二十一話:次の目的地
次で一節最終です!!
——翌日。
中央、首都リゼルト。
「キアー様。至急のご連絡を」
慌ただしく兵士の男が、遠征準備の指揮を取っていたキアーに駆け寄ってくる。じんわり汗をかいて足取りも落ち着かない兵士の姿に面を食いながらもキアーは兵士の相手をすべく報告をうけようとした。
「今忙しいんだ。簡潔に頼む」
「昨晩、不審者を発見しましたが、取り逃がしました。東国方面に向かって逃亡中との事です」
「不審者? 諜報か?」
「そうではないようです。身なり、といいますか、衣服の作りも全く異なる珍しいものだそうで」
「ふうん……」
今まで不審者の報告は幾度も受けてはきたが、身なりの関係は初めてだった。興味と好奇心がまさって、近くで別の作業をしていた兵士に自らの仕事を押し付けてから話の続きを伺う。どうやら、見た事のない魔法を使う男女二人組らしい。どんな魔法か、と問いただした所で対応に当たっていたのは魔法士ではない兵団だったので分からないと言われてキアーは思わず舌打ちをしてしまった。びくりと肩を上に引きつらせた兵士を確認して「ああ。ごめんごめん。君が悪い訳じゃないからねー」と軽く謝罪。この兵士は報告に上がっていただけで、実体験していないのだから、彼に八つ当たりするのはお門違いにも程がある。
「分かった。こちらも東国に向かうからついでに捜索できたらしてくる。アリュヴェージュには至急と伝え、報告するように。渋られたらボクの名を出していい」
「ハッ!」
兵士は「失礼します!」と小走りで去っていく。その背が見えなくなるまで確認してから、押し付けていた仕事を受け取って準備を再開した。
「(身なりの違う、見た事のない魔法、か)」
たった一つだけ心当たりがあるが、そんな筈はないと心の中で否定の首を横に振る——。
*
一方、北、首都セアン。
四人はまたリシェントの自宅に集まっていた。今後の動きについてである。四人がテーブルを囲むように座る中、リシェントは当たり前のように隣に座るレフィシアに横目を向ける。昨晩のレフィシアの言動に甘い夢のように心が躍るようで、突き刺されるような悲しみに襲われた。それが何故だかは自分でもよく分からない。
朝を迎え終わり、昼を過ぎる頃であるがリシェントは未だにレフィシアから一定の距離を置いているのは変わらない。嫌ではないはずで、寧ろ好きだと言葉にしたいというのにそれに安易に縦に振れないのが自分でも不思議であった。
レフィシアも昨晩以降リシェントが距離を置いているのに察して、会話はほぼ挨拶と必要最低限の日常会話が一言で終わるくらい。部屋の空気が湿気を吸ったように重くなってしまったが、それにお構いなくノエアは語る。
「……そういう訳で東国、ルーベルグに行く訳だが、途中二手に分かれようと思う」
東国は国土の広さだけなら広大で、更にルーベルグとリーロンの間はかなり距離がある。中央からの圧がどうなってるかが分からない為早めにリーロンに赴きたかったが、〝アレ〟も解析しなければ今後の対策ができない。
さて、二手に分かれる場合には四人となるのだから必然的に二人ずつに分かれる事になるが——。
「リーロンにはシアとミエル、ルーベルグはオレとリシェント」
まず基準としては、魔法士の里、ルーベルグには別種類の隠蔽魔法が二重、防御一重の三重の魔法が重なっており、余程優れた魔法士でなければ正確な場所まで辿り着けない。
その四人の中ではルーベルグの出であるノエアしか出来ないのは最早必然的である。
「もう一つ。謁見にあたり、王族相手に話し慣れているのはお前だ。とりあえずオレがリーロンに到着するまでに陛下に話だけでもつけておいてくれ。まあ幾らお前が中央の王弟殿下だったとしても、ミエルが隣にいるんなら敵意がないと分かるはずだ」
「はいはーい! あたしとリシェントの振り分け基準は?」
「パワーバランス」
「それだけえ!?」
たった七文字でミエルの疑問を終わらせようとして、驚いたミエルが可愛らしい声を大きく上げる。ノエアもミエルも近接戦闘はお世辞にも良くはない。近接戦闘に強い奴と組むなら自然にそうなるしかないという理由には正論すぎるあまりにミエルの首は下がるしかなかった。
リシェントも魔法が使えるようになれば戦闘も便利になるだろうなと考えてはいるものの、今まで近場に魔法に詳しい人物がいなかった。
……が、今は目の前にいるのだから、と話を変えるようにして質問を投げかけた。
「ノエア。私にも魔法って使えないかな?」
「無理だろ」
「断言する必要、ないんじゃないかな? 練習すれば」
「いや、断言できる。 無理だ」
「理由くらい教えてあげたらー?」
「……」
清々しいほどの即答をされたが、レフィシアとミエルが庇うようにして頼み込む。二人相手に流石に折れて、面倒くさそうに舌打ちしたノエアの瞳は鋭利となる。
「例えば、魔法が強烈な原液を薄めたものを魔力としてそれをコントロールとイメージをするものとする。ただ、原液そのものはあまりにも強烈すぎて、薄めた魔力と魔法と同じやり方じゃ使えない。ま、でもいいんじゃないか? 〝アレ〟は倒せるし、オレは逆に羨ましい。 その力があって、魔法みたいに広範囲に攻撃できたら最高だな」
理解できるようで理解できない例えだが、言葉を濁さずに伝えてしまったらそれこそ自分自身がまだ確信を得ていないので方針に反してしまう。
最終的に結果論で片付けてこの話を終えようとしたが、今度は今までノエアが目を背けていた全く違う話が突然火の粉のように降りかかってきた。
「ノエア。そういえば〝聖天の儀〟はどうなってるの?」
「〝聖天の儀〟?」
〝聖天の儀〟とは。
〝聖天魔法士〟が生涯をかけて得た知識全てを圧縮した記憶全てを引き継ぎ、次世代の〝聖天魔法士〟とする儀式。
ノエアは母、セリッドの死に際に一部の記憶を引き継いでいるが全てまでには至らなかった。
聖天魔法士が引き継ぎ続けてきた知識は、前聖天魔法士のセリッドの記憶だけではない、と噂されている。
「候補は何人かいる。オレもそのうちの一人だ。でも、母さんが言っていた。」
——それを得てしまったら、貴方は戻れなくなってしまう——
「その意味が、分からない。だから、まだ少し怖い。でも、他の奴に〝聖天〟を名乗らせるのも、嫌だ。悪いな、矛盾してて」
賢者、そして全知全能に等しくなると同義が故に、ノエア・アーフェルファルタ本人の人間性が変化してしまうのを恐れたのだろうか。ノエア自身も未知の力を一気に得る事は恐怖の対象にもなって、眉に深い皺を寄せた。想像するだけでも膨大な情報量の圧迫感にじわりじわりと押し付けられて息苦しい。
「……大丈夫だよ! どんなに後戻りが出来なくなっても、辛くても! ノエアにはちゃーんと手を伸ばせるから!」
それを、解いたのは紛れもないミエルであった。落ち込む時こそあれど、何時迄も引きずらないのは彼女の長所でもある。ルーベルグ魔法士大量殺戮事件にて母のお陰で命辛々逃げ延びたノエアが出逢った相棒は精神面での支えが何とも頼もしい。
「……はは、前からお前には励まされてばかりだな」
「それだけが取り柄だもん〜!」
ノエアとミエル。二人の信頼関係がどのようにはさて始まったのかが気になるところであったが、爽やかで高らかな声が玄関扉のノック音の後から大きく響いてきた。
「レフィシア! また来たぞ!!」
「……ねえ、アレ、またなの?」
明らかにロヴィエドの声がレフィシアを呼ぶが、声の大きさは相変わらず近所迷惑なので意識してほしいと願うリシェントであった。