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一話:沫雪の中の怒号


ついにリメイク版!!そして再始動開始!

序・二年前 編は毎日更新します!



※2022/4/11

手直し完了。



 スフェルセ大陸。


 過去から現在に至り、中央の土地にのみ四季は巡る。


 他——東は秋、西は春。


 南は夏といった具合に、一定の季節しか訪れない。


 そして魔力という内に秘められた力を元に、人間が編み出した魔法。これらを駆使して過去様々な事情の元、四度の大規模な戦を繰り広げてきたこの大陸。





 *


 ——北国。イグランドの街の付近に広がる雪原。


 北国は四季の中で冬しか訪れない、極寒の環境下にある国。特に最北端に近づく程にその寒さは勢いを増してゆく。イグランド付近はまだそこには程遠く、中央国を抜けて、割とすぐに位置付けられた北国の街である。


 しんしんと。


 空より降りし雪は日の光を帯びて照り輝く。もしこの場が緊迫で張り詰められた空気でないのなら、どれだけ美しい銀世界だと見惚れていたのだろうか。

 そんな銀世界にはとても不釣り合いな狼煙が上げられた様をラベンダーの瞳は追う。太陽のように暖かみのある橙の髪は雪という名の銀に囲まれた世界によく映える。小さく白い息を吐いた。 髪にほんの少しの雪を積もらせて、何百年と積もり続けている雪の大地を力強く歩み始める。といっても前にではない。戻る為の歩みだ。


 少年の帰りを待ちわびていたかのように大きな石の山の陰から、ひょっこりともう一人。少年と同じ黒を主体とした軍服を纏い、雪と同じくらい白い耳を頭部に長く立たせた男が居た。



「出番ですよ王弟殿下」


「……その呼び方と話し方、やめてくれないかな。キアー」

 


 キアー・ルファニア。

  少年——王弟殿下よりも少し歳上。二十前後の年頃で、人間と〝ラビリッツ〟という魔物との間に生まれたハーフだ。通常他種族との間に子供が産まれる事はほぼ無く、あっても混ざり合った血が拒絶反応を起こして病を患うか、死亡するケースが多い。

  健康体での誕生は数千万分の一に等しい筈なのだが、無事健康体で産まれたキアーはそれぞれの種族の特徴が強く現れている。これらを見込まれて平民から貴族の地位を得た——というのが()()()()()()だ。

 ラビリッツは白ウサギのような耳を持ち、足の筋肉が人間よりも遥かに発達しており、更には魔力を持つ魔物。

 通常の人の姿を保ちつつ、耳は人の耳ではなくラビリッツの特徴である頭部の長く立った白耳。

 髪の色はラビリッツの毛の色の中でも正統派の白と人間の母親の髪の色であった黒が半々。

  肩よりすこし長い髪は後ろに一つ縛りにしているが、この気候で一つ縛りは流石に首元が寒いらしい。何処からか調達してきた赤いマフラーがキアーの首元に巻かれていた。



「ははは、仕方ないじゃん。表じゃボクは公爵に引き取られた義息。君は正式な王弟殿下。ちゃんとするしかないしさぁ」


「今の俺は王弟殿下としてじゃなく、一人の将として居る」


「ま、無駄話はここまでにしといて、いこっか。いつもの仕事だ」



 王弟殿下と呼ばれた少年は寒さで身体を小さく震わせながら、キアーの後ろについていく。そもそも彼らの国——中央国と北国の関係性は良くはない。過去、それぞれの王により国の国境は特殊な〝壁〟で取り決めをされていた。

 その〝壁〟の撤去は難しく、魔法耐性が高いのか魔法でもびくともしない。なのに何故彼らはこの北国に居るのか。主に仕える〝召喚獣〟と、人に従わされる〝調教師の魔物〟。中には二枚の翼を持つそれらは、兵を運び空に舞う。真正面から壊せないなら空からという手は正しかった。高さに限界がある壁を容易にすり抜けて、今もなおこの雪の大地に足を踏み込んでいる。


 さて、今回攻め込んだ理由とすればまず二つ。


 一つは北国でしか手に入らないものを中央に仕入れる為だ。北国に交渉した所で首を横に振られてしまったので、自力確保に動くしかない。

 二つは単純なる威圧と戦力を削ぐ為。北国は中央国と並ぶとは言えないが、それでも他の国よりか軍事力が高い。特にこの気候と地理では北国側が非常に有利なのは間違いがない。中央は唯一四季が全て巡るので、王弟殿下も冬は体感している。だが、中央の冬と北国の冬は驚く程違う。気温の差や積もる雪の量と、雪の質感。

 当然中央国側も対策も怠っては居ない。雪に足を取られがちになるのを考慮して、主に中、遠距離戦闘の兵士中心の構成とした。近距離戦闘の兵士は、彼らのサポートとして引きつける役となるだろう。

 ……とここまでキアーが口頭にて説明を施していると、重要な事を思い出したようで王弟殿下はあっと小さく声を上げた。中、遠距離戦闘部隊に沢山人数を振った分、近距離戦闘部隊の人数が少ない件だ。部隊編成は全てキアーが担当していたので、王弟殿下は部隊編成の記された紙を確認しながら眼を向ける。



「そんなに前衛の人数を削っていいの?」


「王弟殿下が居るから大丈夫です」


「……他人頼みは良くないと思う」


「まあ、まあまあ。王弟殿下とボクがいれば大丈夫ですって。そんな大規模な戦じゃないし、雑な策でも余裕余裕」



 眼に澄んだ勝利の色しかないキアーは、自分達の立場が有利である事を知っている者が出せる余裕の声音で笑む。一方で王弟殿下はラベンダーのような鮮やかな眼を伏せて、先程以上に大きな息を吐く。これは王弟殿下なら雪場でも問題ないよね、というキアーの他人任せに対する溜め息だ。

 とはいえ、王弟殿下はこれも仕事だと割り切ってがくりと肩を落としながら、ほんの少しの距離を歩く。


 全兵がずらりと整列し、その数は五百と少ない。少ないが、ただの威圧には充分事が足りる。それに王弟殿下直々の出陣とあってか、元より兵士達の指揮は大きく高まっていた。

 これから更に兵達の士気を高める為に、王弟殿下は左腰にさしていた細めの片手剣を右手ですらりと鞘から抜く。




「〝レフィシア・リゼルト・シェレイ〟の名において命じる! 速やかに! 迅速に! 敵を殲滅せよ! 阻む道は俺が斬る! 存分に戦え!」



  静かな雪の土地に響く、戦の始まりの声——。





 *





 ——怒号が木霊する。



 爆発音。金属音。様々な声と音が混ざり合った熱量は空から降り続ける雪をも溶かす。


 戦の状況は攻め込んできた中央国の軍隊が圧倒している。メインとなる中・遠距離達もそうだが、中でも圧倒していたのは一見不利だと思われていた近接戦闘であった。

 前線を率いる王弟殿下——レフィシアを北国の兵士は誰も止められていない。

 ()()を脚力に集中させる事で脚の筋力を瞬間的に強化し、一時的にだが光速のトップスピードを叩き出す。光速の速さだけでなく単純に剣術の技術も高い事から〝瞬光〟という異名をつけられたほどの将。レフィシアは秒をも感じさせない速度で次々と立ち塞がる北国の兵士達を剣で斬り伏せてゆく。

 斬り伏せた兵達の血を帯びた剣身。血は剣身から切先へ流れ、何れぽたりと雫となりて雪にその色を染める。


 戦場は敵味方関係なく、攻撃を受けた兵士達は続々と死を迎えた。倒れ、雪の大地に血肉の色と臭いを染み込ませる。それでも振り返る事なく、レフィシアは止まらない。

 足が雪の地面に軽くついた瞬間にまた魔力を一点集中させ、更に一気に敵兵の纏まってる箇所に切り込んでいく。敵の兵士達は終わりの無い斬撃を喰らうような恐怖を抱き、顔色を青く染めて足を後ろに引き摺った。

 たった一人で数百、下手をすれば千もの兵と同等以上の戦力であるレフィシアを、一端の兵士ごときが敵う筈もない。正面から立ち向かえばそれは自ら死を選ぶようなものだ。

 それでも国の為、誇りの為。死の恐怖に身体が打ち勝ち立ち向かってゆく兵士達を前にして、ようやくレフィシアは足を止める。



「不要無用の殺しはしたくない。降参してくれるならこの戦でもう命は取らない」



 レフィシアとて鬼子という訳ではない。あえて彼らに選択肢を与えた。降参の代償に生きるか。それとも再び自らの剣を取り死に向かうかの二択。

 妙に威厳と落ち着きを加えた声には、疲れの色が一切も見受けられない。まだまだ戦える、殺そうと思えば殺せるというアピールも含んでいるのだろう。迷いの生じる敵兵達の隙間を掻き分けて、上官であろう人物が手に武器を取らずやってきた。


 ショートヘアのさらっとした黒髪に、黒縁の眼鏡がトレードマーク。歳はレフィシアより三つ程歳上である男は草木のような生茂る緑色の瞳でレフィシアをきつく睨みつける。



「私は、ロヴィエド・シーズィ。降参しよう」


「北国の軍の総大将は随分と聞き分けがいいね」


「他の将ならともかく〝中央四将(ちゅうおうよんしょう)〟に出張られては流石に兵の命を取るさ」


「賢明な判断だ」



 武器を取らなかったのは降参の意味か。レフィシアはロヴィエドの判断に頷き、ゆっくりと剣を鞘に納めた。各々の兵達が自分達の陣に戻りながら遺体の処理を進める中で、 レフィシアとロヴィエドは未だに対峙している。



「そういえば、君個人に頼みたい事があるんだけど」


「引き抜きなら受けないぞ」


「そういうのじゃないってば……内容はこの手紙の中に。申し訳ないけど、堂々と話せるものじゃないんだ。後で読んでおいてほしい。ここに書いてあるのは真実だけど、信じるか信じないかは君自身だ」



 ロヴィエドは常に警戒を怠らずに恐る恐るといった様子でレフィシアが差し出してきた一枚の白い手紙、その封筒を右手に取る。ロヴィエド自身、レフィシアが何を考えているのか分からないのに、何故自分はこんな手紙を受け取ったのか。自分自身説明が上手く出来ない。ただ、今のレフィシアが先程の恐怖とは全く別人のような——そう、これから大事なものを失うかのような寂しさを、何処か感じたからだろう。

 若くして常に理屈や道理に合わせ、合理的に総大将を務めてきたロヴィエド。彼は直感というのはあまり信用していない。だが目の前の敵将一人、レフィシアにはそう感じさせる何かがあるのだと、この話だけは信じてみてもいいかも知れないと思った。



「……内容によっては私だけでは対応出来ない。場合によっては王にも相談するだろう。それでもいいか?」


「うん。それでいい」


「で、兵はこれ以上殺さないという条件だが、捕縛や拷問はするのか?」


「特別に見逃すよ。兄さんはそれについて何も言ってなかったし。代わりにその手紙の事については寛大でいて貰いたい。あ、今回攻め込んだ理由は分かってるだろうから、全部用意しといて」



 ロヴィエドは手紙を懐にしまいながらレフィシアに問うと、現れたのは一軍の将としては甘すぎる判断であった。ロヴィエドは些か愕然としたが、すぐに平常さを取り戻す。

 レフィシア・リゼルト・シェレイなる男は近接戦闘に関しては〝中央四将(ちゅうおうよんしょう)〟最強であろうとされているものの、それ以外の政治方面などに関しては相手に対して甘すぎる。その噂話をロヴィエドは耳にした事があるので、噂が本当であるならば先程の言葉も納得がいく。



「じゃあ、俺は行くよ。長話してたら怪しまれる」


「……」



 背を向けて無防備なレフィシアを、今なら殺せるだろうか?

 


 ……などと一瞬でも先走った考えを叩き壊して、ロヴィエドは撤退の指示と、ありったけの食糧と水の用意の指示を兵に仰ぎはじめた。

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