解答篇
「ワンピース事件の概要を話した後、碓氷は訊いたよな。『美由紀がカタログの同じページにある商品を間違えて発注した可能性はないのか』と」
「そうだね」
「実は、美由紀から話を聞いたとき問題のカタログを見せてもらったんだ。麗子さんが頼んだ赤いワンピースの隣には、緑色のワンピースの写真が載っていた」
「それがどうかしたの」
「もし、碓氷が最初に指摘した可能性が実は正解だったとしたら」
「でも、本人がそれを否定したんじゃ」
碓氷の指摘に、蒲生は右手の人差し指を振ってみせる。
「碓氷はこうも言ったよな。『麗子さんはワンピースを購入しない理由を素直に言い出せなかった』と。だが、素直に言えなかったのが実は美由紀のほうだったとしたらどうだ」
「回りくどくてよく分からない」
「いいか、どうして俺が急に真相を閃いたのか思い出してみろ。図らずともお前の言葉がヒントになったんだぞ」
「僕の言葉? ええと、さっきの会話の後だよな。想像していたものと実際に商品が違って、美人はプライドが高くて――その辺りか」
「もどかしいなあ。ぽろりと口に出したじゃないか。眼鏡が云々とか」
「ああ、色眼鏡で人を見るなってやつね。けど、どうしてそれがヒントになるん」
言いかけて、碓氷は彷徨わせていた視線を蒲生の苺ショートケーキに固定させる。まるで、ショートケーキが真相を教えてくれるとでもいうように。
「まさか、いやそんなこと。でも、赤と緑ならあり得るのか」
「ようやくたどり着いたようだな」にんまりと口の端を歪める蒲生。
「世の中には、正常とされる人とは色が異なって見える色覚異常という症状が存在する。色覚異常にはいくつかのパターンがあるが、その中には赤と緑の色の区別がつきにくい見え方があるんだそうだ。もし、美由紀がその色覚異常の症状を持っていたとしたら?」
「隣り合った赤と緑のワンピースの区別がつきにくい。つまり、麗子さんが頼んだ赤いワンピースと、緑のワンピースを見間違えて発注する可能性がある」
「その通り。美由紀は、アパレルショップに勤めていながら色覚異常の症状があることを周りに打ち明けられなかった。色覚異常を上手く隠しながらやってきたんだ。他の店員との会話から、どのワンピースがどの色なのかを器用に区別していたとか、まあ色んな方法で何とか仕事してきたんだろうな。だが、店のカタログの中で偶然にも、美由紀が識別を苦手とする色の服が並んで載っていた。さらに、麗子さんがそのページの赤いワンピースをこれまた偶然に注文した。麗子さんとカタログを見ていたうちは覚えていたが、いざ発注するときになってど忘れしてしまったんだろう。そして、発注違いが起きてしまった」
「でも、美由紀さんはどうして自分の間違いを堂々と蒲生に話したんだよ」
「さあな。自分の間違いは間違いじゃないと、無理やり言い聞かせようとしたんじゃないか。一種の自己暗示ってやつだな」
蒲生は満足の面持ちでソファ椅子にふんぞり返る。碓氷は平らげたチョコレートケーキの空皿を脇に押しやり、両手の指をテーブルの上でクロスさせた。
「なかなか面白い発想だと思うけど、仮説として無理があると思うな。蒲生は、美由紀さんが色覚異常のことを器用に隠して仕事していたと言ったけれど、その設定自体が強引だよ。色覚異常には通常の見え方とほとんど変わらない軽度のものから、複数の色の区別が非常に難しくなる症状まで幅広い。話を聞く限り、赤と緑の色の区別がつきにくい美由紀さんの症状は決して軽いものではない。アパレルショップ、特に女性向けとなれば客から『どんな色の服が似合うだろうか』『こんな色の服を探している』といった相談を受けることは珍しくないだろう。件の麗子さんみたいにね。色覚異常の症状を持ちながら、そんな仕事に就くというのは現実的な可能性としてどうなのかな。あ、別に美由紀さんの仕事をどうこう言うつもりはないよ。ただ、美由紀さんが色覚異常という仮説を立てるには補完材料が足りないということだ」
「じゃあ、碓氷には何か別の仮説があるのかよ。薔薇のように真っ赤なワンピースを注文した麗子さんが、届いた商品に文句を付けた納得の理由が」
唇を突き出し不満の色を顕わにする蒲生に、碓氷は挑戦的な笑みを投げかける。
「僕はやっぱり、麗子さんはただのお客ではなかったんじゃないかって気がする」
「クレーマー研修説はボツになったばかりだろう」
「研修は関係ないよ。蒲生、麗子さんが来店したときの店の状況を思い出してみて」
「状況?」
「そう。麗子さんは店の中にある商品を一通り見て回って、薔薇のように真っ赤なワンピースが置いていなかったから美由紀さんに在庫を訊ねて、最終的にカタログから発注した。でも、店にない商品を取り寄せたいと考えるのは、何もお客だけじゃないよね――店員だって、自分の勤める店で服を買うことがあるかもしれない」
「まあ、あるだろうな。店員割引で店の商品が安くなるってサービスもあるくらいだし。それがどうした」
「自分の店には欲しい商品の在庫がないけれど、カタログには載っている。でも、いくら店員だからといって自分が欲しい商品を自分で好きに発注できるわけでは、きっとないよね。だがら、わざと他人に頼ませて店に商品を置いてもらうことにした。それには、商品を頼んだ人物が購入を拒否して商品を店に残してもらう必要がある」
「ちょ、ちょっと待て。つまり、麗子さんはMagieの店員の誰かに頼まれてカタログの赤いワンピースを頼んだだけってことか」
「そういうこと。薔薇のような真っ赤なワンピースにまつわる謎は、たったそれだけのことだったのさ」
碓氷の話を聞き終えた蒲生は、鼻から長い息を吐き出すとフォークを手に取って苺ショートケーキの上でくるくると回し始めた。まるで、そのフォークがケーキをより美味しくするための魔法の杖であるかのように。
個人的に不完全燃焼というか、結末があまり気に入りませんでした……。
もし妙案ありましたら、感想欄にてぜひ。