ヤマト
「以上が報告です、アリエルツフィル近郊の魔物は一掃出来たと考えられます」
「そうか、ご苦労だったね、ただのタダ飯食らいと思っていたが、思いの外使えるようだ」
「なんだとてめぇ」
「おや、褒めたつもりだったのだが」
俺はアカツキと二人で、セン公爵の部屋へ魔物退治の進捗の報告に来ていた。
部屋について特筆すべき点は無い。敢えて似ている部屋を挙げるとすれば、アカツキの執務室だろうか。
ただ、見慣れない骨董らしき調度品や観葉植物、絵画など、機能性よりデザインを重視した部屋である所がアカツキの執務室と違う所だ。
逆に、そういう所だからこそセン公爵の性格が出ているとも言えるが。
「要するに、これ以上の魔物退治は無駄だと言いたい訳だね?」
「いえ、魔物の脅威がゼロになったとは言えないですし……今後も出来る限りは続けるつもりですが……」
「いや、もう良い、君達は十分に働いてくれた、依頼は完遂という事で構わないよ」
「せっかく続けてやるって言ってるのに、何故断るんだ」
「必要無いからだ、私は無駄な事はしない主義でね、全く効果の無い依頼を続けるというのも無駄な事だと言える、だからもう良いと言っているんだ」
「あ?俺達の仕事が無駄だと言いたいのか!?」
「そうだが、何か問題があるかい?」
「な ん だ と?」
「ヤマトさん……気持ちは分かりますが抑えて下さい……」
この貴族男、嫌味しか言えないのだろうか。
今にも殴りかかろうとしていた俺を、既の所でアカツキが抑える。
多分、この場にアカツキが居なければ確実に手を出していた。
仮に手を出したとしても、ディザビリティがある故に、大事には発展しないが、それでも喧嘩沙汰になるのは問題だ。
こいつに嫌われると、俺達の事を匿って貰えなくなる可能性がある。だから機嫌を伺わないといけない立場ではあるのだが……
「あぁくそっ……腹が立つ……」
「怒らせてしまったのなら謝罪しよう、再三言うが君達には感謝しているんだ、その言葉に偽りはない」
「あぁそうかよ……で、魔物退治はもう良いんだな」
「そうだ、辞めて貰って構わない、今日までご苦労だった」
「そうかよ……アカツキ、行くぞ」
「やれやれ……アカツキ君、ヤマト君には少し言葉には気を付けるように言ってくれるかな」
「分かりました、私から言っておきます」
「助かるよ、君は優秀で、聡明だ。もしその気があるならば……私の従者になる気は無いかな?」
「アカツキがお前の従者になんてなる訳無いだろ!」
「考えておきます」
「断れよ!」
尤も、アカツキも本気で考えるつもりは無いらしい。俗に言う社交辞令という奴だ。
そうして、俺はアカツキを連れて、セン公爵の部屋を出る。
「ああいう奴が一番嫌いなんだよ……皇帝と同じ物を感じる」
「あぁ……まぁ分からなくも無いですが」
「大体名前からしてふざけてるだろ……フラッシュとかバトルシップとか、閃光なのか戦艦なのかはっきりしろよ」
「閃光なんじゃないですかね……セン公爵ですし……」
「……」
「なんで黙るんですか!」
「あはは……」
セン公爵の部屋を出た後、俺達は割り振られた部屋の一つで、雑談に興じていた。
メンバーは俺とクロセル、アカツキ、瀬野の三人だ。
要するにクロセルと異世界転生組である。エルとティアは少し離れた所でトランプをしていた。
勇者?別にどうでも良い、あいつの事なんて。
「名前と言えば、瀬野さんの瀬野って名字ですよね、名前はなんて言うんですか?」
「僕?僕は瀬野 充だよ、アカツキさんは?」
「私は水若 暁です」
「え……アカツキって名字じゃなかったのかよ」
「そうですよ、だからヤマトさん私の事ずっと呼び捨てにしてきたんですからね」
「……いや他の奴も呼び捨てだし別に良いだろ」
「それもそうですけど……じゃあヤマトさんのフルネームは何なんですか」
「俺?ヤマトだけど」
「名字ですよ、まさかヤマトが名字だとは言いませんよね?」
「えっいや……だからヤマトだって」
「そんなに言いたくないんですか……?」
「いや、アカツキ、ご主人は嘘を言っていないぞ、ご主人は本当に"ヤマト"なのだ」
「どういう事です?」
「だから……俺には姓が無いんだよ、名前が無いから自分で付けた、孤児だからな」
アカツキが驚いたように目を丸くする。大した事では無いんだが。
「ごめんなさい、嫌な事を聞いてしまって……」
「あっいや別に良いんだぞ?親なんて顔も名前も知らないし、孤児である事を指摘されてショックを受けるようなガキでもねぇし」
「ふむ、我は少し気になるな、ご主人の昔話」
「瀬野は知ってるだろうし、アカツキには前に言っただろ」
「それより前の話ですよ、嫌なら話さなくても良いですけど」
「聞いても面白くないと思うがな」
「ご主人の話なら何でも面白いから早く話してみるが良い」
「プレッシャーになるから期待に満ちた視線を送るのはやめろ!」
思い出す事が嫌な訳ではない。それは確かに決して良い思い出とは言えないが、俺なんかよりずっと苦しい人生を送ってる人間なんて嫌ほど居る。そう思えば、俺の抱えていた悩みなどとてもちっぽけな物に感じるのだ。
「分かった……俺が孤児ってのは言ったな」
「そうですね」
「身寄りの無い俺は、他の孤児と同じように施設に入れられた、決して快適とは言えなかったが、生きていく上で不自由はしなかったよ」
あの頃は、最低限の衣食住は確保されていた。
あれも、一種の幸せの形だったのかもしれない。もしあのまま施設で暮らしていたら、どんな未来が待っていたのだろう。
いや、考えても無駄な事だ。人生にIFは無いのだ。
「13歳の時、俺はある傷害事件を起こした、そして施設から追い出されたんだ」
「傷害事件……ですか」
「要するにご主人がいつものように無辜の人間に喧嘩を売ったのだろう?それで追い出された訳か」
「いや、それは違います」
瀬野が珍しく、はっきりとした口調でそう告げる。
「ヤマトは僕を守ってくれたんです、高校生の不良達に絡まれて、殺されかけていた僕を……守る為に拳を振り上げた」
「あぁ、まぁそうとも言える、それが俺と瀬野の出会いだ」
「そうか、流石はご主人だな!我はそうだと思っていたぞ!」
「掌返しやがって……」
「その時のヤマトは本当に格好良かったんですよ!自分より背の高い男達を一人でボコボコにやっつけて、返り討ちにしたんですから」
「違う、あれはお前が弱すぎただけだ、あんな雑魚に虐められるとか、弱すぎだろ」
「そんな事無いよ……僕だってちゃんと鍛えてたし……」
「あれで鍛えてたと言うなら全人類が鍛えてる事になるぞ……」
小さな頃から大人しい子とは言えなかった。喧嘩っ早いし、暴力で物事を解決する事はしょっちゅうあった。
それは決して英雄の所業ではなく、酷く利己的な物。
瀬野を助けたのも、瀬野を虐めていた奴らに腹が立ったから。それだけの理由だ。
だから俺は、瀬野が憧れるような良く出来た人間ではない。根っからの悪人なのだ。
「その後、施設を追い出された俺は13歳にして路頭に迷う事になった。その先は悪の道だ、生きる為の物も、金も、人から奪った。次第に俺は力をつけ、仲間を従えるまでになった。あの頃はただ生きるのに必死だったからな、気が付けば俺は霧雨組の頭になっていた」
「それは……大変でしたね……」
「生きる為に奪う、それは至極当然の事だろう?世界は弱肉強食、強い者が弱い者から奪うことは自然の摂理とも言える」
「だとしても俺の悪事が正当化される訳じゃない、仕方なかったという理由で、いや……どんな理由であれ、人を殺していい事にはならないだろ」
「ヤマトさんは人を殺した事が……?」
「ある、幻滅したか?」
「いえ……それでも私は、ヤマトさんの行為が純粋な悪だとは断言できません、仕方がなかった……と思います」
「そうか、そう思うのは勝手だが……」
瀬野もアカツキも、何故俺なんかの事を庇うのだろう。
あれは……恐らく。仲間が悪人だという事を認めたくないだけだ。
悪人の仲間という肩書を恐れて、俺の事を正当化しているに過ぎない。
利己的な理由だ。本当の意味で俺を庇う奴など……居る筈がない。
「その後は知っての通りだ、ヘマをして瀬野と一緒に異世界転生、クロセルを拾って奪われて、アカツキに助けられて……」
「えっ……僕との旅は?」
「あ?何の事だ?」
「前から思ってたんだけど……ヤマト、もしかして僕との旅の事……もごっ」
瀬野が何か言おうとした瞬間、後ろから手が伸びてきて、その口が塞がれる。
もごもごと喋ろうとする瀬野、その顔の横に、ひょっこりとエルが顔を出す。
「瀬野さん借りてもいいかな?」
「何に使うのか知らないけど……良いぞ」
「もごもごっ……」
「ありがとう、じゃあ私は失礼するね」
エルはそのまま瀬野を引き摺って何処かへと消えていく。
なんだろう、突然現れて突然去っていった。そう言えばティアは良いのか?
「瀬野さん何か言おうとしてませんでした?」
「あいつの事だから大した事じゃないだろ」
「そんな雑な扱いで良いんですかね……」
「良いんだよ、さて……俺に過去を話させたんだからお前も話してくれるよなぁ……クロセル」
「なんで我なのだ!?その流れだとアカツキではないのか!?」
「いや、アカツキの過去とか興味ないし……」
「少しくらい興味持ってください!」
「なんでキレられてんの?」
「だが我の話も……前にご主人にしたと思うが……」
「魔族だった頃の話だろ、魔王になった以降の話は聞いてない」
「うぐっ……確かにそうだな……」
今まで何度も話す機会はあった筈だ。
なのにクロセルは、この話題を意図的に避けていた。
つまり……多分黒歴史なのだろう。魔王になると人格が変わるらしいし。
「我の魔王時代か……聞いてもあまり面白くないと思うが」
「さっき俺が同じ事を言った時にお前はなんて返した?」
「……ご主人の話なら何でも面白い……」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
俺はニヤリと口角を上げる。
困った様子のクロセルが可愛らしくてつい意地悪をしたくなる。
俺のささやかな意趣返しに折れたようで、クロセルは大きく溜息を吐くと、辺りを見渡し、俺とアカツキ以外に人が聞いてないのを確認しながら、ゆっくりと話し始めた。
「――我の魔王時代は……」




