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セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ  作者: 葛城兎麻
第一章・スフェルセ大陸 一節・北国
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十八話:〝メルターネージュ・セアン・キャローレン〟

 ——北城、城内。





「改めて自己紹介を。私はロレーヌ・マルシェ、そして——」


「妹のヴァレンティーヌ・マルシェですわ」



 同じ緋色の髪と、紫紺の瞳は変わらず。ロレーヌはどちらかといえばつり目気味、ヴァレンティーヌは垂れ目気味だ。マルシェ家は代々娘は一人だけ嫁がせ、他は全て国に貢献するようにと兵士として送り出しているらしい。

 だから子爵という身分なのに軍服を身に纏っているのかと思えば納得だ。

 レフィシアはさぞ当たり前のように歩き、ノエアも一度出入りした身なのでようやく慣れてきた。ミエルも元貴族なだけあって落ち着きのなさは身体に現れているもそこまで緊張した素振りはない。

 唯一——リシェントだけが、自分は場違いなのではと不安を隠せずに眉を潜める。



「あのっ、レフィシア様! メルターネージュ様のお話が終わった後はお時間空いておりますか?」


「え……えーっと、空いてる、よね?」


「まあ、そうだな。クソ疲れてっけど」



 先頭を歩むヴァレンティーヌがくるりと半回転して、レフィシアに声をかける。一応ノエアに確認を取るように横目で確認して、彼は首を縦に頷く。



「でしたら、また剣の稽古をお願いできませんか!? 私、あれから凄く頑張って……まだ姉様には遠く及びませんが、小隊の副隊長にも任命されましたの!」


「そうなの? 確か、二ヶ月前にベルスノウルで教えたばかりだけど、もう?」


「はいっ! レフィシア様のお陰ですわ!」



 ——関係のないリシェントですら、ヴァレンティーヌの態度の意図は丸わかりである。

 とはいえ、リシェントは剣の世界には無縁。出逢いが数日前のリシェントと、二ヶ月前のヴァレンティーヌ。平民と子爵令嬢。色んな意味を含めて、圧倒的に劣っているのは事実。リシェントがほんの僅か特に何もない床を見るようにして顔を下に下げていると、聞き慣れた温かな声は少しだけ肌寒い。



「……ノエア。木刀二本とかある?」


「便利もの扱いすんなよ。ほらよ」



 左の手を何もない所に翳すと、ミエルの荷物を放り投げた時同様の白と水色が渦のように混ざり合った穴のようなものが現れた。そのまま左腕を奥深くまで突っ込んで手探りで探していると、左腕を引っこ抜きつつ木刀二本をレフィシアに渡す。それぞれ両手でキャッチしてから、片方をヴァレンティーヌに軽く下から上に投げ渡した。距離を保つ為後方まで下がると、再度ヴァレンティーヌに向き合う。



「こういう建物内での訓練も必要になる」


「いや、わざわざここで……いやでも、確かにその通り、かも知れませんわね……」


「高価なものは此処には置いてない。この通路には窓がないから、窓ガラスを気にする必要もない。魔力魔法の類をナシにすれば、物が壊れる心配もないよ」


「……ッ、でも」



 ヴァレンティーヌは否定に入ろうとした。


 しかし、レフィシアの顔つきは既に違う。力を使わない彼の速さは決して眼で追えぬ程ではないが、それでも——速い。


 一気にヴァレンティーヌに二連続——を、どうにかヴァレンティーヌは捌ききる。だが本当にそれだけしか敵わず。三、四と攻撃が重なる度に速さについていけずに手遅れになった。


 ヴァレンティーヌの両手に持つ木刀は弾かれ、からんと床に落とされる。

 小さく一息をついてから——レフィシアはいつもの優しいラベンダーの瞳に戻った。



「ある程度俺の攻撃を捌いたのはいいけど、そかからの反撃の糸口を見つけないと勝てるものも勝てない。ヴァレンティーヌ嬢は一般男性よりも身軽なんだから、そこを活かすには必要な事だよ」


「あ、ありがとうございました……」



 もう十二分に味わったのか、少し声が震えているヴァレンティーヌ。落とされた木刀をふらつきながら拾い、そのままの足取りでノエアに木刀を返したが、顔色は真っ青のままだ。ヴァレンティーヌのレフィシアに対する気持ちとそれに対するレフィシアの意図を察して汲んだロレーヌは心苦しくレフィシアに頭を下げた。



「……すまないな、レフィシア」


「いや、大丈夫」


「改めて、メルターネージュ様の所に向かおう。ヴァレンティーヌ、ついてくるように」


「は、はい……お姉様」



 ヴァレンティーヌは足取りを重く、ロレーヌに置いていかれないようにとどうにか小走りで追いつく。レフィシアの顔色を伺うと、まるで地雷でも踏んだように怒りが眉の辺りに這っている。彼の性格上ではもう少し対応の仕方があったかと思っていたのでリシェントは思わず面をくらってしまった。理由を聞いてみようかと考えたが本人の前では酷だろうと想像したら、今するべきではないのだろう。



 *



「女王陛下。お連れ致しました」


「分かりました。ロレーヌ、ヴァレンティーヌは下がりなさい」


「はっ」



 扉越しの声は雪をほんの少し溶かすような小さな温かさを持った女性の声。ロレーヌ、ヴァレンティーヌは部屋の扉前にぴんと背筋を立たせてその場に待機。代わりに未だ閉められている茶の扉の取手をミエルが引いた。



「はじめまして。わたくし、メルターネージュ・セアン・キャローレンと申します。あまり身体が良くないから、寝具の上でごめんなさいね」



 きらきらと金箔が散りばめられたベッドに上半身だけ起き上がらせているその人は、艶やかな黒の髪を腰程度まで伸ばしている。ワインレッドの瞳は病弱が故に弱々しい一方、優しく一本筋が通っている芯の強さが窺えた。ワインレッドの瞳はそう見かけないが、黒の髪は北国ではそう珍しくない髪色。なので一瞬メルターネージュと目が合ったリシェントもそこまで気には留めていない。




「はじめまして、女王陛下。私、ミエリーゼ・ウィデアルインと申します。お見知りおき下さいませ」


「ノエア・アーフェルファルタです。は、はじめまして」


「……レフィシア・リゼルト・シェレイです。女王陛下、今までご挨拶に伺えず、誠に申し訳ございませんでした。また、中央の王弟殿下の身でありながら、こちらに受け入れて下さった御心、改めまして感謝致します」


「そこまで畏まらなくてもいいの。さあ、そちらの椅子に座ってください。立ち話も疲れるでしょう?」




 *




 ロヴィエドも戻った頃。



「こちらはミエリーゼさ……ミエル、が、西国の女王陛下、桜花姫から預かりし魔力付与付き自筆の書類。そしてもう片方はメルターネージュ様の魔力付与つき自筆の書類。これらの内容は中央討伐軍の加入及び北、西、東、南の一時的な同盟への賛同について。詳しい時期など諸々。この中で書類を安全に保管できる者は?」


「オレしかいないだろ。リシェントはゴリゴリの近接、ミエルはまだ発展途上だし、レフィシアは……まあこいつが化け物じみた近接戦闘野郎でも万が一もある」



 ロヴィエドが書類と称された紙達を纏めあげると、一番槍のようにノエアが名乗り出る。

 また、白と水色が渦のように混ざり合った穴のようなものがノエアの左手付近に現れて、右手でロヴィエドから書類の束を受け取る。そういえばその渦のようなものも魔法なのかと今更になって疑問となり浮かんだ。



「……そういえば、それ何?」


「あー……物を出し入れできるヤツ」



 リシェントが質問を投げ掛けると、答えに詰まって適当に返すように雑な返答が返ってきた。珍しくノエアらしくない答えはリシェントやレフィシア、更にこの中で一番付き合いの長いであろうミエルですら眼を見開く。



「てか、これ多分魔法じゃなく固有能力のうちの一つっぽいんだよな」



 固有能力とは、希少個体種などが持つ一定の能力のうちの一種……とされている。人という存在は希少個体種に該当されはしないし、人間と希少個体種のハーフの事例など人間と魔物のハーフよりも聞いた事すらない。

 だが、固有能力の特徴とした〝魔力の代わりに体力が削れるような感覚〟は、どうしても一致するらしい。魔法を使う時の原理をやっていないから、判別も出来ないと本人ですら納得していない様子を見せた。



「ちなみに……どんな感じにやってるの?」


「あー、ここにこれを出してーな、入れておきてーなって思うとそうなってる」



 随分と感覚的なものなので、説明も自然とそうなってしまう。自分で説明してて気に食わないらしく、当の本人が苛立ち始めた。

 分かってる事は、比較的大きい物でも出し入れできる。空間内の時間は止まってるこで食糧や飲み物は入れ放題。 ただし一個ずつしか出せないので一度に纏めては出来ないという点。

 出来るだけ目立つ場所では使いたくない理由として、これが使えるのはノエアとその母、セリッド・アーフェルファルタのみ。この能力が知られれば是が非でも軍事利用したいが為に狙われるであろう……と、ノエアは大きなため息と面倒くさそうに顔を渋らせた。全てにおいて正論で全員が納得して、管理はノエアが担当する事に決まる。



「さて。この件はこの位にしておくとして、実は今晩、パーティーがあるのだが、君達も出席しては頂けないだろうか?」



 咳払いをする事で話の切り替えを促したロヴィエドが、事前に打ち合わせていたのかメルターネージュと目を合わせて互いに頷き合う。

 メルターネージュの養子、エドリウスィード・ヒィトゥラ・セアン・キャローレン。今は十五なるその息子がどうやら学院を卒業したらしく、そのお祝いを兼ねたパーティーであるとメルターネージュは告げる。ミエルはパーティーという単語に心を踊らせて顔にまで幸せに満ち溢れているが、三人——特にレフィシアは真逆で、暗く頭を下げる。



「いや、お……私はやはり……」


「問題ございませんよ。わたくし自らお声をかけておきましたから。何より、貴方が今後わたくし達北国と仲良くして頂けるのなら、親睦の意味を込めてご出席くださると嬉しいです」



 自らに向けられた感情を忘れてはいない。殺されかけた者。実際仲間や友人、恋人をレフィシアの手で殺された者。

 歩んできた人生に悔いが無いとは言わない。ただ、やり直せない現実をやり直そうとは思っていないだけだ。罪悪感に苛まれながらも自分がこうするべきだと思った事から逃げないようにと眼を逸らさないようにしてきた、つもりである。

 メルターネージュは国民を殺されたという事実だけではレフィシアを恨む事はない。人柄を理解し、出来るだけ人物の良さを見出す——それこそがメルターネージュ・セアン・キャローレン。国民が一丸となって支える女王陛下。

 だからこそか、メルターネージュの娘の件は未だに悔やまれている——。



「……ありがとうございます。では、謹んでお受けいたします」



 レフィシアは再度、深々と頭を下げてから顔を上げる。曇天のように暗い雰囲気と顔つきは晴れて、どうにか作るように笑ってはいるが何時もの太陽のように温かな雰囲気は戻ったようだ。


 

「(シアは大丈夫、みたい……でも、私が大丈夫じゃない……)」



 平民の出であるリシェントは、とてもではないがパーティーには縁がない。友人という友人も居なかった為、宴会などの経験もない。ましてや王族主催のパーティーなのだから、やはり身分さに萎縮してしまう。自分だけでも断ろうかとどう話を切り出そうか考えを捻っていると、考えを見透かしているようなメルターネージュが小さく微笑む。



「レフィシア・リゼルト・シェレイ。一つだけ頼み事をしてもよろしいかしら?」


「……? はい。何でしょうか」


「そちらのお嬢さんを貴方がエスコートして差しあげなさい。どうやら、王族貴族のパーティーに萎縮しているようだから」


「……畏まりました」


「えっ」






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