エスク
「聖剣……納刀……またつまらない物を斬ってしまったよ」
「片付いたか、クロセル、残存している敵は何体だ」
「今探知魔法を使った所だ、これで周囲5km圏内の魔物の反応は一つ残らず消失した」
「なら今日の所は任務完了だな」
勇者が聖剣を納刀すると同時に、彼を取り囲んでいた狼のような魔物が一斉に血を吹き出して倒れる。
その後方には、魔術を発動させるクロセルの姿が。俺達はアリエルツフィル南の郊外に来ていた。
アリエルツフィルの周囲に蔓延っている魔物を毎日少しずつ掃討して、今日で約一週間。セン公爵の依頼は八割程度完遂できたと言って良いだろう。
「ヤマト君、魔物の死体はどうする?」
「肉は毒を含んでるから捨てていい、狼の魔物か……一応、毛皮だけ剥いどけ」
俺は用意していた皮剥ぎナイフを取り出し、勇者に向けて投げ付ける。
勇者の顔面に命中。ディザビリティにより弾かれて、バウンドする。
「よっ……と、刃物を投げたら危ないじゃないか」
「どうせ当たんないんだから別に良いだろ」
因みに、今この場にいるのは勇者と俺とクロセルの三人だけ。
大人数で動くのは何かと目立つ上に、戦力過多だ。セン公爵の依頼をこなすのに最低限のメンバーだけ連れてきた形になる。
「まぁクロセルや勇者レベルになると、一人だけでも戦力過多なんだけどな……」
「うむ、そうだな。我も探知魔法で魔物を探すだけ、戦闘は勇者一人で事足りてしまう」
「祝福が無くても僕は強い!いやーやっぱり僕って最強なのかなぁ……」
「ウザい、一回殺しとくか?」
「ごめんやっぱ冗談!祝福無いから!普通に死ぬから!ね!?」
俺が軽く手を挙げると、勇者は首をぶんぶんと振りながらホールドアップする。
そんな勇者に対して呆れたように溜息を吐きながら、冷たい視線を送りつつ、俺は勇者の剥いだ魔物の毛皮を回収する。
「冗談だよ、さっさと帰るぞ」
「そっか……ふぅ……良かった……」
「俺がディザビリティ持ちだって事分かってる癖に何動揺してるんだよ」
「いや……ヤマト君なら傷害のディザビリティを持ってても何らかの抜け穴を利用して殺してくる可能性も十分考えられるし……」
「まぁ……出来そうな話ではあるよな、直接的な傷害行為が禁じられているだけで、間接的な傷害行為は通る事が証明されている」
確かに、勇者の言う通り。少し頭を使えば何とかなりそうな物だ。
まぁ、本気で勇者を殺すつもりは無いから、不要な心配だが。少なくとも今は。
そういう訳で、俺達三人はセン公爵の屋敷へ帰る為に、アリエルツフィルの街中を歩いていた。
その途中、ふと疑問が湧いてきたので、クロセルに尋ねてみる。
「この一週間で掃討した魔物って結構な数だろ?俺達が来る前はどうしてたんだ?あれだけ居るなら既にアリエルツフィルに被害が出ててもおかしくはない気がするが」
「あぁ、ご主人には分からないか。アリエルツフィルには全域に結界魔術が掛けられている、魔術の才能を持つ者で無ければ気付け無い程度に微弱な物だがな」
「結界魔術か……それなら確かに魔物が侵攻してこないのも納得だが……人間や魔族には影響は無いのか?」
「認識阻害の結界魔術だからな、知性を持つ者には殆ど効かないが、知性を持たない魔物相手ならば、アリエルツフィルが人の住む都市である事を隠蔽する事が可能だ」
「なるほど、良く分からないが凄いな、アリエルツフィル全域って言うと結構な大規模魔術じゃないか?」
「規模は大きいが結界自体は微弱な物だからな、消費魔力は才能指数5以上の魔術師であれば事足りる程度の物だ」
「つまりその結界魔術を貼ってる奴は才能指数5以上の魔術師って事か、誰なんだろうな」
「そんなの決まってるだろう、セン公爵だぞ」
「えっ……あいつ?魔術師なのか?」
「セン公爵は才能指数6の結界魔術師だ、公国の広域が滅ぼされたにも関わらず、アリエルツフィルが未だ無事な理由も納得出来るな」
セン公爵が結界魔術師である。確かに、言われてみれば納得出来る話ではある。
公国が魔王軍による襲撃を受けた時も、認識阻害の結界でアリエルツフィルを守っていたのかもしれない。
それを知っていたからこそ、ボルトもアリエルツフィルが健在だと考え、セン公爵を頼ろうと考えたのだろう。
そんな風に話している間に、俺達はセン公爵の屋敷へと帰ってくる。
石像のように微動だにしない門番の男の横を通り、屋敷の玄関を跨ぐと、そこには桃色の髪の少女、エスクが立っていた。
「おかえりなさいませ、ヤマト様、クロセル様、ニコラス様」
「ただいま、エスク」
俺達に向き直り、丁寧にお辞儀をするエスクに、俺は軽く手を振って応える。
わざわざ出迎える為に待っててくれたのだろうか。
そう言えば、こんな疑問もある。この一週間、屋敷で生活してきたが、使用人らしき人物は彼女しか見ない。
掃除も炊事も洗濯も彼女一人がこなしている。セン公爵の家族らしき人物も居ない為、門番の男を含めこの屋敷には本来三人の人間しか住んでいないと推測できる。
「おかえりなさい、ヤマト様」
「あ……エルか」
屋敷の廊下からもう一人のメイドさん。エルが現れる。
彼女は俺達を待っていたのではなく、偶然通りかかっただけのようだ。
「エル、屋敷の家事も人が増えて大変だろうからエスクを手伝ってやったらどうだ?」
「あはは……私もそう思って手伝うって言ったんだけどね……断られちゃった」
「お気持ちは感謝致します、ですが屋敷の事は私一人で十分ですので」
エスクは俺達の会話に一言だけそう挟み、一礼すると、そのまま何処かへと消えていく。
「幽霊みたいな子だよな」
「同感だよ、あの子、気配を殺すのが上手いね、暗殺者としてもやっていけそうだよ」
「彼女、隠蔽の才能持ちだな、我の分析の才能で才能と才能指数が測れない」
「なるほどな……道理で神出鬼没だと思った」
あのエスクという少女、俺達の身の回りの世話も手伝ってくれるのだが、呼んでも居ないのに気が付いたら居るイメージだ。その事から"幽霊"と称したが、案外的を射た表現なのかもしれない。
「ただ、戦闘系の才能は持っていないと思うぞ」
「なんでそう思うんだ?」
「筋肉の付き方だ、彼女は戦闘をする人間の筋肉の付き方はしていない、故に戦闘経験は皆無だろう」
「なるほど、そういう所から分析して才能を推測する事は出来るって訳か」
「うむ、本来はこういう測り方が正しい分析の才能の使い方なのだがな」
なるほど、と呟きながら俺は一人頷いた。
そして、肩に背負っていた魔物の毛皮を、エルに渡す。
「じゃあエル、これをアカツキに持っていってくれ」
「うん、分かった」
魔物から手に入れた戦利品の売却はアカツキに頼んでいる。
彼女が、俺達のメンバーの中で最も交渉事に長けているからなのは言うまでもない。
毛皮の山を運んでいくエルを見送ると、俺は自分の部屋の方へと歩いていく。
「じゃあ僕はこれで」
「おう、ご苦労だったな」
廊下の分かれ道で勇者と別れる。
こうして俺とクロセルは二人っきりになった。
それ自体はいつも通りの事であるのだが……部屋の方へと歩いていく途中、俺は違和感に気が付く。
「……なんか聞こえないか?」
「うむ、我にも聞こえるぞ、これは……」
「悲鳴だ!チッ……面倒事に首を突っ込みたくはないが、この街を守るとあの貴族男に約束しちまったからな……行くぞ、クロセル!」
俺は廊下をくるりとUターンすると、再び屋敷の玄関へと走り出す。それに追従するようにしてクロセルも走る。
玄関を飛び出て、辺りを見渡す。騒ぎの方向は北西。悲鳴が届く程度の距離だ。そこまで遠くはない。
ただひたすらに騒ぎの起きている方向に走る。何かから逃げるように俺達の横を通り過ぎていく、人々の流れを逆走していく。
そして200mほど走った辺りで、俺達は騒ぎの原因と思われる物を発見した。
「あれか……どうして魔物が街の中に……」
「ご主人、あれは変異種だ。殺人の才能を持った魔物、人を殺す為だけに存在する魔物。だから認識阻害の結界を無視して街に入ってきたのだろう」
「セン公爵の結界も万能じゃないって訳か」
視界の先に居たのは、翼の生えた中型の竜。イメージとしてはプテラノドンが近いだろうか。
クロセルが変異種と称したその魔物は、地面に転がった人の死体らしき血肉の塊を貪り食っている。
迅速かつ早急に行動を起こした物の、残念ながら完全には間に合わなかったらしい。既に犠牲者が出てしまっている。
「これ以上被害が出る前に殺すぞ、クロセル、やれるか」
「我に任せておけ」
死体を喰う事に夢中の変異種に対して、クロセルが片手を翳す。
そして、一言、二言と短い詠唱を唱えると、その手から水の弾丸が無数に放たれ始めた。
弾丸の雨は翼竜の全身を捉え、蜂の巣にする。
……筈だったのだが。
「おいクロセル、効いてないぞ!?」
「殺人の才能に加え、対魔力の才能だと……くっ、想定外だった」
クロセルの放った水の弾丸は、変異種の身体に触れると同時に跡形も無く消失する。
これが対魔力の才能。恐らく勇者の鎧やラオンの黒衣が持つ能力と同じ物だろう。魔術による直接的な攻撃が効かない。魔術師であるクロセルにとっては致命的な問題だ。
「どうする?今からでも勇者を呼んでくるか?」
「案ずるな……魔術で作り出した物質で物理攻撃をするのなら攻撃が通る」
「あぁ、いつもの氷の剣と肉体強化の魔術だな、確かにあれなら……」
「魔術回路改竄……略式詠唱展開……」
クロセルが詠唱を始める。それと同時に、変異種が此方へと視線を向けたかと思えば、翼を広げ、飛び上がる。
「おい!飛んだぞクロセル」
「そうか……翼竜だから飛行するのは当然だな、少し待て……風魔術で空を飛べば……」
「詠唱間に合うのか!?来るぞ!?」
「うるさい黙っておれ!集中出来んだろう!」
俺達がギャーギャーと喚いてる間に、変異種は上空へと飛び上がり、真っ直ぐと滑空を始める。
目標は当然、俺達。あの変異種の攻撃が直撃すれば、ただでは済まないだろう。
クロセルは手に氷の剣を持つ。だがこれに加えて強化魔術、飛行魔術と二種類の魔術が必要だ。恐らくだが……間に合わない。
「くっ……こうなったら解除を使うしか……」
そう覚悟した時の事だった。
「ヒュッ――」
何かが風を切る音。物体の飛翔音。
それが第三者による攻撃であると認識すると同時に、その飛翔物体は着弾する。
「パァン!」
「キィィィィィ……」
変異種の頭部から血が吹き出たかと思えば、そのままぐらりと姿勢を崩し、地面へと墜ちる。
「今のは……誰だ?」
「ご主人がやったのではないのか?」
「俺じゃない、って事はお前でも無いんだな?」
俺とクロセルは、困惑した様子でその場に立ち尽くす。
今のは確実に第三者による射撃だ。それも魔法ではない。
この街に冒険者は居ないし、俺達の仲間にも魔術を使わずに遠距離攻撃が出来る者は居ない。
いや、瀬野が拳銃を持っていたか。だが拳銃の射程距離の中に、瀬野の姿は無い。
「一体誰だ……?」
「分からんな、今のは我の探知能力の外部から放たれた攻撃だ」
「って事は狙撃?しかも動きながら飛んでいる物体に対してあんな正確に……」
「まぁ助かったから良しとしよう」
「あぁ……そうだな」
変異種が倒れたのを確認すると、辺りから人が集まってくる。
大方、騒ぎを聞き付けた野次馬と警察組織だろう。
俺は、最後に血溜まりに近付き、転がっている人であった物を確認する。
……既に死んでいる。辺りを見渡すが他に怪我人も居ないようだ、回復魔術は不要だろう。
「さて、俺達はさっさと退散するか、今回は何もしてないしな」
「うむ、そうだな」
クロセルの手から氷の剣が蒸発するようにして消失する。
そうして人混みを避けるようにして、俺達は現場から姿を消した。
「3、2、1……発射……」
セン公爵の屋敷。三階に位置するテラス。
そこには、白い椅子に座りながら、優雅に茶を飲むフラッシュ・バトゥシップ・センの姿があった。
そして、テラスの塀に身を乗り出す、もう一人の人間。
その人間は、手に装飾過多な長銃を持ち、遥か彼方を見据えながら、数を数え、やがて引き金を引いた。
「命中しました」
「ご苦労様、結界内に侵入した外敵は以上だよ」
「そのようですね、では任務完了です」
「相変わらず"千里眼"の才能は恐ろしいね、エスク」
「お褒めの言葉、恐悦至極に存じます」
メイド服を着た薄桃色の髪の少女、エスク。
そんな彼女の手には、可憐な容姿には似合わない長銃が握られており、その銃口からは僅かに煙が立ち上る。
彼女の瞳は赤く光っていた。文字通り、その瞳で人間の視力では到底視ることの出来ない長距離を見渡せる能力。それが彼女の持つ千里眼の才能だ。
「これも全て、ご主人様の下さったこの聖銃と結界魔術のお陰です」
「聖銃ファイナルノート、弾が要らず、無限の射程を持つ狙撃銃であり、セン家に代々伝わる秘宝だ。だが今までのセン家にはそれを扱える人間が居なかった、そう……君を除いてね」
「ご主人様に巡り会えた事、それが私の人生において最も幸福な出来事です」
エスクは銃を机の上に置くと、主人の座る椅子に近付く。
セン公爵は、そんなエスクを抱き寄せると、そのまま顔を近付け、口吻を交わした。
「っゅ……ご主人様……」
「優秀な従者には褒美をやらねばなるまい」
「ぁっ……んっ……ありがたき幸せ……」
その後もセン公爵とエスクは、何度も濃厚な口吻を交わす。
今までアリエルツフィルが無事だった理由。それは結界魔術師センと狙撃手エスクの二人の尽力が全てであると言っても過言では無いだろう。
この二人が、アステカス公国都市アリエルツフィルを守ってきたのだ。
だがそれを知る者は居ない。街の人にも、誰にも感謝される事無く、ただ役目を果たし続ける。
それがこの地を治めるセン家に与えられた役割であるから。理由はそれだけではない。
セン公爵は、この地を愛しているのだ。心の底から。
だからそれを守るのは決して義務感から来る物では無い。
守りたい物だから、大切な物だから、その身を削ってでも守るのだ。
「今私が守りたい物は……それだけではないがね」
「……?ご主人様?」
「いや、何でも無いよ」
セン公爵は抱き寄せていたエスクを解放し、再びティーカップを手に取ると、それを口元に運びながら、何処か遠くを見つめる。
「アイシィ、お前の守りたかった物、全てではないが……私が守っている、だから安心して眠ると良い」
「……」
そよ風が吹いて、優しく辺りの木々を揺らす。
セン公爵は、このテラスから見る、街の姿が好きであった。
エスクの千里眼とまではいかないが、ここからでも街の様子は一望出来る。
「さて、では仕事に戻るとしようか」
「承知しました、片付けはお任せ下さい」
「頼んだよ」
セン公爵はティーカップに注がれた液体を飲み干すと、そのまま立ち上がり、テラスから去っていった。
残されたエスクは、机の上のティーセットを片付ける。
こうして、またセン公爵の屋敷には、変わりのない日常が訪れた。




