四十五話:整う戦力
「〝グラスブレット〟」
氷魔法の詠唱破棄。
中央四将という存在はキアーを除いてまるで当たり前のように魔法の詠唱破棄をしてくる。それもレフィシア対策の一環ではあるが、当のレフィシアは四方に浮遊し加速する氷の弾丸達を全て斬り伏せた。
ごとりと岩のような鈍い音を立てて、真っ二つにされた氷は地面に落ちる。
レフィシアに休む暇も与えず、その隙間からスゼリが剣を横に振るう。受け止めても良かったが、それでは防戦一方になってしまう。すらりと剣身でスゼリの攻撃を流してから、懐ががら空きになった腹部に左脚の蹴りを喰らわせる。
直撃を喰らったスゼリはその痛みで整った顔を顰め、衝撃で後方に吹き飛ぶ。樹木に背をぶつける前に体制を整えて、どうにか直撃は免れた。
スゼリが再度レフィシアへ眼をやろうとすると既にそこにはレフィシアの姿などなく、気づいた時にはレフィシアの剣先が鋭く向かってきている。
防御は間に合わないかとスゼリは歯を食いしばったが、スゼリとレフィシアのほんの僅かな隙間から氷の身体をした蝙蝠達がカーテンをかけるように湧く。
位置は割れている。関係はない。
そのまま突きを止めないレフィシアであったが、蝙蝠達に剣が触れた瞬間、ピキキと音を立てて氷が剣に纏わり付く。それが次第に剣先から剣身、そして柄にまでやってこようとする様を瞬時に見極めてすぐ様剣を後ろに引いた。
「流石だね。俺の攻撃に反応自体は出来ている」
「だがまともに攻撃は入れさせて貰えなければ、本当に貴様の速度に対応するので精一杯だ。二年前ぶりだからか」
「ですが、条件としてはこちらが有利なのには変わりありません」
スゼリが冷静沈着に辺りの様子を伺いながらレフィシアからおおよその距離を保つ。
まず一つ、個は時に数を制するが基本的には数は個を制す。言葉通り、この場が二対数十名になっている状況はレフィシアにとって良くは無い。
二つ目として、長期戦に入ればレフィシアよりもミエルの方が先に根を上げてしまう。
三つ目として、レフィシア側は大技を使えない……使うのを躊躇っている、その理由を理解している余裕が中央軍側にあるという事だ。
ここまで用意周到。
紅やスゼリに、ここまで読んだ策が用意、実行出来るとは思えない。
で、あればやはり——。
「おっと。やってるやってる」
「キアー! ジュン!」
「うう……すんませんレフィシアさん」
的中。
余裕と自信の両者を満たした満遍ない笑顔でキアーは草木を掻き分けてきた。ラビリッツの特徴である白のウサギ耳をぴんと張って立てている。笑顔を浮かばせていながらも、あくまで表面上そう取り繕っているのが安易に想像できるだろう。
ジュンは黒の棺桶が繋がれた鎖は手に持ったままに、手首に手錠をかけられている。死霊術での抵抗をしていないのは、魔力ないし霊力を封じるものだろうと安易に考察できる。
——人質か。
ジュンはモルプローヴ大陸の人間で、本来ならばスフェルセ大陸側の事情とは全く関係がない。だからこそ、余計にこちらの事情だけで見殺しなどに出来ない。
当然、そんなレフィシアの思考すらも長年の付き合いだったキアーには手を取るように把握出来たのだろう。
一歩も動けず、それでも隙を探るように眼を逸らさずにいるとキアーの横で人質と化していたジュンがこつぜんと、一瞬にして消えた。流石のキアーも驚きを顔に露わにして眼を見張っている。
「おいおい。クソな事してんじゃねーよ」
「ノエア!」
レフィシアのすぐ隣にはまだ疲れの色を隠し切れていないノエアと、人質になっていたジュンだ。ノエアが自分の転移と共にジュンを強制転移させたのだろうが、ノエアはがくりと地面に片膝をつく。
ウインドペガスと共に一般兵との戦闘を繰り広げていたミエルもそんなノエアの元に駆け付けたい思いが湧き上がったが、それを許してくれる状況下ではない。小さく舌打ちだけして、ミエルは魔弾銃の引き金を引き続ける。
「……悪ィ。まだ本調子じゃねーんだ……足手纏いになるのは承知の上、だけどな……レフィシアを……こいつらを死なせる訳にはいかねーんだよ」
「君に、何が分か……」
「——この〝セカイ〟の仕組みなら、ある程度ならもう理解してる」
「へえ。出まかせじゃないの?」
「出まかせ? じゃあ本当に出まかせかどうか、言い当ててやろうか? ——〝神魔〟についてとかな」
〝神魔〟
その単語を発した瞬間。
スゼリは眉を顰め、紅は硬直し、キアーはその瞳を一際大きく引く。
「お、その反応——当たりか?」
図星かと薄笑いで嘲笑う。
そんな挑発に乗る相手ではないとノエア自身も分かっているが、使える手段は使っておくべきだという考えだ。隣でひと息をついていたジュンに横目をやる。
「ジュン。戦えるか?」
「もちろんっす!」
「悪ィ。連続転移魔法の連続で流石にバテてる……オレは主にミエルの援護をちまちまっとするから、シアを頼む」
「よっしゃ! 其れは、繋ぐ者。天に昇らん魂達と、朽ちる肉体に、我が力を注ぐ——頼む! 〝ナエ〟!
ジュンは腰の焦げ茶のベルトに仕組んだナイフで軽く右手の親指の腹を切ると、鮮やかな赤の血をほんの少し流す。親指の腹から滲み出る血を棺桶からそれを繋ぐ鎖、自らの左掌まで絵具のように伸ばして言葉を紡ぎ終わる。
棺桶が開かれ、菫色のストレートロングヘアーを後ろへと掻き分けたナエ。一本の筒から青の霊力を縦に抜かせて、そのまま大鎌の刃を象ってみせた。
「で、私はどっち担当? あそこのうさみみ? クソ仮面? 真面目くん?」
ナエは身の丈以上の大鎌を自分の手足の如くぶんぶんと振り回し、鈍った体を解しながらレフィシアに問う。順番にキアー、紅、スゼリの事だろうが、今は訂正する余裕はない。
「実力的には、スゼリはキアーや紅よりかはまだ大丈夫だと……思う」
「ふうん。そ。ならジュン。あんたがあの真面目くんを相手しなさいよ」
「でもナエ一人で中央四将となんて……大丈夫っすか?」
「たまに横からサポートしてくれれば……まあ、何とかなるんじゃない? てか、私一人とジュンで戦ったら私が勝つんだし、事実上ジュンが一番弱い」
「う……っ、ド正論がきっつ……」
ナエの正論攻撃はジュンには効果は抜群となり、痛恨の一撃となって彼の心を痛ませた。
もう少し言い方があったのではないかと内心不安になったレフィシアがその二人に眼をやっていると、スゼリが魔法詠唱を開始し始めているのに気付く。
「——火炎よ星の如くに降り注げ!〝スタリスフレア〟!」
火属性の上級魔法だ。天空より火炎の弾丸が正しく星の様に降り注ぐが、消し飛ばさなければ辺り一面が火の海になる。それを分かっていて、スゼリは放っているのだろう。
流石に火魔法に当たらないようにする事は出来ても、その後のケアまでは出来ない。
一般兵と戦っているミエルやウインドペガスもそこに構っている暇などなかった。
「ジュン! 何とかしなさい!」
ナエが咄嗟にジュンの名を呼ぶ。この状況下でジュンに出来る事があるのだろうかとレフィシアはジュンの方を振り返る。彼は腰にさした刀を抜き横に傾けると、そこから霊力が吹き溢れてゆく。
「行くっすよ、〝ユウマ〟! 〝絆の縁で繋がれ、友の為にと守護しよう〟」
そこまで終わると、濃い青色の霊力は鮮やかなウィスタリアの色となって、数え切れないくらいの淡い光の帯が地面に生えるように現れた。
それはまだ宙に落下していく火の星に向かって天へと伸びていき、ぐるぐると何層にまで包み込んでゆく。
次第に火の星は跡形もなく消え失せていって、同時に光の帯も飛散した。
魔法の無力化に近いものかも知れないが、レフィシアは魔法に疎いので考えても答えは出ない。
「成る程。この程度ならオレにもなんとかなるっす。任せて下さいっす」
ジュンは納得が行ったと首を縦に頷き、改めてスゼリの方へと眼をやった。