五十一話:たった一発。たった一振り
キリがよかったので短め文章です。もしかしたらまた今後追記するかも……?
「……それ、上手く行くんだろうな」
「やるしかないでしょ。足引っ張らないでよ」
出来る限りのぼそぼそ声のような小声で作戦会議を終えた、ノエアとキアーの二名。
余裕を含んだ彼を前にして、ノエアは不快そうに口を尖らせる。
二人の物語を守る為にも、例え勝てないとわかり切っている戦いと向き合うと誓った。だからこそ〝聖天〟を背負ったノエアのブルーグレーの瞳はまだ希望の光を灯している。
「ジュン! そいつらを頼む!」
「ちょ……ノエアさん!?」
希望すら見出せず、目の前の有り得ない事象に暗い影を落としていたジュンが慌ててノエアを止めに入ろうと言葉で制止を促そうとした。
その時。
秋の色をした濁りのない光の粒がノエアの背に凝縮されてゆく。型をとって——六枚の翼がノエアを秋空に飛翔させる。これにより一定以上の機動力を得たノエアは右手を彼に向かって翳す。
「——〝ドルミル〟!」
一定範囲内の生物の動きを完全拘束するエンジェルの固有能力、天ノ術〝ドルミル〟。
ピキリ、と音が鳴る様に彼の身は一息程度の硬直を覚えた。
「天ノ術か。確かにエンジェルの天ノ術なら魔法よりも我を拘束出来るな。だが——」
彼の周囲の金色の光の粒が、銀色の光の粒へと変化して渦巻く。〝ドルミル〟による拘束すら、たった数秒程度の効力しかない。
「まだお前の天ノ術は中途半端だ」
「やっぱトルテみたいに行かねーよな……」
ハーフでなければ、純血のエンジェルであるトルテのように全ての天ノ術を最高の形で使える。しかし、そうではないノエアはまだ元々使えていた空間収納の〝ラオム〟、完全拘束の〝ドルミル〟を含みまだ全てを完全に使えない。
単純に拘束している隙を突く作戦は失敗して、キアーは不機嫌の色を隠さずに眉を潜める。
「魔法は効かない、天ノ術は中途半端。結局役立たずなの?」
「魔法は効かない、剣術も防戦一方になってたあんたには言われたくねー言葉だな」
喧嘩している場合ではないのをお互いに理解しているが、お互いに思った事を言葉にしてしまうのか息は合わない。
その様子を彼は面白い芸でも見ているかの如く鼻で笑い、憐みを含んだ。
「……どうした? 貴様は挑んではこないのか?〝 十冥死廻〟の〝魂喰らい〟」
「……!」
戦いの様子を伺っていたジュンに、彼は首を傾げる。
「教えておいてやる。〝十冥死廻〟 はスフェルセ大陸の〝タブ・ヴダ〟とほぼ道理。使用できる人間は限られているが、コントロールは可能だ。お前なら今の打開策にもなろう?」
彼は表面上で笑んでいるだけで、感情を落とし込まない。挑発しているつもりか、真実を述べているだけなのか。
「……かよ」
自制できないほどに震える怒りに襲われて、ジュンの心の紐は音を立てて途切れる。
「使うかよ! あんなもの! もう二度と……使わねえよ!!」
「ジュン、落ち着……」
「ノエアさんとうさみみおにーさん! オレも戦うっす! ナエ! 二人を頼む!」
「ちょ……っ!」
激しい怒声。猛火で焙りたてるような激情に盛って、ジュンは分かりやすく取り乱した。そこに冷静さなど無く、腹立たしさが高じて涙が出るほどに胸が詰まり顔は赤く火照る。憤激に任せたジュンは、ナエの制止など聞かずに、真っ直ぐに彼に向かって駆けた。
「〝リコ〟! 〝尽きぬ事知らぬ青雷〟!」
刀の青雷は轟音を響かせ、空を切る一閃。
伸びる青雷の斬撃は途中で枝のように分かれて、標的は一点のみとした。鋭く、雷が墜ちるが如く速い、が、彼には通じない。
銀色の光の粒が全方位に彼を包み込み、青雷が接触した瞬間。
先程までの轟音が嘘だったかのように青雷の斬撃は硝子の破片のようにバラバラと枯れ葉の地面に崩れ落ちた。
「ほう? 流石〝十冥死廻〟の使い手の一人。中々にやるではないか」
「く……っそ!」
一瞬の隙に間合いを詰められ、彼は純白を施された剣を振るう。
——回避は間に合わない。
魔力を弱らせる〝ユウマ〟では防御力に劣ると瞬時に判断。ジュンは死魂武器である刀と、それに宿った魂〝リコ〟を解除。
「——〝アデーレ〟さん! 〝祈りは必ずしも届くものではない。されど、祈り続けよう〟!」
今度は明るいサルファーイエローの霊力だ。刀に宿り、更に霊力が楕円形の盾のように変化する。純白の剣の切先が掠る、ただそれだけでサルファーイエローをした楕円形の盾は散り散りになった。霊力の光が飛散しながら、ジュンは破れるように大きく眼を瞠る。
受け身を取りすぐに体勢を整え地面についていた膝を上げようとすると、背後にはもう、彼がいた。
一発。たったの一発の一振りだ。
ジュンの背を縦に切り捨てて、左足で突くように蹴り飛ばす。
ジュンは吹き飛ばされた先の樹木に打ち付けられて、反動で手から刀が落ちた。拾いに行こうと頭では分かっているのに、背に受けた斬撃の傷は皮膚をも貫通しどくどくと血が溢れてくる。痛みと熱に侵されて、ジュンの意識は遠のき始めてきていた。
「何でもいい! あいつの身体自体は人間だ! 一撃でも入れれば——」
「いける、とでも思ったか?」
金色の光が彼の身体を包み込む——レフィシアの身体の傷全てを、再生、否、傷という事象の回帰である。
圧倒的に。
あり得ないくらいに。
彼の強さは人を越えていた。