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記憶の中の私達


リディ様は私が亡くなった後の話を教えてくれた。


「俺は…レニシアンナの言い分だけを聞いて、リナファーシェを断罪した。そして煩いリナファーシェがいなくなったと意気揚々としていた俺の元に、普段のリナファーシェが取り仕切っていた政務と公務の案件を持ったログリディアンがやって来た。それを今度から全て1人でやれ…とログリディアンに言われた。俺は何一つ出来なかった…。リナファーシェは毎日深夜までかかって、睡眠時間を削って執務をこなしていたと、ログリディアンとレアンナには泣きながら叱責された」


リディ様は目頭を指で押さえていた。あらまあ少し涙ぐんでおられるわね………私涙もろいのよ。ぐすっ


「執務に掛かり切りのリナファーシェ妃殿下がレニシアンナを苛めている時間は無い…とログリディアンに大声で怒鳴られて…やっと気が付いた」


リディ様は深く息を吐くと天井を見上げた。


「何も知らなかった…。本当に馬鹿で間抜けで愚鈍な王だった。何も努力しないから、自分の手元からどんどん重要な仕事が減らされているのにも気が付いてなかった。ある日、ログリディアンと叔父上に言い渡された。もう退位してくれ…と。あなたは必要ないと言われた」


「!」


「ログリディアンに淡々と説明を受けた。政務もまともにこなせない王族に何が出来るのか?後は世継ぎを作ることだけだ。だが、レニシアンナと4年は一緒にいる…どうなっているんだと聞かれた。その話をした途端、レニシアンナは………ふうっ……宝石を持って近衛の若い団員と逃げ出した」


「ええっ!」


「未だに子供が出来なかった原因は分からない。私の身体的欠陥の可能性もあるし、レニシアンナの方かもしれない。その逃げた近衛と…デキていたんだと、ログリディアンに聞かされて…当時の私は唖然としたものだ。本当に愚鈍だから何も気が付いてなかったんだ」


本当に陛下鈍いわね…あのレニシアンナならそれぐらいやりそうだと、陛下以外の皆は気が付いていたと思うけど?


「それで俺は逃げたレニシアンナを追いかけて捕まえようとして、揉み合いになりその若い近衛に刺されて…死んだ」


何だか死に方まで鈍い…と一瞬思った。


「あっ…と……それは」


「自業自得…だろう?」


「あ………はい」


「刺された時に、思わず笑ってしまったんだ。もう己が馬鹿すぎて…笑えて仕方なかった。こんな愚かな王に強いられて、リナファーシェは、さぞ悔しかっただろう、辛かっただろう、腹立たしかっただろう…と」


そうね…本当に悔しかったわよ?腹立ったし…。


「死に行く際で、リナファーシェに詫びたい。そればかりを考えていたんだ。だから…目覚めて記憶を持っていてしかも、自分が過去のログリディアンとして生まれたと知って…嬉しかった。これでリナファーシェをあの時の私とあの女から彼女を助けてやれると喜んだ。だからまさかその…リナファーシェがレアンナとして生まれているなんて、思いもしなくて…」


私はまた小声でボソボソ言い出した、泥水腐れ元陛下をジロリと睨みつけてやった。


「私は生まれかわった時に、ノクタリウス陛下をギタギタに踏みつけてやろうと、内務省の最高位の事務次官を目指していましたけど、何か?」


「いえ…踏み付けられて当然の行いをしたと…」


「コホン、でもそれとは別に…リナファーシェをあの断罪から救うということには大いに共感致します」


「レアンナ!」


そう…このリディ様は前世はギタギタに踏みつけてやりたい腐れ陛下だけど、今は踏みつけにするには忍びない子供で、しかも地頭良いはずのログリディアン様だ。


ニヤリと笑いが出た。この泥水腐れ陛下の弱味を握った!と確信した瞬間だった。


私はリディ様に手を差し出した。


「では今日から私達は共闘関係ですね。共にリナファーシェの断罪を阻止し、腐った陛下とあの女からお救いしましょう!」


「腐った陛下……」


「なにか?」


「いえ、共に戦います」


リディ様からも手が差し出されて、しっかりと握手を交わした。


という訳で、仕切り直し…今日は仕事は休みを頂いたというリディ様にお茶とお菓子を準備して、前世の記憶の擦り合わせを行う事にした。


ところが、私の記憶力も然る事乍ら、元腐れ陛下の記憶力の方も散々だった。


「生まれ変わってからのことは赤子の頃から鮮明に覚えているんだが、前世となると飛び飛びだな…。」


前世の地頭が悪いんだよ…とは言えないので、私もそうですオホホ…と誤魔化しておいた。


「では改めまして、リナファーシェと陛下は…陛下が20才でリナファーシェが16才で婚姻したということで間違いないですよね?」


「そうだ」


「ではレニシアンナとはいつお会いになりました?私の記憶では、急に城に連れて帰って来られて紹介されたと思うのですが…」


リディ様は焼き菓子を口に入れながら首を捻っている。


「ええ…そうだったかなぁ?俺も何だかその経緯ははっきり覚えてない…」


「そんなことありますかぁ?」


普通妾妃を連れて来るのに、そんな曖昧なことがあるかな?記憶として結構鮮明に覚えていてもよい出来事だと思うけど…。


「俺、結構馬鹿だったからな…今なら一語一句憶えている自信あるけど…」


うん、そこは強くは否定出来ない…。確かに前世のあなたは馬鹿でしたね。


「そのレニシアンナとの出会い方は兎も角としても、時期的にはノクタリウス陛下が19才から20才の間くらいにレニシアンナを城に迎えたというので間違いないでしょうか?」


リディ様は私と話しながら紙に過去の時系列を書き出している。流石、今世は地頭が良いらしい…非常に分かりやすい時系列だ。


「そう言えば当時、城にレニシアンナを連れて帰った時にレアンナに暴言を吐いていたんだよな。この時がレアンナとログリディアンとも初対面か…」


「本当に今世は記憶力良くなられましたね…しかしまた思い出して腹立ちますね、あの女」


リディ様は眉間に皺を寄せたままレアンナに暴言、初対面か?と書き込んだ。


「もっと憶えていないか?その時何か言っていたとか…」


「え~?」


当時の私の記憶力を舐めるなよっ!……………思い出せない。確か…レアンナにぃ~え~と?


「思い出せません。」


「…そうだと思った。兎に角、過去にレニシアンナと遭遇することそのものを避けられないか…と考えているのだが、どう思う?」


遭遇そのもの?!つまりあの女がノクタリウスの妾妃にすらないように過去を操作するということ?


「俺はこれに際して色々と仮説をたててみた。もしレニシアンナをこの城に入れないようにして…リナファーシェとノクタリウスを存命させても…この時代は盤石でそう歴史は変わらないのじゃないかと…」


「!」


「レニシアンナは子を成している訳ではない。この国の貴族階級の出自かどうかすらも疑わしい。少なくとも影響があるのは存命するリナファーシェとノクタリウスの2名とたぶらかされる近衛だけということだからな」


確かに…レニシアンナをこの城に入れないようにすれば…そもそもの憂いを断つことが出来る。


「それに…まあこれは俺の願望だけど、ノクタリウスとリナファーシェが…その上手くいって欲しいというか…」


色々と下の想像をしてしまったのか…顔を赤くする元陛下の10才児…。


「私は…ノクタリウス陛下は好ましく思っておりましたよ?美丈夫でしたしね」


リディ様は急に顔を輝かせて、私ににじり寄ってきた。


「そっそうかっ!アハッ、アハハ!び、美丈夫かぁ~!」


「……これほど体を近付けていいと許可した覚えはありませんよ?」


私が低い声を上げて10才児を睨み上げると、リディ様はヒュッ…と息を飲んで慌てて対面のソファに戻られた。油断をするとすぐ近付いてこられるのだから…っ!


リディ様は咳払いをしながら時系列に19才から20才にレニシアンナに遭遇→特定して阻止…と書き入れている。


「レニシアンナが外の人間だと仮定すると、慰問や視察に出かけた時に出会う危険性があると思うのだ。少なくとも、当時この城にいた女官や侍女ではなかったと思う。確信はないが…」


うん…分かっていますよ?あなたの記憶力も曖昧なのでしょう?


「出来るだけノクタリウスに付き従って、それっぽい出会いを邪魔してやろうと思う」


何それものすごく不敬で無粋なことだけど…この際そうも言ってられないのか…?


あれ?そうだ…そうじゃなくて…。


「ねえリディ様、そうじゃなくて…もっと簡単な解決策があるじゃない?」


「な、何?簡単な解決策?なんだ言ってみろ」


「ノクタリウス陛下はそのどこかでレニシアンナと出会う時に隙があるから妾妃を迎えてしまう訳でしょう?でしたら、そもそもの隙を作らないように、ノクタリウスとリナファーシェの絆を深めてしまえばいいのですよ!2人がしっかりと想い合っていれば、レニシアンナが入る隙はありませんよね?」


リディ様は目を丸くした後に笑顔になった。


「そ、そうか!阻止することばかりに気が向いていたが…そうだな、うん!そこの2人の気持ちをしっかり固めておけば…」


「幸いにもまだ時間はあります。何て言っても後10年ありますよ!」


「そうだな!」


私とリディ様は手を取り合うと頷き合った。


それから私達はノクタリウス王太子殿下を素敵で格好いい陛下にするべく、日々鍛錬(躾)をした。その一方で同じく、リナファーシェを素敵な令嬢にする為に、私のお友達の令嬢達と引き合わせて、社交性と積極性を教えてこちらも日々鍛錬した。


そしてここが重要、ノクタリウスとリナファーシェをさり気なく…そして頻繁に遭遇させて顔馴染みにさせて2人の仲を深めさせていく作戦を遂行していた。


2人は私達の思惑通りに、城の温室でお茶をしていたり、王太子殿下がリナファーシェの好きな花を贈ったり、時々2人で城の中庭で逢瀬を重ねているのを…………仕方なく本当に仕方なくリディ様と覗き見して観察してみたりしていた。


そしてこれらをじっくりと時間をかけて私達は勧めて行った結果…2年目の6月初め…それらが早くも実を結んだ。


ノクタリウス王太子殿下が今年中にもリナファーシェ嬢と婚約したいと言い出したのだ。


それを聞いた私とリディ様は同時に


「やった!」


と叫んだのは仕方のないことだ、うん。


すっかり尻にしかれる元陛下。ざまぁはもうすぐ…です多分

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