四十八話:過去のフラッシュバック
昨日更新出来ませんでした。
ご迷惑をお掛けしまして誠に申し訳ございません。
また、今回の話を含めまして次の日曜に順次訂正、追加執筆を致します。
作り出された夜の空に、似つかぬ空色の戦闘機。
無音で上空へと待機している様は、キアーだけではなくその場の全員がピタリと攻撃動作を止めて見上げさせた。
「すっげー! マジモンの戦闘機!」
「感心してる場合じゃないでしょ。剣と魔法の西洋ファンタジーにあんなのがあると思う? どう考えても場違いにも程が……」
ジュンとナエだけはそこまで困惑していないようだが、それ以外のスフェルセ大陸の人間はあんぐりと開いた口が塞がらない程に驚きを露わにしている。
——瞬間。それは落下。
いいや、落下ではなく、頭から一気に急降下しているのだ。
事故ではなくてギリギリの所で着地する気だとキアーは悟って、立ち止まり様子を伺っていた紅とスゼリを視界へと入れた。
「迎撃しろ! スゼリ、紅!」
「畏まりま——」
一足先にスゼリが動こうと完全に身体を上空へと向けた、が。
「よそ見はさせないっすよ!!」
隙あらばとジュンは狙う。青雷が地面を這いながらスゼリに向かってきて、スゼリは悔しさを込めた舌打ちを打った。
紅もキアーの一言にぴくりと身体を引きつらせてはみたものの、ナエの細かな死神の鎌の弾丸はそれを許さない。
急降下、からの、衝突ギリギリでの浮上に、ぶわりと大きく風が巻き上げられる。
後席のガラス面を開けて、席から身を乗り出し地面を力強く踏み降りた。
「リシェント……!?」
「シア!」
リシェントは直ぐにレフィシアの姿を眼に移したが、彼は怪我を負っていた。
まだそう長い付き合いでもないがレフィシアが傷を負う姿を見た事が無く、戦っていた相手の実力が窺える。
「……あたしが出来るのは、ここまでよ。流石にこっちの軍に目をつけられたくない」
「ありがとう! 技術士さん!」
「……悔いのないように、祈るくらいならしててあげる。まあ、あたし達技術士は本来、祈る事はしないんだけど」
挨拶がてら前席のガラス面を少し上げて言葉を紡ぐ技術士の少女は、顔を陰鬱に沈み込ませていた。柔らかいオールドローズの瞳は揺らいでいたが、これ以上は何も言わない。何も問わない。
ガラス面を閉じて再度空に舞い去ってゆく戦闘機をリシェントが見送っていた中。
「へえ。面白くなってきた、けど……」
歪んだ嘲笑を浮かべながら。
「また一手遅かったようだ」
キアーは誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
*
「——戦闘再開と行こうかしら、えーっと、紅、だっけ? あだ名かしら」
「……」
ナエが改めて紅の方を振り返ると、人形のように止まって動かないのを確認する。
このまま殺してやろうかとナエは散りばめた鎌の刃で一面を包囲してやったが、なお反応が無い。
ここまできたら怖いを通り越して不気味である様を感じ取り、上辺は余裕を含ませ頰笑み、心は警戒という棘を張る。
「残念」
——紅のその一言。
姿が変わった。
紅から一見、とある女に。
紅のように細身で色白の肌。殆ど白に近い水灰の髪。違うのは髪は櫛がしっかり通されて美しくストレートである様だろうか。肩より少し長く、身の振る舞いこそ上品を纏ってはいるが顔は赤の仮面により確認が出来ない。
「初対面なら見極められないのは無理ないですわ。あのレフィシア様でさえ、わたくしの演技と実力の底上げに気付いて居なかった」
「……影武者ってやつ? じゃあ本物の紅って奴は……ッ!」
ここでナエはようやく気付かされた。
まさかと思って足の方向をレフィシアのいる側に向けようとした。
女の氷で覆われ、殺意に満ちた爪がナエを引き裂こうと向かってくる。ナエはローファーで地面を蹴り、ひらりと空中に飛び舞って鮮やかに回避。
この女をどうにかしなければいけないのには変わりはないようだとナエは面倒くさそうに眉を顰めて、一息をつく。
「あら。行かせません。紅様の邪魔になるものは防ぐ。これがわたくしの役目」
「ッ、クソが……!」
今度は足止めを喰らう側になってしまった側となり、詠唱破棄された氷の礫達を自らの刃の弾丸で迎撃。
横でスゼリと三度の唾釣り合いを起こしたジュンを確認して、呼ぶ。
「ジュン! 霊力感知!」
「は!? やってる暇ないっての!」
「ああもう! 役立たずね!? ——ノエア!!」
「ちょっと! さり気なくオレを落としたな!?」
一般兵を相手にしていたノエアは危惧するかのようにリシェントに目をやっていたが、ナエの言葉に正気を取り戻す。
「ミエル! 任せられるか!?」
「数減ってきたし、こっちは何とかするよ!」
「頼む……!」
ミエルは魔弾銃を、召喚獣であるウインドペガスは風魔法をひたすら繰り返し続け、こちらも迎撃。
ノエアは自らの疲労に鞭を入れ、足を走らせて、目的地をレフィシアに定める。元から運動能力は低めであるノエアは、更に病み上がりというのもあって足の速さといえば遅い。
だからこそ——一手、二手と遅れてしまったのだ。
別の気配に、何故か今頃察知した。
魔力感知すら怠ってしまった、ノエアの失態である。
それは先にレフィシアの元に向かっていたノエアすら速く。
奇襲を掛けるが如く。
「まあ、ほんとは僕が直接殺したかったんだけど、殺せれば方法なんて何でもいいよ、ね?」
キアーだけはお見通しだと口角を上げて笑う。
「君が死ねば、アリュヴェージュは悲しむ。バレたら一生僕を恨む。承知の上だ。それでも、僕はアリュヴェージュの、そしてアリュヴェージュの生きる世界の為に、どんな手段でもお前を殺すよ……レフィシア」
キアーの言葉には耳を貸すなと理解しても。
兄と決別した事実を受け入れていたとしても。
オルゴールのように優しい音色に包まれた幼き思い出が脳裏から離れない。ああ、だから首を振っても言葉を聞いてしまうのだろうとレフィシアはようやく気付かされた。
レフィシアとて人間だ。人並みに生にしがみ付くのは当然である。それはレフィシア自身も生きたいと願っているからだ。死にたくて生きる人間は居ない。死にたいと願っているのにまだ生きたいというのは人間の正しくも矛盾した考えのうちの一つだ。
死にたく無いと拳を強く握りしめていても、かつての幼き日の中にいた兄の親友。その今の声に迷いという名の身震いとなり拳は緩みかけた。
「シ、ア……!おい! ……ッ、シア!!」
ノエアが息を切らし、喉を枯らし、名を呼ぶ。
キアーの言葉はレフィシアを精神的に足止めをする為の誘導に過ぎない。
物陰から飛び掛かる獣の如くに現れた本物の紅が、右腕を氷の槍に変えて——突く。
一メールを切った所でようやくレフィシアは槍に気づいたが、避けようと足を踏み込んだ瞬間に痛みが全身に伝う。剣もキアー側に転がり落ちていて、剣での迎撃は出来ない。
——策はある。
レフィシアは右手で上着の内ポケットを探った。剣はメンテナンスなどで手放す時もあり、宿でもいつ誰かが急襲してくるかも分からない。そんな状況下で剣を持てなかった場合の対策として、折り畳み可能な小型ナイフだけは携帯していたのだ。
剣とは間合いの取り方が違うのだが反射でそれを取り出し、ギラリと刃先を露わにする。
そのまま、踏み込み途中の足で避けると思わせて氷の槍を受け流そうと切先を向けていた。
ぐしゃり。
生々しい音と共に、氷の槍とナイフは一人の人間の、人体の心臓部を貫通した。
どくどくと外側からも聞こえるくらいに血が湧き出て、血で濡れた枯れ葉は水分を吸い取り湿る。返り血は枯れ葉だけでなく、レフィシアの整った顔の半分を染め、紅の白の仮面を全面的に染め上げた。
紅は氷の槍をすらりと引き抜いて、使い物にならなくなった白の仮面を左手で捨て去って、口角は上がったまま目の前の事態に薄ら笑う。
一方のレフィシアと言えば、今起こった事態を理解できずに力無くナイフを抜いた。後ろに倒れ込むその人を、小刻みに震えた両腕で支える。
改めてこれが現実なのだと思い知らされて、両膝を折って雨のように涙を落とした——。