。でも今は父ではなく神主。相応なふるまいをしなければならない。
「これから、くじを引く。選ばれた者は、その通りにするように。」
いつもより低い声で話した神主は、祈りをささげ、聖なるくじ箱に手をいれた。くじ引きというのは、神に運を委ねるのだから、聖なるくじ、と言われるそうだ。そんなことが頭をよぎり、私は苦笑した。私の脳は、何を考えているのだろうか、と。
「一人ずつ引いてゆき、最後に残った者が生贄となる。」
残り者には福がある、というのは嘘。このくじでは、早くひかれたほうが生きることができる。残り者は死ぬ。それがルールだ。
ごそごそと袖をゆすりながら神主がくじ箱から一枚の紙を出した。開くときの緊張感は極限まで達した。
「七瀬、葉月。」
「ぁ、ぁあああ!ありがとうございますっ!神籬様っ!ありがとうございます!」
葉月。おっとりとした性格で、誰にでも分け隔てなく優しい。そんな子がこんなに喜ぶのをわたしは初めて目にした。
「嘉納、かずか。」
「野々宮、カナエ。」
「崎野原、藍。」
「福田、麗。」
どんどん名前が呼ばれ、残りは私と、みおちゃん。みおちゃんこと榊美緒は、いつも元気なお姉さん的存在。でも今は、顔面蒼白で私をにらんでいた。絶対に私が生き残ってやる、という眼差しをお互いにぶつけあっているところで次の名前が呼ばれた。
「榊、美緒。」
「いや、いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!お、お父さん!お願いみおちゃんにしてっ!一生のおねがいっ!死にたくないっ!いやぁぁぁぁ!!!!!」
そう泣き叫ぶ私をよそに、父は静かな声で伝えた。
「蛇喰、希蝶。お前が生贄だ。」
「いやぁぁぁ!」
つづく・・・と思います・・・。