五十五話:揺らぎ続ける
ルビとかの振りは日曜にやります!! すみません!!!
思い返してみるとノエアの今までの発言にも頷ける。
リシェルティアは北国でノエアに自分にも魔法は使えないかと問いた事があるが、さぞ当たり前のように首を横に振られてしまっていた。
——例えば、魔法が強烈な原液を薄めたものを魔力としてそれをコントロールとイメージをするものとする。ただ、原液そのものはあまりにも強烈すぎて、薄めた魔力と魔法と同じやり方じゃ使えない——
「……ノエアは神魔の事を聖天の儀の前からもある程度分かっていたの?」
「あん時はまあ、魔力じゃないっつーのと、シアとリシェルティアが別の性質って事くらいの曖昧な知識だった。今は前よりもっと説明は出来そうだが、聖天の記憶を辿っても真実は謎だ、が……」
ノエアは自らの隣に座って至る所に眼を泳がせていたミエルを横眼に捉える。
「お前も何か知ってるだろ」
「……のっ、ノエア程は知らないかもなー、なーんて」
場を和ませようと無理に笑いを作り、自らの心の動揺を落ち着かせようとお茶を啜るミエル。
明らかに無理をしていて、嘘が下手であるのはリシェルティアでさえも容易く見抜けた。
「お前はシアの中にいたあいつを知っているのか? 〝神魔〝〟を使った術、あれは何だ?」
「ノエアさん! こんな状況で質問責めは良くな……」
「……ッ、言えるようになった時にちゃんと言うもん! ノエアのマジメ石頭生意気バカ!」
とてもではないが耐えきれなくなったのか、ミエルは勢いよく椅子から立ち上がる。早足で部屋を去っていってしまう様に「オレ、ミエルちゃん追ってくるっす!」とジュンも跡を追うように部屋を立ち去った。
ぽつんと残されたノエアとリシェルティアだが、リシェルティアはまたもある事を思い出す。
それは夢の中で見た男性を象った人、彼である。
——人は力を魔力と呼称するが、魔力は我の力を極限にまで薄めたものに過ぎぬ——
——魔力と同じ性質を持つ〝霊力〟と〝数値力〟。〝霊力〟を利用した〝死霊術〟も、〝数値力〟を利用した〝技巧〟も所詮は名称が違うだけだ。我の力を極限にまで薄めた〝偽物〟を人が力としてどうこうしている術に過ぎぬよ——
夢の中での会話の内容をリシェルティアは順を追って説明をしていくと、ノエアは謎が解けないようで頭を抱え込みはじめた。
「〝数値力〟と〝技巧〟……って、何だ? お前は何か知らないか?」
「実は私もそこまでは知ら…………」
首を横に振りかけたのを、リシェルティアはぴたりと止める。呆然と口を開きっぱなしにして、つい数日前の出来事の記憶を巻き戻す。
——良かった。そこの、〝数値力測定〟と〝速度計〟の文字を同時に押してみて——
「あ……」
「あ……っつーと、それ思い出したっつー奴だな」
「でも一応秘密だって……」
「お前の、そういう所はしっかりと真面目だよな……まあいい。話したい時に話せよ」
「……話したい時に話すと言えば、ミエルは大丈夫なのかな……」
「……暫くあの話は辞めといた方がよさそうだ」
ブルーグレーの瞳を伏せて、ノエアは張っていた肩をがくりと落とす。
「国王の謁見にはオレが行く。お前やミエルも心配だし、オレが城に行ってる間は任せるつもりだ」
「……ごめんなさい。任せてばかりで」
「いい。オレがやるべき事だと思ってる事だから」
ノエアはそう言いながら立ち上がって、近くの扉のドアノブを回して開く。リシェルティアはそのまま立ち去るのかと思っていたので、未だ足を動かさないノエアに対して後ろで首を傾げた。
「リシェルティア。記憶を取り戻したお前がこの先、立ち止まるのか。前に進むのか。それはお前が決めろ。お前の人生なんだから、此処には真っ当な生き方に反対する奴は居ない」
「うん……」
扉は静かに閉じられた。
声ひとつ無くなった一室に外のひゅうひゅうと音を鳴らす秋の風が寂しく響く。
*
外。裏庭。広大な畑。
その奥では家の主——老人ディリスが早朝から仕事をしていた。
平鍬を振り下ろし、さくりと土を耕してゆく。秋の葉の匂いと畑の土の匂いが感じる。そんな中で裏庭の隅っこにミエルは蹲るよう丸まって座っていた。
家族でも何でもない、数日付き合いのあるだけの女の子の慰め方を知らぬジュンはとりあえず自分も同じ視線になろうと土の上にあぐらをかいて座る。顔つきを見られたくないのかそれに合わせてミエルは顔を丸めて更に縮こまった。
「……あたし、あたしね……出来る限りこういう所を見せたくないんだ……だってさ、シアやリ……リシェルティアの方が大変だし、ノエアも知りすぎてるが故の背追い込みすぎだし……。だから……、あたしが……あたしがちゃんといつも通りっ、能天気に、笑っていかないと、いけなくて……」
弱々しく擦れ、混乱と動揺が渦巻き安定がしない震えた声。
——無理もないかも知れない。
ジュンは悟った。
あの時の出来事は、衝撃的だったのだから。
リシェルティアの記憶は思い出され、ミエルも何かを知ってしまった。
レフィシアは未だ目覚めず、そんな中どうにかして普通を保っていられるはただ二人、ノエアと——自分なのだと拳を強く握りしめた。自分でも痛みを感じるのが遅くなるくらいに、握り拳を作った右手の平はじんじんと赤くなっている。
「……これはある本の主人公の話なんすけど」
——言わなかった。
言えなかったが故にある日タカが外れて、人の罪を被った。大切な人をも手にかけてしまって、結局、その人に伝えるべきものを伝えられないままその人達は死者となった。——
ジュンは〝ある本の主人公〟の話としてそれをミエルに物語として語る。
「あー、つまりっすね。我慢しすぎは身体に毒でしかないんすよ。いつそれが悪い方向に向いてくるか分からない。身体や精神に影響するかも知れない。言いたい時に言うのはいいっすけど、時が流れるにつれて言いにくくなるかも知れない。だから、語彙力が無くても誰かにぶち撒けるくらいはしておいた方が楽だと思……」
ジュンが最後まで言い切ろうとしたが、それは阻まれた。
ミエルの身体の重心が振り子のように揺らぎ、力なく横倒れ始めたのに気付き、ジュンはすぐ様受け止める。踞ったままのミエルは丁度頭がジュンの胸元ほどまでの高さ。我慢という糸がぷつりと途切れて、ミエルはそのままジュンの胸元に身を委ねた。
身を委ねられた側のジュンといえば、不意に息を忘れてしまいそうになったが、すぐ手の届く所で泣き続ける彼女を、無下には出来ない。そう思って、あえて引き剥がさず、そのまま動かずを貫く。
小さく、弱々しい小さな口。
そこから紡がれたミエルの話。
会話の内容に纏まりは殆ど無い。
だとしても、その内容を耳にしたジュンは鮮やかな赤紫の瞳をこれでもかと大きく見開き続けた。