二十三話:嵐のような唐突なる出会い
第二節、スタートです!
——第一巻、一話より。
朝が明ける事は無き。
灯す光こそ生み出す技術あれど、尽きぬ事の無き暗闇の空が無限と広がる。
死にゆく人々は嘆き、苦しみ、踠く。
されど叶わず。
悲憤慷慨。嗚咽し、慟哭。
感情は魂そのものを変化させる。
そうなれば——正しい死とは言えず。
ただあるがままに囚われ続けるのみ。
繰り返されてゆく度にこの大陸の闇は晴れる事叶わず。
わたしは救えるだろうか?
いや、やらなければならない。
それがわたしという存在の使命であり——。
◼️◼️◼️◼️としての、誇りである。
*
走る。 走る。
少年は、ただただ息を切らして全力疾走。
「くっそお! しつっけえ! しつけえぞ!」
胡桃色より少し薄めの髪色に、鮮やかな赤紫の瞳は疲労で揺れ動いている。
滅紫のジャージ。膝上程度の長さを持つ黒の上着を羽織り、青の腕章には何処かの所属と思われる謎の模様が刻まれている。これは少年の身柄を証明するものであるが、この大陸では全くといっていいほど役には立たない。
それに今の状況、東国に足を踏み入れたと思えば魔物の集団に見つかってこのザマである。少年は自らの力はこの大陸ではあまりにも目立つのを理解したからこそ、戦わずに逃げ回っていた。
——のだが、流石に体力の限界が訪れる。
時期に追いつかれる、逃げ切れない。
それ以上に死ぬ訳にはいかないという生存本能が、少年の戦闘意欲を掻き立てた。
少年が左手にずっと握り持つ野太い鎖に繋がれている黒の棺桶を手元に寄せる為に鎖を引っ張る。反動で棺桶を受け止めてから、腰の焦げ茶のベルトに仕組んだナイフで軽く右手の親指の腹を切って鮮やかな赤の血を流す。ちくりと痛みを感じるが、これを行う際のいつもの行為なのだからいい加減慣れてきた。
親指の腹から滲み出る血を棺桶からそれを繋ぐ鎖、自らの左掌まで絵具のように伸ばす。
「其れは、繋ぐ者。天に昇らん魂達と、朽ちる肉体に、我が力を注ぐ——頼む! 〝ナエ〟!」
何らかの詠唱を唱え終わると、バコン、と内側から破裂するように棺桶が開かれた。
菫色のストレートロングヘアーを腰下まで伸ばし、白菫の瞳がつり目気味に大きく現れる。少年と同じく黒の上着の薄手を羽織り、青の腕章。同所属と思わせられるセーラー服。そのスカート丈は膝より僅か上だが、お構いなしに魔物の群れを茶の革靴のまま蹴り返した。
「あらあら。やっぱりお姉さんが居ないとダメねえ!!」
少年の弱さ、目の前の魔物の弱さを嘲笑うように少女は高らかに声を上げる。
腰に携えた一本の筒を右に持つと、濃い青色をした魔力が筒を縦に抜けて、大鎌の刃を象る。身の丈以上の大鎌を少女は自分の手足の如く軽々と振り、魔物の群れを食材のようにすらりと真っ二つ。
其れは、生存本能ではなく。
其れは、純粋なる殺害欲望。
少年は止めはしない。否定はしない。
こうなってしまった以上、それこそが少女であるが故に——。
「あー、弱ッッわかったわねー。能力、使うまでもないわ」
「あー、だりぃー……退治したならもう解除していい?」
「はあ? 私だって珍しいからこの身体で観光したいのよ! あんたの取り柄、霊力量しかないでしょーが!」
「疲れんだって! 遊びできた訳じゃないんだからな!! 多分!! いや、ぜってえ何らかに巻き込まれたに決まってんだろ!!」
ひと段落がついた所で少年と少女の何気ない意見のぶつかり合いが発生した。こんな所で意見をぶつけ合わせている暇はないと分かっていても、少女を今の状態のままにしておけば少年の体力も霊力量も持たない。
ぎゃあぎゃあと騒がしく声という音を響かせていると、それに釣られてまた草木から魔物の群れが一匹、また一匹と姿を表す。敵討ちか、それとも少年少女を餌にする気なのか。どちらにしろ、敵意を抱いた鋭い眼で離さないのは確かだ。
「で、そんなこんなしてるうちにまーた魔物出てるんだけど。何ここ。魔物の巣窟?」
「ほらァア!! いちいち相手にしてられっかよ!!!! 暫くそのままにしてやる代わりに逃げるぞ!!」
「はァ!? 何で逃げるのよ!? 殺すに決まってるでしょーが!!」
「こっちじゃオレらの力は目立つって言ってんじゃん!! つか、そうポンポン殺すなよ!! オレらは無闇に殺しちゃいけねーの! 〝昇華〟も大変だし! とにかく撒くまでこのまま! お前の身体、これに入れながら走るの案外大変なんだからな!」
*
「ねー、まだー?」
先頭を切ってミエルが飽き飽きと頬を膨らましたが、残念ながら目的地は遙かに遠い。
——北国の雪山を抜け、季節は秋と化している。
青く澄んだ空を赤とんぼの群れが飛び、風に吹かれ踊るように舞う鮮やかな紅葉。いつまでも続く一本道にはぽつぽつと距離を置いて一軒家が建ってはいるが人通りはない。
暫くするとこの一本道も二手に分かれ、ルーベルグへの道、リーロンへの道へと別々となる。それまでは四人共に歩み進んでいると、後方から騒がしい少年声が遠くに聴こえて、全員が振り返った。
「……あれって」
リシェントはそのワインレッドの瞳を大きく見開いた。ロヴィエドの言っていた例の人物とは、彼の事ではないか、と。明らかに見慣れない服装を纏っている様。左手に野太い鎖を握り、それに繋がれている黒の棺桶を引っ張っていた。
まさかこんなにも速くに遭遇するとは誰も予想できなかっただろう。
少年を筆頭に、少女も慌ただしく走る。
「はー!? 魔物の次は待ち伏せかよ!? 仕方ねえ! 強行突破すっぞ! ナエ!」
少年は腰に携えた——刀を抜き、そこに僅かと濃い青色をした霊力を刀身に纏う。
真っ先にリシェントに向けられたその刀の先を——。
「シア! 取り押さえろ!」
ノエアの咄嗟の一言。
一瞬で少年とリシェントの間に割って入ったレフィシアが自らの剣で少年の刀身を受け止め、同時に弾く。
予想以上の力に少年の赤紫の瞳は驚きを隠せずに、刀を握る握力が弱まる。その隙を見逃さなかったレフィシアはまず左手で少年の右手首を掴み取ってから、右足で少年の背を踏みつけ、仰向けに地面に着かせた。
そのまま少年に声をかけようと口を開こうとしたのも束の間。違う殺意が向けられているのに気づき、レフィシアはその方角に目を向ける。
今にも両断されかねない大鎌のひと振りを、右に握る剣で受け止めてみせる。ギリギリと音を鳴らしていはいるものの、押し合いは僅かに大鎌を振るってきた少女が上を取っていた。
「へえ! あんたが一番強いみたいね!」
「何の理由があって武器を向けてきているかは分からないけど、殺させはしないよ」
「ふふふっ、いいじゃない。でも、あたしにばかり眼をやってる暇は、ないんじゃない?」
白菫の瞳は揺らぐ事なく、ただ本能のままに強敵との戦いを楽しむ様。
そしてこの少女は——生命を殺す事に躊躇いなどない。寧ろ生命を殺す事こそ自らの存在意義であり欲望なのだとその瞳からレフィシアは少女の人柄を理解できた。
そして——レフィシア、だけではない。
リシェント、ノエア、ミエルの周囲に、少年が纏っていたのと同じ濃い青色のものが空気中に飛散し始める。
「淡く消えゆく人の夢と書き、儚きと詠む者なり!」
瞬間、それは三日月のように反った大きな鎌の刃を形どる。
一つだけではない。二つ、三つ、四つ、いや、指では数えきれない。
十、二十、三十……。
それ以上。
ノエアはミエルの手を引っ張り、自らの胸元まで寄せてから、全方位防御魔法を咄嗟に張った。
レフィシアは手首を掴み取っていた少年と武器の唾釣り合いをしていた少女を前に跳ね飛ばしてから、後方のリシェントの手首を捉え、抱き寄せる。
数えきれないほどの三日月の鎌の刃達が回転しながら追尾を開始する。まるで殺すまで逃すものかという怨念の籠もった死神達の鎌だ。
死神達の鎌は地面を透かして通り抜けてくる。念の為足元も覆う防御魔法をしておいてよかったとノエアは一息をついたが、その防御魔法も僅かにピシリとヒビが入る。
数だけでなく、威力も凄まじい。まともに受ければ身体の骨ごと真っ二つなのは火を見るより明らかだろう。
レフィシアは片腕でリシェントを抱き寄せながら、両脚に魔力を纏ってその鎌の追尾をことごとくと避ける。だが数が数。当たりそうなものだけ剣で弾き返す。
この間に少年と少女は体勢を整えて備えた。互いに一定の距離を保ったままぴくりと動かない。
「やっぱり正面切って戦うのは無理か!」
「はァ!? 本気出せば真正面でも隙くらいつけるでしょうが!」
「だって! あの人達全員魂が普通じゃねーの位分かるじゃん! ぜってーヤバいって!! ただでさえ今のオレかなりギリギリの……」
少年少女の作戦会議……とは言い難い、言い争いが始まるが、少年は途中でぴたりと言葉を止めた。
視線の先にはまるで他の誰かの声を聞くように少年やリシェント達からそっぽを向いている。
血の気が引いたように顔を青く染めて、少年の身体はぷるぷると小刻みに震えた。
「きょ……〝強制解除〟ォォォ!!」
「!? ちょっと、待ちなさいよジュ……」
少年の掛け声と共に、少女の身体は抜け殻のように力なくうつ伏せて倒れた。少年はせっせと慣れた手つきで抜け殻となった少女の身体を運び、鎖つきの黒い棺桶の中にそっと入れてから勢いよく棺桶の蓋を閉める。
その後、ぷるぷると細かく刻むように再び四人の方を振り返えってた。
四人は一応戦闘態勢は崩さないで構えていたが、途端少年は地面に両膝をついてから……。
「すんませんでしたァァァァァァ!!」
深々と今にも頭を地面に擦り付けそう勢いで下げた。
いわゆる、土下座のポーズである。