ガチャで強キャラ引いてもプレイヤースキルが死んでると意味がない
ガチャは悪い文明。
「お?」
夜食のカップ麺を片付けて机に戻り、さああとひと頑張りだ、と鉛筆を持って問題集を机に押し付けていると、突然視界が真っ黒になった。
「おお?」
驚いて顔を上げると、俺を中心に「影」としか言いようのないものが広がっていた。
「おおおっ!?」
それが何かと考える間もなく、俺の体はとぷん、と影に沈み始める。
「おおおおお!!?」
慌ててそこらのものを掴もうとしてみたけれど、影はかなり大きくて何も掴めない。そうこうしているうちに俺は完全に影に飲み込まれた。
「ふむ、レア3の『浪人生』ですな。リーダースキルは、学生の耐久力が1.5倍になるようです。ユニークスキルは…残念ながら持っていないようですな」
「マジか外れじゃねえか。ステは?」
「特に特筆すべきところはありません」
「ビジュアル的にも趣味じゃねえしな」
目の前には執事風の男と金持ち風の青年が立っていて、俺を見ながらなにか言っていた。
俺の方はといえば、机で勉強していたときのスタイルのまま、固まっていた。
「あの、これは一体?」
二人に話しかけてみる。
しかし聞こえていないのか完全に無視された。それならば、と立ち上がって声をかけようとしたがどうにも立ち上がれない。なんだこれ?椅子から立ちあがれないどころか体もほとんど動かせないぞ!
首はかろうじて動くのであたりを見回してみると、俺と同じように何が起こったかよくわかっていない様子の人たちが居た。数えると、俺を入れて十人。サラリーマン風の人も、子供もいる。
「イベントっつってもしょっぱいなー。十連でもレア4が最大とか。しかも一体しか出なかったし」
「レア5以上二倍とは言え元が1パーセントですからなあ」
「しかしこれ以上はもう石がないぞ」
金持ち風の男は手のひらで透明な石を転がしながら考えている。何だか見たことないんだけど見たことあるシーンだった。
これ、スマホゲーの課金ガチャじゃね?
そこで初めて金持ち風の男が俺を見た。そしてさっと手を小さく振ると、ちょうど小さめのタブレットぐらいの石版が現れた。
「おい、そこの浪人生、邪魔だからどけ」
「あ、すいません」
急に威圧的に出てこられたのでつい言うことを聞いてしまった。
というか聞かされた。体が勝手に動く。どうも命令されされた通りにしか動けないみたいだ。地獄過ぎて泣きそうだが涙も出ない。
「くー、しかしなあ…ええい、泣きの一回だ!召喚!」
男が言いながら石板に持っていた石を落す。石は石版にとぷん、と吸い込まれ、すると石版が激しい光を放った。やっぱりこれ課金ガチャだよ!!
次の瞬間、石版が砕け散って部屋が真っ暗になる。そして天井から虹色の光が降り注ぎ、床に描かれた模様が高速回転を始める。
「お!?激アツ演出キタコレ!!」
男の喜ぶ声が聞こえたが部屋が眩しくて姿は見えない。
そして、床の模様、どうやらいわゆる魔法陣のようだが、その回転が止まると同時にぽん、と女の子が飛び出してきた。
あっ、あれは!!
「ノルン様!やりましたよ!レア6です。真紅の歌姫『リッカ』、リーダースキルはパーティ全員の全パラメータ三倍!ユニークスキルは全ての男性キャラクターへ攻撃力の三倍のダメージを与えます」
「リッカたんキタコレ!!神に感謝を!」
男たちは涙を流すほどに喜んでいる。俺のときとは大違いだ。まあ、気持ちはわかる。俺もかなり嬉しい。
齋藤立華といえばテレビで見ない日はない超人気アイドル、しかも今着ているのは伝説のレビューライブで着ていた衣装!そう、何を隠そうわたくしドルオタでございます!
「あ、あの、ここはどこですか?」
あー、戸惑っている立華さまもかわいいな。
「よし、じゃあリッカたん以外は全部素材にするか!」
「それがよろしいかと」
何やら恐ろしい会話が聞こえた。素材にする?あれか?スマホゲーによくある合成素材ってやつか?
戦慄に震えていると、執事風の男は部屋の隅からサラリーマンを引っ張ってきて立華さまの隣に立たせる。合成ってまさかえっちな感じ…と期待、じゃない、警戒したがその予想は外れていた。
ノルンと呼ばれていた金持ち風の男がタブレットを操作すると、サラリーマンの体から白い光が溢れてきて…
ぐしゃっ、と潰れて角砂糖みたいな塊が一つ残された。
「!?」
立華さまを含め、部屋中の人間(俺たちを呼んだらしい二人組を除く)が息を呑む。
サラリーマンはどうなってしまったんだろう。
ガタガタ震える俺たちを気にする様子などなく、流れ作業で次々と人間を角砂糖に変えていく二人。
そして十何人かが角砂糖に変わった頃、ついに俺の番が来た。
正直気が気でない。角砂糖になった人はどこに行ったんだろう?喚ばれる前の所に戻ったというのはあまりにも希望的観測がすぎる。おい、もういっそ早くしてくれ!ボタン押すだけなんだろ!?
しかし、ノルンはタブレットを見つめて何やらジッと考え込んでいた。生殺しである。
「ふむ」
不意に口を開く。見守っている俺達はビクッ、と一斉に肩を震わせた。
「ウィッキーによると、こいつの属性『ドルオタ』ってやつは、三人集めるとリッカたんの攻撃と防御を補助するサポートユニット『親衛隊』を作れるようだ」
「なんと…それは素晴らしい」
ドル…オタ…?
心なしか立華さまの視線が痛い。そうです、私がドルオタです。
執事風の男が部屋の隅に固められた集団を一通り見回すと、そこから二人連れてきた。
山根氏…!山根氏じゃないか…!
なんとそのうち一人は、俺がよく知るドルオタの山根氏だった。それではこのもう一人も…うん、見るからにそうです。
「合成!!」
突然雄叫びを上げながらタブレットを突くノルン。しかしなにも起こらな…くない!体が勝手に動いて山根氏たちの下へ向かってしまう…!
そして俺達は三人集まって、いつの間にか赤(立華さまのイメージカラーだ)のハッピとサイリウムを装備して、いわゆるヲタ芸のポーズで固定された。地味に辛い体勢だが体が言うことを全く聞かないので文句を言うこともできない。
山根氏も残りのもう一人も全く事情が飲み込めていないようで、真っ青な顔で口をパクパクしていた。きっと何か言ってるけど声が出ないんだな。俺だってそうだ。
さて、親衛隊となった俺達は、立華さまのサポートユニットに設定されたようだ。すぐ後ろに配置され、微動だにすることができない。あとなんかいい匂いがする。
「強化素材が25個、か。少し足りないが仕方ない。おい、全部リッカたんに捧げろ」
「御意」
ノルンの言葉で床に散らばっていた角砂糖を集めた執事風の男が、それをトレイに載せて立華さまに差し出す。
まさかあの元人間だったかもしれない得体のしれないものを立華さまに食わせるつもりか!?やめろ!!
と文句も言えずに身じろぎしていると、角砂糖たちはふわりふわりと宙を舞い、クルクルと回転しながら立華さまに吸い込まれていく。やっぱりスマホゲーでよく見る感じの演出だった。
「リッカたんは『深淵の学園祭』イベントの特攻持ちだからな!早速出撃だ!」
そうノルンが言った瞬間、俺の意識はブラックアウト。次に気づいたときには、目の前にやたらと暗い雰囲気の校舎が見えた。
「さあ、行くよっ!!」
とても元気のいい声が聞こえた。立華さまの声だ。が、その表情は今までと同じで蒼白だ。
ふと、隣の山根氏があさっての方向を見てガタガタ震えているのに気づいた。
その視線を追いかけて、俺の思考も停止する。
…ド、ドラゴンやないか!!しかも上になんかちっこい人乗っとる!!
更に見ると、そのドラゴン+小人の向こうにも巨大なイカやらやたらゴージャスな服を着た女性やらが見えた。みんななぜか表情が死んでる。
これはあれか。俺たちのパーティーメンバーってやつだろうか?スマホゲー的に考えて。
きっとこのパーティーでこれからバトルなんだろう。ゴージャスな人の一部がすごいゴージャスで視線が吸い寄せられる。
そうこうしているうちに、俺達は少しずつ前進。すぐに背景が変わって、ぼんやりと滲み出す様に人影が現れた。
「小手調べにもならんな」
どこからともなくノルン様とやらの声が聞こえる。現れた人影は、学ランを着崩した古の不良STYLEのひとだ。気合の入った鬼ゾリがちょっと青くなってるのがリアル。
ところでここで問題がある。このゲーム、そう、ゲームだとするとこのゲームのジャンルは何なのか、ということだ。オーソドックスなバトルなのか、はたまたパズルかクイズか音ゲーか。それが問題だ。なるべく痛くないやつがいい。
「デデン!」
唐突に天から大音量が鳴り響く。
と同時に、カラフルなプヨプヨとした物体が俺たちと不良の前に積み上げられた。これは…パズル!!ルールはわからんけど痛くはなさそう!
「スタート!」
天の声と同時に、積み上げられたプヨプヨした物体がうねうねと動き、色を変え、繋がって、そして消えた。うん。さっぱりわからない。
「えいっ」
立華さまが可愛らしい声とともにどこからともなく現れたマイクスタンドを振り回す。メチャクチャ可愛い。あといい匂いがする。
「グハアッ!!」
振り回したマイクスタンドが当たった不良の人は血反吐を吐いてぶっ飛んで、地面に血の跡だけを残して消えた。ゴア表現がエグい。
え、こんなテイストなの?パズルゲーなのに?
立華さまを見ろ。こんなに震えて…
…あれ?笑ってる?変なスイッチ入ってないこれ?
その後も俺達は何戦かをこなし、ドラゴンの大迫力のブレスにちょっぴりチビりそうになり、イカの女性型敵キャラクターへのセクハラに息を飲み、ゴージャスなアレの揺れに目を奪われて立華さまの絶対零度の視線を賜ったりしつ、最後の部屋にたどり着いた。
目の前には銀髪メガネのスカした男と、その取り巻きの無個性な七三メガネの集団が立っている。
ここまでの戦いでなんとなくゲームのルールが分かってきた。プヨプヨした物体を入れ替えて2x2とか3x3のように一色を四角く並べると消えて、その色に対応したパーティーメンバーが攻撃する。敵が消すとその色のやつがダメージを受ける。四角がデカいほどヤバい攻撃が出る。
俺達は立華さまのイメージカラーでもある赤の担当で、イカが青、ドラゴンが緑、ゴージャスな人が黄色だ。
これまでの所、敵の攻撃を受けたのは緑のドラゴンのみ。すげぇ音がしたが流石に頑丈なのか何ともなかった。だから大丈夫なんじゃないかと思っている。いや、信じている。
なぜこんな事を考えているかといえば、いま正に銀髪メガネの目の前の物体が4x4の赤色に染まっているからだ。赤は立華さまの色。
「校則違反は!則死刑!」
銀髪メガネが刀を取り出して、俺達(正確には立華さま)目掛けて走ってくる。怖すぎる。
「サポートスキル、親衛隊の意地を発動します」
「えっ!?」
天の声が響く。その後の悲鳴にも似た驚きは山根氏のものだ。
山根氏はヲタ芸のポーズから抜け出すと、立華さまと銀髪メガネの間に飛び込んで、うん、あー…
普通に切られて真っ二つになった。断面が見えている。しかもユニット自体が死んでないからなのか何なのか、死体(?)も消えない。ねえ、この演出必要?
返す刀で立華さまに吹き飛ばされる銀髪メガネなんか目に入らない。もう一人のドルオタの人も今にも気絶しそうな顔で震えている。立華さまは変なスイッチが入っちゃったのか、カンギマリの顔で荒い息だ。
そうこうしているうちに、メガネが立ち上がってきた。
「むむ、特攻入っても…あと3発は要るな。まあ壁はあと二枚あるし、いけるか?」
声だけ聞こえるノルンが言う壁とは、もしかしなくても俺ともう一人だろう。目があった。音が聞こえてきそうなほど奥歯がガタガタ揺れている。
あとはもうやられる前にやってくれるのを祈るしかないわけだけど…薄々感じていたことだけどこいつ、パズルかメチャメチャ下手である。
しょうもないミスをするたびに、目の端でゴージャスさんがため息をつくのが見える。表情の読めないイカすら呆れているような気がする。
やっとのことで3x3の赤マスを並べようとした、それに僅かに先んじる形で銀髪メガネの攻撃が飛んできた。2x2の緑。
ぼふん、と軽い爆発が起こる。弱い攻撃だったせいかドラゴンは平気そうだが…
「悪鬼滅殺!!」
連鎖だ!!
今度は3x3の青。消えたプヨプヨした物体の隙間を埋めるように上から降ってきた物体で正方形が出来上がったのだ。
激しいライトエフェクトに思わず目を閉じる。
「クソっ!」
ノルンの悪態を聞いて恐る恐る目を開けると、ドラゴンとイカが倒れていた。なんでやねん。
「ここで連鎖来るかよ…まあ赤じゃなくて良かった」
なるほど。よくわからんけど連鎖したときの特殊効果のようだ。
しかしそうなるとノルンが揃えようとしている3x3はダメなやつだと思う。どう見てもあとちょっと動かせば確定3連鎖が狙えるのに。ええい、そこを代われ!!
そんな願いも虚しく、3x3の赤が発動。立華さまのマイクスタンドがライフゲージぽいものを削り取るが、その間に銀髪メガネのパズルも揃っている。なんと2x2の赤、の2連鎖。そうか、こういうパターンもあるのか。
「サポートスキル、親衛隊の意地を発動します」
無慈悲な宣告とともに、強制的に前に出された名も知らぬドルオタの人が物理的に半分になった。
しかもまだ銀髪メガネはヤル気マンマンだ。そりゃそうだ、2連鎖だもの。
俺は死を覚悟したが、結論を言えばその瞬間は来なかった。
立華さまのマイクスタンドが振り下ろされた刀を弾いたのだ。
そういえば山根が死んだときもオートで反撃が出ていた。立華さまマジ立華さま。もう推すしかない。あ、推してたわ。
どういうシステムかは分からないがいわゆる相殺効果が発生したに違いない。助かってよかった。
相殺と同時に立華さまの体が光を放ち始める。
「よしスキルが溜まったぞ」
ノルンのはしゃぐ声が聞こえてきた。
「「ラヴァーズシンジケート!!」」
それは立華さまが初めてミリオンを達成した伝説的なシングルのタイトルであり、立華さまの代名詞ともいえる曲のタイトルだ。おそらくこれがスキルの名前なんだろう。
今まで打撃武器としてしか使ってこなかったマイクを立華さまが握り締める。
そして何万回も聞いたあの曲をすぐ目の前で歌い始めた。感激で前が見えない。
スキルの効果は絶大だった。
曲を聴いた銀髪メガネ達が苦しみだし、手下が次々と倒れていく。効果は確か全ての男性キャラクターにダメージを与えるとかだったか。
ノルンの口ぶりから立華さまがこのイベントマップの特攻を持っていることは分かっている。つまりこの戦いで有利に進められる特殊効果を持っているということだろう。
その効果は絶大で、立華さまが歌い終えた時には銀髪眼鏡も倒れていた。立華さまの歌で失神するとはなかなか見どころのあるヲタである。いや、違う。分かってる。どっちかと言うと音響兵器的なエフェクトだったってことは。
ファンファーレが鳴り響き、空から紙テープが降り注ぐ。一体どこから降ってきているのかわからないが、とにかく降り注いできた。どうやらステージクリアのようだ。
一瞬目の前が暗くなって、気がつくと僕はあの最初の部屋にいた。
すぐ隣には真っ二つになったはずの山根氏と何も知らぬドルオタの人がいた。
どうやらちゃんとダメージはステージごとにリセットされる仕組みのようだ。精神的なダメージは知らないが少なくとも肉体的には元通りになっている。
山根氏はなんだか分かっていないようでキョロキョロと周りを見渡していて、俺の視線に気がつくと安堵したかのようにため息をついていた。
しかし安心するのも束の間のこと。この手のイベントにつきものの、あれがあるのだ。
そう、周回である。
それから俺たちは何度も何度も何度も何度もあの銀髪メガネと戦った。
クソノルンのパズルが下手すぎてめちゃくちゃ時間がかかる。しかも攻撃をもらいまくるんでその度に命が縮む思いだ。
立華さまへの攻撃は俺たち親衛隊の方にまずやってくる。幸い俺は3人目だから他の二人よりは回数が少ない方だが、それでも何度も死ぬことになった。
この感覚は何度も味わいたいものではないが、まあ立華さまが死ぬことを思えば安いものだと思って諦めるしかない。
地獄の日々はそれから数ヶ月続いたが、夏のイベントで立華さまに代わる新しい赤の強いキャラが実装されると目に見えて俺たちの出番は減っていった。たまに男がいっぱい出てくるクエストに当たると投入されるだけになった。
さらに数ヶ月が経つといよいよお呼びもかからなくなってきた。
そうなると俺たちはあの最初に呼ばれた狭い部屋の中で隅っこに身を寄せ合ってひっそりと、やや不自然な体制で立っていることしかできない。
最初に一緒に戦った巨大なドラゴンも、イカも、ゴージャスな女の人も、今はみんなここでずっと出番を待っている。
幸いノルンはボックス拡張をケチらないタイプのプレイヤーだったらしく、この部屋自体は最初より少し広くなっている。そのおかげもあってレアリティの高い立華さまとその装備品である俺たちはなんとか生きながらえていた。
しかしもはや数え切れないほどのキャラクター達が、白い角砂糖に変えられ素材として消費されていった。いつかは俺たちも、そう想像しない日は無かった。
そんな日々すら幸せだったと今になって思う。
どうやらノルンはすっかり飽きてしまったようで、もう何週間もこの部屋にやって来ない。そうなると、この締め切られた部屋の中で何をするでもなくただ立って待っていることしかできないのだ。
立華さまも衣装だけはバッチリと決めて無表情のままただ立ち尽くしていた。
それを俺は、すぐ後ろの特等席から、ただずっと眺めている。
いつまでもいつまでも眺めている。
そして死にたいと思っても死ねないので、そのうち俺は考えるのをやめた。
ご意見ご感想お待ちしております。