は
ははっ、このままじゃ、一人で飲みきってしまいそうだ。
この酒を注ぐ君の杯は、どこにあるというのだろうか。
そして、この杯を満たしてくれる君の酒は、どこにあるというのだろうか。
「存在し得ない。そんなものは、どこにもないのだ!」
だれよ! だれなの!
どこからか声が聞こえてきたようで、だけどだれがなんと言おうとも、あるのあるのあるの、どこかにあるはずなの。
だって君は約束を守ってくれるでしょ?
ふと、私の頭の中に絵画が浮かんで来た。
いいや、そうじゃない。私の目の前に絵画で見た光景が広がっていた。
見たことのある絵なのだけれど、名前はなんというのだったろうか。
次々に何枚も私にその景色を見せてくれる。
モノクローム世界の私を、カラフルな絵の中に誘ってくれる。
明るくて楽しそうで、私に元気をくれる。
それなのに、どこか哀しそうな面も持っていて、見方を変えればひどく翳った光なんだ。
私がこれらの絵を見せられているのは、君のことを、忘れかけてしまっているからなのかもしれない。あるいは、君のことを忘れるためなのかもしれない。
だってそれらの絵は、どこか君に似ている。
どこかに矛盾を抱えた景色は、かえって私にリアリティを感じさせた。
別に君との想い出の絵とかでもないのに、君のことを思い出させるようだった。
ヤーコブ・ヨルダーンス。作者の名前は、そうだった気がする。
見せられれば魅せられるけれど、特別、あえて見るほどに絵画を好きだった私ではない。
何かで見たとすれば、美術の教科書に載っていたのか、論文か何かで聞いた名前をインターネットで検索したのだろう。
よくぞまあ、覚えていたものだと思う。
これは酒ではなくて、記憶を呼び起こしてくれる、特殊な液体だったとかなのだろうか。
だから酔わせてくれないのだ。
酔わせてくれないのなら、せっかく魔法を使えるのなら、約束をここへ連れて来てよ。
または、せめて、真相を教えてよ。