リディ様の正体
まだまだ幼少期です。
誤字修正しております。
「リナファーシェ…」
どうして今、ここでその名前を出されますの?
ベランダで崩れ落ちてしまったリディ様に近づいて、お顔を覗き込むとリディ様は焦点の合わない目で私を見返してきた。
「ど……う…してレアンナが……知っているんだ」
どうしてレアンナが知っているんだ?
頭が真っ白になる。
だって私が蹴られたから…。だって私がお酒をかけられたから…。
「どうして…?」
リディ様の問い掛けに殆ど無意識に答えていた。
「だって私だもの…」
リディ様は目を見開いた。ガクガクと体を震わせながらやっと焦点の合った目で私を見た。
「リナ…」
私は驚愕した。
気がついた…………この人はログリディアン様じゃない。ノクタリウス=フゴル=モエリアントだ!
怒りの為か血が逆流しそうなほどに、体が熱くなる。
「リナ……すまなかった。許されること…ではないのは…」
最後までは聞いていなかった。聞いてはいられなかった。ノクタリウスが…あのノクタリウスがっ?!何故?!何故だっ!
私はベランダから室内に駆け戻った。体がガタガタと震えている。よろめきながら寝所に入ると体を丸めて膝を抱えた。
アイツがアイツが……ノクタリウスだった!悔しくて悲しくて……胸が痛い。
「うっ…!!あっ…ううっ…」
涙が止まらない…。
その時扉が叩かれた。ノクタリウスだ!
「リナ?リナ…」
ずっと扉が叩かれている。止めろ止めろ!それから廊下に居た近衛に静止されるまでずっと扉が叩かれていた。
私は次の日、寝所から出なかった。
■ □ ■ □ ■ □
俺は寝不足でふらつきながら書類を確認していた。辛いとか眠いなんて言っていられない。
リナファーシェの方がもっと辛くもっと悲しく、俺に怒りを持っているはずだ。
俺が記憶を持ったまま生まれ変わったのだから、リナファーシェだって生まれ変わっていたっておかしくなかった。寧ろ…。
「酷い顔色ですね」
ミイサン事務次官が俺に視線を向けていた。室内に居た事務官全員が俺を見る。
「いつも一緒のレアンナ嬢がいらっしゃいませんね?」
「引っ越しそうそう仲違いですか?」
ミイサン事務次官に続いてキリング副次官が穏やかな顔を俺に向けてきた。
「俺が…一方的に悪いんだ…」
喉が引きつって変な声になった。まだ体が小さくて心の不安がすぐに体調不良に繋がる。もどかしい…子供の体。
「レアンナ嬢に謝罪されたので?」
ミイサン事務次官に問われて頷きかけて、横に首を振った。
「謝っても許されないことをした」
「ちょっ……まさか?!如何わし…」
「それは断じて違う!あんな幼児偏愛者と一緒にするなっ!」
マットルが横にふっくらした体をブルンと震わせて、俺に叫んだけど素早く否定した。あんな者達と一緒にするな!
「同い年なら偏愛じゃないよね?」
「小さな子供がまだ早いかなとは思うけど、ねえ?」
とか、他のジジイどもがヒソヒソ言っているが…問題はそこじゃない。
「ふむ…それで謝罪は受け入れて貰えなかったと…?」
俺はキリング副次官に頷いてみせた。するとキリング副次官は更に笑みを深くして俺を見てきた。
「ログリディアン様は謝罪して、それで終わりでしょうか?」
「え?」
「一方的に謝られるより、まずこれから先、レアンナ嬢とどういう未来を歩まれたいのか、どういう関係性を築いていきたいのか…貴方の思う、レアンナ嬢への正直な気持ちを伝えてから…まずはそこから始められては?貴方方はまだまだこれから、間違っても転んでも修正を行える時間があります。頑張って」
堪えきれずに涙が零れた。泣いている場合じゃないのに…体の年齢に精神も引き摺られているみたいだ。
前世の俺はこの優しい人達に何をした?!苦しめ傷付け…踏みにじり、分かろうともしなかった。
俺の頭をマットルが撫でてくれている。子供扱いするな!と言いたい所だが、本当に子供だから仕方ない。
子供だ…本当に子供だった。あんなに阿呆で愚かな王に誰も従いはしない。もう間違えない。もう絶対に…。
俺はガバッと立ち上がった。
「今日は帰っても宜しいですよ」
ミイサン事務次官の優しい声に、ありがとうございます!と叫んで走り出した。リナファーシェ貴女に伝えたいことが沢山あるんだ!きっと貴女が俺と同じようにここで巡り合えたのは……。
■ □ ■ □ ■ □
「目が腫れてる…」
それはそうだろう、泣きながら寝てしまった。寝てしまった図太い自分にも驚きだが…。
あのログリディアン様の中にノクタリウス陛下の魂?記憶がある…私と同じ生まれ変わりで一緒だった。どうして私と一緒に?はっ!まさか?!
「呪い?」
嫌だ!呪いなんて…でも私が呪うのはあるけれど、あの泥水腐れ陛下から私が呪われる謂れはないわよっ!
何で私がノクタリウスの腐れ陛下に呪われなきゃならないのよ!許さないわよぉ?!
コンコン…。
はっ?誰だろう…まさか?
「レアンナ、入れてくれないか。その…内密な話だから…」
ログリディアン様じゃなかったっ…ノクタリウス陛下!くっ…腹立つ!踏みつけてやりたいけど、扉越しじゃ…それに廊下で生まれ変わりの話をされちゃ困るし…。
私は渋々扉を開けた。
ログリディアン様…!顔色悪い…。折角の美貌に陰りがぁ…。
招き入れると、少しホッとしたように微笑んだ。見た目リディ様の中身ド腐れ陛下。
「…ありがとう」
仕方ないからソファに座って頂いて、お茶を入れてお出しした。
「………」
「………」
こうやって見るとログリディアン様…ノクタリウス陛下に似ているわね?従兄弟だから外見は似ているけれど、やっぱり中が同じ人だからかしら…。
「リナファーシェ…」
「!」
真っ直ぐ私を見詰めてくる新緑色の瞳。
「先ず俺は…ログリディアンとして、レアンナ…君にこれからの話をしたい。俺は……私は最初にレアンナに婚姻を申し込んだ時と気持ちは変わらない。共に歩んで…」
カッ…となった。どの口がそれを言うのだっ!
「私を踏みつけてっ!叩いたあなたが何を偉そうに…」
「っ…!それについては言い訳はしない。私が悪い!間違いない!リナファーシェを一方的に糾弾した……済まない」
「すっ…済まないじゃないわっ!私あなたに蹴られたわ!ふざけないでよっ!」
見た目ログリディアン様(中身ど腐れ陛下)は、突然、絨毯の上に寝転がった?!
「分かった…私も存分に蹴り飛ばしてくれ」
そんな風に言って目を瞑り、ジッ…として横たわる10才児。
私はダンッ!と立ち上がると、腐れ陛下の綺麗な顔に向かって足を振り上げた。見た目ログリディアン様はギュッと眉間に皺を寄せて来たるべき痛みに構えているように見える。
ふざけないでよ…ふざけないでよっ!
「あなたの見た目、ログリディアン様じゃない!私、ログリディアン様をとてもっとても尊敬してるのよぉ?!ログリディアン様を踏みつけに出来る訳ないじゃない!馬鹿にしてぇ!馬鹿に………うわああああっ…っ」
泣きながら寝転がった泥水腐れ陛下の胸ぐらを掴んで、引っ張り上げて散々揺すって思い付くままの暴言を吐いてやった。
かなりの不敬だし、以前の陛下ならすぐに激昂して私が捕まえられるところだろうけど、今の彼はされるがままだった。
どれぐらい泣きじゃくっていただろうか…。気が付けばログリディアン様(中身は陛下)に抱き締められて、背中を擦られていた。
「許しませんよ。」
「分かってる」
「私、痛かったんだから…」
「悪かった…」
「あの妾妃にもずっと嫌がらせされていたのよ…」
「何だって?」
抱き締められていた体が離れ、ログリディアン様…泥水腐れ陛下が私に鋭い目を向けてきた。
「身体的な嫌がらせか?何か、嫌味を言われたのか?」
あら?どうしたのだろう…泥水腐れ陛下のくせに私の言い分聞いてくれるの?
私達はいつまでも絨毯に居るのはやめて…ソファに座り直した。いや、ちょっと?何故許可なく横に座るのかしら?対面っ対面に行きなさいよっ!
私が対面に行くように指示すると、今は立場が弱いと思い出したのかしょんぼりしながら移動する10才児。
「あのしょ……レニシアンナ、今思えば偽名かも知れんがアイツがかなりの性悪だと………随分後から気が付いたんだ」
話している間に段々声が小さくなっていく元、陛下。(今10才児)
「はあっ?!随分後?後から性悪だと気が付いたのですか?遅いっ!」
「スミマセン…」
「陛下が城に連れて帰って来たその日に、レアンナを地味ブス女と罵ったのよ?!レアンナ泣いちゃってログリディアン様が激昂されていたのよ?!今でも覚えているわっ、全く!」
私がそう言うと、10才児陛下は顔を引きつらせた。
「し……知らなかった…」
怒りの為か、前世のレニシアンナ(偽名?)の悪行を段々思い出してきたわよ!
「陛下の前ではうまーく、可愛らしい女の子に擬態していましたからね!!ホントにもう見る目がない!ログリディアン様が、あの女は結構年食ってるとか仰ってましたが、陛下は彼女のご年齢知っておられます?」
顔色を完全に失くしている10才児は
「出会った時は14か15ぐらいだと…」
と頓珍漢なことを言い出した。
「あのですね〜?14才かそこらの女の子があんな大きな美丈夫、ログリディアン様に色仕掛けなんてしますか?!レアンナがもう見ていられないくらい、憔悴していたんですよ?!」
10才児陛下はまた一層顔色を失くした。
「そ…そんなことをしていたのか?」
「ええ、ええ!していましたともっ!ログリディアン様が陛下に訴えても取り合って貰えないと憤慨されてましたもの」
10才児陛下は小声で、やはりそうか…と呟いている。
「リナファーシェが……亡くなった後、色々と露見したことがあるんだ。そこで俺は初めて……リナファーシェの潔白を知らされた」
「!」
私が亡くなった後に潔白が証明されたの?ああ…死んでからじゃ…遅いっ遅いけど……。
「私のことを信じてくれたのですね…」
10才児リディ様は対面のソファからすっ飛んでくると、私の両手を握り締めた。
「うん、うん!リナファーシェのことを信じて…」
「……誰が手に触れていいと許可しましたか?」
見た目10才児、中は一応陛下はひいっ…と小さく悲鳴をあげて対面のソファに逃げ戻った。
暫くはこの脅しが使えそうだ……ニヤリ。