三十四話:違う文明、同じ世界
〝聖天の儀〟同時刻。
首都、リーロンまでの道のり。
レフィシア、ミエル、ジュンの三名。
ミエルの召喚獣、ファフニールの背に乗り翌日も飛行での移動を試みていた。
「ジュンの故郷ってどういうとこなの?」
風で靡くツインテールをかき分けて、視界をクリアにしたミエルが隣にあぐらをかくジュンに問う。
「モルプローヴ大陸、ファガ国……っていう所なんすけど、レフィシアさんもミエルちゃんも知らないんすか?」
ミエルとレフィシアは互いの知識を合わせるように顔を向き合わせて、ミエルは首を横に振る。レフィシアも同じだ。
「……ジュン。それは、もう公に口にしない方がいい」
「え、いや、普通に出身地の名前だけなんスけど……ダメなんスか?」
「駄目だ」
念入りにと、即答で。
レフィシアは中央の王弟殿下として昔から高度な教育を施されてきた。スフェルセ大陸の歴史も平民以上に叩き込まれてきたが、モルプローヴ大陸だの、ファガ国などは存在しない。
ジュンは嘘をついてはいないだろう。彼は、ただ純粋に死霊術士としての使命を全うしようとしている少年だ。彼の鮮やかな赤紫に濁りはなく、人を見る目を養ってきたレフィシアから見て、真実だけを告げているのはよく分かる。
だが、自分達の知識と事実が食い違っている様はどうも納得がいかなくて、レフィシアは悩みのあまりに首を下に垂れる。そんな中、ミエルとジュンはまるで遠足のように和気あいあいと盛り上がっていた。今の状況に似つかなくて、レフィシアも顔つきから険しさが抜け落ちる。
「死霊術士っていうのは、簡単に言えば死者や死者の魂……霊を用いた術を使う術士の事っす」
「じゃあ、じゃあ! 死霊術士協会っていうのは……その集まりっていう解釈?」
「そうっす! 」
〝死霊術士〟。
死者やその魂——霊を用いた術を使う術士の総称。彼らはモルプローヴ大陸にまるで呪いの如く発生する死霊達を〝昇華〟し天に導く者。
今を生きる者として死者を正しく導く者。
物理攻撃が一切通用しない死霊に対抗する為の手段〝死霊術〟には数多の対抗手段が存在する。
死霊と契約を交わし、その器——死霊体に死霊を宿す〝憑依〟。
死霊の能力を術士の霊力で具現化し直接発動させる〝霊能力〟。
死霊を〝憑依〟させることが出来る武器〝死魂武器〟。
他にも様々な術があるらしいが、主にこの三つが死霊術士の基本的な戦闘手段とされている。
確かに、そう説明されればジュンの戦い方にもしっかりと頷けるものだ。
ジュンの腰にさしてある刀という武器は死魂武器で、棺桶の中に入ったナエの身体はナエの魂の器、死霊体。説明と事実の辻褄が合わさる。
「ジュンは教会? ってとこでどれくらい強いのー?」
「んー? 二級だから……真ん中?」
「じゃあ一番強い人は?」
「特別階級の五人。特に……」
一度呼吸を置いてから、ジュンは少し寂しそうに眉を下げる。
「——皇女であり、協会の責任者でもある、サヨ・タチバナ様」
「サヨ…………」
「どーしたの、シア」
「いや……何か、聞き覚えがあるような、ない、ような……」
「シアさん! サヨ様の事知ってるんスか!?」
縋るようにジュンがレフィシアの両肩を掴みかかってくる。焦りと悲しみを露わにして、少しの情報も逃すものかと掴みかかった両手の握力が強まる。掴みかかられた側のレフィシアからすれば対した力ではないが、それ以上に様子を急変させたジュンに驚きを隠せず目を見張った。
「いや……知らない。知らない、けど……」
サヨ・タチバナ。その名が記憶の何処かに引っかかっているのは間違いがない。だがそれが一体いつ、何処で、誰の口からその名が聞こえてきたのか。レフィシアの十九年間の記憶を自分なりに掻き分けても、中々出てこない。謝罪を込めて首を振ると、ジュンは酷く落ち込み、力なくレフィシアの両肩を解放した。
分かりやすい反応は歳相応であるが、あまりにそれが哀しいものだからレフィシアはジュンの背を優しくさすって落ち着かせようと試みる。
深く深呼吸を数回繰り返して、ジュンはようやく落ち着きを取り戻した。「すんません」と無理に作った笑顔を向ける。
「そのサヨ様って、どういう人?」
「とても、お優しい方。モルプローヴ大陸の永遠の闇の夜空を優しく、淡く照らす月のようなお方……そんで」
「そんで?」
言葉の続きが気になって、身体が前のめりになる二人を他所にジュンは棺桶の中の荷物を漁る。これだと言葉に出して、四冊の本を二人に見せつけるように突き出した。
「〝月の女神の譜〜太陽の勇者、世話好き兄貴勇者と一緒に魔王を撃ち落とす、そんな感じだと思う物語〜〟ってタイトルのラノベの作者っす!」
「「……」」
スフェルセ大陸の本には娯楽の本が無く、ジュンの言う〝ラノベ〟たるものには全く縁がない二人は気が抜けてがくりと張った肩を下ろす。
最近モルプローヴ大陸ではタイトルが本のあらすじのように長く、比較的ストレスフリーな物語が流行っていると何故かジュンは早口になりながら説明をしてきた。
衣服といい、生活や文化といい、もしかしたらモルプローヴ大陸はスフェルセ大陸と同じ力を持ちながらも、違う文化を歩んだ、全く同じ世界の大陸なのかも知れない。
だったら何故今までモルプローヴ大陸はスフェルセ大陸の事を知らず、また逆も然りなのだろう。何故モルプローヴ大陸のジュンが前触れもなくスフェルセ大陸にいるのだろう。
——疑問は晴れることはない。
「それどんなお話の本?」
「月の女神、太陽の勇者、世話好き兄貴勇者が魔王のお告げの下魔王を倒す物語っす! 読むっすか?」
「読む読む〜!!」
本を読むのに強い風は邪魔と化すだけだと察知して、ファフニールは速度を減速させた。急ぎとはいえ、切羽詰りすぎても良くはない。少しくらいはいいだろうと思って、レフィシアは再度肩の荷を下ろす。
*
「めっっっちゃ良……」
「ミ、ミエル……どうしたの、その、涙ぐんでるけど……」
「これはお薦めしたくもなるよお……」
「そ、そんなに!?」
一巻から四巻まで全て読み終わったミエルが最後の四巻の本を閉じた。涙ぐんで懐からハンカチを取り出してその涙を拭う姿を見たレフィシアは、予想外の出来事にどう反応したらいいか慌てふためく。
いや、それよりも文明が違うのなら文字も独自のもので読めないのではないかと思っていたので、ミエルが読めた事にも驚きが隠せない。
「ちょっと貸して」とミエルの横に積み上げられた一巻を手に取り、速読のようにページをぺらぺらとめくる。縦書きという書式に全く慣れなくて読み辛いが、何故か文字の形式はこちら側と全く同じだ。読み辛いだけで読めなくはない。
「まだリーロンまでたくさん時間あるし! シアも読んだら?」
「ミエルの魔力は持つの? 召喚獣は、呼び出している間も契約者の魔力を消耗するんでしょ?」
「飛行してるだけならまだまだ持つよー! ファフニールを戦闘で使うと、まあ、アレなんだけど!」
アレというのがつまりどういう事なのか理解は出来ないが、召喚術の契約者の感覚的なものなのかも知れない。詳しく問うても理想の答えは出てこないからやめておくとして、一巻の一番最初のページまで戻す。
「所で、魔王のお告げの下魔王を倒すって言っていたけど、どういう事?」
「ノット! ネタバレ!」
「同じく!」
両腕をバツに組んで、ジュンに次いでミエルまで教えてくれない。
ジュンとミエルは同い年程度だと仮定して、性格からも馬が合うのか息ピッタリ。ここまで初対面の人物と馬が会うのは凄いなと素直にジュンとミエルに関心を抱いて、シアの脳に本の物語が入ってゆく——。