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アリエルツフィル

「ご主人、目を覚ませ」


「……あ?もう朝か……ずっと馬車の中に居ると時間間隔が狂ってくるな……」


 クロセルに起こされ、俺は軽く身体を起こす。

 そして、ふと違和感に気が付く。どうも周りが静かだ。まだみんな寝ているのだろうか。


「っておい……みんな何処行ったんだ?」


 辺りを見渡すと、そこに座っていた筈の仲間達が居ない。

 ついでに馬車も揺れていない……つまり停車中という事になる。


「皆は既に馬車を降りてるぞ」


「ってことはまさか?」


「うむ、着いたぞ、アリエルツフィルにな」




 俺は馬車を降りると、大きく深呼吸をする。

 降り立った場所は森に囲まれた一つの街。その入口付近に馬車を止めている。


「ふぅ……空気が美味いな」


「砂漠の砂塵の匂いに対して森の緑の香りは良いですよね、私も好きです」


 枯れ果てた砂漠地帯である教国で暮らしていると、こうした緑の香りが恋しくなる。

 街の中を軽く見渡してみる、家屋が立ち並び、人の往来もある。基本的には王国の建築様式と同じだろう。

 最初の村、タルフに近い感じだ。強いて言えば、あれよりも街の規模としては大きいか。


「それじゃあ皆さん揃ったようですし、行きましょうか」


「ん……何処に行くんだよ」


「ヤマトさん……ボルトさんの話聞いてました?」


「何か言ってたか……?」


 覚えているような気がするが、何しろ寝起きの頭だ。まだ思考に靄がかかっている。


「仕方ないな、ご主人。アリエルツフィルを治める貴族、セン公に会いに行くんだぞ」


「あぁ、そう言えばそうだったな……そいつに匿って貰うんだった……」


 欠けていた情報が脳に供給されると同時に、思考が整理される。

 そして、目覚まし代わりに頬をパチンと一叩き……しようとしてディザビリティにより弾かれる。


「よし、目が覚めた」


「なんか弾かれてるけど……」


「気にするな」


 瀬野の冷静なツッコミを軽く受け流しながら、俺は街の入口の方へと歩き出す。

 それに続くようにして、仲間達も付いて来る。

 が、直ぐに俺は立ち止まり、呟いた。


「……セン公の住んでる場所って何処だ?」


「えっ……自信満々に歩き出したから知ってるのかと思ったよ」


「よし、じゃあまずは聞き込みからだね、僕に任せてくれ」


 何故か勇者が張り切りだす。交渉事はアカツキの担当って相場が決まっているのだが……まぁ良いか。

 勇者は辺りをきょろきょろと見渡すと、適当に人を見繕い、その場に走っていく。

 そして暫く街の人と話していたかと思えば、嬉しそうな顔をして戻ってきた。


「セン公爵の屋敷の場所を聞いてきたよ!」


「おう、ご苦労だったな」


「では勇者よ、案内を任せるぞ」


「うん、任せてくれ」


 クロセルにそう命令されると、勇者は先導して道案内を始める。

 なんか生意気でウザいな。一発ぶん殴っときたい所だが、ディザビリティがあるからやっても虚しくなるだけだ。我慢しよう。

 街を歩いていると、街の人から奇異の視線を向けられる。

 余所から来た謎の集団が街の中を堂々と闊歩しているのだ、不審がられるのは当然だろう。


「という訳で、此処がセン公爵の屋敷だよ」


 暫く歩き、俺達は巨大な屋敷の前に立つ。

 俺は王城やヴァルハラ砦、上層と……各国の最上級の建築物を見ているから、それに比べれば小さいと思わずにいられないが、それでも立派な屋敷だ。

 寧ろ、一端の貴族の住まいにしては、大きすぎると言っても良いだろう。


「よし、じゃあ入るか」


 俺はそう呟き、屋敷の門を通って敷地内へと入ろうとする。

 が、門の陰に隠れていた門番らしき男に肩を掴まれる。


「おい何すんだよ」


「不審人物を屋敷の敷地内へ入れる訳にはいかない」


「あ?何だと?」


 俺は無作法な男を睨み付ける。

 声を掛けるならまだしも、掴みかかってくるというのは明らかな敵対行為だ。喧嘩に発展する事を覚悟してやったに違いない。

 そんな風に考え、俺は腰に携えた鉄棒を抜こうとした時、何者かに背中を引っ掴まれ、屋敷の敷地外へと引き戻される。


「おいアカツキ、何しやがる、こいつが先に手を出してきたんだぞ」


「全く……無作法なのはご主人の方だぞ」


「そうですよ、私達は余所者なんです、アポイントも取ってないんですから無断で屋敷の敷地内に侵入したら不法侵入です」


「だからこいつがやった事は正当な行為だと言いたいのか?」


「そうです、違いますか?」


「違わねぇよ……くそっ……」


 俺はアカツキにぐいっと引っ張られ、集団の後ろの方に追いやられる。

 そして、アカツキは門番の男の元へ歩いていき、話を始めた。


「喧嘩っ早いのはご主人の悪い所だな」


「クロセル、お前は人の事言えねぇだろ」


「ふむ?そうか?我は比較的穏健派だと思うが」


「魔王の名を使って人を脅したり巨大な竜呼び出して人を脅したりしてた癖に何言ってんだ」


「あ……あれは久々に世界を見たから少し興奮していたのだ、我は長らく封印されていたからな」


「そうか、じゃあそういう事にしといてやるよ」


 クロセルと話している間に、アカツキの交渉が終わったらしい。

 俺は戻ってきたアカツキに声を掛ける。


「紹介状を見せたのか?」


「はい、ボルト・ドラゴファースト直筆のサインもありましたから、偽物だとは疑われませんでした、幸いですね」


「いや……本当に偉い奴なんだな、ボルトの奴」


 公国に多数存在する貴族達を束ねる公主。その弟。

 アイシィ・ドラゴファーストが没した今、彼こそが正当な公国の後継者である。

 そんな人物の紹介状ともなれば、公国に属する貴族である以上、無視できる物では無いのだろう。


「ん……誰か来たぞ」


「屋敷の使用人のようですね」


 此方に一人の使用人らしき少女が歩いてくる。

 使用人、と断定した理由は、言わずもがなその身に纏うメイド服だ。よく見ると、エルの物とは少し……いやだいぶ違っている。

 俺は詳しくないから良く分からないが、エルの物がヴィクトリアン式メイド服なのに対し、これは俗に言うフレンチ式メイド服という奴だろう。

 機能性よりデザインを重視した服、とでも言えば分かりやすいだろうか。

 過多なフリルなどの装飾に、短い丈のスカート、ガーターベルトとニーソックス。

 この手の服飾は足が長く見える効果がある為に、背の小さい女性に好まれる。

 或いは、単に彼女の主人の趣味の可能性もあるが、厚底の靴を履いている辺り、身長を気にした上でこの格好をしている事は間違いないだろう。

 繰り返す、俺は詳しくないから良く分からないが……誰が見ても分かる通り、フレンチ式メイド服という物は比較的露出が多い。

 フレンチ式、の語源からして、男性の劣情を煽る事を目的として作られているから当然とも言えるのだが、それでも惹かれる物があるのは事実だ。


「……良いな、エルにも着せたい」


「ご主人、何を見惚れている」


「あ?見惚れてないが?」


 クロセルが冷たい視線を送ってくる。やめろ、そんな目で俺を見るな。

 煩悩を振り払い、改めて使用人の少女と対峙する、身長を高く錯覚させる服を着ていても分かるぐらいに、とても小さい子だ。

 ティアと同じくらいか、それよりも若いかもしれない。

 そして、特筆すべきは薄桃色の長い髪の毛。クロセルのような純白では無い。白を基調とした色合いに、仄かに紅色を帯びている。


「ご案内にあがりました、ヤマト様」


「……あ?なんで俺なんだ?」


「申し訳ありません……紹介状に名前があったのがヤマト様だけでしたので、そのお仲間の方も含めて、ご主人様がお待ちしています」


「あぁ……なるほどな」


 あの短時間で要件だけを書くとすれば、全員の名前など書いていられないだろう。代表者である俺の名前だけを書いたのも納得できる話だ。


「ご主人はああいう服が好みなのか……だが我の服も似たような物だろう……何が違うというのだ……」


「あ?クロセル……お前は分かっていない」


「な……何をだ?」


「ゴシック・アンド・ロリータとフレンチ式メイド服は別物だ、どちらもファッションとして明確な違いがあり、歴史があり、そしてそのどちらにも良さがある、似ているからと言って一括りにするのは断じてありえない、ナンセンスだ」


「そ……そうか……良く分からないが……」


「要するに、お前の服装は今のままでも十分に魅力的って事だよ」


 少し熱くなってやや強い口調になってしまった。

 クロセルが目を逸らす。まずい、怒らせてしまっただろうか。


「ヤマトさん……何熱くなってるんですか、というか何で女性のファッションに造詣が深いんですか……」


「熱くなってねぇし詳しくなんてねぇよ……無知な俺だが、違いは分かる、それだけの話だ」


「はぁ……そうですか……」


「あの……ご案内をしても宜しいでしょうか?」


 アカツキが呆れたように溜息を吐く中、使用人の少女が困ったような顔をして問い掛けてくる。


「あぁ、そうだった、悪いな、案内してくれ」


 俺が謝罪の言葉を口にすると、少女は一つ頷いて、そのまま先導するようにして屋敷へ入っていく。

 俺達はその背に付いて行くようにして、セン公爵の屋敷に足を踏み入れた。




「それにしても広いな……」


「そうですか?」


「いや……玄関から応接室まで五分も歩くとか広すぎるだろ」


「そうなんですかね……私は王城で生活していたので感覚が麻痺しているのかもしれません」


「我も魔王城で生活していたから狭く感じるな」


「いやこの屋敷の人間の前で狭いとか言うなよ……」


 俺は使用人の少女を一瞥する。

 しかし、クロセルの発言を気にした様子もなく、「此処でお待ち下さい」と一言だけ残して、応接室に入っていった。

 そして、数十秒経った頃だろうか。中から声が響く。


「入りたまえ、ご客人」


 はっきりとしていて、よく通る声だ。

 その声に導かれるようにして、俺は扉を開く。

 中には、一人の男性が肘掛け椅子に座っていた。

 肩まで伸びた長い金髪に、すらりとした長身の男性。

 服装はボルトの着ていた物に似ている。デザインとしては王国の重臣達が着ていた中世ヨーロッパで見られるような貴族服ではなく、18世紀のフランス貴族が着ていたような俗に言うロココ様式の服飾が近いだろうか。

 アビ・ア・ラ・フランセーズと言えば聞き覚えがあるかと思う。赤いアビのようなジャケットを基調とし、ウエストコートには細部に薔薇のような花の刺繍が施されている。

 そんな男が、椅子に背を預けた姿勢で、此方をじっと見つめている。


「君がドラゴファーストの紹介した……ヤマト君で間違いないね?」


「あぁ、その通りだ、お前がセン公爵で間違いないな?」


「ほう、私を前にしてそんな口が利けるとは、教育が行き届いていないのか、まぁいい、私は寛大だからね」


 男はふっと笑うと、椅子から立ち上がり、胸元に手を当ててお辞儀をしながら、自己紹介をする。


「私がアリエルツフィル領主、フラッシュ・バトゥシップ・セン公爵だ、公国の三大公爵家の一角と言えば無知な君達でも私の立場が分かるだろうか」


「アカツキ、三大公爵家ってのは?」


「私も言われて今思い出しました……ヤマトさん、貴族には爵位があるのはご存知ですよね」


「あぁ……伯爵とか男爵とか……そういう奴だろ?」


「はい、そして公爵は一番上の位に値します、ドラゴファースト家も公主であると同時にドラゴファースト公爵と言うことになります」


「要するに、こいつは公主と同レベルに偉いと?」


「三大公爵家とはこの公国を治める三つの公爵家です、ドラゴファースト家、シェル家、そしてセン家です」


 セン公爵はアカツキの話を目を閉じたままじっと聞き、ふふっと小さく笑うと、再び椅子に腰掛けてパチパチと手を叩く。


「これぐらいは基礎知識だが、どうやら君の従者は君に比べて中々に聡明なようだ」


「くっ……俺が無知なのは認めるが、アカツキは俺の従者じゃない、仲間だ」


「ふむ、そうか……彼女達は君の従者ではなく仲間だと」


「我はご主人の従者だ、他は仲間だな」


「あぁ、そうだ」


「まぁ良い、些末な事だ、取り敢えず座りたまえ、あぁ……立ったまま話すのが好きだというのなら構わないがね」


 一々嫌味な男だ。あまり好きな人種ではない。

 俺達は促されるまま、ソファに腰掛ける。

 それと同時に、俺達が入ってきた扉とは別の扉から、先程の使用人の少女が現れ、机の上にティーセットを広げていく。

 速やかかつ丁寧に俺達に茶を入れる仕草は、何とも洗練された動きだ、長い事この仕事をしているのか、或いは才能の賜物か、どちらにしろメイドとしての力量はエルよりも高いように思える。


「ヤマト様……そんなにあの子が気になるの?」


「ちげぇよ……目のやり場が無いから見てただけだ」


 エルの指摘に、突っ撥ねるように言い返しながら、茶を口に含む。


「緑茶……?」


「……に良く似たお茶ですね、少しだけ懐かしいです」


 後味は少しだけ違うが、口に含んだ時の感覚は緑茶その物だ。

 まさか異世界で緑茶が飲めるなどとは思わなかった、俺とアカツキ、瀬野からすれば、懐かしい事この上ないだろう。


「お気に召したようで何よりだ、それで……本題に移ろうか」


「あぁ、そうだな、ボルトの話ではお前が俺達を匿ってくれるとの事だが……」


「ドラゴファースト家には色々と借りがあるからね、ドラゴファーストの次男の頼みとあれば、断る訳にはいかないだろう」


「って事は……匿ってくれるって事だな?」


「あぁ、快く了承したい……所だが、一つだけ条件……いや、頼みがある」


「なんだ?」


「公都襲撃の傷跡として、公国には今現在、多くの魔物が蔓延っている、それは此処アリエルツフィル近郊も例外ではない」


「なるほど……話は読めてきたな」


「理解が早いようで助かる、まぁ簡単な話だよ、君達を私の屋敷で匿う代わりに、君達にはアリエルツフィル周辺の魔物退治をして貰いたい」


「それぐらいなら構わない、俺達の力があれば簡単な事だ」


 魔王を打ち倒した俺達にとって、ただの魔物など雑魚同然だ。

 それの掃討をするだけで衣食住と安全が確保されると言うなら、これほど美味しい話はない。


「皆もそれで構わないな?」


「我は問題ないぞ」


「私も問題ありません」


「問題ないわ!」


「問題ないよ」


「僕の聖剣が疼いてる……」


「ヤマトに従うよ」


 一人だけ変な奴が居た気がするが、気にしたら負けだ。

 全員の同意が得られた事を、俺はセン公爵に告げる。


「という訳だ」


「そうか、引き受けてくれて感謝するよ、何しろこの街には冒険者が居ないからね」


「冒険者が居ないのか?」


「そうだよ、その理由は至って単純だ、冒険者ギルドがこの都市には無い、冒険者が依頼を受ける仲介所が無い以上、冒険者が此処で食べていくのは難しいのだろう」


「なるほど、そういう事情があったのか」


「魔物討伐の仕事は明日からで構わない、今日は屋敷でゆっくりすると良い、君達も旅で疲れているだろうからね」


 嫌味を言いつつも気遣ってくれる辺り、思いの外……良い奴なのかもしれない。

 セン公爵は、俺達とセン公爵の間に静かに立ち、待機していた使用人の少女に声を掛ける。


「エスク、客人を部屋まで案内しなさい」


「分かりました」


 どうやらこの少女はエスクというらしい。

 覚えておこう。また話す機会があるかもしれない。


「それでは部屋までご案内します」


「おう、頼むぞ」


 俺達は立ち上がると、再び先導するエスクに続いて、屋敷の中を進んだ。

 これだけ巨大な屋敷だ。一人一部屋でも大量に部屋が余る。

 無論、いつも通り俺とクロセルは同室にして貰った。その事を後日、セン公爵に報告兼許可を取りに行ったのだが。


「主人が従者と同じ部屋で眠るのは当然だろう?」


 と返された。どうやら俺の価値観は間違ってなかったらしい。安心した。

 そして、俺達がアリエルツフィルに訪れた翌日から、セン公爵に依頼された魔物退治が始まった。

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