四十二話:秋の早朝での戦い
昨日更新予定が、本日更新になりまして、誠に申し訳ございません。
オズバルト、マティリアスとの会話も終わり、三人は再び老人——ディリス・エレオンの家にお邪魔させて貰っていた。
いつ誰が聞き耳を立てているか分からない状況下を考慮して、ディリスが三人に提案を持ちかけたそもそものきっかけである。
ディリスが育てた食物をミエルが調理して、夕食後。
レフィシアとジュンは空き部屋を使い作戦会議を始めた。ちなみにミエルといえばキッチンで皿洗いをしている最中である。本人も「あたしそういうのダメダメだからそっちは頼んだ!」と親指を上に立てて皿洗いをしていたので、レフィシアとジュンの二名での作戦会議が開かれている状況だ。
ディリスに頼みリーロンとその周辺の地図を貰って、それを木のテーブルに満遍なく広げる。
東国から貰った情報でキアー、紅率いる遠征隊のおおよその拠点までは把握していた。残るはその手段だけだが、その手段に悩まされる。
「まずは時刻か」
「聞いてる限り、朝の方がよくないっすか?」
「そうだね。朝いちに奇襲をかけよう。場所は開けた所がいいと思う。日陰が多い所は陽の光が当たりにくい……と言うか」
レフィシアの視線は、地図からジュンの方へと横目で向けられる。
「ジュン、何気にこういうの慣れてたりする?」
「あ、あーっと、まあ。そうっすね。多少は」
もう少し詳しい話を問いただしてみると、どうやらジュンの所属する死霊術士協会というのは五人という少数名の〝チーム〟で基本的には戦闘を行なっているらしい。
その為の戦術を協会で叩き込まれるそうで、だからなのかと納得の意を評したレフィシアは強く頷く。どうやら想像以上にジュンの能力は高いようで、まだ成人こそしてないが頼もしさが強く感じられた。
「後は現在地だけど……」
「それならオレが感知するっす!」
「頼もしいね」
ノエアが居ない今、彼を待った方が身の為なのかも知れない。そうは分かっていても実行に移すなら早いに越した事はないのは、準備をしているのがキアーに知られてしまったら意味がない為。
知られていない今だからこそ、可能な限り素早く実行に移すのか望ましいだろう。
「そうなれば——ああああっ!!!」
さてやるぞ、と気合いを入れた拳を握っていたのも束の間のジュンは、思い出したとばかりに声を大きく荒げた。もう少し近い距離に家が連なっていたら深夜の近所迷惑になる位の大声に流石のレフィシアも驚いて肩を引きつらせる。
「もしかして、アリュヴェージュさんってサヨさんの事知って……いや! 会った事があるんじゃないんすか!?」
「あ……」
城の墓地でオズバルトとレフィシアが語った三年前のあの悲劇の真実。
その中を探れば——。
「……そう、かも。いや、そうだ」
何処かで聞いた名だとは思っていたが、まさか自分の兄から発せられていた名だとは。
あの時は気にかけている余裕すら無かったし、そもそも本筋とは関係が無かったので中々思い出せなかっただけかも知れない。
「なら、その囮作戦、オレにやらせて下さい!」
「いや、駄目だ。危険すぎる」
「モルプローヴ大陸の情報を持ってるオレならその情報の代わりに、東国から出ていくように交渉出来るかも」
ジュンの案は悪くはないが、あまりにも危険が付き纏っているので首を縦にするのも渋られる。
モルプローヴ大陸の情報はスフェルセ大陸に生きる者全ての常識を覆しかねない。同盟を組む為に必要な事なのかも知れないが、スフェルセ大陸の住人ではないジュンを危険に晒すのはあまりにも酷である。
「大丈夫っす。そっちの不利になる事は言わないっすから。戦いになるよりならない方が安全だし」
「……分かった。ジュンはキアーと交渉して、東国から出ていくようにしてくれ。大丈夫だったらそのままだし、駄目だったら合図を送ってほしい。直ぐに向かうから」
「オッケーっす!」
ジュンがどうしても譲らず意見を曲げないものだから、致し方なくレフィシアは頷く。作戦会議も終え、早朝の起床をミエルに報告。
「だったら早く寝た方がいいよね!」という最もな発言の元、各々個室にてベッドの中に潜ってゆく。そんな中でただ一人、レフィシアだけは上手く寝付けずにいた。
早朝ならば紅を相手にする必要がないとはいえ、キアーは相手にしなければならない。他の兵士も連れてきているだろうから、その中でキアーを倒し、ミエルやジュンを守り切れるだろうか、と。
「(大丈夫だ……あの時みたいに、一人じゃない。ミエルも戦える、ジュンも強い……)」
だから、心配しなくていい——。
そう自らに言い聞かせて、やがて瞼はゆっくりと下がる。
*
『過信はするなよ』
白い白い、どこまでも続く部屋に、聴き慣れたようで、思い出せない声が木霊する。
『だからこそ、あの人間は死んだのだろう? 現実から眼を背けるな。人は脆い』
その通りなのかもしれない。それでもとレフィシアは首を横に振った。
『しかし、安心しろ。貴様が本当に、心の底から強く願うなら——』
声の主の色は変わらない。ただ淡々とした声に感情などなく——。
その先の言葉は紡がれる事はない。
*
——朝。
「失礼いたします、キアー様」
「……どうした?」
「そ、その……キアー様とお話ししたいと申される輩が……」
兵士が困惑するかのように言葉をつっかえさせているものだから気になって「通せ」と言葉を返す。眼を通していた一枚の文を折りたたんでは懐にしまい、朝の眠気を堪えて背伸びした。
テントの中から出てみると、そこには見覚えのある少年が一見人懐っこい笑顔を向けてくる。じゃらじゃらと鎖の音を鳴らして、黒い棺桶をずるずると引きずりながらやってきた。
「君は……ジュンくん、だっけ」
「覚えててくれてて光栄っす! うさみみおにーさん!」
キアーがジュンの名を朧げに呼ぶと、まるで後光が差すような明るさを持った笑みでジュンは喜んできた。うさみみおにーさんという呼び名に不満はあるが、それには悪意を感じないので仕方なく聞こえなかったフリをして見せる。
「で、何の用かな?」
「ちょーっと交渉をと思いまして」
「東国から出て行けっていう?」
「ま、まあ……よく分かったっすね」
——分かりやすいな。
キアーの表面の笑みの裏にある、他者に対する嘲笑い。
ジュンのぎくりと身を少し引かせて、口を頑なに閉じていた仕草。逆に言えば分かりやすい人物ほど物事を聞き出し易い。利用する手はないと考えて、キアーは会話を続ける。
「タダじゃあ帰れないなあ」
「代わりにオレが答えられる範囲ならなーんでも答えるっすよ!」
「ふうん……」
「じゃあ、一つ良いかな」
「はいっす!」
真面目な生徒のようにはきはきと返事を返すジュンを確認して、キアーはチャンスを逃さないとばかりに険しく眉を潜めた。
「モルプローヴ大陸、特に皇女——サヨ・タチバナの行方について」
緩やかな秋の風。
枯れ葉のざあざあと鳴る音はとても静かに、とても大きく響く。
「……ちょっ、ちょっと待って下さいよ……何でそれ知ってるんすか」
確かにサヨ・タチバナの名は出した。
だがモルプローヴ大陸と皇女については何も言っていない。
だというのに、何故。
一気にジュンの思考はぐるぐると混乱を始め、声にもそれが現れてきている。
「さあ? 君の情報提供具合によっては答えてあげてもいいけど」
「……他に、何が知りたいんすか」
ごくりとジュンは息を呑み、足を後ろに下げた。