表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/133

クリスタ

 扉を開いて、その先に広がっていた光景を目撃する。

 そこには、数十名の福音使徒と教皇イヴ・エンドの姿があった。

 正確に言えば他にも、宿屋の主人、そしてクラウスの姿も見える。今は教皇が宿屋の主人に状況を説明している所のようだ。


「これは一体何の騒ぎですか?」


「突然押しかけて申し訳ありません、実はこの宿にある人物が潜伏している疑いがありましてね、中を捜索させて頂きたいのですが……」


「その必要はないぞ、教皇」


 俺は教皇に向かってそう言い放つ。すると、教皇は此方へと視線を移し、やれやれとばかりに目を閉じて、小さく頷く。

 隣には勇者が立ち、その腰に携えた刀に手を掛けた姿勢で扉を守るように立つ。


「エンド様、彼です、彼が私を拘束し、逃亡を手助けしたヤマトという男です」


「えぇ、分かっています」


「教皇、愚問かもしれないが一応問おう、お前は何の為に此処に来た?」


 俺はちらりと一瞬、宿屋を囲むようにして貼られた半透明の膜、結界に目を向ける。

 シャボン玉のようなそれは、傍から見ればとても脆そうな代物に見えるが、物理的な通行に加え、空間魔術での通行すらも阻止する効果を持つ。

 こうしている今、クロセルとティアは結界の破壊に注力してる事だろう。俺達の仕事、それは時間稼ぎだ。故に、まずは交戦するのではなく問答から入る。

 あわよくば、対話だけで時間を稼げれば万々歳だ。


「言わずもがな、貴方が匿っている少女を捕らえるためですよ」


「エルの事か?」


「えぇまぁ、そうですね、少女エルの事です」


 何とも当たり障りの無い会話だ。

 こんな無意味な問答にすら耳を傾ける。教皇が律儀な男で助かった。


「クリス……少女エルを出せ、そうすればお前達は罪に問わないとエンド様は仰っている」


「あ?お前……クラウスだったか?前に会った時からふと思ってたんだが、クリスタって誰だ」


 数時間前まで、記憶の糸を辿る。

 確か、クラウスと戦った時、逃げるエルに対してそう叫んでいた気がする。

 という事は、クリスタというのはエルを指す言葉なのか?


「エンド様……」


「構いませんよ、どうやらこの様子だと、彼らも知らないようですし」


 教皇は探るような視線を俺達に送る。

 そして、また一人納得したように頷くと、クラウスに続きを話すように促す。


「分かりました、クリスタは……私の妹だ」


「だから何だよ……」


「少女エルの本名はクリスタ・シュルツヴェール、エルは偽名だ」


「どういう事だ?つまり……エルはお前の妹だと言いたいのか?」


「そうだ」


 エルが偽名。そしてクラウスの妹である。

 驚きの事実に、俺は言葉を失う。

 だが、此処で黙っていては時間は稼げない。俺は苦し紛れに言葉を絞り出す。


「……人違いじゃないのか?よく似た別人の可能性もあるだろ」


「この世界で、容姿のよく似た人間が居たとして、そこから個人を特定する方法がある、何か分かるかい?」


 DNA……なんて概念はこの世界にはまだ無いだろう。

 容姿がダメなら……性格、いや……それも偽ろうと思えば偽ることが出来る。

 個人を特定する物とは、偽ることの出来ない物だ。


「……才能、か?」


「そうだよ、この世界には無数の才能がある、才能指数も含めて、全く同じ才能を持っている人間は1兆人に1人とも言われている、だから才能で個人を特定する事が出来るんだ」


「お前の妹であるクリスタって奴と、エルの才能が一致した……そう言いたい訳か?」


「そうなるね」


 俺は頭を抱える。この男が嘘をつく理由はない。それはつまり事実という事だ。

 エルは俺達を騙していたのか?

 いや、そうじゃない。例え名前が偽名だとしても、その素性を偽っていたとしても。俺達の仲間である事には変わりはない。


「仮にお前の言ってる事が事実だとして……クラウス、お前は妹の命より組織を優先するのか?」


 俺はそう問い掛ける。心做しか、声が震えている気がする。これは怒りの感情か?困惑の感情か?

 分からない。だがそんな事はどうでもいい事だ。

 そんな俺の問いに対し、クラウスが口を開くより先に、教皇が答える。


「ヤマト君、君はどうやら何か勘違いをしているようだね」


「どういう事だ?」


「私達は少女エルを"保護"したいと考えている」


 教皇が紡いだ言葉は、俄には信じられない物であった。

 罪人として捕縛するのではなく、保護する?

 一体どういう事なのだろう。


「繰り返す、少女エルを聖教会に引き渡してくれ、私達は彼女を処刑するつもりはない、悪いようにはしないよ」


「そんな事……信じられる訳ないだろ!」


 俺は目を見開き、怒鳴りつける。

 教皇の奴……有ろう事かエルを捕らえるために嘘をついている。

 俺が言える事では無いが、まさか奴がそんな人間だとは思わなかった。


「勘違いしないで欲しい、私達は少女エルさえ無事ならそれで良いんだ、つまり……それを邪魔する君達に対しては、武力行使の措置を取っても良いんだよ」


「何故お前が罪人であるエルを保護する!?お前が言ってる事は滅茶苦茶だ!ちゃんと理由を説明しろ!」


「それは出来ない、これは極秘事項だからね」


「あぁそうか、なら良いぜ……やってみろよ、力ずくで俺達からエルを奪ってみろ!」


 どうやらこれ以上の問答は無駄らしい。

 嘘をついて相手を騙し、目的を達成する。

 正義の聖教会のやる事とは思えない、何とも卑怯な手だ。

 つまり、聖教会は悪だ、大義名分も出来た。もう躊躇う理由はない。


「仕方ないですね……武力行使を認めます、何としてでも少女エルを確保しなさい」


「勇者、やるぞ」


「エルちゃんの為だ……任せてくれ!」


 教皇の命令と同時に、福音使徒達が武器を抜いて此方に迫ってくる。

 結界の方を見るが、まだ破れてはいない。もう暫く時間を稼がねばならない。


「エンド様が魔術を使えば二人ぐらい簡単に倒せるのでは?」


「先程から私の結界に攻撃を受けていましてね、維持をするので精一杯なのですよ、ですので任せましたよ」


 クラウスの問いに、教皇がそう答える。

 やはり結界は教皇の物か、だとすれば一筋縄ではいかなそうだ。


「聖剣!抜刀!鎌矛尾羽針ビーム!!!」


 俺の前に立った勇者は、その聖剣を振るい、迫り来る福音使徒を一撃で斬り伏せていく。

 そして一瞬で屍……正確に言えば死体ではないが、人の山ができる。

 それがバリケードとなって、敵の攻め入る足場が失われる。これで近接武器を持った福音使徒は無力化したも同然だ。


「流石は人斬り抜刀斎と自称するだけはあるな」


「僕の超絶格好良い大活躍を見てくれるのがヤマト君だけなのが残念だよ」


「私が見てますよ」


「アカツキちゃん!?居たのか」


「あはは……僕もアカツキさんも最初から居たんだけどね」


 後衛である二人も、ずっと後ろで話を聞いていたはずだ。

 特にアカツキは、エルの真実に対して、どんな感情を抱いているのだろうか。


「それにしてもヤマトはやっぱり力を隠すんだね、本当はニコラスさんより強いのに」


「うるせぇなぁ……つか瀬野ってそのこと知ってたか?」


「知ってる……というか僕以外には秘密って話だったんじゃ」


「あ?そんな話したか?」


「ヤマトさん!後ろ!」


 瀬野とそんな会話をしていた矢先。アカツキの警告が俺の耳に飛び込んでくる。

 咄嗟に回避機動を取ろうとするが、間に合わない事を悟る。

 背に腹は代えられない、片腕でガードする。


「うぐっ……あっつっ!?」


 攻撃は魔術だった。恐らく火属性の魔術による遠距離攻撃。その威力は、無残に焼け爛れた左腕の火傷が物語っている。


「くっ……油断した」


「ヤマト君も中へ!僕が盾になる!」


「勇者……お前もう祝福無いんだぞ?」


「それでも魔術による攻撃は僕には効かないから」


「そう言えばその悪趣味な金色の鎧、そんな効果もあったな……」


 勇者の鎧やラオンの黒衣には、魔術による攻撃を無効化する効果がある。

 一種のチートアイテムな気がするが、気にしたら負けだろう。


「ダメだな……勇者の大活躍に対して俺、何の役にも立ってねぇ……」


「いつもの事ですから気にしないで下さい」


「えっ、いや……肯定されると結構ショックなんだが……」


 知ってた。俺が今までやってこれたのは俺が強いからじゃない。俺の仲間が強いからだ。

 分かりきっていた事実だが、こうして改めて突き付けられると中々にくるものがある。


「君達のしている事は無駄だ!本来、私達と君達は分かり合える筈なんだ!無為に血を流す必要はない!」


「今更何言ってんだあいつ……」


 教皇が叫ぶ。その声色には、明らかに焦りの色が見えた。

 つまり……教皇も消耗しているという事。結界の破壊は間近だと思って良いだろう。


「お前が俺達を信じないのと同じで、俺達もお前達の事は信じねぇよ!」


 俺がそう叫び返す。そうだ、聖教会は俺達に多くの事を隠している。

 分かり合おうとしていないのは聖教会の方だ。そんな奴らを信じられる訳がない。

 もし、教皇がこれほどまでに愚かでなければ、また違った結末があったのかもしれないが。

 そんな想像を、俺は頭を振って掻き消す。現実にIFなどないのだ。確定した結果は揺るがぬ結果であり未来だ。

 結果から目を背けて、もしもを考える事自体、ナンセンスだと言える。


「っ……君達は後悔することになるだろう」


「知ったことか」


 教皇の最後の警告を、一言で切り捨てる。

 それと同時に、パリンとガラスの割れるような音が辺り一面に響いた。


「よし、結界に穴が空いたな、勇者!退くぞ!」


「分かった!」


 結局、勇者一人で時間を稼いでしまった。本当にこいつには驚かされる。

 そんな風に思いながら、俺達はクロセルの元に戻る。


「結界は破壊できたか?」


「うむ、今なら空間魔術で飛べるぞ」


「よし、よくやった、流石はクロセルだ」


「ご主人も良く時間を稼いでくれた、流石はご主人だな」


「あぁ……まぁ……そうだな……」


 これほど期待に満ちた目で見つめられると、今更訂正する気にもなれなかった。そういう事にしておこう。悪いな、勇者。


「じゃあ全員集まれ、飛ぶぞ」


 クロセルの元に、全員が集まる。宿の入り口から福音使徒達が雪崩込んでくるが、もう遅い。


「後悔するのはお前の方だよ、イヴ・エンド」


魔術回路改竄(カスタマイズ)……略式詠唱展開(ファストキャスト)

 空間魔術……空間接続(ゲート)!」


 クロセルの詠唱と共に、俺達は光に包まれ、その場から消え失せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ