白いドレスの女
とうとう、登場します
誤字修正しています。ご報告ありがとうございます。
ノクタリウス王太子殿下とリナファーシェ公爵家令嬢の婚約の式典が無事終わった。
「疲れた…」
ログリディアン様は事務官の制服の襟元を緩めて、ドカッと椅子に座った。私はリディ様の好きな花の香りのお茶を入れてお出しした。
「ありがとう」
本当に前世の陛下と全然違う。まずお茶を置かれてお礼を言っているなんて聞いたことが無いもの。
私も自分の分のお茶を入れて、ソファに座るリディ様の横に座った。こうやって横に並んで座るのも最近は慣れたわね…。ごく自然に2人になると寄り添える。
だから12才なのに周りから老夫婦呼びされちゃうのかな?
お茶を一口飲んで一息ついたリディ様は私の肩や背中に手を置きながら、今日はもう予定ないよな?と聞いてきた。
横に並ぶリディ様の綺麗な顔を見詰める。最近益々男の子っぽくなってきましたね~。
「私、少し執務室に戻りますわ」
「ええ?何か事務処理残ってたっけ?」
「来週にテラース領の農地視察がありますでしょう?今回はリナファーシェ様だけですし、ご準備抜かりなくしておきたいのです」
そう言うとリディ様は柔らかく微笑んでくれた。心臓が跳ね上がる。もう…っ不意打ちの優しい顔はいけませんわっ。
「俺も手伝おう」
そう言ってリディ様の顔がスーッと近づいて来る。来た来た…。チュッ…。軽く唇同士が触れてゆっくりと離れていく。ほんの軽い触れ合いだけど、最近はリディ様はこんな感じで触れてくる。
事務官のおじさま達にバレたら、まだ子供がいけません!とか怒られそうだけど、リディ様曰くその怒られそうなバレるかもという危険性が興奮するんじゃないか~と、最近は立派な変態予備軍な発言を堂々とされている。
精神年齢はもう大人の男性ですもんね…私だって殿方のアレやソレは存じていますよ。最近はリディ様に絆されてついつい甘い対応をしているのも承知していますよ。
翌日
ノクタリウス王太子殿下に夏に施行予定の立案報告書とテラース領の関連資料の確認書類をお持ちした。
「ありがとう、レアンナ。うん…問題ない…ね。これをリナファーシェに渡しておいてね。当日の護衛はマネケス副隊長の第三班が行くの?」
「はい、その予定です」
ノクタリウス殿下は署名をしながら、ニコニコと頷いている。
はあ~~っ本当に立派に更生したわねぇぇ。別に不良になっておられた訳じゃないけど、あんなぐうたらな殿下が良くここまで…気が緩んだら喜びで泣きそうだわ。
「レアンナ…視察中、リナファーシェの事をお願いするよ」
ああっそして、リナファーシェ様とも相思相愛まっしぐらで!想い合う2人!心も美しく更生されたわぁぁ。元々ノクタリウス殿下は美丈夫なんだもの、心の美しさと相まって光り輝く美少年だわ。
「レアンナ…レアンナ?聞いてるの?」
あら、すっかり陶酔していたわっいけない!
「申し訳御座いません。視察の事に考えを巡らせておりまして…」
以前の殿下なら私がこんな対応をしていたら、ティーカップを投げつけられていたわね。今は、ニコニコしているだけ…愛の力って恐ろしい。
さて、リナファーシェ様にも視察の資料をお持ちしようかしら。
「おはようございます、リナファーシェ様」
私が声をかけ、了承を得てリナファーシェ様の執務室の中に入ると柔らかな朝日を浴びて、慎ましやかな美の化身が私を笑顔で迎えてくれた。
「おはよう、レアンナ。昨日のワーデロタルト美味しかったわね~。知っている?アンライカから聞いたの、ワーデロとバースを混ぜ込んだパンケーキの有名なお店がテラース領にあるんですって」
「まああ!それは是非お伺いせねばいけませんね」
ウフフ…アンライカや他の令嬢方ともすっかり仲良くなったわね。そうそう、甘いものの話は盛り上がりますね。
リナファーシェ様もすっかり明るくなられて、ノクタリウス(昔不良)との甘い甘い婚約生活ですっかり美しさに磨きがかかって内面からの美しさが自然発光されているわね。
ああ、お母さんは嬉しいわ。あら?ちょっと違うかしらね…。
それから視察の準備に追われ…。テラース領に向けて出発した。領地の視察は順調だった。空き時間にパンケーキのお店に寄ったり、事務官の皆様へのお土産のお菓子を買ったり…満喫でした。
帰りの馬車の中でリナファーシェ様とお土産の分配を確認していると、窓の外を見ていたリディ様が、険しい顔をしているのに気が付いた。
「どうされました?」
リディ様は窓の外を見詰めたまま早口で答えた。
「思い出してきたんだ。前……この辺りでレニシアンナに会った…」
「ええっ?!」
リナファーシェ様がキョトンとした顔で私とリディ様を交互に見ている。
リディ様はリナファーシェ様が居るので、何でもございません…と微笑んでから、また窓の外を見ている。
この辺りでレニシアンナに会った?つまりは視察に出た時に遭遇したのね…。
その時、馬車がガクンと揺れた。リディ様は直ぐにリナファーシェ様の体を支えた。私は何とか立ち上がって御者に声をかけた。
「どうしましたか?」
「すみません!車輪が轍に嵌まったようです」
馬車に並走していた近衛のマネケス副隊長が窓の近くに来た。
「馬車内でお待ち下さい。手伝ってまいります」
「俺も行こう」
リディ様が馬車を降りたので、私も一緒に降りた。馬車を動かす時少しでも軽い方がいいかと思って…ね。
ところが、馬車を降りたままリディ様はその場で固まっている。どうされたの?
「レアンナ……どうしよう?」
「え?」
リディ様は、グギギ…と音がしそうなほど首をゆっくりと動かして私の方をみてきた。
リディ様?!か、顔色が真っ青よっどうされたの?!
「前……レニシアンナに会った時も……はあっ、馬車が轍に嵌まったんだ……で……。はあっ…」
緊張か動揺?で息が乱れているリディ様の背中を擦る。リディ様は何度も深呼吸をして落ち着こうとしているが、手も震えている。私はリディ様の手を取ると擦ってあげた。
「ふうっ……すまん。確か場所はこの辺りだったと思うんだ。こうやって轍に嵌まったのも同じだ。でも時期が違う。もっと後、数年先のはずだ」
私もリディ様の手を擦りながら、リディ様に体を寄せた。
私達の周りでは大人たちが馬車の車輪を轍から戻そうと作業をしている。こんな時、子供は何も出来ない…。
「そうですね…私の記憶しているのも、殿下が19才か20才だったと…」
「4年ずれているのか?」
リディ様が私の手を握り返してきた。
その時、馬車の中から外を覗いていたリナファーシェ様が突然
「そこの大きな白木の側に誰か居るわ!」
と叫んだ。
リディ様の体がビクンと震えた。もしかしたら……?リディ様の顔を見上げる。
大きな木の下に白いドレスを着た女性?が座っている。近衛のマネケス副隊長とヨージンがゆっくりと近付いて行く。
そしてその白いドレスの女性がこちらを見た。
全身総毛だった。間違いない…庇護欲をそそる小柄で可愛らしい体躯。黒目で黒髪の珍しい容姿…。前世のノクタリウスがよく言っていた彼女を称える時に使っていた『女神の泪』とかいう例えを思い出していた。
怖い…あの人は前世のままだ。今あそこいる女と薄っすらと記憶していたレニシアンナの面影がピタリと重なった。
私と同じことをリディ様も感じていたみたい。震える声で
「今までレニシアンナの顔を薄っすらとしか思い出してなかったのだが、今はっきりと思い出した。アレだ…間違いない」
リディ様はそう言って私の手を更に握り締めてくれる。お互いに手が震えている。怖いよね、分かっている。
白いドレスのレニシアンナの近くまで行った副隊長達はレニシアンナと何か会話をしているようだ。そしてレニシアンナは護衛に挟まれるようにしてこちらに歩いて来た。
記憶のままだ…と思った。身長は今の私達とさほど変わらない。レニシアンナはゆっくりと近衛を見たり馬車を見たりしていたが…何を思ったのか、私達の方を見ると急に満面の笑みを浮かべてこちらに走って来たのだ。
ひええっ!とてつもなく怖い!リディ様もガタガタと震えている。何度も言うが私達これでも今年やっとデビュタントするぐらいのちびっ子なのだ。一度生まれ変わっていてもまだまだ精神年齢は未熟なままだ。
固まっている私とリディ様の前にレニシアンナは飛び込んでくるとなんとリディ様に抱き付いてしまった。一緒に手を繋いでいた私も至近距離でその抱き付きを見てしまった。
「ノクタリウス!会いたかった!」
「ひぃぃぃ!」
彼女が陛下の名前を叫んだ時にリディ様が悲鳴を上げて白目を剥いて倒れたので(私も恐怖で卒倒寸前)そのレニシアンナが何故リディ様をノクタリウス呼びしたのかは何となく有耶無耶にされて終わった。
卒倒しちゃったリディ様を馬車に寝かせて、リナファーシェ様と私、近衛のお兄様達4人と侍従2人侍女2人でレニシアンナを取り囲んでいる。
私も白目剥いて倒れておけばよかった…ズルいよ、リディ様。さっきからレニシアンナがものすごく見てくるんだもの…怖い。
「あなたのお名前お聞きしていいかしら?」
私がビビっている間に果敢にもマネケス副隊長の肩越しにリナファーシェ様はレニシアンナに声をかけた。リナファーシェ様ぁ?!いつの間にそんな豪胆な性格にぃぃ…今それを言っている場合じゃないわね。
リナファーシェ様に声をかけられたレニシアンナは、目を見開きリナファーシェ様を見詰めた後
「リナファーシェ?」
と呟いた。近衛の皆様と侍従のお兄様達が一気に緊張されたのが分かった。
よ…呼び捨てって不敬にもほどが…いえ待ってよ?先程、リディ様に向かってもノクタリウスと呼び捨てにされてましたよね?もしかして…
このレニシアンナも生まれ変わり? う~んう~んでもさ、何だかおかしいのよね?何がおかしいって聞かれたらはっきりとは答えられないけど…違和感?というのかしら。
すると卒倒から目覚めたらしいリディ様が馬車から降りて来られた。慌ててリディ様のお傍に行った。近づいてきた私の手を、すぐに握ってくるヘタ………いえ、小心者の元殿下。
レニシアンナはまた笑顔になってこちらに近付いて来ようとした。
「ノクタリウス!」
「違います」
うわっ!リディ様の切り返し速っ!
リディ様はどうやらいつもの調子が戻って来ているみたいだ。ログリディアン様対レニシアンナの戦いの火ぶたが切って落とされた!
そう言えば前世ではログリディアン様ってレニシアンナをこれでもかーこれでもかーというくらいにねちねち嫌味で攻撃していたことを今、急に思い出してきたわ。
リディ様は挑むような目でレニシアンナを睨んでいる。
「あなたは何者ですか?」
そうレニシアンナに問い掛けた。