回想『Crocell Ⅴ』
「此処は……何処だ……?私は……」
私は見渡す限りに続く広い荒野の中央で、地面に倒れ伏していた。
全身にどす黒い力が巡っているのを感じる。そうだ……私は魔王の力を継承して……それで……
「魔王の力を継承した場合、力の元の持ち主は死亡する、つまり……」
そうだ、私の主人は、勇者に殺されて死んだ。
いや……違う、そうじゃない。
あの方を殺したのは私だ。私なんかが居なければ、あの方は勇者を倒して生き永らえていただろう。
「うっ……ああっ……うああっ……」
悲しみと寂しさと自己嫌悪で、涙が溢れる。
確かのあの方の言った通りだ、一人残される事がこんなにも辛いだなんて。
幾ら泣いても、誰も助けてはくれない。それも当然だ、あの方こそ、私のたった一人の理解者だったのだから。
「人間に私の存在を悟られてはいけない……何処かに身を隠さないと……」
あの方は私が生きる事を望んだ。今、人間の前に姿を現したりしたら……私は殺されるだろう。
だから可能な限り身を隠さねばならない。独り孤独に生きる。それが私の罪に対する罰なのかもしれない。
「空腹感は感じない、魔王に食事は不要なのか」
息を止めてみる。苦しくない。酸素も不要か。
ならなんで呼吸をしているのかという話になるが、人間の身体として刻み付けられた本能故に、意識していなくてもやってしまうのだ。
「寒さも暑さも感じない、流石は魔王の身体、どんな劣悪な環境でも生きていけるようになっているんだ……」
ならば無理して人里に近付く必要も無いだろう。
魔王領の荒野の真ん中で、人が魔王の事を忘れ去るまで待てば良い。
私は立ち上がる事無く、地面に倒れたまま……目を閉じる。
「魔王様……っうっ……ああっ……」
「相変わらず泣き虫だな、ルツ」
「っ!?この声は……?いや……そんな筈は……幻聴?」
「悪いけれど、多くは語れない、これから過酷な運命を向き合う事になる君を激励する為に、僕は最後の力を使った」
私の頭の中に声が響く。
これは間違いなく私の主人、魔王様の声だ。
私が魔王になってから既に一夜以上が経過している。という事は、彼は既に死んでいる筈。これは彼の魂、或いは残留思念のような物なのだろうか。
ああ、そんな事はどうでも良い。なんでも良い。私にとって一番大切な人の声を聞けた。それだけで私は勇気付けられる。
「だから――、泣くな」
「分かり……ました……」
「僕はきっと君の側に居る、目に見えなくても、声は届かなくても、僕の意志は不滅だ」
それを最後の言葉にして、私の中に響いた優しい声は途切れる。
そうだ……私は一人じゃない。きっと魔王様が側に居てくれる。だから私は……大丈夫だ。
そして、数ヶ月の時が経った。
否、正確な時間は分からない。日数を数える気力も無かった。
ただ、事実としてこの期間の間に、私の身体には異変が起きていた。
「うっ……ぐっ……苦しい……」
頭が沸騰するように熱い。
もちろん、魔王の肉体が風邪などの病気に侵される訳が無い。
この感覚の正体を私は知っている。魔王の本能、破壊衝動だ。
何でも良いから壊したい、殺したい、そんな考えが脳裏に過る。
「嫌だ……私は誰も何も傷付けたくない!っああっ……うあああああああああ!」
本能に反する意志を抱く度に、反作用のように苦痛の濁流が押し寄せてくる。
この苦痛を、一生耐えなければいけないのだろうか。
魔王様は、私の主人は、こんな苦痛を意志の力だけで抑え込んでいたというのか。
「やっぱり……魔王様は凄い……私なんか到底及ばない程に……」
恐らく、私は魔王の器では無いのだ。
そんな事はとうに分かりきっていた。私は望んで魔王になった訳では無いのだから。
いや……望まずして魔王になった者は私だけじゃない。あの方も、或いは魔王を殺して望まずしてその力を継承した歴代の魔王達も。今の私と同じ気持ちを抱いていたのかもしれない。
この力を、誰かに継承すれば、楽になれる。誰かに殺して貰えれば、楽になれる。
「あぁ……誰か……私を……それがダメなら……私自身で私を……」
その先の言葉を紡ごうとして、私は思い留まる。
あの方は私に生きて欲しいと願ったのだ。自ら命を断つ結末など、あの方は望まない。
「楽になりたい……何でも良い、この衝動を抑えられる物……何か……」
私は立ち上がり、辺りを見渡す。
そして、見付けた。
「魔術回路構築……いやそんな面倒な事はしなくても良い……」
私は一歩踏み込む。眼の前に居るのは、巨大な熊の魔物。私の身長の三倍はあるであろうその巨体に、一息で接近する。
熊の魔物は此方に気が付き、振り向く。私は右手を振りかぶり、そのまま熊目掛けて振り抜く。
「魔物は人類の敵……だから殺しても問題ない……よね……」
「ウオオオオオオオオッ!」
私の拳は熊の身体を突き破り、そのまま貫通する。だが致命傷には至らない。
二発、三発と同じように拳を叩き込む。魔物の腹は穴だらけになり、辺りは血の海になる。
魔物は悲鳴、或いは断末魔のような咆哮を上げる。その声が今は心地良い、とても良い気分だ。
「そうだ……魔物を殺そう、それなら良いよね……私は人類の敵じゃないんだから」
私は拳についた血を振り払うと、再び辺りを見渡し、次の獲物を探す。
見付けた。とても簡単な仕事だ。ここは魔王領、魔物など幾らでも居る。
「……死ね」
私は獲物に接近すると、再びその拳を叩き付ける。
今度は先程よりも小さい兎の魔物だ、一撃で仕留める事が出来た。
暴力行為によって、心が満たされるのを感じる。今まで身体の奥底で眠っていた、力が湧き上がる。
「あはっ……あはははは、楽しい、魔物を狩るのがこんなにも楽しいなんて」
その後も、私は魔物を殺し続けた。
魔物は魔王や魔族に友好的な存在。故に向こうから襲ってくることも、反撃も存在しない。
無抵抗の生き物を、ただ狩るだけだ。こんなにも簡単で、こんなにも満たされる事があるなんて、私は知らなかった。
それからどれほどの時が経っただろう。
数十ヶ月、いや数年だろうか。私に知る術は無かったし、何より興味も無かった。
場所はアドラツェスト王国。魔王領の隣に位置する、当時の世界の大半を支配する大国だ。
その辺境の街にて、大量の魔物による襲撃が起きていた。
「な……なんでこんな辺境の街に魔物の群れが……」
「冒険者も自警団も全滅だと、もうお終いだ!」
辺境の街では、優秀な冒険者も勇者も居なかった。
故に、これほどまでに大量の魔物に対して対抗する手段は無かった。
「ははっ!やはりこんな辺鄙な場所に勇者様は居ないようだな、この街は大魔族であるヴァルフ様が頂いた!」
魔物を従える、金髪の魔族が高らかに笑う。
そして、絶望した人々に、追い打ちを掛けるかのように、何者かの紡ぐ重々しい詠唱が響き渡る。
「魔術全書第七十八章四十五節、召異魔術
魔術回路改竄……略式詠唱展開
――召異魔術……神竜召喚」
辺りが暗闇に飲み込まれる。
何事かと見上げた人々は、言葉を失い、もはや諦観する事しか出来なかった。
街の人々の頭上に現れたのは、巨大な黒い翼竜。
その大きさはもはや現存する生物では形容できない。
最大にして最強の竜が、ゆっくりと羽ばたきながら浮いていた。
「薙ぎ払え、神竜」
「ヒュウゥゥゥゥゥ……」
誰かによる死刑宣告が響き渡る。
それを合図にして、神竜は大きく息を吸い込み、その音は空気を震わせ、大地を揺らす。
そして……終焉の時は訪れる。
「ゴオオオオオオオオオオオオ!」
神竜の口から光線のようなブレスが放たれる。
その光に触れた物は何一つ例外無く、跡形も残らず消え失せた。
神竜は小刻みにブレスを吐き、的確に敵だけを撃ち抜いていく。
そして、ブレスによる轟音が収まった時には……
「なっ……」
――全ての魔物は跡形も無く消し去られていた。
「嘘だろ……あんな化け物を使役してる奴が居るなんて聞いてないぞ!?この街には勇者が居ない筈……」
街には、呆然と立ち尽くす人々と、ヴァルフと名乗る魔族だけが残された。
そのヴァルフは、今起きた事に理解が及ばないとばかりに、困惑した様子で、叫び散らしながら辺りをきょろきょろと見渡す。
「ふぅ……やはり殺戮とは心踊る物だ、我は今……随分と気分が良い」
立ち尽くす人々を掻き分けて、一人の少女がヴァルフへと歩み寄る。
そして、パチンと指を鳴らしたかと思えば、街全体を覆うかのような巨大な神竜は、白い光に包まれ、消え失せた。
「い……今のをやったのはお前か!」
「あぁそうだとも、我の仕業だ」
人々は今になって気が付いた。
街に滞在していた何の変哲も無い少女。
そんな彼女が、今は誰もが恐怖を覚えるような圧倒的な存在感を放っている事実に。
そう、恐怖だ。人々は少女を英雄視する事が出来なかった。その圧倒的な力に対して、恐怖する事しか出来なかったのだ。
それは魔族であるヴォルフも同様のようで、震えた指で少女を指し示しながら、大声で叫ぶ。
「お前……一体何者なんだよ……勇者か!?それとも有名な冒険者か!?」
「違うな、我は勇者ではない、冒険者でもない、今は魔族でもないな」
「なら何なんだよ!折角俺が集めた魔物を全部……一瞬で……殺しやがって……」
「これから殺す相手に名乗る必要があるかは疑問だが、まぁ良い、冥土の土産だ」
少女はふふっ、と小さく笑うと、片手を己の胸に当て、大声で名乗り上げる。
「我が名は魔王クロセル!この世界最強の存在だ!」
「なっ……魔王だと!?」
人々は息を呑んだ。そして、辺りにどよめきが広がる。
当然だろう、彼らは知らずとして魔王を街に泊めていた事になるのだから。
「魔王がどうして人間の味方をするんだよ!」
「勘違いをするな、我は人間の味方ではない、貴様の行動に腹が立ったから、粛清してやったまでだ、それに殺戮は暫く御無沙汰だったしな」
「なっ……わ……分かった、魔王様、俺は魔族です、忠実な貴方の部下です、どんな命令でも聞きますから、助けて下さい」
魔族の男、ヴォルフは、目の前の少女が魔王だと分かると、突然態度を変え、少女の足元に這い寄ると、助けてくれと懇願する。
それに対して少女、魔王クロセルは、ほう……と小さく呟き、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「では命令だ」
「はい!なんでしょう!」
「我の為に、死ね」
そう言い放ちながら、魔王クロセルは片手でヴォルフの頭を掴む。
ヴォルフの目から光が消え失せ、慌てて助けてと叫びながら逃げようとするが、魔王の握力から逃れられる筈もない。
「パァン!」
「キャーーー!」
辺りのあちこちで悲鳴が上がる。
それもそうだろう、ヴォルフの頭は魔王クロセルの手によって握り潰され、まるでスイカのように赤い身を撒き散らしながら、ばらばらになっていた。
そんなスプラッターな現場を目撃した街の人々が取った行動は様々だ。
恐怖から逃げ出す者、神に祈りを乞う者、果敢にも魔王クロセルに武器を向ける者。
「……何故だ?我は貴様らを……」
「この人殺し!悪魔!」
「あぁ……魔王だ……この街は今度こそお終いだ……」
魔王クロセルは、困惑の表情を浮かべる。
彼女がこんな行動に至った理由。それは勿論、破壊衝動を発散する事も一つではある、その事実は否定出来ない。
だが、彼女の心は、この行動理念の根本は、人を助ける為という物に起因する。
彼女は人類の味方ではないが、敵でも無いのだ。
「うっ……」
勇敢な一人の男が、クロセルの胸にナイフを刺す。
こんな攻撃、致命傷どころか痛みすら感じない。
筈なのに……何故か、クロセルの胸は強い痛みに襲われていた。
クロセルは胸元を押さえながら、地面に膝をつく。
「やっ……やったぞ!魔王が苦しんでいる!」
「良いぞ!魔王を殺せ!そして俺達が英雄になるんだ!」
街の人々はクロセルに向けて、石を投げ付けた。鈍器で頭を殴り付けた。刃物で身体を傷付けた。
その度に、クロセルはただ強く胸を押さえ、俯きながら肩を震わせていた。
「うぐっ……何故だ……我はただ……」
俯く彼女のその瞳に、涙が浮かんでいた事など、誰も知らない。
やがて、日が暮れる。
倒れ込んだ私を見て、街の人々は喜び、最初の一撃を加えた男を英雄と崇めていた。
当然、魔王がこんな事で死ぬ筈が無い。そもそも聖なる武器以外で、魔王の身体に有効打を刻む事は出来ない。
だから、私は殺されずに四肢を拘束され、街の中央で晒し者にされていた。
街の人々の言葉では、これから勇者を呼んで聖なる武器で私を殺すと言っていた。
「どうして……こんなにも胸が苦しいんだろう」
悲しい。悔しい。苦しい。
そうだ、私はひたすらに苦しみながら、破壊衝動を抑えて、魔物を殺す事でのみそれを発散しながら生きてきた。
人里に来たのは、人を助ける為だ。魔王が居なくても魔族は魔物を従え、人々を傷付ける。
私はそれを止める為に、人里に来ていたのだ。
事実、その試みは成功したと言える。私のお陰で、この街は救われたのだ。
「そうだよ……私が救ったんだ……なのに……」
人々は私を恐れた。英雄として称えるのではなく、悪魔として蔑んだ。
私が悪い事をしたのだろうか。何かが間違っていたのだろうか。
悲しさと悔しさで、胸が苦しい。締め付けられるように痛む。
私は何の為に、今まで人を傷付けまいとしていたのだろう。
「あんな人達……私が苦しんでまで救う価値のある存在なのかな」
何か、心の奥底でぷっつりと糸が切れる感覚がした。
そうだ、あんな奴らに救う価値など無い。
――人類など、滅んでしまえば良いんだ。
「私の理解者は一人だけ、一人だけでいい……それ以外の存在など必要ない」
パァンと小気味良い音を立てて、拘束具が引きちぎられる。
そして、私はゆっくりと立ち上がると……再び詠唱を始める。
「魔術全書第七十八章四十五節、召異魔術――」
「終わったか」
街は一夜にして消失した。残ったのは、まっさらになった土地と私だけ。
もし今後、誰かがここを通ったとしても、そこに街があったとは思わないだろう。
それほどまでに、完膚なきまでに、徹底的に、私はこの土地を浄化した。
子供も女も例外なく殺した。家屋も墓も躊躇う事なく消し去った。
この地に価値のある物は無かった。だから消し去る事を躊躇う事は無い。
私は、胸に手を当てて、安堵の溜息を吐きながら、一人呟いた。
「もう……苦しくない」
そして、私は幾つもの街を消し去っていった。
気が付けば、魔王クロセルの名は世界中で知られるようになっていた。
各国が対策を講じ、勇者も動き出した。
だが、そんな事は私にとってどうでも良い事だった。
「悪逆非道な魔王め!俺が貴様を成敗してやる!」
「貴様は……祝福の勇者キュリオス、と……」
「やぁルツ、久々ですね」
私は魔王城に居た。理由は単純、此処が最も魔王としての力を発揮できる場所だからだ。
私は私とあの方を除く全ての存在を抹消しようとしていた。その為ならばどんな物も利用する覚悟だった。
そんな事を実行に移していれば、こうなる事は分かっていた。
眼の前には二人の男。黄金の鎧に聖剣を持った、白髪の老人、祝福の勇者キュリオス。そして……
「スカルフ……貴様は魔族なのに我に逆らうのか?」
「勘違いしないでください、僕は勇者を此処まで連れてきただけです、戦いには加わらない、それに僕に命令して戦わせたとしても、大した戦力にはならないですよ」
「そうだな、お前は使えない、それにしても勇者、随分と皺が増えたな、それに仲間はどうしたんだ?」
「あんな奴らはどうでも良い、それに見た目は老いたかもしれないが、俺は祝福の勇者だ……舐めるなよ!」
確かに、私の分析の才能で見る限り、祝福の勇者は未だ全盛期に劣らない戦闘能力を持っていると見える。
だが、最強の魔王である私であれば、負ける要素は一つも見当たらない。
祝福を持つこの男は不滅の存在、この世界を浄化するにあたって最も厄介な存在だ。
「いずれは祝福に対抗する手段を講じねばな……」
「そんな事をしても無駄だよ、祝福は才能、才能を無効化する手段など存在しない」
「それはどうだろう、研究次第では何らかの手段が見付かるかもしれないぞ」
「無駄だと言ってるんだ!何せお前は此処で死ぬのだからな!」
勇者が剣を構える。なるほど、問答無用という事か。それなら私も応えなければならない。
「ふはははは!この広い空間だと君のお得意の召喚魔術は使えないだろう?」
「我は召喚魔術師では無いのだがな」
私は街を最初に消し去った時から、ずっと同じ神竜の召喚魔術を使ってきた。
魔王クロセルは強大な召喚魔術師、と誤認されるのも仕方ないだろう。
「まぁ確かに、あの魔術が気に入ってるのは事実だがな、魔術回路改竄……略式詠唱展開……
――属性魔術 氷剣……連続詠唱……
――属性魔術 海王覇気!」
私は氷の剣を生み出し、強化魔術で身体能力を底上げする。
勿論、黙って詠唱を待っている勇者ではない。私が詠唱を終えた頃には、既に聖剣の切っ先は眼前まで迫っていた。
「くっ……召喚魔術以外の魔術も使うのか!?魔術師の癖に剣を使うなど!」
「魔術は隙が大きい。それに遠距離攻撃は当てるのが難しい。その点近接攻撃は優秀だ、間合いに入れば確実に当てる事が出来る」
氷で出来た剣など簡単に壊れてしまう。だがこれは魔術で作り出した氷。
魔術9の才能に加え魔王としての権能である水魔術の複合だ、単純計算でダイヤモンド並みの硬度を持つ。
強化魔術と言っても色々と種類があるが、私の使うこれは水属性魔術だ。使っている間は、青い光を纏うのが特徴である。
「だが……一撃が重い……まるで老人の攻撃とは思えないな」
「俺は老人じゃない!まだ78歳だ!」
「人間で言えば既に寿命だろう、祝福で生き永らえているのか、憐れだな」
「うるさい!俺は選ばれし大英雄!不滅の祝福の勇者だ!」
魔王が魔族最強ならば、祝福の勇者は人類最強の存在と言える。
私は劣勢だった。魔王の力を最大限発揮出来る魔王城に居ながら、勇者キュリオスに押されていた。
9を超えた才能指数は+で表記される。
才能指数の差は絶対だが、+で表記される数字の差は覆る可能性のある僅かな差だ。
私も勇者も才能指数は9+、故に実力差は僅か。だが、それが確実に勝敗を分ける。
私は、勇者の攻撃を氷の剣で防ぐ事しか出来なかった。
氷剣は不可視の刃である。だがそれが有利に働くのは、攻勢時のみ。劣勢の今は、そのアドバンテージも殆ど働いていない。
「っ……魔術回路改竄……略式詠唱展開……」
この差を埋めるには、ただ戦うだけでは駄目だ。
私には魔術がある。これは口が動く限り何時だろうと使える。いや……無詠唱魔術を使えば口を動かすことすら不要だ。
相手は攻撃に集中している。防御は手薄だ……今なら……
「――属性魔術 水元素集約・爆破!」
水魔術で霧のように周囲に水を生み出し空中で分解。炎魔術で発火させガス爆発を起こす複合魔術。
それを勇者の背後で起こす。距離としては私も巻き込まれるが、構わない。この魔王の肉体は爆発程度ではびくともしないのだから。
「ズバァァァァァン!!!」
「うぐっ……ごほっ……」
爆発で辺りは炎に包まれ、私は爆発の衝撃で後方へと吹き飛ばされる。
祝福があると言えど、勇者も人間の身体である以上、無事ではいられないだろう。
「今の内にトドメを……」
そう思って、立ち上がろうとした、その時であった。
「唸れ聖剣……」
「なっ……嘘……」
勇者は無傷で立っていた。そして、爆発の勢いを物ともせず、私の元へと踏み込み、聖剣を振りかぶる。
そして、大声で叫びながら振り下ろした。
「エックストラカリバー!!!」
「っうああああああっ!」
聖剣から放たれた衝撃波、或いは光線のような何かは、私の身体を大きく切り裂く。
激痛が走る。痛みなど、久々の感覚だ。聖剣による傷は……聖なる力は、魔王である私の身体を侵食していく。
肉体の修復が行われない。致命傷だ。私は……勇者に負けた、殺されたのだ。
「やった……やったぞ!魔王を倒した!俺は魔王を二人も倒したんだ!」
「っ……我は死ぬのか……だがこれで……私も楽に……」
冷たくなっていく身体、感覚が徐々に麻痺し始めた頃。誰かの足音が近付いてくる。
魔族の男、あの方の息子、スカルフだ。その男が、倒れた私に近付き、その身体から溢れる血を手で掬う。
「無様ですね、ルツ」
「スカルフ……貴様……何を……」
「見て分かりませんか?魔王の力があるべき場所に帰る、それだけですよ」
スカルフは私にそう告げると、私の血を口元へと近付け、飲み干した。
その行為に何の意味があるのか。魔王について無知な私でも分かる。
「本来、父上の力を継承するのは僕である筈だった、その力はルツ、貴方の物ではない」
「うん……その通り……この力は私の物じゃない、私は魔王の器ではなかった……」
「まぁ安心して下さい、貴女の事は精々有効活用させて貰いますよ」
ニヤリと笑うと、私の側を離れ、勇者の元へと行った。
これで魔王の力は私からスカルフに継承される。次の魔王が、生まれる。
魔王の力が全身から失せていくのを感じながら、死の直前、刹那の時で、私は再び心を取り戻す。
「あぁ……私はなんであんな事を……」
今まで自分がしてきた事を思い出して、後悔する。
謝っても許される事じゃない。私は人殺しであり、極悪人だ。
「魔王様……ごめんな……さい……」
私は貴方ほど強くなかった。貴方のようには生きられなかった。
貴方の守りたかった、人間を、傷付けてしまった。
その事に後悔だけが残る。思考が徐々に停止していく。死は近い。
暴走していた私の事を、勇者キュリオスが止めてくれたのだ。あの男は私の主人を殺した男ではない。あの方を殺したのは私だ。
そしてそんな悪人である私を裁いてくれた。あれこそが英雄だ、真の大英雄だ。
でも……私のような悪人でも……まだ懲りずにこんな事を思ってしまう。
「皆に嫌われる人生より……私も……勇者みたいな英雄に……誰かに愛される人生を……送りたかった……な……」
私の瞳から一粒の涙が溢れ、同時に私の肉体は消失する。
そこで、死を迎え、身体を失った私の意識は、ぷっつりと途切れた。
その先の記憶は、曖昧だ。
魔王の死体は水晶球になる。それを破壊されない限り、魔王に精神の死は訪れない。
本来であれば、その状態でも肉体のあった頃と同様に、考える事も、記憶する事も出来るらしい。
だが、私は例外であった。殺された直後から、何故か記憶が曖昧なのだ。
それでも分かっている事は、幾つかある。
まず、私が死んだ後、その死体はスカルフ、後の魔王フォーカスによって回収された。
そして聖杖ガンバルミンを依り代に、魔杖クロセルとして生まれ変わった。
魔杖クロセルは、魔王フォーカスの武器としてその力を発揮したが、後にアランの民と呼ばれる一族により、魔杖クロセルは奪われる。
その事を怒った魔王フォーカスは、アランの民を滅ぼす事を決意。だが結果として、アランの民は滅ばなかった。
アランの民は魔杖クロセルを聖域と呼ぶ迷宮に封印。
私の意識がはっきりとしたのは、封印された後からだった。
肉体を失い、精神も闇の中に閉じ込められた私は、暗闇の中で、封印が解かれる時を待ち続けた。
もしご主人が現れなければ、私は永久に封印されたままだったかもしれない。
だから私は、ご主人の事を、ヤマトには、感謝している。
大罪人である私でも、主人の為に力を発揮する事が出来る事が、役に立てる事が、ただひたすらに……嬉しかったんだ。
それは私が元の主人の役に立てなかったから、尚の事。
「というのが、我が魔王になってからの話だ」
「あぁ、なんか……色々と納得した」
「クロセルさんも……今まで大変だったんですね……」
何故か涙を流しながら、アカツキが私の事を抱き締める。嫌ではないが……複雑だ。
出来る事ならば、ヤマトに抱き締めて欲しいのだが。
いやいや、何を考えている私。昔の事を思い出して悲しくなったからってそんな恥ずかしい事を考えるなど。
……いや、そもそもヤマトが私にそんな事をする筈がないか。
やってくれるとしても一緒に寝てくれる程度。それ以上はしてくれない。
従者が主人に何かを求める事自体がおこがましい事は分かっているが、それでも少しくらい労ってくれても良いだろう。
そんな不満を覚えつつ、私はアカツキになすがままにされる。
「俺の事は抱き締めてくれないのか?」
「ヤマトさんの過去も確かに壮絶でしたけど……っていや、私に抱き締めて欲しいんですか?」
「冗談だ、自分で言った通り、そこまで気にしてる訳でもないからな、慰めなど不要だ」
「ふっ、強がりおって……」
「あ?なんだとクロセル」
「本当は我に慰めて欲しい癖に」
「な訳ねぇだろ!それと心を読むなと……」
「おや?我は心を読んだ訳ではないのだが……図星なのか?」
「なっ……てめぇ!」
ヤマトが私の頭に拳骨を飛ばし、弾かれる。まぁ、これで良いのだ。
私とヤマトの距離感は、これで良い。これ以上近付く必要も、遠ざかる必要もない。
言葉にしなくても、行動で示さなくとも、私とヤマトは分かりあえている。そう信じているからだ。
私の守りたい物。大切にする価値のある物は。
――間違いなく、此処にある。




