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セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ  作者: 葛城兎麻
第一章・スフェルセ大陸 三節・南国
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六十二話:信頼には信頼で応える


※重要なお知らせ※


約一ヶ月ほど更新を休止し、全話手直しとストック溜めに集中いたします。

誠に申し訳ございません。再開の目処は順次Twitterにてお知らせいたします。


Twitter→hkdmtr442



 ガチャリ。


 鍵穴がくるりと回されて、扉のロックが解除される。

 技術士はその扉の取手を右手に取り、招き入れるようにゆっくりと扉を引く。それでも軋む音が少し耳に入ったので、この一軒家自体はそう新築ではないのが安易に浮かび上がった。



「どうぞ」


「あ、ありがとう……」



 先に室内に入る技術士に促されて、リシェルティアとジュンも続けてその中へと足を踏み入れる。

 室内には魔法付与された道具を使っているのか、冷房が効いていてそれ程暑くはない。外気温に苛まれて滲み出ていた汗が、すんと引いてきたのがその証拠だ。


 外観はというと、お洒落というよりは職人の作業場に近い。部屋の隅っこに佇む長机には整理整頓された工具達が置かれている事から、彼女の真面目かつ几帳面さが滲み出ている。


 真ん中の長机が食事を行う際に使うテーブルなのだとそのテーブルを囲う椅子に座らされて、技術士はジュンからマーレフィッシュの入った氷箱を掻っ攫った。技術士はキッチンの保冷庫にそれを閉まってから、更に保冷庫から食用の氷を取り出して棚からはグラスを引き出す。

「飲み物、何がいい?」という問いが技術士の口から飛んできたが「苦い、辛い、酸っぱいが無ければ大体何でも!」と率先してジュンが応えてくれたので助かった。リシェルティアも味の好き嫌いはあまり無いので「私もそれで」と卒なく言葉を返す。あまりにも手慣れた様子で職人のようにテキパキと動く技術士を二人して眼で追っていると、途端に技術士がこちらに顔を向けてきた。それがあまりじろじろと見られたくはないのだろうと察して、大人しくじっと耐える。数分後、ようやく技術士は三人分の飲み物をトレーに乗せてきて、一人一人に配ってから一緒になって椅子に腰を下ろす。


 リシェルティアの指先がグラスに触れると、ひんやりと冷たさを感じる。グラスの中に詰められた氷と飲み物がよく冷やされているのが伝わって、外気温の高熱に晒され続けた身体が正に欲しているものだ。飲み物はシンプルに紅茶を冷やしたものだ。冷えた紅茶というのは他国では流行していないようだが、南国のような常に外気温が高い場合は寧ろ冷えた飲み物が効果的で、温かい飲み物などあり得ない。そう考えると紅茶まで冷やすというのは納得だ。

 持ち運んでいたマーレフィッシュの塩焼きを主食とし交互に口に運んでいると、ジュンが「米無いっすか?」と技術士に米を要求してきた。

 スフェルセ大陸では一般的にパンやパスタが主食で、ジュンの言う〝米〟という食糧というのは少なくともリシェルティアの中では聞いた事がない。大陸が違えば食文化も違うのかと考えれば納得はするが、米という食糧が一体どのようなものなのか本格的に気になってきて、リシェルティアはそわそわと落ち着かない様子を見せながら横目でジュンの言動を伺う。

 ——だが同時に、米がスフェルセ大陸に存在しないのであれば技術士も知らないだろう。



「米? 無いわよ。あったら作ってる。面倒な時はパンで済ませちゃうけど、アタシは米の方が食べた気がするのよね」


「同じっすよー! オレも米派! 味噌汁の豆腐大きめが好きっす!」


「豆腐は栄養にもいいからそれは分かる。私はその時によって具材は変えるけど、味噌汁に油揚げを入れてるのもおいしい」



 ……の筈が、何故か会話が歯車のようにしっかり噛み合っている。何故会話が成立しているのかのもやが晴れなくて、リシェルティアは悶々とマーレフィッシュの身をつつきながらその様子を伺う。



「所であの後どうなったか聞いてもいい?」



 あまりにも単刀直入。突然。


 今まで人懐っこく接していたジュンも、食べ物の話に違和感を覚え内心でじっと考え込んでいたリシェルティアも、まるで石になったようにピシャリと身体を硬直させる。



「——いや、やっぱいい。良いもんじゃないってのは、反応で分かっ……」



 二人の渋く低い顔つきに技術士は直ぐに気付いて、すんと諦めを込めて首を横に振る。



「……っ、聞いて、下さい」


 だが、それをリシェルティアが言葉をつっかえながら止めた。



「身勝手なのは、分かってる……でも、巻き込んでしまったからには、知る権利はあるから」


「無理しなくていいから」


「無理じゃない。私が、この事実を認める為に。向き合う為に言葉にするの」



 相手も意地になってるかも知れない。技術士はその意味を込めて一度はリシェルティアの言葉をやんわりと断った。だが、リシェルティアとて、がんじがらめになった出来事に、心身が追いつかない。これは偽りだと、何処かの隅で叫んでいる。真実なのを分かっていて、なおそうしている。虚しいだけだと、そんな自分自身に喝を入れたい。



「……いいわ。そこまで言うなら」





 *





 話は長く続く。リシェルティアの出生と出来事。レフィシアとの出会いと再会。戦争の準備。ジュンとの出会い。


 そして——〝あの後〟。


 時折言葉をぐっと詰まらせて、発したくないという矛盾がまだ殺せていない。そこを出来る限りはジュンがカバーして、どうにか全てを説明した頃、技術士は白のキャスケットを外して自らの前髪をくしゃりと掴む。



「……じゃあざっくり纏めちゃうと、そのレフィシアって人の目覚め方を探してるって事でいい? これ以上はまだ頭が混乱する。まあ、一番混乱してるのは、あんた達なんでしょうけど」



 全てを一気に聞きすぎて脳内の情報処理能力が追いついていない技術士は、熱を持った脳を冷やす為に紅茶を啜る。ひと呼吸を入れた所で、改めてリシェルティアの方に顔を向き直した。特にそれ以上追求して問おうとせず、一番混乱している二人に対して配慮しているのだろう。



「話変わるんすけど、技術士さんのアレ、戦闘機!あり得ないっす。少なくともオレが見てきた中じゃ、スフェルセ大陸の技術であんなものは作れない! モルプローヴ大陸でも……っと、やっべ!」



 リシェルティアはモルプローヴ大陸の文明をこの目で確かめた事が無いので想像すらつかない。ただジュンの様子を見る限りではモルプローヴ大陸にも存在しないものなのだろう。驚くのも無理はないが、それを表に出しては未知なる存在による混乱を招きかねない。

 混乱のあまり口を滑らせてしまったジュンは慌てて自らの右手で大きな口を塞ぐが、一度発した言葉の巻き戻しなど出来るはずもない。気まずさに満ち溢れた空間の中で、唯一びくともしなかったのはモルプローヴ大陸の存在を知らない筈の技術士本人だった。

 ほんの少し眼を張っただけで、それ以外に何ら変わりはない。一度小さく溜め息をついた後、両手の指を組んだ。僅かに指の腹に力が篭っているのは、信じて貰えるか否かの不安要素が渦巻いている力みからなるもの。僅かに首をすくめて、何かに怯えるように背を丸くする。




「……改めて。私の名前はウルリラ。ウルリラ・エーデルフラウ。チフラ大陸、シーニュ国の国家技術士顧問をしてる」


「チフラ大陸……?」


「そう。ここより遙かに優れた化学技術。人工知能と共に生き、武力戦争と情報戦争に板挟みされている——夜を知らぬ大陸」



 チフラ大陸。


 〝ウルリラ・エーデルフラウ〟。



 モルプローヴ大陸。


 〝ジュン・サザナミ〟。





 スフェルセ大陸の過去、現在においてあり得ない、そして存在しない大陸からやってきた住人——。





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