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セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ  作者: 葛城兎麻
第一章・スフェルセ大陸 二節・東国
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三十五話:籠の外を知らない哀れな鳥

 ——第一巻、プロローグより。



 生きとし生ける者はこの世界に足をつけ、翼を広げる。


 己のあるがままに何処までも歩みを止める事はない。


 されど、まだこの時は誰も知らないだろう。




 この世界は作り物で、支配されている。



 わたし達は世界という籠の中で生活している鳥のような存在なのだ。



 籠の外を知らない、哀れな鳥。


 飼育者によって生かされている、哀れな鳥。








 ——第一巻、一話より。





 朝が明ける事は無き。


 灯す光こそ生み出す技術あれど、尽きぬ事の無き暗闇の空が無限と広がる。

 死にゆく人々は嘆き、苦しみ、踠く。

 されど叶わず。


 悲憤慷慨。嗚咽し、慟哭。


 感情は魂そのものを変化させる。


 そうなれば——正しい死とは言えず。


 ただあるがままに囚われ続けるのみ。


 繰り返されてゆく度にこの大陸の闇は晴れる事叶わず。


 わたしは救えるだろうか?


 いや、やらなければならない。

 それがわたしという存在の使命であり——。




  死霊術士(ネクロマンサー)としての、誇りである。







 ——第二巻、五話より。



 其れは何時迄続いているのか先の見えぬ白。夢でもなければあり得ぬ、汚れひとつもない白。


 見知らぬ場所にぽつんとただ一人と立ち尽くした。


 まだ九の歳であるわたしには到底理解が及ばない状況下で、目頭が熱くなる。


 悲しい。ただただ、悲しい。


 相応の身分を持ち、家族に愛されてきた幼きわたしにはあまりにも酷な状況である。


 じんわりと目尻から大粒の涙が浮かび、誰かと縋るように泣き叫ぶ。



 そんな事をしても状況が変わるわけではないのにと自覚をしていても——。





 そんな時。



「お嬢ちゃん。おーい。うわ、どうすっかなあ」



 知らない男の人の声が遥か頭上から降り注ぐ。落ち着いた低い声色から明らかにわたしより歳上なのはまず間違いない。折角声をかけて貰えたというのに、それ以上に悲しみは止まない。


 きっと私はまだ怖いのだ。


 私の住む世界の闇はまるで呪いのようにこびりついて、それに見慣れ続けていた。


 だからこそ、その真逆が続くこの部屋のような空間が恐ろしい。


 電気も付いていない。月も出ない。


 無空間な白が、怖い。





「——なあ、この子、どうすれば泣き止む?」



 男は誰かに気がついて、わたしを泣き止ませる方法を問うたみたいだ。コツ、コツと足音を響かせて、その子は少しだけ膝を曲げてわたしに目線を合わせた。



「大丈夫。大丈夫だよ」



 男の子はそう言って、私の銀の頭を優しく撫でた。あまりに慣れてる手つきをしているものだから、弟か妹でもいるのだろうか。


 わたしは一人ではない——。


 そう思うと、自然に涙がぴたりと止まった。



「ほら、泣き止んだ」


「おま……慣れてんな」


「まあ、弟が居るし」


「へえ、兄貴なんだな。オレは一人っ子だからなあー」



 わたしが泣き止んだ事で、二人は会話を再開し始めた。

 最初にわたしに声をかけてくれた男は予想通り歳上で、高身長の男。服装は黒のライダースジャケットを羽織り、デニムパンツと焦げ茶のライディングブーツ。両手にはグローブを付けており、彼がバイクか何かの類を運転する人というのだけはすぐに分かった。


 もう一人は私より少し歳上くらいの男の子だ。わたしは男の子がわたしの頭を撫で終わってその手を離そうとした瞬間に、思わずわたしは右手を伸ばす。


 ——とても暖かく感じる橙の髪。


 正確には橙に近い金と言った方がいいだろう。私の住む世界にも暖色系の色の髪はそう珍しくないが、ここまでわたしが綺麗で、暖かいと感じるものは初めてだった。


 家族や友人と一緒にいる時とは違う温もり。


 伸ばした先、僅かに男の子の髪に触れる。流石に勢いよく離れるかと今更になって肩を張り上げたが、男の子にそのような反応はない。僅かに戸惑った様子を見せてはいるようだが、わたしに気を遣っているのだろうか。


 申し訳ないと思いながらも、わたしは、その髪にもう少し触れていたい。



 ——太陽みたい。



 わたしの住む世界には縁のない、架空だとすら言われているもの。



 朝や昼には月の代わりに、その大陸を照らしてくれるもの。



  「お? 初対面から一目惚れか?」



 歳上の男の言葉にわたしは反射で男の子の髪から手を勢いよく離した。いくらわたしが皇女という立場だとはいえ、この男の子も相応の身分だったらあまりにも不敬だというのをすっかり忘れてしまっていた。


 しゅんと顔が自然と下を向くと、男の子はわたしの両手首を優しく掴む。



「君が少しでも安心するなら、顔や髪くらい幾らでも触っていいから」


「サービスいいなー、お前」


「煩いよおじさん。ちょっと髭見えてない?」


「おじさんじゃねーしィ!? まだ二十代だっつーの! お兄さんって言えよ! つか髭は今関係ねーだろ!」


「あ、あの……いい、の?」



 繰り広げられる珍劇に恐る恐ると踏み込んで声をかけると、男の子は笑って肯定を返す。

 髪だけでなくて、その笑みも他の人とは違う暖かさを持っているようで、わたしは恋しく思い始めた。


 きっとこの人は、わたしの想像を越えてとても優しい心の持ち主なのだろう。だからこそ、こんなにも暖かく感じるのだ。



 ——でも、それは同時に大切なものの為なら全てを投げ出す事、自己犠牲すらもやりかねない危うさが、可能性としてはある事。



 この空間は、有限だ。



 きっと、いつか。


 

 本当の世界で。



 わたし達を閉じ込めている鳥籠の一つを壊して、本物のあなたに会いに行きたい。





 *




 ——第二巻、九話より



 あの夢に現れた魔王のお告げは、きっと真のものなのだろう。死霊事件なるものは日々起こり、国は荒んでいる。



 魔王の言う通り、全てを魔王に帰せば解決はするのだろう。



 ただ、わたしは否定する。



 わたしは今の〝セカイ〟が間違っていると思っていても、それでもわたしが生きた証を還すわけにはいかない。



 ましてや、魔王の気まぐれでなど、やるものか。



 わたしだけではない。



 今を生きる者達の証を、無責任に奪ってはならない。その証はその人個人の宝だから。



 魔王が自ら作り上げた〝セカイ〟を吸い上げるならば、わたし達は魔王を撃ち落として——。



  人の世界を作り上げる。



 わたし一人だけではない。



 いつか、きっとまた会える。



 あの二人と一緒に。




 *




「——どうっすか?」



 全てを読み終えたレフィシアはゆっくりと最後の本を閉じた。一息をつくと、感想がどうしても気になったジュンがうずうずと前のめりに伺ってくる。



 ——一言では言い表す事が出来ない内容だった。



 月の女神に頷ける部分は都度見受けられたが、もしこれが実際に起きたらと想像……はしにくい。

 ただ、あまりにもジュンがきらきらと輝いた瞳を向けてくるものだから暗い感想を口にはしづらく、どうにかこれだという感想が浮かび上がせる。



「ええっと……とりあえず、三人がそれぞれで苦悩して、魔王を倒した……というのは、分かったよ。というか、比較的ストレスフリーな物語が流行っているって言ってだけど、これ、その真逆なんじゃ……」


「そういう小説もあるっすよ! 離れ離れになりながら、魔王を撃ち落とさんとして再会するのがもう、感動っす!」



 余程この本が大好きなのだろうと芯から伝えてくるジュンの熱量に、レフィシアも若干押され気味となった。


 だが、人が紡いだ空想の物語にしてはとても感情移入出来る部分も多いのは確かだ。実際レフィシアも、もしこれが自分だったら……と捉えると、心臓を握り潰されるかのように苦しくて、耐えきれなくなりそうな部分も幾つかあった。

 中にはじんわりと暖かく、感動するシーンもあって、目頭に熱を感じる。空想の物語でも、ここまで人の心を揺るがす事が出来るのだという発見には心底驚かされた。



 太陽の勇者、シェイドの世界は戦争の多い剣と魔法の世界。


 世話好き兄貴勇者、サイファスの世界は科学文明が発展した近未来の世界。



 各々の世界の秘密を解いて、三人は再会を果たし、途中で出来た仲間と一緒に魔王を倒す。最終的に魔王は倒されて世界は救われた。


 四巻分あるのでこれ以上の感想を求められたら長くなると想像してレフィシアはそのま本を全てジュンに返した。

 返しながら、疑問がふつふつと沸騰を始めるように浮かんでくる。



「(この本はサヨ・タチバナによる空想上の物語だとジュンは言っているけど)」



 レフィシアにとっては空想上の物語の中に真実が見え隠れしているような気がして、心のもやは募る。

 自分の遙か上空に無限と続く空の様に心は晴れ渡らず、深まるばかりの謎を抱え込んだ。




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