五十六話:今までとこれから
まじで更新遅くなってすみません。
やはり偶に週一も難しいくらいになりそうです。ごめんなさい。
さて、二節も次の更新が最終となります。
例え悲しかろうとも、時の流れは止まる事なく動き続ける。
生きると同じくらいに当たり前であるからこそ、忘れがちになってしまう時もあるだろう。
部屋の一室。
白のシングルベッドに仰向けとなって寝かせている、レフィシア。寝息は浅く、そのラベンダーの瞳を開く事は無い。
ベッドの隣に木製の丸椅子を添えて、リシェルティアは座っていた。
記憶を取り戻したという点については、まだ混乱している所もある。
ただそれよりも、自分の事よりも、レフィシアの身を案じて病まない。ノエアが怪我が原因という訳では無いと発言していたので、彼が帰ったらちゃんと聞こうと頷く。
「レフィシア……」
一瞬躊躇った右手で、レフィシアの左髪をすくう。微かに髪に体温が伝っている気がして、ほんのりと淡い光が当たるように暖かい。
蘇った記憶の中で蘇り続けた痛みと苦痛の中で、レフィシアとの記憶に辿る。
勿論レフィシアとの記憶の中は決して幸せだけでは無かった。壁や天井にまで行き届き、その色を人の血へと染め空気を鉄分の臭いとさせたあの空間。
二人に気を遣って匿った老人とその娘は殺害され、関係の無い客も巻き添えを喰らい命を落とした。
全ては——。
「私は……守りたいと思っても、結果的に、守られてばかりだね……」
牢から解放され、逃したレフィシア。
中央国との関わりを断つ為に偽りの記憶を操作させたセリッド。
それを承認した大将、ロヴィエド。そして母、メルターネーシュ。
セリッドの死後、記憶の保持を保っていたノエア。
レフィシアを戻す為に自分の力を底上げしてくれたミエル。
死ぬ可能性もあったというのに、最後まであの戦いに向き合ってくれたジュン。
守りたいと思っても、現実がその想いに僅かに届かない。とても歯痒い気持ちになって、リシェルティアは丸椅子に座りながら前のめりになって頭を俯かせていた。
コンコンと、二回小さくノックがされるのに気が付くと、そのまま音を立てて扉がゆっくり開かれる。部屋の扉を開けてから無言を貫き通していたノエアだったが、何れはそのまま部屋に足を踏み入れて近くの壁に背をつける。
「レフィシアの容態だが、正直分からねえ。多分、初めてまともに神魔を使ったんだ。身体が追いつかなかったんだろ」
「そう、なの……?」
「あいつが無駄に強い理由は、神魔だからだ。それも……願ったものを構築、創造できるクソやべーやつだからな」
「願ったものを構築、創造……」
そうに言われれば、思い当たり納得する場面は都度あった。
彼が瞬光という異名を持つ程の速度を誇っているのは身体強化などという表現では生温いもの。 身体強化だと本人が思い込んでいるだけの、圧倒的な速度を願った結果だ。
「でも、今まであんな感じじゃなかった……こう、光魔法の光みたいな……」
「これはオレ個人の考えに過ぎないが、あいつは神魔の使い方を知らなかった。だから、中途半端になってああなった……筈だ。魔力では無いから魔力を基準とした魔法は使えない。でも神魔としての力はあるから無駄に強かったんだろうな」
これらを纏めると、今までのレフィシアは自覚していなかったが故に魔力と神魔の中間程度の力を発揮していたに過ぎない。
それを今回は他者が干渉していたとはいえ、完全に神魔を発現させたと考えてもいいだろう。とはいえ、レフィシア本人はちゃんとした人間である。あれだけ派手に神魔を使えばこうなってしまうのは当然なのかも知れない。
「眼は……覚めるの?」
「……知らねえ。神魔に関しては流石に専門外だ」
答えを導き出す事の出来ぬ歯痒さにノエアはあからさまに顔を歪めていると、それとは真逆にハキハキと爽やかにジュンが入室してくる。
「ちぃーす! おっ、ノエアさん帰ってきてたんすね。これから何処に向かうかは決めたんすか?」
「南国だ」
「……中央国にしません? だって、中央に行けばシアさんの兄貴……アリュヴェージュさん? がいるんすよね? 向こうは神魔を知っていたみたいだし」
「確かにアリュヴェージュはこいつを溺愛しているから、アリュヴェージュ本人はレフィシアを無闇に殺したりはしない。だけどオレ達に関しては別だろ」
例えレフィシアが助かっても、それ以外の命の保障は出来ない。
意見を正論で否定され、残念そうに顔を床に向けていたジュンの眉も次第に落ちてゆく。
「ジュン。これまで協力してくれた事、ありがとう」
「な、何すか突然」
「今更だがこれはスフェルセ大陸の問題だ。これ以上オレ達の都合でお前を巻き込むのは正直心苦しい。これから先はお前が選べ」
ここまでさぞ当たり前の様にジュンは付き合ってきてくれていたが、今回の件を踏まえてこれ以上は強制すべきでない。リシェルティアも流石に同意を促す視線を送ると、思ったより長くジュンは黙りこくった。自分自身でもここで切り上げた方が身の為だと言うのを自覚しているのだろう。
自らの立場を自覚できる。当たり前のことだが、それでもジュンの年齢を考えれば素晴らしい思考能力だ。
「……まあ……早く帰りたいってのは、今も変わらないっすけど……これも今更っす。今更、投げ出すのも心残りになる。それに、帰る手段も分からない。同じ帰る手段が分からないって言うなら、味方は一人でも多い方がいいっす」
「………そうか。悪いな」
未知なる力。信じ難い真実。今目の前にくり拡がられている状況。
逃げ出すのは容易。
見ないふりをするのも容易。
してはいけない、という訳ではない。個人の自由であり誰かに強制されるものではないだろう。
だとしても——。
「(私も、目の前に起こっていることからは……出来るなら、逃げたくない)」
もし一度でも逃げてしまったら、もう一度自分は繰り返してしまうから。
ノエアとジュン。二人の会話を見ながら、リシェルティアの両手は強く拳を作って握力が増す。
*
「お世話になりましたーっ!」
「いいんじゃよ。それよりも、レフィシア様が早く目覚めるのを祈っておるよ」
老人、ディリスが玄関まで見送り、それに対していつも通りの花のように明るく華やかな笑みを浮かべていたのはミエル。
時間の経過で沈んだ気持ちが少しでも浮いてきたのなら喜ばしいものだ。
なお、城まで行けばマティリアスの指示により東軍の馬車が待機している頃だろうが馬車に乗る魔での間はジュンがレフィシアを担いで、リシェルティアがナエの身体が入った棺を鎖で引っ張る。普段ジュンは軽々と引っ張っていたが、リシェルティアはそう上手くは行かなかった。
力には多少の自信があったリシェルティアも想像以上に棺が重い事に未だ驚愕状態だ。もしかしたら棺は棺でも死霊術士の棺だからなのかも知れないが、それを今考えたところで状況は変わらないなら止めておこうと、
「大勢で数日間押しかけてしまいすみませんでした。このお礼は何れ」
「気にするなと言っておろう。早く陛下の下に向かうとよい」
「はい。ありがとうございました」
丁寧にお辞儀をして感謝の意を述べたノエアが先頭を切リ、歩み始める。リシェルティアとミエルもそれに続く中——ただ一人。
「どうした、ジュン」
「……ノエアさん、は、気付かないんすか?」
「どういう意味だ?」
ジュンの中で確信は強くは無い。
だが最初に出会った頃との何かの違いに、ノエアが気付く筈はなかった。
違和感を覚えているのは自分だけかとほんの一瞬鋭く眼を尖らせ、くるりと身体を後ろに方向転換させる。そのままぱたぱたと小走りで、見送るディリスに駆け寄った。
「…………あの、ディリスさん。何か、あったんすか?」
「いや、何も?」
「分かりました」
潔く引き下がって、ジュンはレフィシアを背負いながら先行するリシェルティア達の後を追う。