五十七話:思考は止まり、時は止まらず
これにて二節が終了となりますが、すみません、こちらも後に加筆修正執筆いたします。
ジュンくん視点の番外編
「MEMORIA STORY File 2: Jun・Sazanami」
全二話構成となります。
またその後二節の加筆修正執筆をした後、2/14にて三節が開始となります。
三節まで間が空いてしまいますが、必要なお時間なのでお待ち下さいませ。
引き続き宜しくお願いいたします。
城では馬車が一台。東国の兵士が五十ほど。
兵士達を従えるはヴィンセント・アトゥナー。桑茶の色をした短髪は毛先が僅かに風に靡く。見送りにマティリアス自ら赴いてきて、横に据えるヴィンセントを見上げた。
「南国と東国の国境までは兵も護衛に入るから。ね。ヴィンセント」
「私は王の命に従うまでです」
まだ認めていないと胸を張るように姿勢を正すヴィンセントだが、彼が王と首を垂れるマティリアスの笑みには敵わない。
一方的に敵視する瞳をすんと収めて、改めて一行に今後の動向についての説明を淡々と施す。
「まず、リーロンを抜け、村を幾つか抜ける。東国にいる間は我々が守る、が、問題はその後だな。馬車を引く者以外は東国から先は行けない。それに南国は魔物の強さはこちらの比ではないぞ」
「魔物の、強さ……?」
リシェルティアが首を傾げていると、ヴィンセントが書物を幾つか荷物から取り出して両手に広げる。
南国、首都サレシオまでの道のりには広大に広がる砂漠地帯が存在し、南国の領土の中でもかなりの高気温。その中でもこの砂漠に住む魔物達は南国の小隊が幾つか束になってようやく倒せるほどの強さらしい。
それを、戦闘員が実質四人だけの状態でどうにかしなければならないのはあまりにも無謀すぎるのだ。
「そこはまあ、何とかするしかねーだろ。オレも前より天ノ術が使えるようになったし」
「こっちの魔物がどういう思考で動いてるのか分かれば、魔物除けっぽいの出来そうなんすけどね」
「マジか。馬車はそこまで広くねーし、シア寝かせて、リシェルティアとミエル乗せてナエの棺乗せたら、オレ達は歩きになる。魔物除けっぽいのがどういう仕組みなのかは歩きながら教えてくれ」
「ってえーー!? 棺引っ張らない分体力消費しないけどそれでもエグいっすよ……」
馬車を使ったとしても、リーロンから南国の首都であるサレシオまでは十日ほどはかかる見込みだ。それだけ東国の領土が広く、また南国の首都も南の中の更に南に位置している。
馬車に乗っていれば座っているだけだが、歩くとなれば体力はすり減る。あからさまに顔全体にシワを寄せていたジュンに、リシェルティアはつい見かねてしまった。
「待って、それなら私の方が長く歩ける」
「……まだ、迷いがあるだろ。迷いがあるうちは無理すんな。それが必ず何処かに隙を生む。ミエル 、お前も他人事じゃねーからな。まだ休んでろ」
「だっ、大丈夫っす! 馬車には指一本触れさせませんって!」
ぐっと親指を上に立てているジュンだが、どうしてもリシェルティアは食い下がろうとしてしまう。
その時、そっとミエルがリシェルティアの肩を掴む。
「……ミエル」
「今回は甘えようよ。リシェルティア。だってそのせいで、迷惑かけたくないもん」
「そう、だね」
冬の季節、北国。
秋の季節、東国。
次に向かうは——夏の季節、南国。
揺らぎ続ける心と共に、馬は前へと歩み、車輪は運命の様に回る。
*
城より僅かに遠いディリス・エレオン宅の自宅を離れ、一行の様子を人形劇を楽しむかのように滑稽だと笑うディリス。翼も無く、ただ自らの力で宙に浮いている。
「ちょっとスリルがあったか」
同時に、ディリス・エレオンという一人の人間の姿は枯葉と紅葉の塊となってぱらぱら音を立てながら地に落ちる。抜け殻が落ちたように新しく現れたのは暗い黄みのある深緋のショートボブの女。秋を象徴するようなスレンダーラインのドレスを身に纏う、一見するととても美しく神々しい。
だが、東雲の色をした瞳を大きく開けたと思えば、彼女は両手に腹を抱え始めた。
「〜〜っ、嗚呼、面白かった。この人間を殺して成り済ましてみた甲斐があったわねえ……!」
目尻から涙が浮かぶ程に彼女は大きく笑いを上げる。自分達はもう狂っていると自覚をしていてもそれを治そうとはしない。
いや、した事はあった。努力はした。
——しかし、それは無駄に終わってしまったのだ。
ならばもう何をしても無駄なのだろう、ならばいっそあるがままに思うだけであると彼女は開き直っている。
「ね? モフェリア」
「フティ姉様、性格が悪いですよぉ……」
秋の空に似つかぬ雪の塊が次第に人型となる。
雪のように白く、瞳は暗い灰の色。ウェーブのかかったロングヘアーの、見た目十ほどの少女——モフェリアは暗がった声で姉に指摘する。
この姉——フティリスは自分と同じ位置に値する者だと判断した場合のみ、その耳を貸す。なので、この妹なるモフェリアの姿を東雲色の瞳で捉えて、離さない。
「アルニム姉様はまだしも…… フティ姉様やテュテュ姉様は性格が……」
「そういう貴女も似たようなものでしょう? 北国で二人に近づいて。商売なんてやった事が無いでしょうに、よくもまあ出来た事」
「レフィシアとリシェルティアの繋がりを深くした上で、後から引き千切る……わたしは二人が元から秘めていた恋愛感情を人間を通して利用しただけ……」
モフェリアは何時もの淡々と暗い様で当たり前に言葉を紡ぐもので、「いや、あんたも相当性格悪いんじゃない……?」とフティリスは眼と肩を引きつらせた。
自分達が狂っているのでこの言動には納得が行くが、妹のやり口には敵わないなとフティリスはがくりと引きつらせた肩を下ろす。
「今は仕方ないわね。でも、どうせ〝終わり〟が同じなら、楽しみたいじゃない? レフィシア・リゼルト・シェレイ。リシェルティア・セアン・キャローレン。それに——彼が選んだあの三人。今後どうなるか楽しみね。後はそう——私達の眷属の癖に、私達の意見に反した者。妖精のフェリシテ」
夜明けのように美しい東雲色の瞳が途端に冷え切る。フティリスはモフェリアの耳にも届く程に大きな舌打ちを打つと、モフェリアもその小さな手で怒りを露わに拳を作った。
「……許さない。フェリシテ……」
「それは同意見。あの人が、面白くなるから放っておけって言うからそうしてるけど、そうで無ければ今頃殺してるってのよ」
「でも……フェリシテの〝祝福〟は何れ驚異には、」
「ならない。それはあり得ない。フェリシテが人間と手を組んだとしても——敵うはずはないもの。そうでしょう?〝始まりの十二人〟のうちの一人が裏切ったとしても、支障はない」
二人の視線は下に降り注がれている。
〝始まりの十二人〟
それは、全ての——。
そう、全ての始まりだった。
セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ
第一章・スフェルセ大陸
二節・東国
終