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 翌日、あまりの寒さに目を覚ました。

 ()()()()()眠ってしまっていたらしかった。

 体は頑丈な方だけれど、これで風邪の一つも引いていないとしたら、それは最早、称賛に値するほどではなかろうか。

 ワイングラスとお猪口は、土が付いてしまったが、幸い無事だったようで安心する。

 持って来たときのように、箱に入れて、丁寧にリュックに戻す。


 今の時間は八時。仕事の開始は八時半で、八時二十五分までに職場にいなければ遅刻として扱われる。

 どれほど急いで帰ったところで、仕事には間に合わない。

 それに、仕事へ行きたくなかった。

 もう少し、ここにいたかったんだ。


 電話を掛けて、休ませてもらおう。

 どうせなら、今だけじゃなくて、今から春が終わるまで、休ませてもらおう。

「もしもし。今日からを桜の頃とすることは許されますか?」

「許されないね。まだ早いに決まってるじゃんか。というか、約束したんだって、そう言っているからみんな何も言わないけどさ、来るわけないだろって思ってるから! みんなね!」

「……っ! いいえ、来るといいねって、言ってくださっていますもの。勝手なことは言わないでください! あなたにそんなことを言われる筋合いはありません! 私はただ、休みの連絡を入れただけです」

「そうかそうか。それなら、これからずっと休みでいればいい。もう仕事に来なくて結構!」

 ここで謝っておけばよかったのに、感情的になっていたもので、

「わかりました。それでは、さようなら!」

 電話を切ってから、後悔をした。


 来るわけない。え? 何を。

 来ないわけがないじゃないか。

 だって、だって約束したんだから。


「春だ。私の春が来たんだ。これからはずっと春なのよ!」


 一人で叫んで、虚しくなって、どうしたらいいんだか、わからなくなるの。

 君がいなくなってしまってから、私には仕事しかなかったというのに、その仕事を、今、失ってしまったというのだから。

 見上げてみても、枯れ木がそこには立っているだけだった。

 あと二月で、これがあの美しい桜の木へと変貌するのか、疑わしく思えた。

 花のない桜を見上げるのは、初めての経験だった。


 これは、ふりじゃ騙せなそうだ。

 山の麓に酒屋があったから、何か買ってきて、昨夜のように酔い潰れよう。君と一緒に、そんな夢を見よう。

 一人じゃ飲みきるはずがないのに、一升瓶で買ってきて、崩れ落ちるように私は座り込む。


 できるだけ早く酔ってしまいたかった。

 悪酔いでも、二日酔いになるとしても、完璧に酔えるならよかった。

 記憶がなくなってしまったなら最高だ。


 それなのに、飲んでも、飲んでも、頭は冴え渡っていて、私を酔わせてくれない。

 水のようにスッと私の中に入って来て、反対に、目を覚まさせようとしているかのようだった。

 私を眠らせて。全てを忘れさせて。

 忘れられないの、どうしてなの。



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