三十八話:謁見
——あれから数時間の時を経て。
老人の手引きで城内に入る事が出来たが、周囲の兵士達の視線が槍のように痛々しく突き刺さる。その大元の原因は当然のようにレフィシアだ。事情を知らされていない兵士にとっては敵国の王弟殿下としか思われていないだろう。印象は最悪と言っていい。
巻き込まれるようにちくちくと刺さる視線はレフィシアと行動を共にしているミエルとジュンにも与えられて、二人は小さく身を縮めていた。しかも、ジュンが引っ張っている棺桶は意味をはき違えて捉える者も多いだろう。
大変申し訳ないと謝罪をしたかったのだが、一目のつく場所で下手な言動は更に周囲の怒りを駆り立てる。二人に謝るのは後にしようと考えてレフィシアは老人の後についていくと、通路に一人の若者の男横通りしかけた。
三十代後半程度で、桑茶の色をした短髪をしたその男は、表情を爽やかにこちらに向かって駆け寄ってくる。小豆色の軍服に飾緒や勲章が施されている様から立場的に上であろうが、レフィシアはあまり覚えがない。
「ディリス殿! お久しぶりでございます!」
「もしかして、ディリス・エレオン? あの東国の有名な剣士殿?」
「いやいや、貴方には及びませぬ」
男は老人に眼をやって、名を呼んでいた。今更ながら老人のフルネームを知ったレフィシアは一歩引き下がる。まさか自分も聞いた事のある名の人物が、ずっと目の前にいたのだから流石に驚きは顔に出てしまう。平民ながら様々な勲章を得ていた東国の英雄と称されていたうちの一人——。
まさか引退して畑作りに没頭してたなど誰が想像するものか。
「——ちょっと待て。その男、まさか」
「彼は中央とは縁を切っている。信頼は出来るだろう。お通し願おうか」
「……ヴィンセント・アトゥナーと申します。では、ご案内致します」
男——ヴィンセントは先程とは打って変わって秋風の様に肌寒い対応で必要な事だけを説明し案内を始めた。老人、ディリスへのあの爽やかさは何処に吹き飛んだのだろうか。レフィシアの立場を知っていたら、誰もがそうなるのは仕方ないとは言え心は晴れない。
長く広い通路を抜けて、一室の扉が開かれる。それはとても広いとは言えない、執務室と言われた方が納得が行く程度の広さを持つ部屋だ。
びっしりと棚が両壁に並ぶ。その中央の木製の机に一人、山積みの書類を流れ作業かのように判子を押し続けていた。こちらに気付いて、判子を机に置いて振り返る。
白茶色の髪と柔らかい黄緑の瞳。これこそ、東国の王族が持つ外見的特徴である。
「……お初にお目にかかります。レフィシア・リゼルト・シェレイと申します」
レフィシアは床に跪き頭を下げる中、頭を上げる許可が中々下らない。そういえば今の国王は例外中の例外、まだ成人すらなってない子供である。
兄であるアリュヴェージュもその例外に当てはまっていたので、すっかり忘れていたと気付かされた。まだ許可は下りてないが、レフィシアは恐る恐る顔を上げた。
「……大丈夫、ですか?」
「……あ、う、うん…………ごめ、ん。まだ全然、慣れなくて」
聞くに、新たな国王陛下はまだ十五の身であるだとか。慣れないのも致し方ない。
「先にお話が伝わっているとは思いますが、後に私の仲間が北国のメルターネージュ・セアン・キャローレン女王陛下、及び、西国の桜花姫女王陛下の書状を持ってくるでしょう。それまで私の事についてはどうか眼を瞑って頂きたい」
「……しょ、じょうは後にするとして、簡潔な内容は今聞いてもいい、かな?」
「東西南北の四国による同盟。中央討伐軍の参加要請でございます」
「……それは」
暫く置いて、
「でき、ない」
この一言。
ジュンが何か言いたげに前のめりとなっているのに気づき、視線で動きを止める。
後からまたマティリアスの方を振り返って、レフィシアは至って冷静を装う。動揺は見せない。見せてはいけない。こういう交渉の場では、それはいけないのを分かっているから。
「……理由をお伺いしても?」
「それは……言えない」
「信用がならないのは承知の上ですが、こちらとてメルターネージュ様と桜花姫様の命で動いております。何もない状態で帰還は出来ません。もし私達にやってほしい事、して欲しい事があればお申し付けください。信用を重ねれば、何れ認めてくれるでしょう」
信用が無いなら作ればいい。
そしてそれが東国のメリットになり、互いのメリットとなれば尚更だ。
東国は自分達の手を使わずに事を進める事が出来て、こちらは女王陛下達へ報告も出来る。互いにとっても良い提案なはずだ。
「……レフィシアさん。君が殺した、ぼくの父様と、もう一度話がしたいって言ったら、出来るの?」
暫く考え込んだマティリアスは、思いつくあたりの全てのものを考えた結果それが出てきた。
——三年前の悲劇。
当時の東国の国王陛下、マティリアスの父が隣街への遠征中に殺されて遺体として戻ってきた。
その犯人が、中央の王弟殿下、レフィシアである。
「ぼくは、父様と約束したんだ。叶わないならせめて、最後の言葉くらい、送りたかった……」
三年前なら当時のマティリアスはまだ十一、十二程度だ。どんな約束事をしたかは分からないが、親子の絆を断ち切った責任がレフィシアの背にのしかかる。
——あまりにも重い。
レフィシアの父、クラウディオの死も突然であったがあれは誰かに殺された訳では無い。
病気の死亡と殺害による死亡は意味がまるで違う。その責任の重さも違う。
まだ幼きマティリアスの要望に応えてやりたい気持ちはあるが、死者との会話を叶えてあげられる能力などレフィシアに持ち合わせてはいない。更に部屋の雰囲気が重苦しい中で、ごくりと唾を飲み小さく右手を上げたのは紛れもないジュンである。
「……あのー」
「発言を認めてはないぞ、庶民」
「要望が答えられなくは、ないー、かも、知れないんですがー……」
兵のうちの一人が厳しく指摘した事にびくりと萎縮してしまったが、ジュンはそれでもと言葉を続ける。マティリアスやヴィンセントだけではない、部屋の中にいる兵士達は皆信じられないと眼を見開いている。
だがジュンは死霊術士——死者や死者の魂、霊を用いた術を使う術士であるというのなら、生者と死者を会話させる術を持っている可能性が高い。
「オレがそれを叶えたら、さっきの話を前向きに検討して下さい」
「……そんな、出来るはずが」
「出来ます。もしまだ、あんたの父親の魂がこの土地に留まっているなら、必ず」
鮮やかな赤紫の瞳には確固たる確信を得て、揺れる事はない。
まずはマティリアスの父の魂を探す必要があり、一行は王族の墓碑へと向かう。
*
城の外。裏口にひっそりと佇む木々に隠れて、王族の墓跡が建つ。人の身長をも超える高い高い墓跡には数々の名か彫られて、その中にマティリアスの父——オズバルト・リーロン・オータム前国王陛下の名も刻まれている。
「怖いっすね……」
「怖い?」
「やっぱオレん所の魂より……こう……やっぱり恨み辛みと欲望が凄いなと。こっちは呪いのようにこびりついた悲しみなんすけど、ここのは基本魂がどろどろしてる」
金と権力に溺れた欲望。
嫉妬や復讐心により生まれし恨み辛み。
人として当然のようにある負の感情が鍋をかき混ぜるように混ざり合って、しつこい位にどろどろする。
もそもそ魂を感知できないレフィシアやミエルには考えが追いつかないが、少なくとも今の世の情勢を思えば頷けるといえば頷けた。
比較的温厚で平和的であろうとする東国にも、そのような負が入り混じっているのは、人の世界が故になのだろう。
「……居る、っすね」
「具体的な方法は?」
「〝霊魂具現〟。死霊術士の基礎中の基礎のうちの一つ。術士の霊力と死霊の魂の波長を一時的に全く同じとする事で、死霊が術士の霊力を使ってその姿を死霊術士以外の一般人にも見せることが出来る。ま、向こうも協力してくれるそーなんで、やりますか」