六十三話:三つの大陸
予定より遅くなりまして申し訳ございません。
そしてお待たせしました! 更新再開です!
……なんですが、話数多すぎて直しが全然終わってないので更新しながらのんびり訂正します。すみません……私に時間をくれよ弊社ァ!!
「チフラ、大陸……?」
聞いた事の無い大陸の名に、リシェルティアはぽかんと口を開いたままになっている。
「分かった! サイバーパンクっぽいやつ!」
「当たらずとも遠からずね」
「でも服装、どちらかと言えばスチームパンクっぽくないっすか?」
「目立つのよあの服装。こっちの方がスフェルセ大陸の世界観としては合う方でしょ?言っとくけど、貴方の服もだいぶ目立つわよ、そのTシャツ」
「あー、まあ、そうっすね」
閃いた印のようにぱちんと親指と人差し指の腹で音を鳴らしたジュンだが、リシェルティアはサイバーパンクやスチームパンクといった単語すら分からず二人の会話に置いていかれてしまっていた。
どうにか食らいつこうと思って、リシェルティアは自然と身体が前のめりに丸まってゆく。
ウルリラによれば、チフラ大陸は数値力、ここでいう魔力を動力源としてスフェルセ大陸より遥かに優れた技術で生活しているらしい。ウルリラが「魔法付与の道具に近いもの」と、スフェルセ大陸の身の回りのもので例えてくれたので、リシェルティアはほっと胸を撫で下ろす。確かに、スフェル星大陸のもので例えてくれた方が想像がしやすい。
とは言っても、想像がしやすいというだけで、正解とまでは行かないのだろう。
「建物内とかは……えーと、エスカレーター……動く階段、と……エレベーターとかは昔あったけど、ワープパネル……転移魔法に似た道具?の存在で今はそこまで使われてない。移動手段は主に車やバス……遠ければリニア……とか」
「えっと……」
「車もバスも鉄の塊で出来た乗り物、で、リニアもまあそうなんっすけど……リニアめっちゃくちゃ乗りてえ!!」
馬車はスフェルセ大陸にも存在こそしているが、ウルリラの言う車というのは違うものだろう。ジュンはおおよその想像が出来ているのか、横からリシェルティアに説明している一方で、リニアという乗り物の存在に少年心を輝かせている。
「……男ってどの大陸でも乗り物好きなの?」とウルリラは呆れを表した息をひとつついた。
「まあいいや。というよりも問題は——」
——三つの大陸の存在。
「ウルリラは何でこっちに来た……じゃない、来ちゃった、の?」
「……」
リシェルティアに理由を問い詰められてからはウルリラは動かしていた口に鍵をかけるように沈黙を流す。視線が下へと泳いでいる様に、聞いてはいけなかったものかと察したリシェルティアはどうやって質問を無かった事にしようかと思考を手探る。
しかし、思うような言葉を掴む事が出来ずに悶々とし始めているうちに、ウルリラの重く閉ざされた口がゆっくりと開き始めた。
「……武力戦争に巻き込まれて、逃げていた途中に……突然だった」
ウルリラの脳裏に焼き付いている戦場の記憶には、木っ端微塵に破壊された高層ビルの数々、人々は悲鳴と混乱の嵐となりて負を加速させてゆく。
天へと伸びる炎の柱。連なる黒煙の匂いは様々な濃がれを混ぜたもので、吸い込めば最早身体にとっつま毒となる。
鼓膜をも潰す爆発音は止む事を知らない。
軍隊は国の人工知能をも殺戮兵器として扱い、人が人工知能を殺し、人工知能が人を殺し——。
人が人を殺し、人工知能が人工知能を殺している。
では何故チフラ大陸は戦争状態にあるのか?
答えは簡単。
しかし、ウルリラは首を横に振る。その事実を否定したくて堪らない。
それでも、頷かなければならない——。
チフラ大陸、シーニュ国の〝国王〟に起こった事を——。
ただその出来事を今ここで説明するには場違いだと踏んで、お茶を濁すように息をひとつ、小さくつく。
「チフラ大陸はね。人間に〝識別番号〟っていうのを埋め込んで徹底的に〝個〟を管理してる。ただ……それ故に個のプライバシーが漏れた場合、それは死に値する。だから基本的に本名を名乗る事はしない。本名の提示義務がある場合も、場合によってはあるけどね」
「……今スフェルセ大陸に居るウルリラさんは、チフラ大陸じゃどういう扱いになるんすか?」
「〝識別番号〟を動かしてる数値力がチフラ大陸に届いているのか。それによって変わってくるかも。届いていないのなら他国によって殺害され、〝識別番号〟を破壊されたからという理由で死亡と推定される……と思う」
ではその数値力がチフラ大陸にまで届いてしまっていたら?
……などという恐ろしい質問を投げつける覚悟をリシェルティアとジュンは持てない。知らない大陸とはいえ、おおよその検討はついているからだ。許可の無い国外逃亡の行く末は、平和的に終われるものではない。
「——怖いでしょう? アタシも、怖いの。スフェルセ大陸もかなり荒れているけど、まだ人らしさは残っているじゃない。チフラ大陸には……もう、殆どの人が楽しいとか、嬉しいなんて、そんな感情、失ってしまってるのよ」
首をすくめて、ウルリラは無理に笑みを作ってみせる。
技術の発展の代償か、それとも別の問題なのか。
チフラ大陸はリシェルティアとジュンの想像を越えて、相当の暗闇を抱えた場所だというのが明らかとされた。
「チフラ大陸の技術でシアさんを何とか出来ないっすかね?」
ジュンの問いに、ウルリラは眼を伏せて首を横に振る。その否定に迷いの色は一切も混じって無く、確実に無理だと言い切っているようなものだ。
そもそもの原因が分からなければ対応のしようもない。ましてや、神魔が影響してるなら尚更どうしようも出来ない。
行き詰まった空気が抜けないでいると、ジュンが突然赤紫の瞳をこれでもかと見開いて腰の刀の柄に手を添える。
「ジュン、どうかした?」
「リシェルティアさん! ウルリラさん! 隠れて! 今すぐに!」
ジュンがいち早く何かを感知して、リシェルティアとウルリラに指示を出す。いきなり大声をあげるものだから肩をひきつらせた二人は言われた通りに何処かに隠れようと動き出した、が——。
「遅いよ」
その短い言葉に遮られる。気づいたら玄関扉は開かれていたのだ。
「やあ。はじめまして」
温かな橙の髪を首筋ほどまで伸ばして、華やかなラベンダーの瞳。服装は目立たないようにしているのか、南国の平民が着用している生地が薄手のシンプルなトップス、ズボンと革靴。ただし、服装だけは平民を装っていてもその雰囲気は王としての威圧感が隠しきれていない。
似ていると言えば似ているが、やはり別人なのだと思わせる。
「へえ。ここが噂の、技術士さんの家か」
「……上がるならせめてお名乗り頂けないでしょうか」
「ああ、ごめん。お忍びで来てるからあまり堂々と振る舞いたくなかったんだよ」
眼を槍のように尖らせ真っ当な指摘で刺してきたウルリラに、決して食い下がる訳ではなく素直に謝罪をし、一礼。
「アリュヴェージュ・リゼルト・シェレイ。よろしくね、三人とも」
アリュヴェージュ・リゼルト・シェレイ。
レフィシアの兄であり、中央の若き国王陛下が、まさか南国に旅行に来ているなどと誰も想像は出来まい。
後に控えるは、アルフィルネ。それから東国で敵対したスゼリと同じく〝七星団〟の一人のヘルミーネが三人——特に際立って、ジュンに殺気を刺すようにむけている。
ヘルミーネのその身なりといえば一見人とそこまでの違いは見られないが、耳はエルフのそれよりも尖って横に伸びて額には少し伸びたローズマダーのツノが二つ生えている。しかし、伸びていると言っても均等にという訳ではなく、左側のツノの方が右側に比べると僅かに短い。爪も人間にしては鋭利な剣のように鋭い。
明らかにヘルミーネが普通の人間でないのは外見で分かってはいるが、それが何なのかという質問を投げかける心の余裕など今は無い。
「で、レフィシアは何処にいるかな? 優れた魔法士……ノエアくん、かな?上手い具合に隠しているのもあって、流石の僕でも探すのが難しくて。教えてくれるかな。リシェルティアちゃん」