祝福
「止まれ!」
聖都アルカディア中層。そこに位置する聖教会の施設。
此処は福音使徒の幹部しか入れない領域。
故に、福音使徒の制服を着ていない僕達に対しては当然のように抑止の声が掛かる。
「通してくれ、僕は勇者ニコラスだ」
「祝福の勇者ティアよ」
僕は隣を見る。そこには僕に代わって祝福を手に入れた勇者である、ティアが居た。
あの時。勇者ティアの命が助かったのは、祝福のお陰だ。
そうだ、分かっている。神も、あの時はああするしか無かったんだろう。それは十分に分かっている。
ただ、ただ気掛かりなのは一つだけ。
――僕に祝福が返還されることはなかったという事だ。
神は僕を見捨てたのだろうか。
僕は祝福を受けた"あの日"を思い出す。
あの日、勇者の才能を持つ僕は、冒険者として王国で旅をしていた。
仲間と共にギルドの依頼をこなす日々。僕は剣術の卓越した才能を持っていた。
故に、そんな日々を退屈と感じた事もあった。
勇者の才能を持っていても、戦う相手は居ない。世界の脅威になる者は居ない。
あの頃は平和だった。戦争もない、魔族も居ない、魔王も居ない。
勇者の才能は飾りだ。他人からそう言われた事もあった。
才能に恵まれ、実力のある僕は、英雄ではなく、疎ましい嫌われ者だった。
そんな日々が続く中、僕の元に聖教会の使徒がやって来た。
「あの……聖教会が僕なんかに何の用事が……」
「神の命令だ、付いて来い」
神からの召喚。御告げを聞いた事はあったが、直接会うのは初めてだ。
僕は不安だった。僕は勇者である。神の意思の代行者だ。
だが、僕は神の為に、世界の為に、何かした事は今まで無かった。
だから不安だった。神は僕に何か罰を与えるのかもしれない。そう思っていた。
そして、僕は聖都の上層へと出向き、遂に神の前に立った。
「貴方は勇者ニコラスですね」
「は……はい、そうです」
神は少女の姿をしていた。白い衣一枚を纏った、幼い少女の姿をしていた。
僕は恐縮すると同時に、安堵した。この少女の声は、いつも御告げで聞いているあの声だ。だから驚く事はなかった。
僕も神も立ち上がっているが、身長差がある為、僕が神を見下ろす形になっている。
不敬ではないかと不安になり、僕は辺りをきょろきょろと見渡す。が、その部屋には神と僕を除いて人は誰一人も居なかった。
「ふふっ……そんなに恐縮しなくても良いんですよ、誰も見ていませんから」
「そうですね……すいません」
「さて、単刀直入に問いましょう、今日貴方を此処に呼んだのは何故だと思いますか?」
ドキリと胸が跳ねる。何かを言い渡される覚悟は出来ていたが、質問の形を取って問われるのは想定外だった。
僕は内心パニックになる。何か答えなければ。思考が空回りして、額に汗が流れる。
そして僕は、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった。
「か……神様は僕に罰を与える為に……此処に呼んだのだと……そう思いました」
「あはっ……あははは!」
少女……いや神は、その時、愉快だとばかりに笑いだした。
本当に、こうして傍から見れば無垢で幼さを宿したただの少女だ。
この世界を作り出した創造神には、到底見えない。
「あは……面白いですね、貴方は」
「は……はぁ……?」
「しょうがないですね、答えを教えてあげましょう、私が貴方を此処に呼んだのは、貴方に祝福を与える為です」
「僕に……祝福を?」
その時、僕は神の言っていることを正しく理解できていなかった。
そもそも、祝福という物が存在する事自体、僕は知らなかったからだ。
先々代の魔王、グレモリーの時代。祝福の勇者は居なかった。或いは、必要なかったのかもしれない。
だから、当時の世界では祝福の存在は広く認知されていなかったのだ。
「その通り、私は貴方に祝福を与える事にしました」
「えっと……すいません、祝福とは?」
「え……貴方は祝福を知らないのですか?」
「すいません、名前は聞いた事があるんですが、具体的にどういう物かは……」
「しょうがないですね、私が説明してあげます、祝福というのは……要するに不老不死の才能です」
「不老不死?」
「そうです、煮られても焼かれても斬られても寿命でも死なない力です、魅力的でしょう?」
「確かに……魅力的な力ではあると思います、でも何故僕に……?」
「それはですね……」
「それは?」
「面白そうだったからです、貴方に祝福を与えれば、愉快な物語を紡いでくれる、そう思ったから私は貴方に祝福を与える事にしました」
「は……はぁ?」
神は、純真無垢で一切の悪意の無い、満面の笑顔で言い放つ。
その時……僕は恐ろしいと思った。この少女が、神であり、世界を動かす力を持っているという事に。
「祝福の勇者ニコラス……だけじゃインパクトが足りないですし異名でも付けましょうか、そうですね……抜刀斎ニコンとかどうです?」
「僕の武器は刀じゃなくて剣なんですが……」
「私が付けた名前が不満ですか?」
「いえ……そういう訳では……」
神の命令は絶対だ。神が決めた事なら、最初から僕に拒否権なんて無い。
だから僕は今日から祝福の勇者であり、抜刀斎ニコンだ。
こうして諦め……受け入れてしまえば意外と気楽かもしれない。
「では抜刀斎ニコン、貴方に祝福を与えます」
「はい、分かりました」
「……」
「……」
神が宣言し、僕がそれを肯定する。
そして僕は、神から祝福を授かるのを待っていたのだが……
「……」
「……?」
長い間、静寂が続く。
きっと、神聖な儀式故に時間がかかっているのかもしれない。僕は根気良く待たねばならないと気を引き締める。
「……いつまで呆けて突っ立っているつもりですか?」
「え?」
「終わりましたよ、帰ってよし」
「まだ何もされてないんですが……」
「うん……?既に祝福は与えましたよ?試しに一度死んでみますか?」
「結構です!僕が悪かったので……どうか殺さないで……」
「そうですか……折角戦闘系の才能を持った肉体を得たので少し剣を振ってみたかったのですが」
残念そうに俯く。神は本気だ、本気で祝福の力を試す為に僕を殺そうとした。
そこに躊躇いの感情は一切無かった。やはり僕の神に対する考えは変わらない。神は恐ろしい存在だ。
「僕は帰って良いんですかね?」
「そう言った筈ですが」
「分かりました、ありがとうございます」
「今後の活躍に期待していますよ、抜刀斎ニコン」
「はい、頑張ります」
こうして、僕は祝福を授かったのだ。
そう、こうしてあれから何年も経った。
僕は祝福の勇者として、この世界の悪を払い、正義を貫いてきた。
ヤマト君の力を借りて、魔王の封印も成し遂げたのだ。
僕は、立派に勇者として生きていた筈だ。
それなのに、僕は祝福を剥奪された。
神にとって、もう僕は用済みなのだろうか。
――否。そうじゃない。
物事はもっと単純なんだ。僕は神と会って、神がどういう人物か見極めた。
きっと、祝福がティアに移ったのは、面白そうだから、とかそういう理由なんだろう。
神は俯瞰的に世界を見ている。そしてこの世界が面白い物語になるように手を引く。
ティアが死ぬ物語は神にとって面白くない物語だった、それだけの話なんだ。きっと。
「……勇者様ですか、この先は上層ですが、一体何用で……」
「神の御告げがあったんだ、僕達は教皇と話をしなければならない」
「そうですか、ですが今エンド様は……」
「聖教会は神に絶対の忠誠を誓ってる筈よ、どんな事情があるのか知らないけど……通してくれるわよね?」
「っ……分かりました、先に進んで下さい」
「助かるよ、ありがとう」
僕は福音使徒に小さくお辞儀をすると、施設の奥深く、上層へと繋がる転移魔法陣へと進む。
こうして僕と勇者ティアは、上層へと辿り着いた。
「教皇は何処だろう」
「魔術回路改竄……略式詠唱展開
――空間魔術 空間精査」
僕がそう呟いたかと思えば、勇者ティアの持っている杖が喋りだす。
杖の姿でも魔術を行使できるのか。と……感心しながら僕は魔杖の反応を待つ。
「あー!もう、私がやろうと思ったのに」
「我がやった方が早い、取り敢えず大凡人のいる位置は特定できた」
「案内してくれ」
「うむ、任せろ」
そして、僕達は上層を杖の指示に従って進む。
上層、と一言で称したが、この巨大な建築物は迷路のように複雑な構造をしている。
前回来た時は教皇の案内があって神の居る場所まで辿り着けたが、今度の目的は神の居る場所に向かうことではない。
もし魔杖や勇者ティアのように魔術を使える人が居なければ、教皇の捜索は困難を極めていただろう。二人には感謝せねばならない。
「前方の十字路を左だ、その先の部屋に人が固まっている」
「教皇はそこに?」
「恐らく……だがな、場合によってはエルも居ると考えられる」
「今回の作戦は奪還じゃないんだったよね、まずは教皇に話を聞く事が先決……だっけ」
「うむ、今日は利口だな、勇者」
「まるで普段が馬鹿みたいな言い方じゃないか、酷いな」
「事実じゃないの?」
「なんだって!?僕は馬鹿だと思われていたのかい!?」
「声を荒げるな、神聖な場所に変わりはないのだぞ」
「ごめん、えっと……この扉の先であってるよね」
「うむ、そうだ」
無限に続くかと思われた迷路の終着点。
僕は扉の前に立ち、躊躇う事無く押し開いた。
中に足を踏み入れると、何人かの人影が固まっているのが目に入る。
どうやら、何かを囲んで話し合っているようだ。此処からでは何を囲んでいるのかよく見えない。
「何者だ!?」
「僕だ、勇者ニコラスだ」
「勇者ティアよ」
「あぁ……勇者様でしたか……どうして上層に?」
侵入者である僕達を咎める福音使徒に軽く返答をしながら、僕は部屋に居る人間に次々と視線を向けていく。
探している人物は唯一人だ。これだけ人が集まっているのだから、必ずこの部屋に居る。
「――私に用があって来たんだろう?」
必死に探す必要はなかった。
教皇イヴ・エンドは福音使徒の中から現れ、僕達の前に立ちはだかる。
僕達と教皇の間に緊張が走る。心做しか、教皇の語調が普段よりも強いようにも感じる。
「あぁ、そうだよ、僕達は教皇と話をする為に此処に来た」
「聞きたいのは、エルという少女の事か」
「そうよ!どうして聖教会はエルを拉致したの!?しっかり説明しなさい!」
「あの少女が、聖域に立ち入って、神と接触した疑いがあってね、勇者ティア、君には心当たりがあるんじゃないかい?」
一先ず、これで容疑は分かった。
エルちゃんが神と接触した。それが事実か冤罪かは分からないが、聖教会が動く理由としては妥当な所だろう。他に聞くべき事は……
「エルちゃんは無事なんだろうね、手荒な真似はしていないな?」
「あぁ、現時点での無事は保証しよう、此方としても手荒な真似はしたくないと思っている」
「それで……本人は神と接触した事を認めているの?」
「……いや、認めてない、この様子だと……君達が手引きをした訳では無さそうだね」
「何のことだい?」
教皇は、品定めをするように僕達を順番に見ていくと一歩だけ横に退く。
そして教皇の立っていた場所の後ろには、"破壊された状態"の手枷が転がっていた。
「どういう事だい……?エルちゃんは何処に……」
「私達聖教会は、この部屋に彼女を連れ込み、手枷で拘束していた」
「でも此処にエルは居ないわよね……まさか!?」
「そのまさか、だろうね。彼女は此処に居ない」
教皇は呆れるように溜息を吐くと、重苦しい面持ちで、僕達に事実を告げた。
「――少女エルは逃亡した」




