桜
「次に会えるのはいつになろうか」
「さあ、どうだろうね」
「……うーんとね、桜の頃などどうだろう。次に桜が咲くとき、それを約束はできないけれど、是非とは思う。いつかの桜の咲く頃に、もう一度」
「何も次じゃなくても、毎年、桜の頃にはここで待ってるから。いつか来てね。約束」
その約束が果たされることがないことを、私は、本当は知っていたんだ。
君は約束を破らない。
けれど、君はこの約束を守れない。
そのことに気付いてはいたけれど、約束が果たされていないのだ。
君は約束を破ったと決まったわけではないのだから、私は約束を破るわけにはいかなかった。
期限を設けてくれたなら、こうも何年も何年も、桜の咲きそうになるたびに、君を期待する必要もなかったのに。
気持ちでは諦めがあっても、約束を守って、約束の頃に約束の地にわざわざ赴いているのだ。
馬鹿みたいに。私だけが馬鹿みたいに!
そもそも、どうして私はこうも君に会いたがっているのだろう。
桜の頃に会おうという、果たされない約束だけが記憶に残っていて、結局のところの目的を忘れかけていた。
それ以前に、少しずつ君の記憶が薄らぎ始めていた。
徐々にただの儀式となっていっていることを感じていた。
どうして私は君と出会ったのだろう。
どうして君は私と約束を交わしたのだろう。どうして私は君と約束を交わしたのだろう。
君はどのような顔をしていただろうか……?
記憶に靄がかかるように、忘れるはずはないというのに、曖昧になってしまっていた。
限界を感じていた。
離れていったら、遠くへ行ってしまったなら、これ以上は、君の姿が見えなくなってしまうのではないかと恐れた。
声だけがひどく印象的で、私に深く刻まれている。
「桜の頃に会えたなら、一緒に酒を酌み交わし、花見でもしよう。平和の中で、桜を眺めて飲む酒は、きっと美味であるに違いないさ」
軽く頷いて返すしかできなかったんだ。
あえて桜の頃に会うのに花見をしないだとは、ましてや花見をするのに酒を飲まないだとは、とても私にはない発想である。
そこは当然の流れとは思うのだけれど、なぜだか君の提案は予想外に嬉しかった。
献身的な女性とは程遠い私であろうが、もし君が来てくれて、そのときに不機嫌でなかったらば、私の酒を君の杯に満たしてやらないこともない。
特別サービスだ。
だから、私の気が変わってしまわないうちに、早く会いに来てもらいたい。
いくら約束とはいえ、いつまでも待ってはいられない。
だから早く、早くておいでよ。
そうでなければ、「遅い」って、怒っちゃうかもよ?
もしかしたら、女の子みたいに、涙を見せちゃうかもよ?
春にしては、吹き抜ける風が寒いからか、少しばかり淋しいと錯覚し始めているから。