Vの真実
今回学んだことがある。人目を避けて身を隠しながら移動するというのは、想像以上に時間を消費する行為なのだという事だ。
そんなこんなで気が付けばもう日没だ、皆はもう撤収して集合場所に向かっている頃だろう。
「ヤマト様、何処に向かってるの?」
「大丈夫、後少しだ」
此処に来るまでに何回か福音使徒の姿を見掛けた。教皇にエルが下層に居る事がバレたのは間違いない。
となると……集合場所も絶対安全とは言えないだろう。早急に話を付けねばならない。
この問題の着地点としては、聖教会との全面戦争、聖都を離れる、エルの容疑の正当性を立証する、この三種類になるだろう。
出来れば3つ目の着地点を目指したい所だが、そんな上手い話は中々無いだろう。となると……残された選択肢は、戦うか、逃げるか。
どちらを選ぶにしろ、俺達の平穏無事な暮らしは失われる事になる。
――或いは……エルを見捨てるという選択肢。
「無いな、それだけはあり得ない」
ふと生まれたそんな可能性に対し、俺は自問自答する。
エルを見捨てるなんて事は出来ない。仲間を見捨てる事は出来ない。
俺が選ぶ道は瀬野の時と同じだ。例え俺以外の誰もがエルを見捨てても、俺だけはエルを見捨てない。
もう俺は、二度と大切な仲間を失う訳にはいかないんだ。
「ヤマト様……?」
「大丈夫だ、お前の事は俺が絶対に守る」
「うん……」
無意識に、エルを抱き寄せ、その頭を抱き締める。
二度と離さないとばかりに、強く、強く。
そして、間も無くして俺達は集合場所である宿に辿り着く。
「ただいま戻った、全員無事か?」
「遅いぞ、ご主人、日没には戻ってこいと言っただろう」
「ヤマトさん、もしかしてその後ろの子って……」
宿に入ると、クロセルとアカツキが出迎えてくれる。
どうやら俺以外の全員が既に戻ってきているようだ。
「あぁ、エルを見付けてきた、これからについて皆と話し合いたい」
「見つからないと諦めかけていた所だ、流石はご主人だな」
「分かりました、皆集まってます、部屋まで案内しますよ」
アカツキに着いて行くと、宴会場のような大部屋に案内される。
そこに、俺達を除く仲間達全員が集まっていた。
「エルが見つかったのね!やるじゃないヤマト」
「くっ……エルちゃんの事は僕が見付けるつもりだったのに……」
「見付かったようで良かったです」
「……」
「おかえり、ヤマト、無事で何よりだよ」
ティア、勇者、V、瀬野の四人が迎えの言葉を贈ってくれる。
ファイは……相変わらず黙ったままだが、出て行けという目はしていないし大丈夫だろ、多分……
「さて、無事にエルが戻ってきてお祝い……と行きたい所だが、事は急を要する、これから今後について話し合うぞ」
エルのマントを取ると、俺とエルも席に座る。
続いてアカツキとクロセルも席に座り、これで全員が席についた。
まず口を開いたのはアカツキ、話し合いの進行も馬鹿な俺が下手に口を出すより、彼女に任せた方がずっと良いだろう。
「まず現状についてですが、私の方で調べた結果、エルさんの容疑、神との接触行為は大罪に値するとされています」
「うむ、そしてその例外が勇者と教皇だな、このどちらかであれば、神と接触しても罪には問われない」
アカツキの言葉に、クロセルが補足する。
いつの間に調べていたのか、或いはエルの捜索時間を情報収集に充てていたか、まぁどちらにしろ俺達にとっては貴重な情報だ。何も文句はない。
「確認になりますが、エルさんはそのどちらでもない、間違いないですね?」
「……うん、私は勇者でもないし、教皇でもないよ」
まぁ、当然だろう。これは当たり前の事を確認しただけ、本題は此処からだ。
「分かりました、それで……"大罪"というのがどのような罪であり、どのような刑が執行されるかと言うと……ぶっちゃけ、死罪です、処刑が下されます」
「つまりエルは、このまま聖教会に捕まれば殺される事になると」
「そうなりますね」
エルの言っていた事は確かだった。
教皇は……というより聖教会は、エルを殺すつもりである。その事実がこれで明確になった。
「ただし、勇者や教皇でなくても、神との接触行為に正当性が認められれば例外的な措置として認められる可能性もあります、教皇、或いはその上位の権限、要するに教皇か神が認めれば、ですが」
「つまり……エルさんが神と接触した理由次第では、罪に問われない可能性があるって事ですね」
Vがそう呟く。彼の言う通り、エルが神に接触した理由が分かれば、その行為の正当性が認められる可能性もある。
悪戯にあんな事をした訳ではないだろう。何か必ず、その行為に至った彼女なりの理由があった筈だ。
「エル、お前が何を目的として上層に侵入し、神と接触したのか、その理由を……聞かせてくれるか?」
俺がそう問い掛けると、エルは困ったような顔をしつつ、俺達の顔を順番に見渡す。
そして、逃れられないと悟ったのか、一つ小さな溜息を吐いて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ある物を……取り戻しに行った」
「ある物……?」
「本来エルさんの物であって、神が持っていた"何か"を、神の元に取り戻しに行った、そういう事ですか?」
「うん、そうだよ」
アカツキが的確に情報を整理して、言語化してくれる。なるほど、彼女の行為にはそんな理由があったのか。
「疑問は尽きないな、何でエルの持ち物を神が持っていたのか、ある物とは何なのか、神は何故それを渡したのか」
クロセルが疑問点を挙げていく。確かにこれだけでは情報不足だ。もう少し具体的な説明が欲しい。
「クロセル、エルは嘘は言ってないんだよな?」
「あぁ、我が常に分析しているが、嘘は言っていない、だが……どうも心までは読めないな、エルの思考は普通の人間の思考パターンとは異なっているようだ」
「どういう事だ?思考パターン?」
「人が動物の考えを理解出来ないのと同じだ」
「エルちゃんが動物だなんて酷いじゃないか」
「今真面目な話してるんだ、勇者は黙っててくれ」
「えっ……僕に発言権は無いの?」
勇者のせいで思考が掻き乱されたが、要するにクロセルの分析の才能ではエルの思考は読めない。その事実だけが分かれば十分だ。
それでも嘘を見破る事は出来るようだから、エルが能動的に喋ってくれるなら、思考など読めなくても問題ないだろう。
「その"ある物"ってのは一度神に奪われたのか?」
「いや、正確には神の元に置き忘れた……って言うべきかな」
「なるほどな、一度神の元に置き忘れた忘れ物を、エルは取りに行った訳だ」
待てよ?という事はつまり、エルは今回の件以前にも一度以上、神と接触している?
そもそも俺がエルと出会った時、エルは王国の宮廷に仕える使用人だった筈だ。教国の人間ではない。
つまり、エルが俺と出会う前の話か。エルが王国で働き始める前に、教国で神と接触している。そういう事なのだろう。
「おいアカツキ、勇者と教皇以外に本当に例外はないのか?儀式とかで福音使徒、或いは一般人が神と接触する事もあるんじゃないのか」
「神と直接接触する儀式……ですか……そんなの神の継承ぐらいしか無いと思いますが……」
「だよなぁ……」
アカツキが知らない事を俺が知っている筈もなく。エルが一度目に神と接触した理由は依然として分からない。
もしかしたら非公式の儀式とかが存在するのかもしれない。エルがそれに関わっていた可能性。ううん……あまり納得出来ない説だ。
「それでアカツキ、クロセル、この理由でエルの正当性を証明する事は出来そうか?」
「……正直、厳しいと思います」
「うむ、同感だな」
「そうか……ならもし、これからエルを連れて聖教会に反逆すると言ったら、付いて来る者は居るか?」
こうして全員に集まって貰った理由は他でもない。
この問いを投げ掛ける為だ。
「我は勿論付いて行くぞ」
「私もお供します」
「私はヤマトに付いて行くわ」
「僕もヤマトに、うん、従うよ」
クロセル、アカツキ、ティア、瀬野。まぁ予想通りと言った所か。
「これは強制じゃない、無理に付いて来る必要はないし、付いて来なかったからと言って縁を切るつもりもない、命に関わる問題だ、正直に言ってくれ」
「僕達は降りさせて貰います、ヤマトさん達には恩がありますが、ファイを危険に晒す事は出来ない、それに……僕が居ても足手まといになるだけだと思うので」
Vはそう言って俺に頭を下げる。まぁ妥当だろう。彼の選択は間違っていない。
寧ろ彼の判断こそが最適解とも言えるかもしれない。
「僕は協力するよ、祝福の無い僕が役に立てるかは分からないけど……」
「勇者……本気か?お前……戦うのが怖いって……」
「確かに死ぬのは怖い、戦うのも怖いよ、でも……僕にとってもエルちゃんはもう仲間だ、見捨てる訳にはいかない」
勇者ニコラス。性格には難があるが、戦力としてこれほど心強い者も中々居ない。
彼は典型的な正義の味方。犯罪者であるエルを庇うという事は、悪に加担する事に等しい。
故に、彼までも協力してくれるというのは、些か想定外だった。
「それに……前みたいに一人だけ仲間外れってのも嫌だからね」
「ロイトンでの事か……あれはまぁ……悪いと思ってる」
どうやらロイトンで一人置いていった事を根に持っているらしい。
まぁ……あの時に比べれば勇者の印象もだいぶ変わった気がする。
あの頃は単に正義厨の頭がおかしい奴だと思っていたが、今思えばあれも祝福の勇者という肩書に翻弄されていただけなのだろう。
尤も、初対面の際のショックが大きすぎて中々受け入れられないのも事実だが。
「よし、じゃあ決まりだな、Vは今まで通りあの家を使って構わない」
「良いんですか?」
「いや、言い方を変えよう、あの家の管理をお前にお願いしたい、要するに留守を任せる」
「あっはい、分かりました」
「公衆浴場の運営はクロセルとティアが居ないと出来ないから、俺達が帰るまでの生活費は自力でなんとかしてくれ」
そんな俺の言葉に、Vがしっかりと頷く。
彼も肉体派では無いが、代わりに頭が回る奴だ。何かしら職を得て、聖都でやっていけるだろう。
「という事は、聖都から離れるのかい?」
「そうなるな、俺達の立場は教国でも王国と同じで指名手配のような物になると考えて良いだろう、皆は何処に逃げるべきだと考える?」
「有力な候補は帝国でしょうか、迷宮都市が多いので冒険者として暮らしていけると思います」
俺の問いに、アカツキがそう提案する。
それに対して、すかさずクロセルが反論を述べる。
「それはダメだな、間も無く帝国は王国の統治下になる、文化の違いなどの大きな障壁も無い以上、クロム帝国は王国に吸収されると見て良いだろう」
「それは確かなのか?」
「我の分析が確かならば、そうなるだろう」
帝国は歴史の浅い国だ。無政府状態となった今、より歴史もあり大国である王国に吸収合併されるというのも納得は出来る。
王国、帝国、教国がダメだとすると……残るは公国と魔王領になる。
「魔王領はとても住めるような場所じゃない、公国は既に滅びた、チッ……逃げる場所など……もう何処にも……」
俺はそう呟いて、悔しげに歯を噛み締める。
教国で聖教会と、或いは王国や帝国で王権と、徹底抗戦するという手もあるが……俺達にそんな戦力は無い。
例えクロセルや勇者達が一騎当千の力を持っていると言っても、圧倒的な差である数の暴力には勝てない。
それに……仲間には手を汚させたくはないという気持ちもある。俺は元咎人、クロセルは元魔王。今更そんな事を気にするのもおかしな話ではあるが。
「……公国は滅びていません」
「あ?今の声は誰だ?」
「僕です、Vです」
Vが手を挙げる。Vが、公国は滅びていないと言ったのだ。
聡明な彼の事だ、何か思う所があっての発言だろう、俺は黙って続きを話すように促す。
それを見てVは一つ頷くと、ゆっくりと口を開き、言葉を続けた。
「確かに……先日、公国の首都、公都は魔王の手によって陥落しました」
「あぁ、魔王による破壊行為、その粛清の犠牲になった、あまりにも有名な話だ」
「ですが、魔王軍の侵攻は公都を目指して直線状に行われました、つまり、魔王軍の侵攻ルート上に無かった一部の町村は生きていると推測できます」
「つまり、結論として何が言いたい」
「逃げるなら公国を目指すべきだと思います、もっと言ってしまえば、僕は被害を受けていない領土を治めるある貴族の存在を知っています、その貴族に協力を仰ぎ、匿ってもらうのはどうでしょう」
Vの言葉には、不思議な説得力があった。彼がどうして公国の事に詳しいのかは謎だが。
取り敢えず、俺一人では是非を判断出来ない。此処は俺達のブレイン達に考えを仰ごう。
「……アカツキ、クロセル、どう思う」
「公国が粛清されたのは魔王が他国に自身の力を示すためだ、その為には首都を破壊し国としての機能を失わせれば十分、関係のない町村までを破壊し尽くす必要はない」
「公国は複数の貴族達によって統治されている国です、公都と公主を失った今でも、被害が皆無、或いは軽微な領土は機能している可能性が高いですね」
「そうか、二人がそう言うならそうなんだろう、問題はその貴族が俺達の事を受け入れてくれるかだが……」
「それなら安心して下さい、僕が紹介状を書きます」
「は?なんでお前が紹介状なんて書けるんだよ」
Vが貴族に紹介状を書けるような立場の人間であるようには思えない。
いや、そうでもないかもしれない。よくよく考えてみれば違和感はあった。
Vは上流階級の人間が着るような衣服を纏い、一般人とは思えない過度な常識と教養を持ち合わせている。
あとは、雰囲気だろうか。どことなくカリスマを感じる。
まさかとは思うが……本当にVは貴族なのか?
「……それは、僕が公国出身の貴族だからです」
「Vさん、言ってしまって良いんですか?」
「構いません、もう隠す理由は無いですから」
Vはアカツキと短く言葉を交わす。どうやらアカツキは前からこの事を知っていたらしい。
隠し事をされていた事に、少し不満を覚えるが、アカツキの事だから、Vの事を考えて黙っていたのだろう。俺が咎めるような事ではない。
「公国の一流貴族、ドラゴファースト家の次男、それが僕、ボルト・ドラゴファーストです」
「ドラゴファースト……?何処かで聞き覚えがあるな?」
「ご主人、知らないのか?あのアステカス公国を治めていた公主こそアイシィ・ドラゴファーストだぞ」
「つまり……お前は公主の弟!?」
「そうなりますね」
V……いやボルトが、貴族であったという事は納得できる。薄々予想出来ていた事実だ。
だが、まさか公主の弟だったとは思わなかった。衝撃の事実だ。
しかし、これで俺がボルトに抱いていた疑問は大方解消された。彼は公都が陥落する際に、教国に逃げてきたのだろう。その途中でファイが攫われ、救出する為に聖都を訪れた。辻褄は合う。
「ボルトが公主の弟なら、諸侯の貴族に紹介状を書けるような立場ってのも納得できるな」
「ではアカツキさん、紙と筆記具をお借りできますか?」
「分かりました、宜しくお願いします」
アカツキが紙とペンを取り出し、ボルトに渡す。
流石は元国王秘書、あの手の道具は常に持ち歩いているらしい。
ボルトはそれを受け取ると、直ぐに机に向かい、ペンを走らせていく。潜伏先の問題は、彼に任せれば問題ないだろう。
「じゃあ公国に逃げるという事で決まりだな、反対意見のある奴は居ないか?」
誰も手を挙げない。それを確認すると、俺は大きく頷き、続きの言葉を紡ごうとする。
だが、その瞬間、俺は隣に座っていたクロセルに口元を抑えられ、発話を制止される。
「待て、ご主人……まずいぞ」
「……まさか、この場所が?」
「うむ、宿は完全に囲まれているな……すまない、もっと早く気付くべきだった」
どうやらこの場所が聖教会に見付かったらしい。
クラウス達と交戦した時点で、エルが下層に居る事はバレていた。
となると見付かるのは時間の問題だと思っていたが、あまりにも早すぎる。
「チッ……ボルト、紹介状は書けたか?」
「出来ました、これを持って公国の都市、アリエルツフィルを目指して下さい、そこを治める貴族、セン公にこれを渡せば話は通るはずです」
「助かる、取り敢えず皆で此処を離れるぞ、クロセル、転移魔術で……」
「駄目だな、結界が張られている、空間魔術では逃げられない」
「なんだと……結界は破壊出来るか?」
「許容量を超えるダメージを与えれば穴は開けられる」
「穴が空けば空間魔術で飛べるか?」
「そうだな、少しでも結界に穴を開けられれば可能だ」
クロセルが俺の問いにしっかりと頷く。
一先ずこれで突破口は見えた。まだ俺達は詰んでいない。
「よし、クロセル、俺の思考を読んで皆に指示を出してくれ」
「……作戦を一言で言えば強行突破、此処を包囲している福音使徒と交戦しつつ結界を破壊、転移魔術で一度拠点に戻り、馬車で聖都を出る、結界の破壊は宿屋の内部から魔術で行う、故に我とティアが担当、エルとボルトとファイを除く他の皆は時間稼ぎの担当だ」
「遂に聖教会と戦うんだね……」
クロセルの指示に対して、エルがそう呟く。
その顔色には憂いの色が見えた。不安な気持ちは分かる。
飽くまでも数を力と換算した上での話ではあるが、戦力差は圧倒的。国を支配する大規模組織と敵対するというのは、中々に勇気の要ることだ。
「まぁ……俺としては既に王国と敵対してるからな、そこまで新鮮って訳でもない、だから安心しろ」
「そうですね、それじゃあ増援が来る前に片付けてしまいましょう」
アカツキのその言葉を期にして、俺達はほぼ同時に動き出す。クロセルとティアは窓の外を見ながら詠唱を開始。
一方、俺と勇者は宿の出口へと向かう。そして、その後ろを付いて行くようにしてアカツキと瀬野。
これから聖教会と敵対する。その事実に、否応にも緊張感が走る。だが、覚悟は揺らがない。それは皆も同じなようだ。
そして、俺は宿屋の出入り口、その扉を開けた。




