二十六話:ただ、子を守る為に
取り急ぎ失礼します!
今週中にまた第一章含めまして手直しします!
また、魔法についての云々始まりましたが、この大陸の魔法関係の細かな内容はまた明かされていきます!
「話って何だよ。オレはあんたと話はしたくねー」
敵国の国王陛下直々ではあったが、ノエアはすこぶる嫌いだと分かりやすく伝わるよう口調に根強い憎悪感を含ませた。
さてこの先どう出るのか内に秘める焦燥感が高まってゆくと、アリュヴェージュは静かに眼を見張っていた。
「……ああ。ごめんごめん。僕の弟も君と同い年だけど反抗期が無かったから。否定されたのにちょっとびっくりしただけだ」
アリュヴェージュ・リゼルト・シェレイの弟といえばまず間違いなく王弟殿下兼元中央四将のレフィシア・リゼルト・シェレイだろう。会った事は無いが、名前とその実力はルーベルグに引きこもっていたとしても嫌という程耳に入ってくる。アリュヴェージュの不憫を含んだ瞳は、ノエアの中の怒りという感情を更に燃え上がらせた。
「まず謝らせてよ。こんなに殺すつもりは無かった。それは本当だよ。何なら頭を垂れてもいい」
言葉と現実の噛み合ってなさは更に怒りの炎はぱちぱちと音を鳴らして盛った。謝罪の意よりも哀れみの意が強いのも原因の一つで、ノエアはアリュヴェージュの耳にも届くくらいに大きな舌打を吐く。
「そうそう。聖天の息子くん」
「その呼び方やめろ」
「名前知らないんだもん」
「……ノエアだ。ノエア・アーフェルファルタ」
セリッドと比較されるのを嫌がっていたノエアにとってアリュヴェージュの〝聖天の息子くん〟呼びも相当吐き気をもたらす呼び名である。訂正を促す為に自分の名を名乗るが、正直何故律儀に名乗ってしまったのか自分自身に問いたい。
アリュヴェージュは「うん。ノエアくん、だね。覚えた」と勝手に相槌を打ってから、右手をノエアに向けて伸ばしてきた。まるで握手するかのようだが、こちらとしてはその気などさらさら無い。
「手を組まないかい?」
「は?」
それは——引き抜きだった。
「セリッドはもう四十過ぎになるだろう。幾ら凄い魔法士でも、歳には勝てない。だから、若くて有望な人材が必要なんだよ」
「引き抜きか? 悪いがオレは長年ここに引きこもってて外を知らない。オレが常識外れな行為をして恥ずかしい思いをするのは引き抜いた責任者であるアンタだぜ」
「ああ。大丈夫。そこは気にしてない。君と同じ、普段は引きこもりな紅がいるから」
わざと常識を知らないフリをしておいて上手く躱そうとしたつもりが、いとも簡単に流されてしまった。
そしてそれは同時に——。
「断る口実、消えたかな」
——上手く乗せられてしまったという結果に至る。
この一言には先程までの、余裕を含んだ低く甘い声などではない。淡々として冷ややかなその声と共に表情は怒りでも、哀れみでも、悲しみでもない。何を考えているのか分からないそれは逆に恐怖となってノエアの足を竦ませる。
「あんた……お喋りは上手いんだな」
我ながら見苦しく平然を装っているが、そんなものが通用するとは到底思えない。
人一人は余裕で入る水玉の魔法に包まれて、身動きを封じられてしまった。水が圧縮し、全身、それ所か口すら動かす事を許されない。
「そのまま抑えといて、アルフィルネ」
「早くしなさいよ」
この後は魔力封じの枷をすれば魔法士はただの平民でしかない。どうにかして抜け出さなければと最後まで意地を働かせていた所、アルフィルネの水玉の魔法は弾け飛ぶように解除された。
アルフィルネ本人が眉を潜めていた事から、彼女が率先して解除したものとは思えない。
「ノエア!!」
「母さん……!?」
ブルーグレーの瞳は常に垂れ気味であったが、それを吊り上げてやってきた。息を切らしながらノエアの無事を確認する。その場に留めておくタイプの魔法には魔力回路というものが存在しており、セリッドはアルフィルネの魔法の中の魔力回路を崩して魔法の構築を不成立させ、ノエアを解放させたのだ。
「……その、力、は」
「気付いているようだね」
「まさか……貴方は、選ばれていると?」
「その通りだけど、僕自身は望んでいなかった」
話の意図を理解できない。
確かにアリュヴェージュには魔力とは違うものを感じるが、それが一体どのような力までかは分からない。
ノエアがようやく分かりやすく顔に表情が現れてきた頃、セリッドはノエアを庇うように前に立つ。決してノエアの方に振り返らず、顔は真っ直ぐに目の前のアリュヴェージュとアルフィルネに向けたままだ。
「ノエア、逃げなさい。私の出来る限り、遠くに転移させるから」
「いつまでも子供扱いすんな! こちとらもう成人してんだぞ!」
「貴方は、何時か私をも越える魔法士になる。今此処で死を負わなくていいの。何より——親が子を守りたいのに、それ以上の理由が必要かしら」
なおも振り返らない。
それでもノエアにはセリッドがどんな顔をしているのか察しがついてしまった。
父親がどのような人物であったかは知らない。
ただ事実として母親には愛されていたのを素直に受け止められていなかった自分に対して悔しさを抱き歯を食いしばった。
「……ッ、母さん!」
セリッドの転移魔法——淡い薄黄緑の光の粒がノエアの身体全体を風のように緩く纏わりつく。転移魔法を強制的に解除しようとして、魔法の中の魔力回路に自らの魔力を注ぎ込もうとする。
……が、セリッドが独自に仕組んだ魔力経路は、息子であるノエアですら崩せなかった。転移魔法の魔力回路に、別のセリッドの魔法が混ざっていたからだろうか。
「あの子を……頼んだわ。きっと、出会う筈だから」
最後の言葉と共にようやくセリッドは顔を振り向かせてみせたが、その表情を確認する前に転移魔法はその効力を発揮する——。
*
こうして、ノエアはセリッドの転移魔法で遙か遠くに、遠くにと飛ばされた。
当時のノエアはそこまで遠くを対象に転移魔法を使えなかったのと、外の世界を知らぬが故に使うに使えなかったので移動手段は徒歩しかない。
飛ばされた先の南国から、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩く。
ようやく見慣れたような景色が見えた。
歩く。歩く。歩く。
歩く。歩く。歩く。
辿り着いたその先には——家も、死体すら焼き払われてから数十日経過した灰でしかなかった。
落ち葉の地面をくしゃりと音を鳴らす。避難できた者、生き延びた者達はここに戻ってきてすらいないのだろうというのは静けさからよく分かる。
死ねば身体からは魔力も失われて、ただの抜け殻になる以上、普通の人間の遺体を持ち帰る理由はまず無い。これがエルフ系統の種族、希少個体種であれば例外にはなるかもしれないが、ルーベルグにはそのような人物は存在していない。
だが——。
「(オレや母さんが、普通の人間じゃないかも知れない、可能性は、ゼロじゃない)」
ノエアとセリッドにはまるで希少個体種の持つ固有能力のような力が、たった一つだけ使えた。
固有能力の特徴とした〝魔力の代わりに体力が削れるような感覚〟は、どうしても一致してしまう。魔法を使用する際の原理を行っていないので、魔法でない事は確実である。
しかし——人間の魔力の流れ、魔物の魔力の流れ、希少個体種の魔力の流れはそれぞれ違う。
内臓や血液の気管、その場所や働き方異なっている以上、魔法士であり回復魔法を扱うノエアが自身のそれを間違える筈はない。
自身は人間の魔力だと確信はしている——筈だ。
魔法と魔法はいわゆる奇跡とも言える力を持ち、基本的それを扱う魔法士も否定はしない生き物である。
他者に対して僅かな可能性も考慮し見えない何かを見つけ出そうとはしているが、自分自身という存在を今更考えた所で得などない。
損ならあるだろうが——。
*
「そろそろだ」
もうすぐルーベルグに到着するだろうと道なりを歩んで察したので、過去という長話を切り上げた。