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セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ  作者: 葛城兎麻
第一章・スフェルセ大陸 二節・東国
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三十一話:母の笑顔と涙

今週から!! また週二更新!!

「ノエア。ノーエーアー」


「うっせえよ、ババア」



 ある日。


 昨年ニの冬十。


 まだ母さん——セリッドが生存していた頃。



「ババアじゃない! まだまだ若い方よ?」


「オレからしたら年増」


「あんた……絶対女の子から嫌われるわよ……ああ、話がそれちゃって、ごめんなさいね」


「何だよ。用事があるならさっさと言えよ」



 反抗期まっしぐらなオレはセリッドに対しても容赦がない。視線すらあわせずに読書を続けていたのは、今日が何の日か分かりきっていたからだ。



「今日は、泣きつかねーの?」


「そうね。いいかしら」



 ゆったりとした歩みでオレのすぐ前まで歩む。特に手荷物など持ち合わせていないオレ達は手ぶらである。母さんはそのまま両腕をオレの背に回して、そのまま自らの方に引き寄せ抱きしめた。

 力そのものは強くはないが弱くもない。ただただ、オレの胸板に頭をうずくまらせて身体を震えさせていた。



「ノエア」


「おう」


「ごめんね……ごめんなさい……私は、それでも、親として貴方を愛しているわ」




 ニの冬十。

 この日付が母さんにとって何を示しているかは分からない。何故謝っているのかも分からない。



 今にして思えば本当に母さんはオレを愛していたのだろうか?


 きっと望んで孕んだ訳ではないのだろう。


 互いに愛し合って誕生した訳ではないのだろう。



 罪悪感に侵されて、ただそれが子への愛だと思い込みたいだけなのかも知れない。


 セリッド・アーフェルファルタという魔法士の本質からして可能性として無くはないのだ。






 それでも。



 やっぱり。




 平穏な過去に映る母の笑顔と、この涙を、偽物だと思いたくない——。





 *





「——リシェント!」


 廻る思考に現状を忘れ去りそうになった頃、ノエアは転移魔法でリシェントの隣にまで移動する。左腕はこれでもかと突き刺されたようでどくどくと血が溢れて止まらない。ぐったりとやつれたようにその左腕をぶら下げて、痛みが更なる熱を生み出す。

 人並み以上の体力を持つリシェントであれど、ここまでの痛みを我慢して戦うにも限度がある。

 反射で回復魔法を掛けようとした最中でまたもその鉤爪は向かってきて、先にノエアはリシェントも巻き込んだ転移魔法で回避する。


 ——先程よりも距離が遠い。


 悟り、すぐ様上級の回復魔法を詠唱破棄。

 傷口から止血まで綺麗さっぱりに回復してゆくが、このままでは倒す前にこちらが倒されるのは目に見えてしまう話だ。


 ノエアの魔力量がいくら多くても、こうも攻撃魔法、転移魔法、回復魔法を使っていればいずれ底をつく。



「(母さん……オレは……)」



 打開策を見つけられず、すぐそこに死を見出しかけ天を見上げた。


 敵わない。敵う筈がない。


 逃げ道もない。



「悪い、リシェント……せめて、お前だけでも、逃してーのに」



 レフィシアとリシェント。


 その隣で二人の物語を守り、最後まで見届ける義務がある。

 ノエア自らの発した言葉は真実であり、アリュヴェージュへの復讐などという憎しみよりも、二人の物語の末——叶うならば幸せを願う。

 偶然か、必然かの出会いを果たし、二人の運命の一部を悟り、なおもそう願っている。そうなるように、今も抗っていた。もがいていた。



「少しだけ、時間をくれ。必ず、お前だけでも。シアの代わりに、今はオレが守るから」



 ——ああ。だからかもしれない。 今ならば、何故逃したかが、なんとなく分かる気がする。


 守りたい理由に、細かく具体的な言い訳は必要ない。守りたいと思うなら、ただそうするだけなのだ。


 今は自らの出生を気にするなとノエアは心に鞭を叩き、邪念を断つ。



「……違う」



 ただ、リシェントの小さな一言。



「違う。ノエアも、ちゃんと生きるの……!」


「オレはこうして戦っている以上、死ぬ覚悟は出来てる」


「死ぬ覚悟があるかどうかと、実際に死ぬのとでは、全然違う! それじゃあ、セリッドさんの、想いを、無駄にするだけ!」



 確かにその通りだが、現実は決して優しくはない。だからこそ、理想を弾き返して現実に目を向けていた。ノエアは今まさにそれで心を保っていたが、セリッドの名を出されて水滴が落ちた波紋のように心が揺らぐ。気の迷いは戦いにおいては不必要であると分かっているのにその波紋は次々に生まれて落ち着かない。



「それに、最後まで見届ける義務があるなら、ここで死んだら、それも出来ない、じゃない!」



 理想を押し殺して、現実を見る。

 理想は抱いても、現実を優先している。


 ——だとしても。


 その理想こそ、自分という存在の証明。


 リシェントは現実に目を背ける事はなく、自分に降り注がれるあらゆる厄災を打ち砕いてきた。現実だけ見ているだけでは決して出来ない。


 想いの強さ。



「ッ、私も! 私は! もし自分に、何が隠されていようとも! それに戸惑って、立ち止まってしまっても! 生きている限り、可能性はゼロじゃないから!」



 槍の如く一直線に身体ごと突くよう突撃してくるシュテルリヒトを、僅かな髪一房が嘴に拐われる程度の紙一重で避けきる。掠っただけでもひりひりと空を切る風の熱に痛みを感じたが、鉤爪で突き刺された時より数倍マシな痛みだ。

 リシェントはただ一人、拳を握る。膝が折れそうなくらいに疲れ果てようともその足を止める事はない。その拳を下ろす事はない。

 無謀——とは違う、あの勇ましさは何処からやってくるのだろうか。


 自殺願望な誰しも生まれつき備わっているものではない。


 ノエアも、本当は自分も生きたいと、強く願う。




「……ったく、ここまで言われたら、やるだけやってみるしかねーじゃんかよ……」



 絶望をどうにかして吹き飛ばすように、鼻で笑う。

 リシェント一人ではこのシュテルリヒトを倒せる筈もない。力こそ持ち合わせてはいるが、彼女は所詮何の訓練も施されていないただの女性だった。

 魔法士である自分がサポートしなければと思うが、上級魔法でも通用するかは不明である。

 であれば天ノ術を、と思っていたが、ノエアの使用できる天ノ術は限られて使い方もよく理解していない。



 それでも今は秘められし力に頼るか?


 選択は——いいえの一択。



「暗影の中、幾層にも連なる鎖——縛れ!〝シャッテルチェイン〟!」



 今はただ、魔法士として。

 母に教わったもの。今まで自分が培ってきたもので超えてゆきたいと願い、上級魔法の詠唱破棄。闇の拘束魔法の一つ。四方八方から魔力の鎖ががんじがらめになってシュテルリヒトの五体を拘束する。じたばたと暴れ始めるシュテルリヒトの力に、鎖にヒビが入る感覚を覚えた。

 

 離すものかとノエアが精一杯の魔力を練り上げて繋げた鎖だ。この好機を逃す訳にはいかない。


 〝シャッテルチェイン〟によってそのまま岩の地面に伏せられて、ズドンと大きな音と共に地面が割れる。なおも暴れており、抑えつけるのも精一杯だ。


 リシェントはそのまま銀を拳と脚に込めて——腹に二回ほどそれを叩き込んだ。

 獣に相応しい深く唸った声が嘴から大きく発せられ、超音波のように鼓膜を破壊せんとする声。思わず両手で耳を塞ぎ離れようとしたリシェントだが、〝シャッテルチェイン〟の鎖を引きちぎったシュテルリヒトの鋭利な鉤爪が向かってくる。


 ——あと何発かあれば倒せる。


 シュテルリヒトは既にリシェントの力によってヒビが入っていた。先程の腹部を中心にピキピキと小さな音を鳴らして顔にまで行き渡っている。



「リシェント。最後だ。一つ、策がある。上手く行くかは分かんねーけど、成功すりゃいいんだからな」


「……それは」


「別に、オレが死ぬほどのもんじゃねーよ。根拠が無いのに信じろって言うのも、オレ自身したくねーけどさ」



 普通の上級魔法でも数秒程度抑えつけるのが精一杯。

 攻撃魔法もほぼ効果がない分厚く固い防御力。

 そうとなれば内側から崩していくしかないが、人ではなくスカイルの攻獣に通じるか否かは事例すらない。

 ただ、人やエンジェルと同じ機能を兼ね備えているはずならば、恐らく出来る。



「リシェント。魔力を練るのに集中したい。少しだけ、一人で戦えるか?」


「……ええ。任せて」


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