Filing3:だとしてもと諦めたくはなく
この話で番外編終了です。
次回は二節ですが、更新日は来週月曜日(8月9日)となり、今週の更新はこれが最後です。
それではまた!! 二節もよろしくお願いします!!
「気が進まないなあ」
身支度を整えながら、俺は小さくぼやく。
メルターネージュ女王陛下の厚意は嬉しいがどうもパーティという集まりは昔から苦手だ。そう考えるだけで何度でも溜め息がつけた。
最後に上着を羽織り、改めて全身のチェック。こんなものか、と思ってたら同室で着替えていたノエアも時を同じくして着替え終わったようだ。彼は着飾った俺を見るや苦々しく口を歪めた。
「お前、何着ても合うのがムカツク」
「それは褒めてるの!? けなしてるの!?」
「んじゃ行くぞー」
言うだけ言って、ノエアは部屋のドアノブを開けた。
*
先にノエアとミエルが入場したので、次は俺とリシェントの番だ。
ここまでの間、どうやら慣れないヒールの高さに何度も体勢を崩してしまったリシェントをその度に受け止めていた。
今もなお俺の左手の平にリシェントの右手を添えるように預かっているが、ある程度歩いた事で体勢を崩す回数も減ってゆく。
歩む速度に気を使いながら、先導していった。
「大丈夫。平民だからとか、気にしないで。俺からすれば、君は十分、綺麗だから」
入場前に俺は何気なくそんな言葉を送っていたが、これは素直な感想。
普段は髪を下ろしているが今回はそうでもなく、うなじの部分が露出していた。服装もゆったりめの服のせいで分からなかったが、今回のドレスはウエストを絞っているタイプで……思ったほどに胸が……。
……一呼吸置いて邪念を断つ。
いや、男としては当然の反応なのは理解しているけど。極力胸元は見ないようにしよう。
極め付けは俺がプレゼントしたあの髪飾りを使っていた事。まさか宝石の方を細工した(された)なんて言えない……。リシェントは微妙な所で世間一般常識に疎いから知らないのかも知れないけれど、異性にプレゼントを送る時その一部分に自らの髪の色か瞳の色を贈るその意味を。
あれ、待って。
もしリシェントの髪を整えたのが本人じゃなかったら、これ確実にバレてるよね……?
入場してそこまで間もなく。
俺はリシェントに話した。マルシェ家からヴァレンティーヌ嬢との婚約を申し込まれた事。北国との親睦を深める為に、そうしようかと受け入れようとしていた事。
それでも、リシェントを見ていて諦めきれなくなった事。
俺はいつだって、諦めが速くて。
でも、彼女は。
だとしてもと抗い続けて。
「私、は……諦めない事を、誰かに……誰かに、教えて貰ったような、気がするの」
「誰、か?」
「……だから、私は……やると決めた事を、最後までちゃんとやっていたい。諦めずに、手を伸ばしたい」
「……そっか。君は、やっぱり」
俯き始めていた顔をゆっくりと上げて、どうにか安心させようとして口角を上げて笑いを作る。右腕を伸ばし、リシェントの左手を甲を上にした状態で壊れ物を扱うように持ち上げて。
———自らの口元に寄せ、唇を落とした。
「必ず俺が、君を守ってみせるから——」
自分らしくもない行為である。何故したのかさえ、よく分かっていない。
リシェントの反応を確認しようと唇を離してぱっと顔を上げる。
嫌そう、という訳ではない。
ただ呆然と、透明な滴が頬を伝って落ちていた。
それか何故なのか。
知りたかったけれど、俺が問いただしてはいけない気がして留まる。
*
夢のように美しくて甘い話は閉じて、深い眠りの時間につく。
本当の夢の中——真っ暗な視界を、まるで勝手に押し入るように緑の発光が照らし出す。
この感覚、覚えがある。
そうだ。以前もこのような夢だ。
ようやく思い出して、ある人物を探した。
「今日は機嫌がいい方なんだ。引き留めないで早く寝かせてくれないかな」
『急かすな』
声は同じでも、形が違っている。白い球体の鋼鉄の物質がそのまま喋っている、と例えたら分かりやすいだろうか。
『我も機嫌がいい。だからこそ、少し雑談しよう』
「俺は雑談したくないんだけど」
『手厳しいな。雑談が嫌ならば——貴様の場合、これの方がいいか?』
金色の眩い光の粒から見慣れた一本の剣が生成され、からんと地面に落ちる。間違いなく、俺が普段握っている剣と同じ。拾い上げると現実と全く違わぬ鋼の重さが伝わってくる。
振りの確認の為に軽く剣を縦、横と振っていると、白い球体がその姿をぐにゃりと液体が変化するようにうねる。
清らかな白い身体。発光するエメラルドグリーンの線は血液のように全身に巡る。
人の血のように赤黒い右眼と、俺と同じラベンダーのように華やかな紫の左眼を持つオッドアイ。
髪は毛先だけが眩い光のように発光し続ける、黒。
素足のまま、地面は脚にはつかない。
俺は悟る。
——勝てない。
僅かに敵意を向けた彼に、俺は瞬時に悟る。
あれは人がどうこうできる存在ではないものだ。
人が、安易に知っていい存在でもない。
初めて俺の足はその場から竦んで動かない。
初めて剣を握る手は小刻みに震えている。
「……だとしても!」
俺は、いや、俺も——諦めたくない。
一気に距離を詰めて、彼に一閃を向けた。
『貴様もまだ力を使いこなしていないようだ』
「魔法……!」
『魔法、だと? 否。人が作りし偽物と一緒にされるとは』
彼に向けた一閃は、直前で阻まれる。見えない結界か何かに剣がぶつかって、最も簡単に跳ね除けられた。着地し再度魔法の警戒を強めていたら、彼は首を横に振って眉を潜める。
『いいだろう。特別だ。本物を見せてやろう。まあ……これが終われば、この夢で起こった事を思い出せはしないだろうがな』
彼の周囲に、銀の光の粒が旋回する。
あり得ないほど膨大で、あり得ないほど凝縮されてゆく。
『——こうべを垂れ、感涙に咽ぶがよい。天翔ける我の咆哮に、憤懣すら許されず——』
魔法の詠唱、ではない。
似ているが違う。例えるならば——そう、譜に合わせているような。
『——』
*
「——!」
息が詰まり、一気に意識を覚醒させた。
「(また、だ……)」
以前よりも滲む汗の量が尋常ではない。ぐっしょりと寝間着が濡れているのがその証拠だ。動いてもいないのに酷く息が苦しくて、動くのもおっくうになる。
しかしこのままの状態は流石にまずいと思った俺は、隣の客間にノエアがいるのを思い出して壁越しに一回叩く。
「ノエア! 起きてる?」
どうにか極力平然を装った声を出したが、返事は帰ってこない。
やはり寝てるか——。
「お前、大丈夫じゃなさそうだな」
「わっ、え!?」
「もうとっくに起きてるっつーの。隣なんだから、返事しなくても直接行けばいーだろが」
ノックもなしで突然扉が開かれたのでびくりと肩を引きつったが、これがリシェントやミエルでなくて助かった。ずんずんと進んできて、ノエアが回復魔法をかけてくれると次第に体力が戻ってくる。ようやく呼吸が楽になったのに安心して前に倒れ込もうとする所をノエアが支えた。
「ちょっと、最近変な夢を見ると、疲れちゃって……」
「変な夢?」
「それが、覚えてないんだよね……」
「ふうん。まあ、いい夢じゃねーのは確かだろうな」
「否定はできない……」
いい夢なら汗はかかないし、苦しくもないのだからこれは安易に想定できた。
「……二度寝してもいいかな」
「いいんじゃねーの? つか、こんな事があったのに二度寝出来るか?」
「……しないと、寝た気に、なれなくて」
「分かった。朝食は抜くように俺から言っとくし、上手く誤魔化しておいてやる」
「助かるよ」
改めてベッドに横になって、二度目の眠りにつく。
以前から俺自身が普通ではないというのは、分かり切っていた。
それでも、前は何ともなかったのに。
どうして今更——。
「(俺は……)」
最後まで、俺らしくいられるだろうか?
そもそも俺の、俺らしくとは何だろうか?
人に聞けば答えが分かるかも知れないだろうが、俺自身の答えは、俺が見つけたい。
不安を掻き消すように、暗示をかけ続けた。
MEMORIA STORY File 1 : Lefisia・Lezelt・Shelei
終