引き寄せる男
段々とレニシアンナのざまぁの瞬間が近づいてきました。
今年の末に行われるノクタリウス殿下とリナファーシェ様の婚姻の式典の警備計画書の書類を作成しながら、思わず笑みが零れる。
ノクタリウス殿下とリナファーシェ様のお2人がついに婚姻か~。ウフフ…。
「レアンナ」
低音の良いお声が私の背後から聞こえたので…はい、と返事をして振り向いた。
振り向いた先には燃えるような赤髪に新緑色の瞳のすらりと背の高い、とてもとても格好いい私の婚約者ログリディアン=ムトアーリデ様が書類を手に執務室に入って来た。
ああ~ん相変わらず格好いい!どうしてそんなに格好いいの?うっとりしながらリディ様が差し出した書類を受け取るとリディ様と指先が少し触れた。リディ様は指先で私の指をクイクイと触ると、ニヤッとしてから隣の席に座った。
軽い接触が何だかいやらしいですねぇ~。16才になって益々変態行為に拍車がかかっている気がしているこの頃…。
私とリディ様もノクタリウス殿下のご婚姻が済み次第、婚姻することになっている。もう実際は婚姻しているくらいにお互いの寝所に寝泊まりしているし、親も婚前交渉を黙認してくれている。ただリディ様が最後の砦だけは守ってくれているので、そこだけは無事?だ。だったら他は?という質問は差し控えさせて頂きたいです…。
「レアンナさん、婚姻式典の招待客の案内状の原案が出来たと…内務省の次官から言伝ですよ」
最近入った新米男性事務官のモカレさん17才から、茶封筒を受け取る。
最近は本当に平和だ…。前世の時の恐ろしい断罪が再び来るのでは…と怯えていたけれどリナファーシェ様は無事に16才まで過ごされていた。まあ前世はここから4年が一番苦労したって言えばそうなのだけれど…今の所はノクタリウス殿下はレニシアンナに会った形跡は無い。
勿論リディ様が目を光らせて護衛と暗部の警護を増やしているからなのだけど…。
だってね、今更会いに来てもレニシアンナは30才は超えているはずよね?流石にもう10代だと名乗るのには無理がない?なんてことを考えて吞気に構えていたのだけれど…。
本日の仕事が終わり、外で食事を済ませてリディ様と王城内の自室に戻って来た。
今日はリディ様のお部屋にお泊りかな~とかの甘い雰囲気が流れていたので、寄り添いながらリディ様の部屋に入った。
「んっ…ふぅ…」
入った途端に口付けを浴びて、まだちょっと…と言いかけて胸を触り始めたリディ様の手をやんわり避けながらも、私もリディ様の背中に手を回して抱き付き、蕩けるような新緑色の瞳を見詰めていた。その時、私の視界に何かキラッと光るものが目に入った。
リディ様の背中の向こう側にソファがあるが、そのソファの影に………誰か居る!
「リ…ッ!」
リディ様もその誰かに気が付いて、私を背後に庇った。
誰だろうか…薄暗い部屋の灯りの中、ゴソゴソとそれは動いている。リディ様と2人、ジリジリと体を動かして壁際にある室内灯の元まで行くと灯りを入れた。室内灯で部屋が明るくなった。
部屋の中にいる人を見て息を飲んだ。まさか……ソファの影から黒い髪の庇護欲をそそる女の子がこちらを見ている。
「っひ!」
私が悲鳴を上げるとリディ様が私を抱き込みながら、空いている方の手で部屋の扉を力任せに開け放った。
「近衛の誰か居るか?!不審者だ!」
廊下から、ログリディアン様?!ただいま参ります!と数人の声が聞こえて走って来る足音が聞こえた。
庇護欲をそそる…その少女……レニシアンナは目を丸くして私達を見ている。そして…
「どうして…どうして?あんた達の所にしか飛べないのよ?!ノクタリウスはどこなの?!」
そう叫んで……………消えた。消えてしまった…。
「ログリディアン様?どうされましたか!」
それは一瞬だった。
近衛の方が部屋に踏み込んで来た時にはもう消えていた。
嘘でしょう…今、居たはずよね?
近衛の方々が室内を見て部屋の隅で抱き合っている私達を見て、近付いて来られた。
「何かありましたか?」
リディ様がハッと我に返られたみたいだ。
「いや…済まない。何かが居たような気がして声を荒げてしまった。申し訳ない」
近衛のお兄様達は一応部屋の中を見て回ってから、首を捻りながら出て行かれた。
私達はまだ茫然としていた。
「リディ様…」
「ああ…居たよな」
「居ましたよね…」
その日は恐ろしくてリディ様に一緒に湯殿に入ってもらった。リディ様は別の意味で喜んでいたけど、私はそれどころじゃなかった。寝所も一緒に寝てもらった。これまたリディ様が喜んでいたけど、その手の行為をしている余裕はなかった。
あれは見間違いじゃなく絶対にレニシアンナだった。彼女は……魔物なのだろうか?だって消えたし…魔物の特殊能力?ひえええっ怖いっ!
次の日
私達2人しか見ていなかったレニシアンナの事を周りに伝える訳にもいかず、その日は午前中は黙って仕事をしていたのだが、午後に事件は起こった。
ノクタリウス殿下とリディ様が殿下の執務室で明日の政務の打ち合わせをしている時に、控室で物凄い悲鳴が響いたのだ。
皆が廊下に飛び出すと侍女2名が悲鳴を上げながら廊下に飛び出して来て、近衛のお兄様達が走って来て…事情を聞くとノクタリウス殿下のお茶の準備をしていたら、炊事場の裏口から黒髪の少女が急に入ってきたということだ。
そしてその少女は炊事場を抜けてノクタリウス殿下の居られる執務室の方に勝手に移動をしようとしたので、侍女の1人が咄嗟にそれを制して少女と揉み合いになって、侍女は持っていた茶器の中のお茶をその少女にかけてしまったそうだ。
そこで先ほどの悲鳴だ。最初の悲鳴はどうやらその黒髪の少女が発したものらしい。
「突然のことだったので、少女…子供に熱いお茶をかけるなんて…とんでもないことですが…」
と侍女は震えていたが、私とリディ様は分かっていた。それはレニシアンナだ。現に今はその少女は目の前で突然消えてしまったということで、近衛と衛兵で捜索が行われている。
「いいや、良くやったよ。急に城内に入って来るなんて不審者に違いない。子供だとかは関係ない」
リディ様が満面の笑みで侍女を褒めると侍女はようやく安心したのか笑顔を見せた。リディ様は近衛のお兄様達に見回りの強化と少女の捜索範囲を広げる指示をして侍女達を宥めてから帰らせた。
リディ様と私は急いで過去のレニシアンナ=ワイズバーデ男爵令嬢の事件の詳細資料を読み漁った。その時、リディ様が男爵の証言を見て叫ばれた。
「レアンナこれを見てくれ。男爵がレニシアンナを保護した時に、彼女が宝石を所持していたとあるが…この宝石、気が付かないか?」
「え?」
リディ様はブツブツと小声で何かを呟いていたが、暫くして顔を上げた。
「レアンナ、俺は今新たな仮説を思いついて恐ろしいことに気が付いたよ」
「な、何でございます?」
リディ様が、資料を手にソファに背を預けてぐったりと沈み込まれた。
「俺達は殺されて…一度死んでから記憶を有したまま別人として過去の時代に戻って来ているよな?」
「はい…そうでございますね」
リディ様は私が入れた花のお茶を一口飲んでから目頭の付近を指で揉んでいる。
「レニシアンナが男爵に会った時に持っていた宝石…私が前世で近衛に刺された時にレニシアンナは宝石を持って逃げようとしていた。私はその時死んでしまったので詳細は分からないが…レニシアンナはその宝石を持ったまま……過去へこの時代へ逃げ出したのではないか?」
「ええっ!」
そうか……そうよね、そう考えれば今までの辻褄が全部合う!
「レニシアンナが魔物だと仮定した場合、彼女は死ななくてもその身のまま過去へ戻れるのではないか?」
「そうですわ…。それに私達と初めて会った時、レニシアンナがリディ様を見てノクタリウス殿下だと間違えましたよね?実は私も6才の時の私のお誕生日会で初めてリディ様とお会いした時に、ノクタリウス殿下と見間違えたことがあるのです」
リディ様はそれを聞いて目を剥いた。
「レアンナ!何故そのことを早く言わない!」
「す、すみません!私が見間違えただけだと思っていたのです。実際殿下もリディ様も従兄弟同士ですし、一瞬の姿は最近では特によく似ていらっしゃるぐらいだし…」
「魔物のレニシアンナは、リディ…俺の中にノクタリウスの記憶があることを知っていたのではないか?」
確かに最初に会った時はやたらとリディ様をノクタリウスと呼んでましたもの…。
「レニシアンナは魔物の力を使ってこの城に入り込みノクタリウス殿下に近付こうとしているのか…もしかすると今、侵入してきているのは…前世の私が殺された時に側に居たレニシアンナかもしれないな…」
ああ、頭が混乱する。今のリディ様はかなり聡明な方だから、ご自身でこの複雑な仕組みを理解しておられるようだけど…思わず私も時系列表を作ってしまった。
前世死亡時:
リナファーシェ(私20才)
ノクタリウス陛下、25才?
レニシアンナ(自称18〜19才)同じ人物
↓
現在:
レアンナ(私16才)
ログリディアン様(元陛下16才)
レニシアンナ(自称18〜19才)同じ人物
なんだ、書き留めると意外に簡単な感じた。つまり、レニシアンナだけは過去に自由に行けているということよね。最初、12才の時は早く?こっちに来すぎたのだわ。
「そう言えば、レニシアンナと12才で森の中で会った時にリディ様に向かってレニシアンナが、何故小さいのか?と聞いてましたよね?もしかしたら、間違えて早く会いすぎたのではありませんか?」
「誰が?」
「レニシアンナが私達に?」
リディ様はポカンとした後、猛烈な勢いでご自身の時系列表に何かを書き入れている。
「レアンナ、これも仮説だか彼女は過去に戻るのは自由自在ではないのかもしれない。ある程度の制約、あるいは条件が無いと力が使えないのかもしれない」
条件…制約…。何が必要、場所?現れた場所は森とリディ様の私室、殿下の執務室の裏庭。バラバラだ…じゃあ人?レニシアンナが現れる時に必要な人?あ…………。
「おい。何で急にそんなに席を離すんだ?」
私は急いでリディ様の座っているソファから離れて、窓際の書き机の椅子に座り直した。
だってだって気が付いた。リディ様の居るところにレニシアンナが現れるのだから!
ついでにログリディアンにもざまぁの余波が来ています