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クラウス

「ふぅ……着いたか」


 目的地の前に立ち、徐に振り返る。

 誰も居ない。尾行はされていないな。

 俺達がこうして動き出した事は教皇に報告されているだろう。そうなると、エルが下層に居る事が気付かれるのも時間の問題だ。


「まぁ、先に見付ければ無問題だから構わないが」


 俺は奴隷売買に使われていた地下施設の扉を開く。

 そこまで昔の話という訳でも無いのだが、少しだけ懐かしい感覚だ。

 地下へ続く階段を降りていくと、左右に牢獄が設置された長い廊下に出る。

 当然だが、誰も残っていない。違法奴隷は既に保護された後だ。

 尤も、違法ではない奴隷制度自体も、犯罪者の更生という大義名分があれど、あまり良い気はしない。


「なんて考える程度には……俺も丸くなったな……」


 この世界に来る前の俺であれば、違法だろうが合法だろうが奴隷売買の善悪になど興味すら示さなかっただろう。寧ろ、もし仮に日本でも奴隷売買が行われていたら、俺はそれを利用する側の立場だったかもしれない。


「そうだ、俺もアダンの奴も、性根は大して変わらない」


 俺は本来裁かれるべき人間だ。その事実を、こんな時でありながらも再び痛感する。

 そんな風に奴隷売買について思考を巡らせている内に、地下施設の最深部までやってきた。


「相変わらず悪趣味な部屋だな……」


 鎖や拷問器具などはあの時のままだ。床の血痕もそのまま、敢えて違う点を挙げるとすれば、本棚に詰め込まれていた書類の類が全て無くなっているぐらいだろうか。

 そして、そんな部屋の中央、壁に背を預け、蹲るようにして座っている一人の少女。


「見つけたぞ、エル」


「ヤマト……様?どうして此処が……」


「仲間が隠れる場所ぐらい分かって当然だろ」


 エルが驚いたような顔をして俺を見上げている。そして、暫く見つめ合ったかと思えば、エルは何処か嬉しそうにくすくすと笑い出す。


「何笑ってんだよ」


「あはは……ごめんなさい……私も仲間として認めて貰えてたんだなって」


「当たり前だろ、俺とお前はずっと前から仲間だ」


「そっか、嬉しいな」


 嬉しそうに笑う彼女を一瞥すると、俺は気恥ずかしくなって目を逸らす。

 大した事では無いと思うのだが、彼女としては本当に嬉しいのだろう。本当に可愛らしい笑顔だ。

 エルの息が整い、笑顔が消えると、そこに気まずい沈黙が訪れる。

 そうだ、俺は何をしに来たんだ。こんな風にエルと見つめ合う為に来た訳じゃない。

 俺は賢者のように冷め上がった思考で、エルに問い掛ける。


「ところでエル、上層に行ったのは本当なのか?」


 エルはそんな問いに対し、少し困ったように小さく笑うと、辺りを軽く見渡し、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「うん、事実だよ」


「神に会ったってのも本当か?」


「事実だよ」


「そうか……なんでそんな事をしたんだ?」


 早くも俺はこの問答における核心を突く。

 そんな俺の質問に対し、エルは申し訳なさそうに頭を垂らし、黙り込む。

 まずい、少し事を急ぎ過ぎたか。この質問は今のエルにはまだ早いだろう。


「いや、別にそれは答えなくて良い、質問を変えるぞ、どうして逃げたんだ?」


「教皇にこの肉体を破壊される可能性があったから」


「この肉体?エルの事だよな?」


「そうだよ?」


 自分の身体なのにまるで他人の身体のような言い方をしている。少し妙な言い回しだ。

 まぁ、そんな事は些事である。今は問答に集中しよう。


「教皇と言えどそんな手荒な真似はしないだろ……いきなり拘束されて、怖かったのか?」


「違うよ、教皇は本気で私を破壊するつもりだった、彼にとって神は絶対、そんな存在である神に触れた私を生かしておくとは思えない」


「教皇の奴、そんな危険人物なのか……?俺は知らないが……」


「普段の温厚で優しい翁は世を忍ぶ仮の姿、彼の本質は神を絶対と崇め、罪には等しい罰を以て断罪する、そんな思想を持った、恐ろしい人間だよ」


「なんでそんな事を知ってるんだ……?」


「……」


 これもダメらしい。まぁ別にそこまで重要そうではないから良いのだが。


「取り敢えず、教皇から逃げる為に拘束を解いて此処まで来たんだな」


「うん、そうだよ」


「そうか……まぁお前が言うならそうなんだろう」


 教皇、聖教会は今でもエルを追っている。

 そして容疑が事実だとすると、その罪を教皇は罰を以て裁くだろう。

 エルの言葉が確かなら、それは死罪。エルは殺される事になる。

 そんな事にしてはいけない。俺が、俺達でエルを守らねばならない。

 だが、それは聖教会を敵に回すという事になる。

 教国で生きていく上で、聖教会と敵対するという事は、この地での安らかな暮らしは失われるという事だ。

 エルか、平和な暮らし、そのどちらかを捨てなければならない。


「くっ……」


「ヤマト様……?」


 今直ぐは決められない。それに、これは俺一人の問題ではない。

 Vとファイ、勇者の三人は他人として生きる事で逃れる事も出来るだろうが、クロセルは勿論、アカツキやティア、瀬野までも危険に巻き込む事になる。

 これは皆で話し合って決めるべきだ。俺一人の独断で決めていい事ではない。


「エル、俺と一緒に来てくれるか?」


「多分……拠点は聖教会に見張られてる」


「分かってる、だから合流地点は別の所だ、そこで今後について話し合う」


「もし、聖教会が私を襲ったら、今度こそ守ってくれる……?」


 エルは、両手で己の身体を抱き締めながら、俺の顔を見上げ、首を傾げて尋ねる。

 エルがこんな弱気な姿を見せるのも珍しい。多分、本当に怖いのだろう。彼女にとって教皇は、そこまで恐れるに足りる存在なのだ。


「あぁ、任せろ」


 俺はそう断言すると、エルの手を引いて立ち上がる。

 元より俺の心は決まっている。何を隠しているにしろ、どんな事情があれ、エルを助ける。仲間を助ける。それだけだ。

 帰り道で聖教会に見つかっては元も子もない。こういう状況に備えて、マントを持ってきていて助かった。

 俺はマントでエルの頭と顔を隠すと、そのまま手を引いて地下施設の出口へと歩いていく。

 エルも抵抗する事なく、黙って俺に付いて来た。

 そして、牢獄に挟まれた廊下を再び進み、階段を登って地上へと出る。そして外への扉に手を掛けて、ふと気が付く。


「……人の気配がする」


「えっ……?それってまさか……」


「チッ……教皇の奴、やはり頭が回るようだな、エル、そこの木箱の裏に隠れてろ」


「うん、分かった」


 エルが近くに置いてあった空の木箱の陰に隠れる。それを確認すると同時に、俺は扉を開いた。

 案の定、そこには数名の人間が待機しており、建物から出た俺は瞬く間に包囲される。


「止まれ!聖教会の者だ!」


「おう、分かった。こんな辺鄙な場所にどうしたんだ?」


「あぁ、突然呼び止めてすまないね、繰り返すが見ての通り私達は聖教会の人間で、ある人物を探しているんだ」


「そうなのか、それはご苦労な事だな」


 飄々とした態度を取っている物の、内心は焦りに侵され、徐々に冷静な思考が失われていく。

 冷や汗が流れる。そして、そんな動揺を悟られないように、集中して表情を作る。


「聖教会の権限を以て質問しよう、君はこんな時間に、こんな場所で何をしていたんだい?」


「こんな時間……って言ってもまだ明るいだろ、俺は此処で違法奴隷売買が行われていないか確認しに来たんだ」


「違法奴隷売買、聖教会下層部の汚職の存在は公開されていない情報だ、君が何故それを知っている?」


「俺が違法奴隷売買を摘発した張本人だからだよ、ヤマトって名前に聞き覚えはないか?」


「そうか、君がヤマト君か……なら、隠す必要も無いね、君は少女エルを匿っているな?」


 まずい、ミスをした。エルと俺にラインがある以上、名前を出すべきでは無かった。

 どうする?俺の周りには聖教会の制服を着た福音使徒が四人。戦闘して無力化するのは厳しい。

 だからと言ってこのまま誤魔化す事も難しいだろう。


「何の事だ?」


「しらばっくれても無駄だ、君は仲間である少女エルを私達より先に発見し、匿っている、いや……正確に言えば匿おうとしている、というべきか」


「どうしてこの場所が分かった」


「教皇の命令だ、教皇は少女エルが此処に隠れている可能性が高いと仰った」


「教皇直々に命令される立場か、お前は何者だ?」


「私は聖教会福音使徒聖一位クラウス・シュルツヴェールだ」


 俺と話す福音使徒達のリーダー格らしき人物、澄んだ青い髪の青年はそう名乗る。

 クラウス・シュルツヴェール。何処かで聞いた名前だ。気の所為だろうか。


「さぁ、少女エルを差し出して貰おうか」


「もし拒否すると言ったらどうする?」


「武力を行使する、私にはその権限がある」


 クラウスはそう告げると同時に、腰に差した剣の柄に静かに手を掛ける。

 それと同時に、他の福音使徒も同じように武器に手を掛ける。相手の獲物は剣。それも全員だ。

 なら、どうするか。考えるまでもない事だ。俺は覚悟を決め、拳を握り締める。


「……分かった、エルを引き渡す」


「そうか、話が早くて助かる」


「連れて来るから少し待っててくれ」


 俺はそう言い残すと、扉を閉め、エルの元へと戻る。

 エルは俺の言う通り物陰に身を隠し、蹲っていた。

 そんな彼女に向けて、俺は小声で言葉を紡ぐ。


「エル、入り口に四人福音使徒が居る、強行突破するぞ、いけるか?」


「武器は上層で没収されたから私は戦えないけど……大丈夫?」


「お前は自分が捕まらない事を第一に考えて動けばいい、福音使徒の奴らは俺に任せろ」


「分かった」


 エルがしっかりと頷いたのを確認すると、俺は自分の武装を確認する。

 魔窟で使った拘束用の手錠が二つ。以上。

 戦闘は想定していなかった為、まともな武器は持って来ていない。

 まぁ、問題ないだろう。俺の本分は徒手格闘だ。確かに武器があった方が有利ではあるが、無くても戦える。


「じゃあ扉を開けたら全力で逃げろ、俺も四人を同時に相手するのは厳しいからな、一人でも多く敵を引き付けてくれ」


 エルが頷く。それに俺も頷き返すと、深呼吸をする。

 呼吸が深くなる。自律神経が働き、全身に酸素が巡る。戦闘の準備は整った。

 俺は扉を蹴り開けながら、外へと飛び出した。


「なっ……!?何のつもりだ!」


「あ?見て分からねぇのか?エルは渡さねぇって事だよ!」


 クラウスはリーダー格だ、戦闘力もこの中では一番高いだろう。

 だとすれば、対処は後回し。まずは他の奴らから片付けていこう。


「武力行使を許可する!反逆者を無力化せよ!」


 クラウスがそう高々に宣言すると同時に、他三人の福音使徒が同時に剣を抜く。


 が、その隙を俺は見逃さない。剣を抜くという動作、そのシングルアクションに生まれた僅かな時間が、無防備な隙となる。


 最も近い、左に位置する福音使徒の懐へ潜り込むと、剣を持っていない方の腕を掴み、強く引いて姿勢を崩させる。


「安心しな、無能(ディザビリティ)だ」


 姿勢を崩した福音使徒の胸元を掴んで抱え上げると、そのまま近くの壁へ向けて投げ飛ばす。


 宙を舞った福音使徒の身体は、壁に叩き付けられる寸前で、ばしんと何かが弾かれるような音を響かせる。


 ディザビリティによるクッションが発動した。相手は無傷だ。


 だが、これで包囲陣形は崩れた。塞がれた退路に、穴が空いた事になる。


「今だ!行け!エル!」


「っ……」


 俺の掛け声を合図に、エルが扉から飛び出てくる。


 三人の福音使徒が退路を塞ごうとするが、俺が壁になって福音使徒達の進路を塞ぐ。時間を稼ぐのは一瞬で十分だ。


 エルは俺の背後を走り抜ける。その背を追って残りの二名の福音使徒とクラウスが走り出そうとするが、俺がそうはさせない。


「待て!クリスタ!」


「待つのはお前だクラウス!」


 俺のキャパシティで留めておけるのは一人だけ。なら最も実力のあるであろうクラウスを留めておくのが今俺が取れる最善の策だ。


「くっ……武器も無しに、私と戦うつもりかい?」


「武器ならあるさ、この肉体がな!」


「そうか、邪魔をするなら容赦はしない……よ!」


 躊躇する様子など一切無く、瞬時にクラウスが踏み込み、その手に握られた長剣が振るわれる。


 袈裟懸けに振るわれたその剣を、俺は本能的な危機感知能力で飛び退き、躱す。


「速いな、流石は聖一位の福音使徒だ、才能指数は5か6って所か」


「まさか私の剣を躱すとはね、私と同等、或いはそれ以上の格闘術の才能でもあるのかな」


 お互いに称賛の言葉を贈ると同時に、一度の攻防から相手を分析する。


 この男は、確かに強い。だが皇帝や勇者に比べれば、見劣りするのも事実だ。これなら十分に勝機はある。


 "あれ"を仕掛けるなら不意を突ける瞬間。相手が勝利を確信した瞬間にこそ、逆転の芽はある。


「実力が互角なら、獲物が長い私の方が有利だ」


 俺の右肩目掛けて振り下ろされた剣を、既の所で躱す。


 確実に勝つ為には、劣勢を演じなければならない。だが、少しでも力加減を誤れば俺は敗北する。リスクの高い戦法だ。


「くっ……攻撃する隙が無い……!」


「さっきの威勢はどうしたんだい?防戦一方じゃないか」


 次々と繰り出される剣戟を、ギリギリの所で回避していく。


 言葉にするのは簡単だが、実行するのはとても難しい。事実、俺も完璧ではない。敵の攻撃が時々身体を掠め、浅い傷が生まれていく。


 相手の剣に迷いはない。この男も大義名分があれば、容赦なく人を殺せる類の人間なのだろう。集中力を切らせば、待っているのは死だ。


「はぁ……はぁ……まずいな……追い詰められた」


 俺は、攻撃を避ける為に少しずつ後退していた。そして、遂に背中が壁に着く。


 次の攻撃は避けられない、絶体絶命の状態だ。


「此処までだ、ヤマト君、聖教会に楯突いた事を、地獄で後悔するが良い」


 クラウスは剣を頭上に構えた姿勢で俺の眼前へと迫り、必殺の、全身全霊の一撃が振り下ろされる。


 ――機は熟した。


「……後悔するのはお前の方だ」


 俺は剣を素手で受け止めようとする。


 普通に考えれば無茶で無謀な行為だ。そんな事をしても、手を破壊され、そのまま刃は身体まで達するだろう。


 ――だが、俺は普通ではない。


「なっ……!?」


 俺の手は、剣を受け止めた。


 否、正確に言えば、俺の手は剣に触れていない。剣に触れる事無く、剣の勢いを完全に殺したのだ。


 いや、それだけじゃない。剣の勢いは逆流し、剣のベクトルは反転する。


 そう、これこそが『剣術0』ディザビリティの力だ。


 剣は勢いよく弾け飛び、彼方へと飛んでいく。


 そんな異常現象を前に、クラウスは動揺していた。


 そう、この瞬間こそが最大の隙だ。


「くっ……馬鹿な……一体何が起きて……」


「現実だ、受け入れろ」


 今ので腕を痛めたのだろう。クラウスは片方の手で利き手を抑えながら、俺から離れようとする。


 が、そんな事を許す筈がない。クラウスが事を起こすより先に、俺はクラウスへと迫り、腕を握って背後へと回ると、そのまま手錠を嵌める。


 元の世界では警察ではない、寧ろ相反する組織の人間だった俺が、手錠の扱いに精通している理由は簡単だ。クロセルや勇者との特訓の成果である。


 俺は特訓により、相手を傷付ける事無く無力化する術を身に着けたのだ。


 武装を解除し、両手を拘束すれば、もう怖い事は無い。クラウスの背中を押して"優しく"地面に倒すと、そのまま"優しく"蹴り転がす。


 この力加減も特訓で身に着けた物だ。心の内でクロセルと勇者には感謝しておく。


「この程度の拘束で私を縛れるとでも……」


「この世界の手枷に比べれば簡易的な物だが、『魔術9』の才能で作られた物だからな、そう簡単には壊せないぞ」


「君は自分のした事が分かっているのか!?これは聖教会に対する反逆行為だぞ!?」


「あぁ、そうだな、これで俺も再び晴れて犯罪者って訳だ」


「そうだ、君は犯罪者だ、そこまでして何故クリスタを……」


「悪いが、今はお前と話している時間すら惜しいんだ、じゃあな」


 吠えるクラウスをその場に放り置き、俺はエルの逃げた方向へと走り出す。


 福音使徒二名、エルも多少の戦闘能力はあると言えど、数の不利を覆せるほどに強いとも思えない。早急に合流せねば。


 ひたすらに地面を蹴って、俺は聖都を駆ける。


 あの地下施設が見つかったという事は、既に下層にも捜査網は張り巡らされてると考えて良いだろう。


 とすれば尚更、早くエルを安全な場所に移さねばならない。


「……見つけた!どうやら間に合ったようだな」


 ひたすらに走っていると、二人の福音使徒とそれから逃げるエルの姿が目に入る。


 速度を上げる。単純な身体能力であれば、俺は福音使徒にもエルにも劣らない。


 軽々と福音使徒を追い抜き、瞬く間にエルの元へ追い付いた。


「エル、こいつらを無力化する、手錠は一人分しかない、もう片方はお前が殴ってくれ」


「えっ……殴るって、えっ?」


「いくぞ!」


 困惑した様子のエルだが、一々説明している時間はない。俺は直ぐに行動に移った。


 振り返ると同時に跳び上がり、天を仰いだ片方の福音使徒の顔面を蹴る。


 蹴る際の威力を調整、反動を制御、俺の足と福音使徒の顔面の間で見えない力が均衡し、そのまま空中で静止する。


 視界が塞がれた福音使徒は、俺の脚を掴もうと手を伸ばす。


「カチャッ……」


 伸ばしてきた両手に手錠を嵌め、剣を握って弾き飛ばす。


 福音使徒の視界は塞がれていた為、手錠を持って、俺の足に手を伸ばすのを待っていた姿は見えていなかったのだ。


 こうして酷くあっさりと一人の福音使徒の無力化に成功する。


 俺は福音使徒の顔面から飛び降りると、足払いで雑に地面に転がす。ディザビリティがある為、当然無傷だ。


「さて、次だけど……」


 そう呟きながら俺は身を屈める。同時に、頭上を剣が掠めていった。


 全く殺気を隠せていない。あんな攻撃、見えていなくても避けられる。


「クラウスに比べればやっぱ雑魚だな……っと」


 俺は振り返り、背後に居た福音使徒と相対する。


 仲間が一瞬でやられ、リーダーであるクラウスもやられた。残ったのが自分一人というプレッシャーからか、動揺しているようだ。


 そして、勢い任せに振り下ろしてきた剣を、俺は受け止め、弾き飛ばす。福音使徒の基本武装が剣である以上、俺に負ける要素は無い。


 魔術師相手だと分が悪いが、今回は運が良かった。


「うっ……うわあああああ!」


「うるせぇな……いきなり叫ぶなよ……」


 武器を失い、更に動揺した福音使徒は、感情的になり、殴りかかってくる。


 放たれた拳を片手で受け止めると、そのまま拳を掴み、頭上高くまで持ち上げたかと思えば、そのまま大きく振り下ろす。


 その勢いで、福音使徒は敢え無く地面に倒れ込んだ。


 俺は速やかに福音使徒の上に乗ると、手足を動かせないように固定する。このまま締め上げても良いが、それだとディザビリティが発動するだろう。


「エル、出番だ、意識が無くなるまで殴れ」


「えっ……私がやるの?」


「俺はディザビリティがあるからな、頼む」


「分かった……」


 こうしてエルは、倒れた福音使徒を意識が無くなるまで殴り続けた。

 余談だが、無防備な人間の意識を奪うなら一撃で十分だ。

 意識を奪うに足らない威力で、延々と殴られ続けるのは一種の拷問である。その苦痛は計り知れない。

 まぁ、つまるところ、この福音使徒には悪いことをした。心の内で謝っておく、ごめんな。

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