行方不明
「あ?エルが逃亡した?」
俺は帰ってきた勇者とティア、そしてクロセルの三人から、報告を受けていた。
因みに、この場にはエルを除いた全員が揃っている。
どうやら攫われたエルを助ける為に、Vや瀬野の奴も協力する姿勢らしい。
何をするにも人手は多い方が良い。迷惑になる訳でも無いから、俺は容認している。
そして、肝心の報告だが……見事に想定外な事実を突き付けられ、俺は困惑の表情を浮かべる。
まさかエルが自力で逃亡するとは、あいつにそんな度胸と力があるとは思えなかった。
無論、エルは拠点に帰って来ていない。そもそもエルは上層から出る手段を持っていない筈だ、今も上層に居ると考えるのが妥当だろう。
「僕は捜索に協力すると言ったんだけど、信用出来ないから帰ってくれと言われてしまって」
「おいおい、まさか持ち帰った情報がそれだけとは言わないよな?」
「もちろんよ、まずエルが聖教会に拘束された理由だけど、それはエルが神様と接触したから、らしいわ」
「は?いつの話だよ……」
「僕達が魔王領へと出発する前らしい」
勇者にそう告げられると、俺は記憶の糸を辿る。
確かに、あの日はエルが単独で行動していた時間があった。
戸締りに時間が掛かった……ってのが嘘だとすれば、確かに上層に行って神に会うだけの時間はある。
「あの時か……でもエル一人でどうやって神様に会いに行くんだよ」
「それは……僕の口から言うべきではないね」
「……わたしが連れてったのよ」
ティアがぼそりと呟く。
俺は一瞬、その言葉の意味を理解できず、思考停止して動きが止まる。
そして、ようやく脳が再稼働を始めたかと思えば、俺は思わず叫んでいた。
「はぁ!?冗談だろ!?」
「本当よ」
「いやいや……まぁ仮に本当だとするぞ、なんでそんな事したんだよ」
「神の御告げがあったから」
「神の命令でエルを上層に連れてったってのか?」
「そうよ」
「嘘だろ……神は何でそんな御告げを……」
俺は頭を抱えて、近くにあった椅子に座り込む。
取り敢えず、ティアの言葉を信じるとすれば、あの時にエルが上層に行っていたのは事実らしい。
信じられない話だが、ティアが嘘を吐くとは思えない。つまり事実という事になる。
「ふぅ……悪い、取り乱した」
「まさかそんな……私も正直信じられない話です」
冷静に話を聞いていたアカツキも、こればっかりは直ぐに鵜呑みに出来ないらしい。
当然だ。理由が無い。エルが神に会う理由も、それを神が助ける理由も、少なくとも俺達が分かる範囲では存在しないのだ。
「ティア、お前はエルが神に会ったのを見たのか?」
「いいえ、神の御告げはエルを上層に送り届けるという事だけだったから、上層に送り届けたらわたしは先に皆の元に戻ったわ」
「なるほどな、それでエルは何か目的意識を持って動いていたのか?それともティアに従っただけか?」
「多分だけど……何か目的を持って動いてたんだと思う、それが神に会う事なのかは分からないけど」
「これは教皇に聞いた話なんだけど、あの日は警備が手薄で上層は勿論、聖域に侵入する事も可能だったらしい」
俺は二人の言葉を聞いて、心の内で自問自答をしながら小さく頷く。
エルは警備が手薄な時を狙った。つまり確実に何らかの意図を持って上層へと向かった事になる。
不可解な点は神は何故それを手伝ったのかという事。
ただし、前述の点から、少なくともエルの目的は神にとって利のある行動だったと推測できる。
「さて……クロセル、どう思う」
「客観的な意見を述べるとすれば、聖教会の主張は正しく、エルが怪しいな」
「同感だ、アカツキの言っていた通り、エルは俺達に何かを隠している」
「我が改めて分析の才能を使えば、エルの秘密を露見させる事は恐らく可能だろう」
「その為には、エルを見付けないといけないな」
「うむ、これで当面の方針は決まったな」
俺はクロセルと顔を見合わせ、頷き合う。
そして、俺は立ち上がると、仲間達に向けて声を掛ける。
「話は聞いてただろ、何をすれば良いかは分かるな?」
「エルちゃんは上層に居るんだろう?それなら僕達に打つ手は……」
「クロセル、外に福音使徒は何人居る?」
「五人だな」
「俺達の会話は聞こえるか?」
「エルが拠点に戻る事を考えて張り込んでいるだけのようだ、中の会話までは聞こえていないだろう」
「よし、なら良い」
「いつの間に見張られていたんですね……気付きませんでした」
Vが驚いたように目を丸くする。他の顔ぶれも驚いたような反応を見せている。
どうやら気付いていたのは俺とクロセルとアカツキの三人だけらしい。
窓の外を見ると、そこにちらりと人影が見える。素人だ、こんなの誰でも気付く。
「さて、結論から話すとだな……エルは恐らく上層には居ない」
「まぁ、そう考えるのが妥当だな」
「ヤマト君もクロセルちゃんも……本気で言ってるのかい?」
「お二人の事ですから、そう結論付ける何か考えがあるんでしょう」
「えっと……ヤマト、上層から降りるには中層行きの転移魔方陣を必ず通る必要があるんだよ、そこを見張る福音使徒が居ないとは思えないんだけど……」
「さっき僕達が上層に行った際も、見張りが居た、それも一人二人じゃない、厳重な警備が敷かれてたよ」
瀬野と勇者が口を挟む。彼らの主張は尤もだ。
実際、聖教会もそう考えて上層でエルを探しているのだ。彼らの考えは至極普通だと言える。
だが、事実は違う。俺は先程のティアの話を聞いて確信した。エルは上層に居ない。
そして、俺は皆に向かってそう考える根拠を口にする。
「エルが神に会った日、ティアはエルを上層に送り届けた、間違いないな?」
「えぇ、間違いないわよ」
「その後、エルは俺達と共に魔王領へ向かった。これ、おかしいとは思わないか?」
「あっ……ティア様はエルさんを上層に送り届けて、その後に下層まで降りてきた。エルさんは上層に一人取り残された事になりますね」
「そうだ、そして取り残された筈のエルは単身で上層から下層まで降りてきた、この事から考えられる事実は……」
「聖教会の転移魔方陣を使わずに、上層から下層に降りる何らかの手段がある?」
「その通り、少なくともエルはその手段を使えると仮定できるな、それがエル自身の能力なのか、或いは上層に秘密の通路のような物があるのか、流石にそこまでは断定出来ないが、少なくともエルは下層に降りる手段を持っているはずだ」
俺は虚空に向けてぴしっと指を差しながら、そう告げる。
瀬野が俺を見ながら目を輝かせている。瀬野は俺が格好付ける時に毎回こんな反応を示す。
自惚れるつもりはないが、瀬野にとって俺は憧れの存在って奴なんだろう。多分。
因みに、他に面子の反応は何とも言えない物だ。頷いてる奴も居れば驚いてる奴も居る。呆れてる奴からは少し目を逸らしておこう。
「取り敢えず、これで分かったか?俺達が今何をすれば良いか」
「下層に居ると思われるエルさんを見付け、クロセルさんの元に連れて来る、ですね」
「そうだ、聖教会に比べればだいぶ見劣りするが、人手は十分にある、手分けして探せば見付けられる筈だ」
「あのー……もしエルさんが抵抗した場合はどうするんですか?」
「その場合は諦める、仮に何らかの事情があったとしても、エルが俺達の敵である可能性は低いからな、仮に抵抗された場合はエルの自由意思を尊重する」
Vの質問に、俺はそう答えた。
そして、暫くの静寂。俺の発言に対して否定の声は無い。つまりは肯定という事だ。
「さぁ、何をすれば良いかは分かったな?」
「そんな回りくどい言い方せずに、普通に命令してくれれば良いのに」
「俺には指揮のディザビリティがあるからな……直接命令すると失敗に繋がる可能性があるんだ」
「ディザビリティ……?」
「才能指数0の才能の事だ、無能や無才とも称される」
「えっ……でもヤマトは確か……」
俺は手を構えて瀬野の言葉を制止する。
こうしてゆっくりと説明してる時間は無い。
頭のキレる教皇の事だ、俺達と同じ事実に気付くのは時間の問題だと言える。
故に、俺達は早急に動き出すべきだろう。誰も動かないなら俺が動く。
俺は立ち上がって玄関へと歩き出した。
「ご主人の代わりに我が指示を出そう、捜索は日没をタイムリミットとする、日が暮れたら帰還すること、夜闇に紛れた人を探すのは難しいからな」
「クロセル、助かる」
「気にするな、それよりも……ご主人の意図が読める事が役立っただろう?」
「あぁ……そうだな、確かに役立った、その調子で頼む」
「魔杖、質問よ、エルを見付けたらどうすれば良いの?拠点に連れ帰ったら福音使徒に見つかっちゃうわよ」
「うむ、聖都に来た当初に泊まっていた宿屋に連れて来る事にしよう、我はそこで待機する、Vと勇者とゼノは場所が分からないだろうから我に付いて来て場所を確認してから捜索に当たる事にしよう」
「うん、分かったよ」
「場所が分かるわたし達は早速探しに行かないとね、行ってくるわ」
「ティア様が心配ですが祝福もありますし大丈夫だと信じましょうか、私も行ってきます」
こうして俺達は次々に拠点を後にする。
クロセルは付いて来ない為、俺は単独行動となった。
完全に一人で行動するのは久々だ。
日没まではあと6時間ほど、それまでに見付かると良いが……
「片っ端から探すのは時間の無駄だ、エルが向かいそうな場所を考えて効率的に探すべきだろう」
正直に言えば、エルの逃亡は想定外だった。
汚職のあった下層中層はともかく、聖教会の上層部は信頼できる。
身柄を拘束される事はあっても、手荒な真似はしないと思っていた。
だから一時的にエルの身柄を預け、事情を精査してからエルを弁護して救出する、というプランだったのだが。
「あの馬鹿……逃げるという事は罪を認めた事になるだろ……面倒掛けさせやがって……」
ただ、エルの容疑は冤罪ではなく事実のようだから、弁護のしようがあるかと言われると疑問だ。
同時に、神に接触しただけで罪に問われるのかという点も根本的に疑問ではある。
彼女も魔王封印に尽力した功労者の一人だ。神に会った事ぐらい、目を瞑っても良いと思うのだが。
「そう言えば教皇の奴……神の話をするのを露骨に嫌がってたな……あれはどういう事だ?」
神の意志の代行者である聖教会が、神に関する話題を避けるのは何か矛盾しているように思える。
教皇が神に関する何かを隠しているのは確実だが、それが何か、分かるようで分からない。
「これも後でクロセルに知恵を借りるか……流石に情報量が少なすぎて分からん」
そう一人で呟きながら、俺は聖都を駆けていた。
ともかく、今はエルの事だ。俺は記憶の糸を辿り、エルが行きそうな場所を考えてみる。
「聖都に訪れた当初に泊まっていた宿屋……だとすればクロセルが見付けてくれるだろうから除外、下層の聖教会……論外、くそっ……エルは殆ど拠点に居たからあいつが知ってる場所で隠れられそうな場所なんか……」
待てよ?エルが知っている可能性があって、尚且つ隠れる事の出来る場所。
候補が一つだけあるじゃないか。あの事件はエルも知っている。あの場所の記された地図は誰でも見れた筈だ。
「行ってみる価値は十分あるな……」
俺はニヤリと笑う、あの場所は拠点から距離があるし、本当に居る可能性は低いただの博打だ。
足を止め、進行方向を変える。そして目指すは……
「違法奴隷売買地下施設跡……身を隠すにはぴったりな場所だ」




