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二話:暗闇の中での邂逅


※2022/4/18

手直し完了。

 〝レフィシア・リゼルト・シェレイ〟。


 スフェルセ大陸における中央国の王弟殿下であり、最高戦力〝中央四将(ちゅうおうよんしよう)〟の一人。幼き頃より()()を持ちながらも()()の素質を見出せなかった彼は、唯一無二の戦い方で他を圧倒していた。



 ——魔法を使うときにしか発現しない筈の、光属性特有の眩い光を帯びた魔力。それを使った身体強化などである。



 王族として生まれた以上、相応な教育を施されてきた。決して頭が良くないという訳でもないのに、魔法が使えない。魔力を使っての身体強化自体は珍しくはないが、レフィシアのそれは他を圧倒した性能を誇っている。

  何故レフィシアだけそのような力を持っているのか。魔法を使う事が出来ないのか。原因は医者でも、国の優秀な魔法士にも分からない。


 人柄は、それこそ戦となれば感情を表に出さず無を貫き、躊躇いなく将であろうとした。



 ……が、実際は極めて強い感受性の持ち主である。

 




 レフィシアが〝ある事〟に気づいたのは北国を攻めた日より時を十四日前に遡る。闇が深く染まり白の通路の灯りも消えた頃、執務室から自室へと疲れ切った足取りで部屋に戻ろうとしていた。

  ほんの僅か木霊した話声に、そっと足音を忍ばせて近寄る。——突き当たりを右に行った丁度すぐ近くに誰かいる。

 ピタリとそこで足を止めて、音を立てないようそっと壁に背を当て聞き耳を立てた。



「そうか。成功したのは一人だけか。その者の詳細は?」


「はい。北国のメルターネージュ・セアン・キャローレン王妃……いえ、今は女王陛下。その王女様です」


「……ふむ。やはり王族に連なる者は何か持っているのだな」



 男の声が二つ。内容は何らかの研究の報告だろう。

 声だけというのはとても不便で、報告している側の声の主は見当がつかない。そう何千何万もも出入りする人間全ての顔と名前を覚えてはいないので当然だ。

 しかし報告に頷きを見せる者ならば声の色ですぐに分かった。〝中央四将(ちゅうおうよんしょう)〟の——名を、〝(べに)〟と言う。

  どうも本名はあるらしいが「名を明かすのは我らには弱点である」と頑なになって首を横に振り続ける(べに)。噂によるとレフィシアの兄——国王陛下にもその名を明かしていないらしい。

 出生所か見た目も謎に包まれている(べに)は細身で色白の肌を持ち、殆ど白に近い水灰の髪は櫛で梳かしていない為にぼさぼさと所々跳ねている。

 顔は白一色の仮面で隠しており、これもまた仮面を外した姿を誰も見た事がない。

 見た目と出生から誰もが最初は疑ってかかる(べに)だが、レフィシアと同じ〝中央四将(ちゅうおうよんしょう)〟の肩書きと共に、研究所の責任者でもある。研究という単語が、紅の不気味さを更に増してゆく。


 同じ〝中央四将(ちゅうおうよんしょう)〟、更に王弟殿下であるレフィシアでさえ他国の王族の名が出る実験など聞いた事が無かった。どういう事だと内心動揺を隠せずにいるが、まずは心を極力無にして気配を消す事に集中。再度聞き耳を立て続けた。



「所で(べに)様。ご質問、宜しいでしょうか。これはあくまで、いち研究者の興味本位だと思ってください。我々が長年研究、実験してきた()()()は一体何ですか?」


「……例えば。そうだな……ここにスプーンがあるだろう。このスプーンは木で作られているが、それを()()()()()()()だ」


「は、はあ……?」



 木製のスプーンをぺきり、とへし折る音と共に(べに)は話を続ける。だが、それ以外は特に有益な情報を得られないまま、彼らはその場を立ち去ってしまったようだ。息をするのも忘れるくらいに気を張っていたレフィシアは深く、ゆっくりと安堵の息を戻す。



 *



 その後どうにか自室まで戻る事が出来たレフィシアは疲労のあまりにベッドにうつ伏せになるが、先程の話が引っかかって寝付けない。フと考えついて、勢いよくベッドから起き上がる。


 (べに)()()()夜行性で、日光を激しく嫌う。故にその時間帯は日の当たらない地下研究室に引きこもりがちである。

 ——ならばこの夜の時間帯、(べに)が地下研究室から離れ出掛けている今が絶好のチャンスなのではないか?

 巡回する兵士こそいるが自らの身分を上手く利用すればやれなくはない筈だと思うと、レフィシアは三度軍服に袖を通し身支度を始めた。無いとは思うが念の為に剣を腰に差しておく。


 身支度をしながら考えたのだが、レフィシアは研究に全く興味を覚えなかったので地下研究室に入った事が無い。ただし、囚人の牢と同じ地下にあるのなら、まずは光の射さぬ暗闇の部屋だろう。暗闇は何れは眼が慣れてくるので然程大した問題にもならない。


 だが——。


 自室を出てから地下室の入り口まで歩くまでの間、執務で疲れた脳に鞭を入れる。


 歩いて数分で地下室の入口、その扉に辿り着いたが、()()()()鍵がかかっていた。無理矢理扉を壊せなくもないが、それではすぐに気付かれてしまうだろう。


 この地下研究室の鍵の管理をしているのは三人。


 管理者である(べに)、その部下である地下研究室の所長と、巡回の兵士。紅から鍵を貰う、もしくは奪う選択肢は有り得ない。そうなれば後者二択しかないのが明白となった。


 丁度目に映ったのは、反対側の通路で巡回の兵士が小さく欠伸をしている姿。その兵士は緊張感も見られない力の無い足取り。とても眠そうで、起きよう起きようと必死に瞬きを繰り返し続けている。


 左手には灯りの代わりに魔法が付与された光の棒。魔法付与は、星の数ほど存在する魔法士の中でごく一部の限られた人間にしか上手く付与出来ないとされている、別の魔法を物に宿す魔法だ。魔法を()()というだけなら学べば誰でも出来る。ただ、それを()()()のは放つ事よりも難易度が増す。故に魔法付与された道具や衣類の金額は、そうでないものと比べると倍以上は軽く越える。そんな高額なものを湯水の如く用意出来るのは、スフェルセ大陸一の軍事国家であるこの中央国だけだ。


 淡い光を頼りに巡回を行っているその兵士に、突然背後から手刀が飛んできた。勿論、その犯人はレフィシアだ。睡魔に襲われていたせいもあり気配に全く気付く事がなかった兵士の延髄に、強い衝撃が走る。兵士は意識が混濁し、ぱたりと通路の床にうつ伏せ気絶した。


 本来手刀を延髄に強く打てば、眼が覚めても脳への障害や死亡するケースが少なくない。だが他に方法が見つからなかったのも事実だ。身勝手ながらこの兵士が無事である事を祈り、レフィシアは兵士の軍服のポケットから鍵を漁り始める。どれが地下室の鍵なのかが分からなかったので全ての鍵を手に取り、ついでに魔法付与された光の棒も左手に拝借してから、速やかにその場を立ち去った。



 鍵はぴったりとはまり、地下研究室への扉が鈍く低い音と共に開かれる。いざ中に入ると、ひんやりと冷たい煉瓦の壁に変わる。手を添えながら急な下り階段をひとつずつ慎重に踏む。罠でもあるだろうかと警戒心を強めてはいるものの、今の所特に仕掛けは見受けられない。


  階段を全て降り終わった先は人が二人ほど横に並んで通れる位の細い通路だった。通路の壁際には古びた木の長机が置かれている。団子のような埃達を見るに、清掃が行き届いていないようだ。机の上には何十枚もの紙の束が乱雑に重ねて置かれている。他にも机の下の引き出しがあるのに気付き、錆びた取っ手に手をかけて引く。がたがたと今にも壊れそうな音を鳴らしながら、紙達が分厚い姿で現れた。


 まずは過去のものからと思って、分厚い紙達のうち、上から数枚を手に取る。既に紙が黄ばみはじめて、角がぼろぼろとこぼれそうなのを見ると、相当年数が経っていて保管状態も悪い。






  魔力兵器の開発に転ずる。



 一、魔法士の血液を抽出。


 二、血液をエネルギー源として人工的に作られた兵器の中に注入


 結果=魔力不足。兵器としての機能に満たない事が判明。

 他兵器の製作コストの問題と魔力の高い人物の確保の問題が発生。



 以降、実験により判明させし人間の魔力の一番高い部位、その順番である。



 心臓、肝臓、肺その他内臓など、血液、その他。



 人間の部位そのものよりも遥かに上回るのは、それらを全て備えた人そのものだと言える。


 長きに渡る歴史での解剖実験は恐らくこれがはじめてだろう。







「第四次中央大規模戦争の話に繋がるのかな……」



 所々文字が薄くなって読めなくなってしまっている所があるが、どうやらこの文章だけは修復し続けているようでクッキリと読めた。

  第四次中央大規模戦争とは、レフィシアが生まれる前の戦争。レフィシアが物心ついた頃には魔力兵器なるものは廃止……当時の国王——レフィシアの父の命が下られた、()だ。


 手に取っていたその紙を元の場所に置いて、引き出しを押し戻す。今度は最新のものと思える机の上の紙を手に取った。が、どうもこちらの紙達は暗号化されているのか、普通に読めばただの料理の作り方だ。

レシピの中から一定の法則で読み解いていくタイプのものだろうが、こんな所で読み解いている余裕など無い。レフィシアは携帯していたペンと、小さな用紙を数枚ポケットから取り出して、そのまま文字を写す。



全てを写し終わった後、まだ奥に何かありそうだとその先を眺める。



——ゆっくり、慎重に、かつ迅速に歩いてゆく。



暫くすると通路は次第に広くなって、人が四人横に並んで通れるくらいの通路となった。広い通路に出てから右手側に視線を置くと、壁がガラス張りになっていて部屋の中がよく見えた。レフィシアがここは実験室だと直ぐに理解したのは、部屋の中央に人が大人一人が横になれるほどの実験台と、人を拘束する為の道具達が置かれていたからだ。机には解剖用と思われるナイフが研ぎ澄まされた状態で置いてあり、不気味さを増してゆく。



 続いて左手側に首を向けると、こちらもガラス張りになって部屋の中を直ぐ確認できた。実験室の六倍はあるだろう、壁一面に本棚が敷き詰められている部屋。


その全ての部屋を確認している時間はない。両側の部屋達をそのまま突っ切るように通路を進んでいくと、突き当たりの壁が見えた。道は突き当たりから左に続いている。息を飲みながら、左に曲がった。



 まず最初にレフィシアを襲ったのは、戦いの中で幾度となく感じていた、鉄分を含んだ血の臭い。それから、鼻をつまみたくなる程の肉の異臭。まるで数日間遺体を放置したままの戦場のように異臭同士が混ざり合ってより一層強烈なものと化している。流石のレフィシアも顔を渋くさせて、一刻も早くここから出たい気持ちがふつふつと煮えたぎり始めた。


 ——いや、まだ重要なものを掴んでいない。


 レフィシアは首を横に振って、足を前へと運び、異臭の先を進む。

 両壁にはびっしりと鋼の牢。牢の中には生物としての原型をようやく留めているかのような異形ばかりだ。異形はレフィシアの姿を眼に捉えるや否や、牢の柵を手のようなモノで掴みガシャガシャと鳴らす。阿鼻叫喚に溢れた光景にレフィシアは上瞼を引きつらせた。


 ここまで来て分かったのは、ここが囚人や敵兵を捕らえた時の牢屋よりも牢の硬度が厳重である事。

 もう一つはこの異形達を()()()()()()()()()である事。


 失敗作の異形達の身体は濃い灰色をしている共通点こそあるが、形は様々。中には人語は話すが言葉として成立していないものもある。





 一人一人と歩きながら確認していると、より一層野太く頑丈そうな柵の牢が見えた。そこには人としての原型をまだ保っている姿が確認できて、思わず歩む速度が早まる。


 四肢を鋼の鎖で拘束されピクリとも動く気配がないが、僅かに聴こえてくる呼吸音は生きている証拠だ。


 レフィシアとそう歳が変わらないそれは、暗闇に溶け込むような濁りのない黒の髪を腰ほどまで長く伸ばしていた。瞳は頭をぐったりと下ろしているのと、前髪の長さに隠れて確認が出来ない。

 服は大分ボロボロのようで、膝より少し上程度の黒のワンピース。靴は無く裸足のままだ。

 レフィシアはその()()の姿に、会話の内容を思い出す。北国、メルターネージュ・セアン・キャローレン女王陛下の娘。王女。


 ——辻褄が、合った。


 レフィシアは、兄である〝アリュヴェージュ・リゼルト・シェレイ〟が国王陛下になってから、横暴かつ冷徹な政治と軍隊を築き始めたのは見て分かっていた。それでもレフィシアがついていったのは弟としてアリュヴェージュを信じ、そして自分の役割が兄を支えるものだと信じていたからだ。


 横暴と冷徹さも、時には必要である事も理解している。だからこそ今まで眼を瞑っていられたが、今回ばかりは流石のレフィシアも限界が頂点に達した。自分に内緒であのような人の道に外れた事を許していた兄に。そしてその兄を許していた自分にも。


 王女と思われる少女の牢の柵に、罪悪感を乗せながら手を触れる。



「聞こえる?返事、出来るかな」



 声をかけてみるが、反応は返ってこない。

 それでもなお、レフィシアは優しく諭すように声をかけ続けた。



「……二十日欲しい。二十日後に、俺は必ず、君を迎えに行くから」



 裏切りを口にしているようなものだ。分かっている。だが、例え国を裏切り追放される事になったとしても、譲れないものはある。



「それまで、人であり続けて。生きるのを諦めないで」



 罪悪感、罪滅ぼしと言われれば否定は出来ない。


  それでもただ、兄に委ねるのではなく、自分がそうしたいと思ったから。



レフィシアは目を伏せて、少女の牢に背を向けた。


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