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セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ  作者: 葛城兎麻
第一章・スフェルセ大陸 二節・東国
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二十七話:魔力回路

 秋の陽がからんと、明るく映さしている。


 その中で特に紅葉や黄葉の木々が連なり、地面に生える草もどこか秋の香りを漂わせた。北国の吹雪ほどではないが、秋風に肌が触れて肌寒さを覚えている。

 ルーベルグへと足を踏み入れたと思えば、数名の若い男達が次々に飛び出すように各々の家の玄関扉を大きく開く。



「お! ノエアじゃねーの!」


「ノエアだー!」


「やっべ、めんどくさい奴らに見つかった……」



 彼らはノエアの姿を見るや「おーい! ノエアが帰ってきたぞー!」と代表で一人が嬉しそうに声を大にして叫ぶ。静かに佇んでいるルーベルグの里は、男一人の叫び声もこだましてよく響く。老若男女関係なく、なんだなんだと窓から様子を伺い、玄関扉を開いて確認したりとその反応は様々だ。

 この里のおおよその人数が本当ならば、ベルスノウルの半分にも満たない人口だろうか。若者達に取り囲まれているノエアを他人事のように依然と立ち尽くしていると、その集団の中にいた一人がようやくリシェントに気がついた。



「その子誰だ? ノエアの彼女?」


「縁起でもない事言うな。あいつに剣で三枚下ろしされる。オレはまだ死にたくねー。それからオレの好きな女の好みのうちの二つは満たしてないし、彼女とかあり得ねーから」



 青年達はからかっているつもりでいたが、当のノエアは至って真面目でその顔色に焦りを滲ませた。確かノエアの女性の好みは歳上、胸がそこそこあって、ノエアに少しでも魔法で優っている魔法士……だった気がする。


 ここまで接してきたあたり、歳上と胸の大きさは置いておくとして、ノエアに少しでも魔法で優っている女性の魔法士などそう簡単にいる訳がない。結構無茶な条件だろう。



  「(あれ……いや、でも)」



 ルーベルグへの道の最中、ノエア本人が語った過去。その中の——。


 いいや。それもあり得ないだろうし、聞く必要は無い。


 話題として出す必要もなく、出してはいけないものだと思って開いていた口を蓋のように閉じる。

 ノエアとその若者達の歳相応日常会話の弾みを聞いていると、若者達は一瞬のうちに後ろに引き下がって頭を垂れた。


 白髪を森のように茂らせて腰までそれを伸ばしている低身長の老人。よぼよぼと遅く弱々とした足取りだが、黄丹の瞳はその真逆を表している。



「村長のベレリムじゃ」


「え、と。リシェント・エルレンマイアー、です」



 先に自己紹介を名乗られて、リシェントはつられて頭を下げる。



「ノエア。〝聖天の儀〟を早く済ませる必要がある。結局わしやこやつらも〝聖天〟はお前そこが相応しいと思っておる」


「それ、は」



 珍しく言葉を詰まらせてから、ノエアは張っていた肩をがくりと落とす。



「……そんな事も、言ってられないのかもな」


「ふむ、つまり?」


「……余裕が無くなったんだ」


「……ならば明日にでも執り行おう。今日は式典の準備じゃ」



 詳しい理由を問い質す事はなく、ベレリムは淡々と話を進めてゆく。ノエアの様子といえば、どこか憂鬱そうに視線を斜めに向けていた。やはり、完全には割り切れていないらしい。ルーベルグの魔法士でもなんでもないリシェントが事情に口を挟んでいい訳ではなく、棒立ちのままに様子を伺う。



「あのさ。式典の他に皆に頼みたい事あんだけど、こいつ、解析すんの手伝ってくんねーかな」



 空間を作り、首根っこを掴むようにその中から北国での()()を地面に投げ捨てる。まるでゴミでも扱うようだ。もう少しマシな取り出し方は無かったのかとリシェントはアレに対して僅かに哀れんでしまう。



「なんじゃ、これは」


「知らねーが、ほっといたら危ないから、せめて何なのかは把握しときたい。この解析は俺だけじゃ多分難しい。人手は多い方がいいだろ」


「あい分かった。お主ら! 仕事じゃ仕事!」



 ぱんぱんと両掌を二回叩いて、ルーベルグの魔法士達は一斉に各々の準備に取りかかり始める。先程まで群がっていた若者達は一斉に散らばり、自宅に篭っていた者達もがたがたと支度を始めた。若者達につられてノエアも移動するべく歩み始めるが、そこにリシェントがついていった所で何も出来ない。分かっていて、リシェントは自分はどうしたらいいのか言動に出てしまうくらいの焦りが生まれた。



「ルイジーナ。お客人をおもてなししてあげなさい」


「はい。村長」



 気を遣ってか、客人が珍しいのか、はたまたノエアの仲間だからなのか。ベレリムは後ろに控えていた者に声をかける。四十前後の女性は、首筋ほどまで伸びる薄香の髪のショートヘアー。涅色の瞳はぱっちりとよく開いていて、リシェントに向けられた。



「はじめまして。ルイジーナ・エピリ。宜しくお願いいたします」




 *



 ルイジーナの自宅、客室に招かれ、出された茶を啜る。北国ほどではないが秋風は少し肌寒かったので、この温かな茶は身体中を芯から温めた。

 とはいえ、初対面の相手との話題作りなどリシェントにはハードルが高い。声も弾まぬ客室など客室とは言い難いだろう。



「あの、ルイジーナ、さん」


「はい」


「魔法の仕組み、って、分かりますか?」


「あら? リシェントさんは魔法士ではないのでは?」


「これから先、魔法士と戦う場面も、あると思うので……知っておいて損はないかと。ノエアは教えてくれませんし……」



 間違ってはいない。これから中央と戦う以上、魔法士と戦う場面があるのは目に見えた未来である。何も知らずに魔法士に突撃するよりも、何か知っていて弱点を自分なりに探す努力はしておきたいというのも、リシェントなりのやり方である。


 リシェントの問いに対しルイジーナは、木製の引き出しから、ペンや紙を取り出してテーブルに置く。


 そこから簡単な図を書き込み始める。



「魔法とは魔力の有無、魔力の大きさだけではなく、事物・事象が依拠する基本法則を頭で理解する事が必要です。まずは魔力を練り上げ、コントロールします。ここが基盤となります。ここをしっかりしていないと魔力、魔法が不安定になるので注意が必要です」



 第一に、基盤となる魔力のコントロール。



「次にイメージ。理解、想像、組み合わせ。練り上げた魔力をどのように使用し、どうなるのか、等。これが上手くいってないと魔力分散してその形を留めないまま不発します」



 第二に、理解、想像、組み合わせ。



「詠唱はイメージの補佐となります。よくあると思いますが、仕事をするのに紙に書いたり、実際に自分で口にして言い聞かせた方が具体的にイメージしやすくなるでしょう? そして魔力を放出、具現化する事により魔法が発動します。何かご質問があれば、なんなりと」




 簡単な図つきでルイジーナは出来る限り簡潔に纏めてみたつもりであったが、リシェントの脳内容量は既にいっぱいいっぱいだ。

 やはり、自分には魔法士は向いてないなとリシェントは改めて苦く笑っていると、フとノエアの話を思い出す。



「ノエアが少し話していたんですけど、魔力回路……って何ですか?」


「うーん……そうですね。どう説明しましょうか」



 本日一番にルイジーナは頭を抱えながら図を書き込んでゆく。


 人間は心臓の機能によって血液が体内を循環。全身の各器官や細胞のすみずみに新鮮な酸素や栄養素を運んだり、不要となった老廃物とかを身体の外に排出するために絶え間なく流れている。


 魔法にも見えない魔力の管が存在し、魔力単品だと魔力回路は生まれない。


 魔力回路の無い魔法は、魔法じゃない。


 それはただ魔力なだけでそれ以上の働きが生まれないからだ。



 ……と、平民の魔法専門外のリシェントに分かりやすく説明しようとして、ルイジーナが医学の専門用語も出してしまったのを悔やんだのはその直後だ。



「力が働くのは魔法であって、魔力ではない?」


「そう。魔法付与がそれでしょ?」


「……あの。魔力に殺傷能力とか、魔物を倒したする、のは」


「あり得ませんね。禁術のようなものは別とは聞いてますけど」



 さぞ当たり前のようにルイジーナははきはきと回答してみせた。


 ——これが本当ならば、リシェントやレフィシアの戦い方は魔力ではない事になる。


 だがそれを今ルイジーナに質問を投げた所で当のレフィシアは居ないのだから、意味などない。そもそも原因など分かる訳もないのだろう。



「話を戻しまして、この、魔力回路は、魔法を使う段階の、コントロールとイメージが組み合わさった瞬間にもう出来ています」


「魔力回路を崩すっていうのは……」


「ああ。それですか? 自らの魔力を一定範囲内の魔法に浸食させるものです。魔法は放出、具現化した後に他の人の魔力が内側に入り込むと魔力回路に異常が起きる可能性があります」



 魔力を崩す可能性がある、という事は起きない事もあるという事。崩す条件としては崩す側が魔法使用者側の魔力回路の仕組みを理解している必要がある。


 これは現時点で判明している限り、ノエアにしか出来ない……と、茶のおかわりを注ぎながらルイジーナは苦笑した。




「村長さんも出来ないんですか?」


「そう。だから、ノエアくんが一番……次世代の〝聖天〟に相応しいんですよ」

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