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国境を抜けて

「うぐぐ……狭いな……」


「私を除いても六人ですから、少し狭いのは我慢して下さい」


「よし、やっぱ勇者降りろ」


「なんで!?」


「悪いな、この馬車は五人乗りなんだ」


「それなら僕を降ろすんじゃなくてクロセルちゃんを杖の姿にすれば良いじゃないか……」


「あ?俺のクロセルに杖になれだと?殺すぞ?」


「冗談だって!ヤマト君なんで僕に対してこんな殺意高いの!?」


 俺達は一度拠点に戻り、速やかに旅支度を整えると、そのまま馬車で聖都を後にした。

 聖教会による追跡、或いは待ち伏せを想定していたが、それも杞憂で終わった。

 そして、今は馬車の中。いつものように馬鹿騒ぎ出来る程度には、心に余裕は出来た。


「ヤマトさんはニコラスさんばかり活躍しているから嫉妬してるんですよ」


「あ!?なんだとアカツキ!」


「否定できますか?」


「……」


 図星であった。


「いやーボクも旅に同行させて貰えるとは、舞台の演出を頑張ったかいがありますな!」


「何でこいつ連れてきたんだ……」


「拠点に置いていって、悪い人間の手に渡ったりしたら大変なので……」


 アカツキの計らいで魔剣グレモリーと魔剣ラプラスも持って来た。

 何かに使う目的ではなく、飽くまでも盗難を防ぐ為だ。


「我は平穏を望む者……やたら騒がしい旅に同行するのは不本意だ」


「えー趣味が合いませんねぇ……先々代の魔王様とは」


 愉快だとばかりに楽しそうなラプラスに対して、グレモリーは不満そうだ。

 まぁ、平穏を望んで自分を封印するような魔王だ。こうなる事は分かっていた。


「グレモリーには悪い事をしたな」


「いや、そうでもないかもしれんぞ」


「なんでだ?」


「我が思うに、魔剣グレモリーは人と話すのが好きな性格をしている。もっと言ってしまえば……人間の事が好きな性格だ、平穏を望むのは人を傷付けたくないからであって、彼女は本質的に平穏を望んでいる訳ではない」


「なるほどな、ならこうやって人と話す機会を与えてやるのも悪くはないか」


 クロセルの分析に、なるほどと呟きながら俺は納得する。

 本気で不干渉を貫き、平穏を望むのなら、話し掛けられても無視すれば良い話だ。

 声を掛けられたら嫌そうな口ぶりをしつつも律儀に答える辺り、そういう事なのだろう。


「聖都を出ました、一先ず第一関門は突破ですね」


「検問を張られては居なかったか、初動が早かったのが功を奏したな」


「問題は国境越えですね、あの万里の長城は馬車じゃ超えられませんし……」


「戦闘して制圧、強行突破になるか」


「そうなりますね、ただ……そこまで難しくはないかと」


「なんでだ?」


「国境警備はぶっちゃけザル警備です、聖都の中層、上層の防衛ラインの方がよっぽど強力な警備をしています」


「つまり俺達の戦力をもってすれば取るに足らないと言いたいわけか?」


「そうですね、此処に居る人であれば一人だけでも難なく突破できると思います、ヤマトさん以外は」


「待て……アカツキ、もしかしなくてもこの中で俺が一番弱いと思ってるのか?」


「……嘘はつけませんね、そうです、私の分析ではヤマトさんが一番弱いと判断します」


「なん……だと……」


 どうやら俺は自分を強いと思い込んでいたらしい。

 いや、実際弱くはないと思うのだ。傷害のディザビリティさえ無ければ……クロセルや勇者レベルとは行かずとも、エル程度の戦闘能力はあるんじゃないかと思う。

 それに、"あれ"を使えば俺はこの場の誰よりも強くなれる筈だ。一時的にだが。


「何を言ってるんですか、ヤマトは最強ですよ、能ある鷹は爪を隠すって言うじゃないですか」


「うむ、ご主人は強いぞ」


 瀬野とクロセルからフォローが飛んでくる。

 お世辞でも感謝しておこう。


「そうですね、そういう事にしておきましょう」


「アカツキは毒舌だな……俺はショックを受けたぞ……」


「純粋な戦闘能力だけで人の価値は測れない。ヤマトさんにはヤマトさんなりの長所があるのは認めていますから、そう落ち込まないでください」


「皆に指示を出すって役割も……指揮のディザビリティのせいで出来なくなった、俺に出来る事は本当にあるのか……?」


「それは、あれだよ、ムードメーカーとか……リーダーとか……」


 エルが俺を励まそうと言葉を掛けてくれるが、正直逆効果な気がする。何も言うまい。


「ディザビリティ……?って何ですか?」


「うるさい!」


「あっごめんヤマト……」


「ご主人、苛立つのも分かるが、ゼノに当たっちゃダメだぞ」


「そうだな……ごめん瀬野」


 そうだ、俺は苛立っている。一旦落ち着こう。深呼吸だ。

 息を大きく吐いて、吸い込む。それを数度繰り返すと、少しだけ心が落ち着いた。

 その後、俺達は暫く駄弁った後に、座ったまま仮眠を取った。

 それもそうだろう、出発した時間は深夜だ。睡眠が不要な魔剣達は良いとして、生身の人間である俺達は休息が必要だ。

 だが、こうして俺達が仮眠を取っている間も、アカツキは馬車を走らせ続けている。

 いつも思うが、彼女は働き過ぎだ、いつ倒れるか気が気でない。

 そんな憂いを抱きながら、俺はクロセルに身を寄せ、眠った。




 そして、幾度目かの夜明けを迎える。




 明け方の空に照らし出された一つの物体。そしてそこから身を乗り出す人影を、国境警備の兵士は目撃する。

 だが、今更気付いてももう遅い。その物体、アカツキの操る馬車は、舗装された道をハイスピードで駆け抜け、躊躇なく切り込んでいく。


「――属性魔術……水弾(ウォーターボール)(マシンガン)!」


 身を乗り出していたのはクロセル。その掌から、無数の水の弾丸が放たれる。

 水で出来ているからと侮ってはいけない。その威力は拳銃から放たれる9mmパラベラム弾と同等。

 そんな攻撃が、無数に放たれる。もしあんな物が身体に直撃したならば、たちまち蜂の巣になる事は間違いない。

 ただ幸運だったのは、水弾が放たれた位置からだいぶ距離があった事だろう。この魔術は長距離で使う物ではない。もし長距離で使えば、威力は減衰され、その威力はライオットガンから放たれるゴム弾程度に留まる。

 だが、それでも人体にダメージを与え、無力化する程度の威力はある。

 実際に、無謀にも水弾の射線に立ち塞がった国境警備の教国兵は、水弾の雨を受け、一人……二人と倒れていく。


「生身で射線に出るな!盾を持って防げ!」


 しかし、教国兵とて馬鹿ではない。速やかに此方の攻撃の威力を分析すると、大きな盾を構えて馬車の進路を塞ぐ。

 大盾を持った人の壁が生まれる。こうなると馬車では突破できない。

 同時に、人の壁の後方に位置する長城、国境を通過する為の唯一の出入り口である門が、ゆっくりと閉じていく。


「門が閉じます!ヤマトさん!」


「構わない、想定内だ……ティア、クロセル!いけるか!?」


「わたしに任せなさい!魔術回路構築(クリエイト)……詠唱……

 ル・トゥーム・アルガス・ティル――」


「ふはははは!魔術の真髄を見せてやろう!

 術式干渉(ハイジャック)……魔力増幅(アクセラレーター)――」


 ティアの詠唱に被せるようにして、クロセルも詠唱する。

 魔術とは万能な物で、複数人で力を合わせて一つの魔術を行使する事も出来るらしい。

 何故今の今まで使わなかったのか、その理由は極めて単純。

 力を合わせるまでもなく、別々で使った方が効率が良かったからだ。


「「――空間魔術……接続(コネクション)!!!」」


 二人が同時に魔術の名を唱えた瞬間。馬車の前方に空間の穴が生まれる。

 帝国で使った、人が通れる程度のサイズではない。馬車を丸々呑み込めるような、巨大な穴だ。

 そしてその穴は、国境を超えた先に繋がっている。

 この世界で一番と二番の魔術師の合わせ技だ、物理的な障壁など、もはや無意味である。


「空間の穴!抜けました!」


 馬車はトップスピードを維持したまま、空間の穴を通過する。

 さっきまで俺達の前方にあったあの国境の長城は、今や遥か後方に見える。

 これで無事に国境を超えれたと見て良いだろう。


「教国を西に抜けた先、つまり此処はもう……」


「公国領だ!よし、逃げ切ったな!」


 まだ辺り一面は砂の大地であり、教国を出たという実感は沸かないが、それでも確かに俺達は教国を出る事に成功したのだ。

 一先ずこれで俺達の無事は保証された。聖教会も、外国に逃げた俺達を捕まえるのには苦戦する筈だ。


「Vの事が心配だな……尋問とかされてなければ良いが……」


「そうですね、無事を祈るしかありません」


 Vが俺達の潜伏先を吐いた場合、聖教会が俺達を捕まえに追ってくる可能性はある。

 だが、今はVの事を信じるしか無いだろう。もし見付かったらその時はその時だ。


「最悪、海外に逃げるって手もあるよな……」


「ここの他に、人の住める大陸があるかは疑問ですね、もし存在するなら、既に公になっていてもおかしくは無い筈ですし」


 俺の呟きに、アカツキが反応する。

 アカツキの言う通りだろう。飛行艇や機甲兵のような技術の確立されたこの世界で、まだ誰にも見付かっていない未知の大陸が存在すると考えるのは難しい。という事は、この世界に存在する大陸は此処だけだと考えるのが無難だろう。


「次の潜伏先も使えなくなったら……本格的にやばいな」


「この世界での居場所が無くなったら、元の世界……とまではいかずとも別の世界に渡ったり出来れば良いんですけどね」


「空間魔術でなんとか出来ないのか?」


「無理だ、異空間を生み出したり、そこに出入りする事は出来るが、別の世界を生み出したり出入りする事は不可能だ」


 クロセルがそう説明する。クロセルはこの世界で最強の魔術師だ。そんな彼女が断言するからには、魔術では不可能なのだろう。


「さて……何処を目指してるんだったか」


「公国の都市アリエルツフィルです、地図で場所は確認しましたが、具体的にどういう場所かは不明です」


「そこを統治するセン公って奴に匿って貰うんだよな」


「そうですね、そのセン公って人物がどういう方なのかも不明です、少なくともアリエルツフィルの領主である事は確かですが」


「距離はどれくらいなんだ?何日ぐらい掛かりそうだ?」


「それなら安心して下さい、国境からだと3日も掛かりません、食料も足りる筈です」


「そうか、それなら良かった」


 突然の旅で荷物も簡易的な物だったが、備蓄の面で心配する必要は無さそうだ。


「いやーやっと息が出来ます、あの加護って奴ウザすぎでしょう、ボクのような、ザ!魔族!って感じの存在からすれば、いやー苦しくって堪りません」


「おいこいつ大丈夫なのか?実は余力を残してたとかで、加護が無くなった今、実体化して暴れたりしないか?」


「あーそれは無理ですよ、勇者ニコラスに肉体を破壊されたあの時点でボクの魔力すっからかんでしたから、勇者ティアを斬れたのが奇跡!って位にボロボロだったんですよ、まぁこれもあのジジイが異空間にボクを閉じ込めたのが全部悪いんですけど」


「クロセル、こいつは嘘を言ってないか?」


「うむ、嘘は吐いてないな」


「あっ……失敗しましたねぇ……ボク悪魔ですから、嘘とか虚飾とかもっとやってかないと、これは怒られちゃいますなぁ……」


「誰に怒られるんだよ……」


「ボクを作った存在ですかね?」


「誰だよ……」


「秘密☆って言ったら怒ります?」


「お前を破壊する」


「あぁー流石は天下のヤマト様、毒を吐かれると……なんか……ボク……ゾクゾクしちゃいます……」


「マゾかよ……」


「えぇそうですよ、ボクはマゾな悪魔なんです、ですから暴言とか足蹴にされるのとか大好物で、だからほら~もっとボクを虐めてくれても良いんですよ?」


「相手するだけ無駄な気がしてきた……」


「ご主人、完全に遊ばれてるな」


「うるせぇ」


 それにしてもよく喋る剣だ。剣なのに悪魔を自称している。元悪魔の剣なのか剣が悪魔と自称しているのか、その辺りの詳しい所は良く分からないが、明らかに危険な代物だというのは分かる。

 同じ魔剣でもクロセルやグレモリーのようにまともな思考をしている訳ではない。魔王の破壊衝動とか抜きで、素があれだけ狂っているのだ。もはや救いようもない。


「やっぱあいつ破壊しないか……?」


「ヤマトさんがそうしたいなら良いですけど……利用価値はありそうですよ?」


「あぁ、それは分かる、貴重な未来視の才能持ちで、それを契約者にも使わせる事が出来る、上手く使えば強力な武器になり得るのは事実だ」


「まぁ……どんな物好きがあんな剣と好きで契約するのかって疑問はありますけどね……」


「それこそ皇帝のような狂った奴だけだろうな……」


 俺は溜息を吐く。あのラプラスって魔剣と話しているとこっちまで気が狂いそうになる。

 それも少女の声なのが質が悪い。魔剣に性別の概念とかは無いんだろうが、それでも少女の声や容姿をしているとどうもやりにくいのだ。

 男の姿や形をしていればどうとでも出来るのだが。


「えーっと何でしたっけ……ゼノとかいう魔族、ボクと契約しませんか?」


「えっ僕?」


「そうです君です、力が欲しくはありませんか?ヤマト様の役に立てるような……力が」


「僕が……ヤマトの役に……」


 瀬野が息を呑む。その様子に、俺はまずいと判断して口を挟む。


「おい、悪魔の誘惑に乗るんじゃないぞ」


「えーヤマト様ー邪魔しないで下さいよー」


「瀬野、こいつと契約したらろくなことにならないからな、絶対契約するなよ?絶対だからな!」


「あっ!フリですか?」


「ちげぇよ!」


「ご主人……」


「憐れむような目で俺を見るな!くそっ!」


「あはは……なんだかんだ言って仲が良いように見えるけど……」


 エルが俺とラプラスを見て、くすくすと笑っている。

 見てる側からすれば面白いのかもしれないが、俺としては不愉快だ。


「あぁもういい……俺は黙るぞ」


「えーつまんないじゃないですかーもっと構って下さいよーヤマト様ぁ……」


「……」


 俺はラプラスの言葉を無視して黙り込む。

 その後も、なんだかんだあって馬車の中は賑やかだった。

 ラプラスの存在も大きいが、単純に人が増えたのも理由ではあるだろう。

 俺が黙っていても、仲間同士で会話は弾んでいた。

 一人だけ仲間外れにされているようで少しだけ癪だが、まぁ良い。


 こうして話している間にも、アカツキの操る馬車は砂漠地帯を駆け抜ける。

 俺達はアリエルツフィルを目指した。

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