四十四話:朝に割り込む夜
最近、ストーリープロッターというアプリを見つけまして。
それがもうむちゃくちゃ便利!!!! 凄い!!!!
という訳でまたレフィシアの方の視点に戻ります。
——その頃。
「——シア、おーい、シア?」
「……ごめん。ちょっとだけ、ぼーっとしてたかも」
中央軍の拠点よりもほんの少し遠い場所にて、レフィシアとミエルは待機していた。
歳下のミエルに心配させてしまったようで、レフィシアは自らを心の中で叱責させる。
今は目の前の出来事に集中しなければならないのを分かっているのに、もやが晴れない胸騒ぎは未だ収まりはしない。
ここ最近……特にリシェントと出会ってから頻繁に感じていた感情のうちの一つ。
戦う度に、リシェントの事を想う度に——。
——怖いと、レフィシアは心の底からふつふつと浮かび上がらせている。
それが強ければ強い程に、まるで自分が自分で無くなってしまう感覚。
何かに近くなっているような感覚。
何故そう感じてしまうのか、それすらも分からない。覚えがないのが悔しくて堪らないと、強く歯軋りでこらえた。
すると、ガサガサと草むらを何かが掻き分けてやってくる音が朝の静かな場に鳴る。ジュンか、別の人間か。
草むらを掻き分ける音は一箇所だけではない。複数箇所から揃いに揃ってくる。完全にジュンではないと察しがついたレフィシアのラベンダーの瞳は敵をいち早く見つける鷹の様に鋭く、冷ややかとなる。音を立てないように腰にさす剣の柄をそっと握り、何時でもその剣身を抜けるように構えた。
一転したレフィシアの変わりように何となくで察したミエルも、二丁の魔弾銃を両手に構えてその引き金に指をかける。
——中央軍の兵士達、おおよそ五十人強。
完全に囲まれてしまっている。
戦いにならなければまだ幸いかと思っていたのに、向こう側も剣や槍などを向けているのだから望みは薄い。
「ミエル!」
「一般兵はあたしが! 天翔けて出でよ、すすちゃん!」
ミエルの目の前に召喚術の空色の魔法陣が出て、そこから両翼を広げた天馬——ウインドペガスが白き身体を持って現れた。
森林の被害を最小限に抑える為にはあまり大きな技や術が使えない。ミエルなりの配慮なのが伺えた。
とはいえ、この数をミエルと召喚獣だけで防ぎ切る事は難しい。
すらりと静かにレフィシアも剣を抜く。
距離を詰められるなと思わせるかの如く、兵士数人による中級火魔法の弾が真っ直ぐ飛んでくる。レフィシアにとって余裕に避けられたが、木々に引火して火災が発生などというパターンにはしたくない。斬り伏せても残った火の粉までは消せない。
一瞬の迷いにレフィシアが眼を細めた中。
ウインドペガスが両翼にて纏わせた風が火の弾を吸収するように巻き込んで、次第に火の粉ごと消失した。
「ある程度の魔法攻撃ならこっちでも対処出来るから任せといて! それよりやっぱジュンが心配!」
「——分かった。一般兵は頼む。俺はジュンの所に……ッ!」
一気に駆け抜けようとした矢先、ミエルに向けられた一本の剣の気配を察知。
すぐ様割って入り、互いの剣がぶつかり合う金属音と共にレフィシアはその攻撃を受け止める。
「レフィシア様!?」
「スゼリ!」
かつては自分の部下でもあった少年、スゼリ・ミュンシュ。まさかこの遠征に彼も来ていたなどとはレフィシアも想像はしていなかった。
互いに一定の距離を保ちながら、レフィシアはすぐ背に居るミエルを後ろ目に確認する。一般兵程度であればミエル一人でも不足はないが、量は個を制す以上、少しでも早くミエルを援護したい気持ちが高まってゆく。
「……キアー様の言っていた事、本当だったんだ……」
目の前の出来事に、スゼリはぽつりと寂しそうに呟いる。
「レフィシア様。戻ってきて下さい。陛下はまだレフィシア様の事を——」
「ごめんね。それは出来ない」
かつての部下。自分を慕っていてくれた少年の言葉を跳ね除けるのは心苦しかったが、今更戻る訳にもいかない。
譲れるものと、譲れないもの。
戻れるものと、戻れないものの違いは当の昔からよく分かっていた。
「……分かりました」
暫く言葉を失ったスゼリだが、改めてその剣の切っ先をレフィシアに向ける。
「〝七星団〟団長が一人、スゼリ・ミュンシュ。参ります」
〝七星団〟の団長は〝中央四将〟の次に中央軍の戦力となる程の実力を持ち合わせている。三年前はまだ〝七星団〟にすら入っていなかったというのに、この間、きっと彼は目覚ましい成長を遂げたのだろう。
それを見届けられなかったのは非常に残念な気持ちだ。しかし、致し方ないのだろうとレフィシアは割り切って、向かってくるスゼリの剣撃を全て跳ね除ける。下手に避けてミエルに当たってしまわないように、自らの剣で尽く跳ね除け、時に斬り伏せた。
「流石だ」
「お褒め頂き感謝いたします。ですが、一手遅いです」
言葉の意図を読み解く暇もなく、次の殺気が突き刺さっているのに気付いてひらりと攻撃を紙一重に躱す。
「紅!? 何、で」
「空を見てみろ」
ヴァンパイアは日の出に弱い。情緒が狂い、噂では長時間浴びているとその細胞や内臓も狂って死のリスクが高くなるとまで言われている。
そんなヴァンパイアの紅が、日が当たるはずの開けた場所に堂々と姿を現すのは可笑しい。
紅の言われるがままに真上の空を確認すると、朝空と此方側に割り込むように群青色の夜空が映し出されている。どうやらこの夜空は全域ではなく、一定距離間のようだが、それでもあり得ない事象だ。
「一時的に創り出している」
「……あり得ない」
「あり得ない、だと? それは貴様の存在そのものだろう」
「——!」
レフィシアはごくりと息を呑む。
自分が気にしないようにと他の事をする事で忘れていたものを、これでもかと掘り起こされたからだ。
「紅様」
「私が奴の動きを制限する。貴様が止めを刺せ。光栄に思えよ。手柄を譲ってやってるのだから」
「——ありがとうございます」
中央四将と七星団の団長。
ミエルは一般兵で手一杯だろうから、援軍は望めない。
レフィシアは大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
「(自分が並大抵の人物よりは強いという自覚はある。でもだからと言って全てを守れる保証までは出来ない)」
だからこそ、三年前の悲劇が起こってしまった。
全てを守れる力があるというなら、とうの昔にそうしていた。
それが出来ないというならば、今自分に出来る事の全てを実行に移すだけだ。
——今朝の、朧げな夢を一言、一言思い出す。
『過信はするなよ』
——お前に言われなくても、分かっている。
『だからこそ、あの人間は死んだのだろう? 現実から眼を背けるな。人は脆い』
——ああ。その通りだ。もう現実から眼を背けない。背きたくない。
『しかし、安心しろ。貴様が本当に、心の底から強く願うなら——』
——でも、お前の力は要らない。
「——来い」
紅とスゼリに向けたのは、剣先だけではない。
ラベンダーの瞳には光すら射さず、曇りも無い。目元は吊り上がっているものの、瞳だけでなく顔つきすら感情が抜け落ちている。
スゼリが一度後ずさったのは、今まで自分が見てきたレフィシアとは全く違うからだ。戦いの時でさえ、そのラベンダーの瞳には一点の光が垣間見てていた。
今は——それすらも無い。
だからこそなのだろう。今まで以上に恐怖心が湧き上がって、スゼリの瞳は小刻みに震えた。
「スゼリ」
「……ッ、す、すみません。紅様」
「アリュヴェージュには申し訳ないが、殺す気で行くぞ。そうじゃないとこちらがやられる。それに——」
紅が恐れ慄き震えこむスゼリに声をかける。どうにか震えを止めようとしたスゼリだが、当の紅もわなわなと身体を震えさせていたのに気付く。
「殺す気で行けば、本物の〝神魔〟が見られるかも知れないからな」
それが研究者としての好奇心なのか。
真の好奇心なのか。
仮面のせいで紅が何を思っているのか、スゼリは感じられぬまま——目の前のレフィシアに身体を向けた。